22 砂漠の現状
天使様を待たせるということは、この世界で言えばかなり非常識なことに当たる。
しかしそれでも、この西の大陸から来た精霊の話を優先しないといけないと俺の直感が言っている。
なので、時間稼ぎのためにクローディアとエスメラルダの二人をアミナに頼んで先にフライハイトの神殿に送ってもらう。
クローディアとエスメラルダの二人なら、天使様と会ったこともあるし地位的な面でも問題なく応対してくれるだろう。
二人には時間稼ぎ役として無理難題を与えた気もしなくはないが、今はそれよりも精霊たちがもってきた西の大陸の情報を早急に獲得した方が良いと判断した。
この世界での情報の伝達は、基本的に伝聞だ。
距離と時間が開けば開くほど、情報の鮮度も精度も落ちるというのが常識。
おまけに、今の西の大陸からは情報統制が敷かれているのかと言わんばかりに情報が入ってこない。
トルマンディのボロボロの姿を見ればわかるとおり、西の大陸の主要な権力者が連携して情報統制を敷いているのは間違いない。
こっちもクラリスたちの救援のために準備はしているが、内部の情報を知っているのと知らないとじゃ、いざという時の対応に雲泥の差が出る。
「まずはお茶でも飲んで落ち着いてくれ。あ、お菓子もあるぞ?」
だからこそ、その統制を掻い潜ってきた情報と言うのは貴重だ。
かといって、ボロボロになりながら這々の体で精霊界に逃げ延びて来たこの風の精霊に、いきなり話をさせるのも酷な話しだ。
まずは渇いたのどを潤してもらって、心を落ち着かせてからだ。
ということでイングリットにお茶を入れてもらいそれを差し出す。
蜂蜜を多めに入れて、ちょっとだけ生姜を入れた体が温まるやつ。寝る前とかに飲むと安眠できるが、今回は心を落ち着かせるために淹れたお茶だ。
それを前にした風の精霊は湯気の立つカップを恐る恐る手にして口元に運ぶ。そして口にした瞬間目を見開き、そして甘さに頬が緩むのがわかる。
『美味しい』
「そうか、おかわりもあるからな。ゆっくりと飲むと良い」
身に纏った力の雰囲気から察すると中位精霊なのは間違いない。
中性的な見た目で、髪形もショートヘア、体は細く、男とも女ともとれるからどう扱えばいいかもわからない。
ただ一つ言えるのは、風の精霊は契約精霊ではないということだ。
名を持たぬ、精霊。
名乗らなかったのではなく、名がない。
それを聞いて、俺は警戒を一段階下げた。
西の大陸の騒動と、精霊の異変、この二つの組み合わせは西の大陸でのクエストが進んでいるという証左であると俺は踏んでいる。
すなわち、西の大陸にいる精霊たちが全員地雷原と化しているということだ。
FBOの中でも指折りの胸糞イベント、精霊王を名乗る老害どもの権力闘争。
あの害虫どもが己を神と崇めさせ、自身の権力に固執する様はゲームだとしても見苦しいの一言だった。
そんな国の支配する大陸から逃げて来たという精霊を警戒しないといけない現実は、ちょっと悲しくなるけど、警戒しないといけない現状が揃ってしまっている。
内心で申し訳ないと思いつつ、俺の背後にネルを控えさせて、いざという時は鎮圧するように指示をだしている。
「落ち着けたか?」
『・・・・・はい、すみません。時間がないのに』
そんなことなど気づかぬうちに、風の精霊は最初の挙動不審さが鳴りを潜め、ようやく話ができるという状態になった。
カップを置き、何から話せばいいかと逡巡するようになった。
「いいさ、これでも精霊たちの間では色々と評判なリベルタさんで通ってるんだ。相談の一つや二つ、ドンと来いってね!」
その時間消費ですら申し訳ないと思うくらいに、気が弱っているのかと感じ取り、俺はあえて大げさにふるまうことを意識した。
これで少しは気がまぎれれば儲けもの、場の空気が明るくなれば話しやすくもなるだろう。
『っ、貴方は面白い人間ですね』
「面白いという評価は最近よく聞くな、主に精霊たちからは」
そのおかげで、少しだけ吹き出すように笑みがこぼれて、さらに場の空気が軽くなる。
大げささを意識して、アメリカンコメディのようにおどけて肩をすくめる仕草も追加してやれば、明確に風の精霊は口元に笑みを浮かべた。
『そうなの?』
『うーん、確かに私たちの間での会長の評価は面白いことをしてくれる人ってイメージだね。だから、君の話も会長なら何とかしてくれるって思ったんだ』
『そう』
肩から力が抜け、緊張感もある程度緩んだ。
連れてきてくれた水の精霊の少女に話を振って、確認をとった際に風の精霊は覚悟を決めた顔をした。
『リベルタさん、話を聞いてください』
「なんなりと」
そしてポツリポツリと語りだした内容は、俺の知っている内容であった。
『始まりはいつかはわかりません。けど、気づいたら周りで大勢の精霊たちがおかしくなっていたんです』
「どういう風に?」
きっかけはなく、突然の変異。
その前触れの無さは、どこか聞き覚えのある話だ。
『なんていうんですか、無気力って言えばいいんですか?私たち精霊は長い時を生きるので、時々ぼーっとしてのんびりすることはあるんですけど、そんなときでも話しかければ答えますし、ずっと何もしないって言うのもあまりないんです。だけど、私の周りではどこか遠くを見て、一日何もしない精霊が突然多くなって』
奇行に走るわけでもなく、暴力を振るうわけでもなく、突然無気力になったかのような停滞状態になる。
『西の大陸は魔力の流れが他の大陸と違って特殊で繊細なんです。だから、細かく見てあげないといけないのに、それすらやらない精霊が増えて、そうすると仕事の負担が増えて、ちゃんとやってる子たちが注意しても、その時は謝るんですけど、数日も経つと元に戻っちゃって』
やる気がなくなる、無気力になる。
その症状を聞けば聞くほど確信してしまう。
「最初は、小さい精霊が多くなかったか?」
『・・・・・そう言えば、そうです。最初は小さい子たちが調子悪そうにしてたんです。やる気が出なくて眠そうで、その時は力の強い精霊はまだ大丈夫だったんですよ』
なので、風の精霊の記憶を確認するように、症状の進行具合を確認してみれば、ヒットしてしまった。
「そこから、徐々に力の強い精霊にも同じような症状が出始めていなかったか?」
『そうです!小さい子のカバーに入った仲間たちがどんどん無気力になって行って』
これは間違いない。そしてかなりマズい状況になっているかもしれない。
『私が、精霊界に逃げようとしたときは周りの子たちのほとんどが無気力になってて』
「上位精霊は?土地の統括をしている彼らは無事なのか?」
この精霊の話を聞く限り、ストーリーがかなり進んでいる可能性が浮上してきた。
もしそうならクラリスの状況もかなりヤバい。
ツーっと背中に冷や汗が流れる。
暢気に天使クエストを進めている場合じゃない、早急に救援を送らないと取り返しのつかないことになるかも。
中位精霊まで症状が進行している、上位精霊は無事でいてくれという願い。
『私を送り出してくれた風の先輩は大丈夫でした。水と火の先輩方もまだ元気そうでした』
「そうか、それならよかった」
その願いは通じてくれた。
猶予はある、しかし余裕は無いという状況の確認でしかないがこの差はでかい。
心の中で大きく胸をなでおろし、ストーリーの進行具合の確認をする。
多分だけど、俺がクラリスの実力をつけたことで西の大陸のクエストが進んでしまったのだろう。
となれば他の北と東の大陸の方のクエストも進んでいる可能性が出てくる。
主人公のステラとアステルがここにいるのに、なんでストーリーが勝手に進んでいるんだよと嘆きたくなるが、嘆くのは後回しだ。
「だけど、それだけじゃないんだろ?」
『・・・・・はい』
事の問題は、無気力になってしまった精霊だけではない。
ここまでなら、無気力になった症状を解決する方法はないかという相談で済む。
しかし、風の精霊は何者かに襲われた形跡があった。
言うか言わないか、悩みつつも、風の精霊は頷き、再び語りだした。
『最初はぼーっとしているだけでした。だけど、時々ふらってどこかに行くんです。別にそれはおかしくないんです。だけど、帰ってきたとき目がおかしくて、大丈夫?って聞いても大丈夫って返すだけで、仲間の一人がそのおかしくなった仲間の後をついて行ったら、帰ってきたその仲間も同じような目になって』
そして風の精霊はぎゅっと体を抱きしめるように腕を回して、怯えを必死に耐えようとしている。
『あの日、仲間が現れたんです。良い場所がある、そこに行けば、とても良いことができる、一緒に行こうって』
恐ろしい物を見たと、言わんばかりに、話すたびに、せっかく落ち着けた心を掻き乱し、顔色がどんどん青白くなっていく。
『なんだか怖くて、断ったんです。私、ちょうど魔力の流れの調整があったからそれを言い訳にして、断ったんです。そうしたら、一気に仲間の顔から感情が消えて』
親しかった仲間の突然の豹変、それは想像を絶する恐怖だっただろう。
一緒に来た精霊も風の精霊の肩に手を添えて、少しでも安心させようとしている。
風の精霊もその手を掴んで、少しでも不安を紛れさせて話をしようとしている。
『なんで断る、来なきゃダメ、そんなことしていないで一緒に来いって、無理やりどこかに連れていかれそうになって、私、怖くなって逃げようとしたら周りの仲間たちも同じで』
「そこに上位精霊が来てくれたのか」
『・・・・・はい、他の先輩たちも一緒に来てくれて、私以外の無事な精霊を逃がしてくれたんです』
「そうか、よく話してくれた」
『いえ、その、えっと』
その話の続きは、もう話さなくていいと俺の方から区切る。
きっと、上位精霊は力を振るったのだろう。
仲間へ力を振るうことは彼らにとってとてつもない負担につながる。
「大丈夫!リベルタさんに任せな。俺、今ちょうど強くなったところでね。バッチリ解決しちゃうから」
話を聞く限り、最悪ではない、その一歩手前でもない。
クラリスと協力すれば、立て直すことはできるし、最悪への道筋へ楔を打ち込み止めることも視野に入ってくる。
上位精霊たちが懸命につないでくれた時間。
それを無駄にしないために俺ができること、それを脳内で一気に組み立てていく。
精霊王はこのことを知っているのかと一瞬考えたが、俺の想定する相手が敵だとすると精霊王の元には情報が行っていない可能性の方が高い。
『・・・・・仲間を、よろしくお願いします』
「おうさ!!」
となれば、まずはそっちの方に話を通すべきだ。
涙ぐむ、風の精霊の願いを聞き届けて、少し本気で行動を起こすことを決意するのであった。




