21 砂漠の情報
前話が少しわかりにくかったようなので、少し加筆修正しました。
外部スロットの説明をしてから、あとは現地でやりましょうと言い遺し、天使はいつぞやの出会った時のようにスゥっと姿を消した。
天使という超常的な存在が消えた瞬間に、部屋の空気は弛緩する。
「それで、どうしますの?」
「やるよ」
『ほぅ』っと誰かがため息を吐いたのを皮切りに、さっきまで蚊帳の外で聞いていた女性陣から、天使と俺の話の内容の続きが始まる。
エスメラルダの視線は、この精霊界の家のテーブルの上に置かれている額縁に向いている。それは天使がくれたクエスト報酬の片割れだ。
隣にある騎獣のベルの存在を吹き飛ばすほどの品。
どうしますの?というエスメラルダの言葉の意味を、その視線で示しているからこそ俺は迷わず頷く。
額縁に手を伸ばし、その縁に触れ、そのままそっと持ち上げると思いのほか軽い感触に驚く。
落とさないように注意しながら、天使がやったように魔力を流すとその額縁に収められている神工皮膚に魔法陣が展開される。
相も変わらず意味を理解することを脳が拒む仕様の文字列に苦笑がこぼれる。
「それは、リベルタ様自ら行うということでしょうか?」
その魔法陣をじっと見つめているときにイングリットから話しかけられたので、魔力の供給を止めて机の上にそっと置いてイングリットの方に顔を向ける。
感情を表に出すようになってからイングリットの気持ちを察しやすくはなっている。
表情筋の動きは乏しいが、その瞳には不安の感情が見えている。
そしてその不安の感情はネル、アミナ、エスメラルダの三人にも見受けられる。
「うん、それが一番いいと思う」
そんな彼女らの不安を無視するわけではないが、俺は迷わず頷いた。
何事でも初めてなことを経験するということに、緊張することはある。
今回の外部スロットを体に付与するという話も、そういった経験に該当すると俺は思う。
感覚的に近いのは、初めて手術を経験するときの不安に近いのか?いや、入れ墨を入れることを決めた時の感覚に近いか?まぁ、生まれてこのかた入れ墨なんて入れたことないからわからんが、微妙に違うような気もする。
「平気なの?」
「うん、天使がわざわざ運んできてくれた神様からの贈り物だ。安全性という部分では問題はないと思う。あと、体に魔法陣が映るって女の子にやらせるのはまずいだろ。男の俺ならそこら辺を気にしないから平気だし、まぁ顔面は除いてだけど」
あとは安全性が保証されているのなら、この未知のアイテムを早く検証してみたいという欲求もあると、心の中でこぼしておく。
さすがにこの空気でそれを言う勇気はない。
「あとは、まぁ、検証するにしてもこんなヤバい代物他人には任せられないよ」
一見すれば、周りを巻き込むわけにはいかないという正義感にあふれるような言葉も、正直に言えばこんな面白そうなアイテムを誰かに任せて試されるのはもったいないという気持ちもある。
ゲーマーは、新しいアイテムが実装されたらすぐに試したくなる性をもれなく常備しているのだ。
ここがネルたちと俺の感覚の差だ。
未知に不安を覚えるのは、人として正常で、新しい物に対して不安よりも好奇心を優先している俺の方が異常なのだ。
外部スロットのことに関しては、色々と天使から直接説明を受けているし、神から直々に安全性を保証されている。
その点で言えば、問題なく外部スロットの付与は終わることが確定している。
その前提条件でも『魂が歪む』と天使が口にしたことが、不安要素を醸し出し、彼女たちの心配に繋がっているのだろう。
「でも、やっぱり心配だよ。今すぐやる必要があるの?」
「天使様がいらっしゃる今が貴重であるのはわかっていますけど、様子を見てもよろしいのでは?」
おかげでパーティー内では俺が外部スロットを使うことに対しては消極的な意見がさきほどから散見される。
ネル、アミナ、エスメラルダ、そしてイングリットの四人は様子を見るか、別の人で試すべきだという。
積極的に使おうとしている、俺に対してブレーキを掛けようとしているのだ。
多数決を取れば、俺が使わないことが正しいという民主的結論に達する。
しかし、全員が全員消極的というわけでもない。
「いえ、安全性が保証されているのでしたらリベルタが身に着けるのが妥当です。ここで機を逃し、天使様が再び降臨される機会を待つとなればいざという時に使えない可能性があります。であればここで使うことを私は勧めます」
唯一、俺の行動に賛同してくれるクローディアは、ここで仕様を把握している天使がいるときに使うべきだと意見を提示する。
ネル、アミナ、エスメラルダ、イングリットの四人が消極的なのは、さっきの天使の魂の負荷に関しての説明を聞いて不安要素があるからだ。
魂に負荷をかけない安全マージンを取っていると言っても、リスクはあると頭の中で考えている。
神様だから完璧だと妄信していない証明でもあるが、それは一旦置いておく。
彼女たち的には神様の言うことは信じたい。だが人間初めてのことに対して本能的に警戒心を抱く気持ちと重なり、万一何かあったらという点を懸念してしまうという、理性よりも感情的な面で不安がぬぐい切れていないのだろう。
「それに、万が一の要素に関しても外部スロットを付与する際に天使様が直々に検査してくれる機会でもあります。安全性という点で言えばこれ以上にない保証です」
クローディアみたいにメリットとデメリットを天秤にかけ、良い環境が揃っているのならやるべきだと肯定的な意見を述べれる方が珍しいと俺は思う。
「確かに、その通りですけど、リベルタがする必要はありますの?」
その意見にエスメラルダが納得するが、それでも直接俺がやる必要がないという意見は曲げない。
試作品を実戦に投入することに、リスクが付きまとうのは常識。
それを拭ってからでも遅くはないのではと彼女は言っているのだ。
その意見自体は間違っていない。
他の三人も同じような意見のようで、エスメラルダを否定しない。
さて、どうやって説得するかと考えているとクローディアが俺の肩に手を置く。
そして妙に凛々しい声で語り始めた。
「思い返してください。私たちがリベルタと出会ってからの日々を、直接間接問わず、彼が巡り合ってきた危機の数々を。平和な時はいいですけど、その反動でとんでもない事件と巡り合うのですよ?今は大丈夫かもしれませんが、その大丈夫な時期に力を付けないでいつつけるのですか」
「え?そういう理由で?」
「「「「・・・・・」」」」
「それで納得するの!?」
そのクローディアの発言は、不本意ながら的を射ており、さっきまでの不安を吹っ飛ばしてそっちの方の懸念が勝ってしまったと言わんばかりに、四人の表情は『ハッ!?』と気づきを与えられたことを示し、そして考え込み納得したと言わんばかりに態度を変えて頷くと。
「確かに、その通りですわ。リベルタの将来のことを考えますとこの機会を逃す方が危険ですわ」
「うん、リベルタ君だと、いつどこで何と出くわすかわからないよね」
「ええ、そうなるとスキルスロットを増やしておくのは良いことよね。リベルタならこの余裕を上手く使ってすごいことを思いついてくれるだろうし」
「はい、クローディア様のおっしゃる通りかと」
さっきまでの不安を一蹴して、いっきに賛同側に回った。
確かに、いろいろとイベントに恵まれていると言わんばかりにトラブルには出くわすけど、そこまでひどくは・・・・・ないとは言い難いよなぁ。
俺も自分がこの世界に来てからの履歴を考えると、日本でなら神社をはしごして厄払いをした方が良いのではと言わんばかりにトラブルに出くわしている。
次のクラス9に上がるまでにはだいぶ時間がかかるし、さらにスキルスロットを確保できる手立てが今のところない。
その段階で、今後の育成計画を崩さず、追加でスキルスロットを得られるなら。
「まぁ、俺も否定できないけど」
「スキルスロット三つでどれほど強くなれますか?」
「うーん」
少なくとも同格に負けないようにしたり、格上殺しの方法を組み込んだりといくらでも手段を講じることができる。
「やろうと思えばクローディアにメタが張れる」
「めた?」
「対抗策のこと。クローディアの現状のスキル構成を知っているからそれに合わせて完封できるスキルを三つ組み込むことはできる。まぁ、それをしたら汎用性が確実になくなるから、よほど倒したい相手じゃない限りはやらないけどね」
それくらいスキル三つ分の枠というのは重要なのだ。
「どのようなスキルを組み込むか、楽しみですね」
「やらないからね?クローディア対策なんて組み込んでも良いことないからね?それをやった俺を打倒したいような闘気を纏うの止めてくれない?」
「・・・・・残念です」
冗談で言った言葉を真に受けて、やれるならやってみろと言わんばかりのクローディアの獰猛な笑みを前にして、俺も俺で苦笑を浮かべて話を逸らす。
「さてと、賛同を得られたということで急いでフライハイトに戻ろうか。神殿の方に天使が来ているだろうから、マーレン司教たちはとんでもないことになっていそうだけど」
「そう言えば、そうね。あまりのことに忘れてたわ。天使様普通に向かっちゃったわよね」
「アハハ・・・・・絶対に騒ぎになっているよね」
「大丈夫、フライハイトには一回来ているからそこまでの騒ぎになっていない、はず」
「でしたらこちらの目をしっかりと見て言ってくださいまし」
そしてもう一つの現実と向き合う。天使という存在が前に来たときもかなり騒ぎになったが、今回はどうだろうと予想するまでもない。
きっと、神殿は騒然となり慌てふためく神官たちが走り回っている、そんな情景が脳裏をよぎる。
エスメラルダが指摘している通り、俺の視線は明後日の方向を向いている。
頭を掻き、誤魔化そうとしているけど自分の行動ながら無理がある。
「ハハハ、とりあえず。アミナ、精霊回廊を頼む。フライハイトに・・・・・ん?」
なら俺たちが駆けつけて話をつける必要があると思ったタイミングで、この家の扉がノックされた。
近所の精霊が遊びに来たのか?と思って、皆で顔を見合わせたのち、イングリットが玄関に向かった。
この家はそこまで大きいわけじゃない、しかし玄関が目と鼻の先にあるわけでもない。
イングリットがリビングを出て、玄関に向かいドアを開ける音が聞こえる。
そしてそのまま会話が始まる。
『あの、会長に会えませんか?』
「申し訳ございません。これから急ぎフライハイトに戻る必要がありまして、あまり時間が無く。何かございましたか?」
イングリットが丁寧に来客を断ってくれるという流れ。
『それが、西の大陸を渡ってきた友達を連れて来たんです。西の大陸の精霊たちの様子がおかしくて、会長ならどうにかできるかもって』
その流れで出て来た精霊の言葉を聞いて俺は立ち上がる。
「リベルタ様」
『あ!会長!』
そして玄関の方に向かうと、顔見知りの水の精霊とその背後に佇む、少し元気のない風の精霊がいた。
玄関に現れた俺の姿を見て喜ぶ水の精霊とは違って、一緒に来た風の精霊は戸惑い、どうするか悩んでいる様子。
「イングリット、お茶を用意してくれ。話を聞こう」
「かしこまりました」
『良かったね!会長が話を聞いてくれるならもう大丈夫!』
さっきのクローディアの言葉じゃないけど、本当にこういうイベントに縁があるな。
こうやって何らかの縁で状況は動く。
困っている精霊との出会い、そして西の大陸の生の情報。
これを聞かないという選択肢を俺は取ることはできない。
『・・・・・よろしくお願いします』
「ああ、歓迎するよ」




