18 Drリベルタ
普通のゲームでリアルな外科手術なんてことはしない。
俺が知る限りでは、医学生が使うVR実習用ソフトにその系統のゲーム的なものがあると言うのは知っているが、それ以外の一般コンシューマー向けのソフトで外科手術をリアルに体験できるようなゲームは、FBO以外に知らない。
そんなスプラッターシネマまがいの体験をすることを、ユーザーが求めていないというのもあるし、何より面倒だ。
FBOを作った会社も何をどうしてこんなことができるように作り込んだのか、今でも理解できない。
手術着代わりの、サンライトシルクで作った衣服を身に纏い、そしてマスクに帽子で俺の支度は完了。さらには。
「アミナ、しばらく歌い続けることになるけど、大丈夫か?」
「大丈夫!のど飴も舐めて調子もバッチリ!!何時間だって歌ってあげるよ!」
殺菌代わりにアミナに聖歌を歌ってもらいここら一帯を浄化する。
「ネルとエスメラルダは切り離したモンスターの部位の処理を頼む。絶対に元祖の湖には落とさないで」
「わかったわ」
「ええ、お任せください」
これから行うのはモンスターの切除、当然だけど切除した部分はモンスターとして生きている。
FBOの時は切り離した途端にその部位が独立したモンスターとして出現した。
精霊王に押さえてもらうのは精霊ケラスの本体で、切除したモンスターを処理する役割を二人に任せている。
そうならない可能性もあるけど、念には念を、警戒して損はない。
上位精霊の肉体を侵食するモンスターだ。
相応の強さを持っている。
名前の無いキメラではあるが、個体の中には寄生虫のように何かに憑りつくモンスターもいる。
ネルのスペックと、雷と氷を扱えるエスメラルダであれば問題なく完封できる。
「イングリットは俺を補助して手術器具の管理を頼む」
「承りました」
手術の助手はイングリットだ。
手先が器用なうえ、サポートに向いた気配りができる。
必要な器具を全て把握しているし、モンスターが暴れる中でも冷静に、必要な手術器具を正確に渡してくれる。
「クローディアは、ケラスへの回復魔法と手元で暴れるモンスターの鎮圧を頼む」
イングリットも俺と同じ手術着を着こんでいる。もう一人クローディアも同じような格好をしているが、役割がだいぶ違う。
俺がメスでモンスターを切除するということは、間接的にケラスへもダメージが入る。それをケアする役割と同時に、手元で暴れるモンスターの迎撃と鎮圧をお願いしている。
「任せてください。あなたは、貴方のやることに集中してください」
手術というにも烏滸がましい布陣であり、役割分担。
半数以上が戦闘と関わり合いのある役割なのだから、これを手術と呼んでいいのかもわからない。
『では、封印を解くぞ』
「はい、闇さん。では精霊王、お願いします」
『任せるがよい』
最後に、封印を解除する闇さんと、全体を鎮圧する精霊王に準備が出来たと合図を向けるといよいよ手術開始だ。
闇さんが抱える封印具が再び花弁を開く花のように開き、その中からケラスが解き放たれる。
『■■■■■■■■!?』
当然のように暴走状態。
封印したからと言って、沈静化するとは限らず、封印の中で暴れまわっていたということ。
『喝!!』
そのまま暴れ出しそうだったが、精霊王の一喝でケラスが地面に押しつぶされる。
まるでそこだけ重力が違うかのように、地面に敷かれたサンライトシルクの手術場所の上に押し付けられたかと思うと、瞬く間に周囲の地面から木々が生えて、その体を拘束する。
『ふん!』
さらに光の楔が生まれ、そこから鎖が生えるとそれもケラスの体に巻き付きより一層強固な拘束を実現する。
『魔法など使わせん!!』
それを突破するためにケラスが魔法を発動しようとするが、発現した魔法を指さすと瞬く間に消える。
「すごい」
「これが精霊王の力ですの」
圧倒、正しく一方的な圧倒。
倒すだけ、滅ぼすだけなら精霊王だけいれば問題ないと言えるほど一方的な圧倒に周囲は騒然となるが。
『良いぞ、リベルタ。やってくれ』
「はい」
その精霊王の力を持ってしても邪霊を助ける方法を見いだせなかったということだ。
魔道具であるセンサーゴーグルを装着し、俺はイングリットとクローディアを引き連れてケラスに近寄る。
『■■■■■!』
当然、近寄るものすべてを敵だと認識し始めているケラスから攻撃が来る。
「フン!」
それを警護のクローディアが弾いてくれる。
「メス」
「はい」
その触手の根元、その先に踏み込んだ瞬間から手術が始まる。
イングリットからメスを受け取り、ゴーグルが示す色彩の世界で精霊とモンスターの境界線を素早く見切り、まずは一体目のモンスターを精霊ケラスから切り離す。
このモンスターは外縁部、外側に寄生していたモンスターだから比較的簡単に切除できる。
しかし、それでも一部精霊とくっついている部分がある。
無理に切除すれば、精霊の無事な体も一緒に切除することになる。
境界線を見極め、正確にメスの刃を走らせないと、ケラスの体にとてつもない負担がかかる。
「頼んだ」
「任せて!」
「凍りなさい!」
片手で切除した触手を投げれば、空中でエスメラルダが凍らせてネルが元祖の湖に入らないように戦斧で砕く。
その間も、俺はケラスの体を診て、次に切除できる部位を探す。
モンスターと絡み合った彼の肉体はまるで知恵の輪だ。
取れそうにない、しかし、知恵を巡らせばとれるようにはなっている。
「短刀」
「はい」
用意している手術の道具を果たして手術器具と言って良いのか。
本来の外科手術であれば、鋏のような形状の鉗子や剪刀、ピンセットの役割をしている鑷子だけでも色々な種類がある。
外科医のプレイヤーから外科手術の手順を教わったときは本気でどれがどれなの?と区別をつけるのだけでも一苦労だった。
それを簡易的に、尚且つ効率的にできるようになれたのは、間違いなくFBOの世界にスキルや魔法薬があるからだ。
「イングリット、ポーションをここに、クローディア、こっちの傷にヒールを」
「はい」
「わかりました」
前世の病院の手術では使わないような魔法薬や魔法がこの世界にはある。
短刀で切除した部位を放り投げ、それがまた空中でモンスターに変化し、それをネルたちが倒す。アミナの歌う聖歌をBGMにして、俺はせっせとモンスターをケラスの体から切除することを繰り返す。
当然のように切除しているけど、現状麻酔無しでやっている。
それは何故か。シンプルにこの世界に麻酔の代わりになる物がないのと、下手にケラスの意識を落とすと切除しきれなかったモンスターに肉体を奪われて浸食されてしまうから。
かといってケラスの肉体に耐えがたい激痛が走り続けているかと言えばそういうわけではない。
さっき境界線を探って切除していると言ったが、俺が切っているのはあくまでモンスターの肉体だ。
ケラスの肉体に浸食はしているが、モンスターに変化している部分である。
痛覚が本体と連結している部分もあるが、ケラスの肉体の神経系はモンスターが掌握しているから痛みがケラスに伝わることがない。
いわば、痛覚が完全になくなっている部分をどんどん切除しているというわけだ。
「いったいどれほどのモンスターが彼の体に」
「わからないな。このペースだと二桁ではすまないかも」
質量保存の法則を無視するかのように、次から次へとケラスの体から湧き出してくるモンスター。
すでにケラスの見た目以上の体積のモンスターを切除して倒しているからこそ、クローディアが驚きの声を上げるのも無理はない。
その間も俺は、ゴーグルから見えるモンスターが切除できるラインを見極めまた一体のモンスターを切除する。
切った矢先に別のモンスターの接合部が出現する、ということを何度も繰り返し、これでは切除した意味がないと思われるかもしれないが、着々と数は減っている感覚がある。
「少し、手ごわくなっていますわね」
「でも、まだ余裕ね!」
その理由は単純明快、切除して切り離しているモンスターがだんだん強くなっているからだ。
ケラスの体の奥に潜むモンスター。
一体全体、どうやったら軽自動車並みの大きさのモンスターが数十体単位で入り込んでいるのか。
今も紫色の目玉のようなモンスターを切除して放り投げて、エスメラルダに氷漬けにされている。
『大人しくなってきたな』
「モンスターの影響力が落ちて、自我が戻ってきたのかも」
『そうかもしれんな』
体半分がモンスターに浸食され、さらにその浸食していたモンスターが複数いる。
あらためて考えても、あの時俺たちに逃げろと警告できていたこと自体が奇跡のようなものかもしれない。
「ほいっと、次はっと」
簡単に切除しているように見えるが、全力で集中しているからか額に汗がにじみ始めている。
ゴーグルをしているから目に汗が入ることはないが、額から頬に滴り始めている。
「・・・・・」
それを無言でイングリットが拭ってくれる。
俺の両手は常にモンスターの切除に忙しく動き、目は瞬きをすることを許されないくらいに、モンスターのうねる空間を凝視し続けているから、少しでも不快が拭えるのは助かる。
少しでも集中力が途切れると、飛んで来る攻撃を受けそうになるし、手元が狂うと余計なモノまで切ってしまいそうになる。
「次は鳥型ですの!?」
「前は獅子型のモンスターだったわよね」
「本当にどうやったらこんなに多種多様のモンスターを内包できるのですの」
切除することに集中し、放り投げたモンスターの種類までは把握できていない。
数も最初は数えていたけど、今は効率的に切除することに思考を振り切っている。
エスメラルダとネルの声もアミナの歌と一緒にBGMとして聞いている感覚になっている。
「・・・・・」
そんな手術中の最中に、俺の手が止まる。
今までのモンスターの中で一番の大物、なおかつかなり面倒な浸食の仕方をしている奴を発見したからだ。
膨れ上がるようにケラスの体から出現してくるモンスターの勢いはだいぶ収まり、小物はここまでと言わんばかりに、ケラスの体を絶対に離すまいと体の奥にがっつりと食い込んで蝕んでいる個体。
どこから切るべきかと目を走らせるが、今までの小物のモンスターみたいにどこを切ればいいかと明確にわかる個体とは違い、隙らしい隙が無い。
なら、隙がないなら、隙を作ればいい。
新しいメスを構え、そっと切除し始めるのは、モンスターの体の一部。
一発で切り取れないのなら、複数回に分けて切り取ればいいだけのこと。
『■■■■■■!?』
その悲鳴はケラスの口からではなく、その浸食していたモンスター自身からだ。
自分の体が削られて、この体だけは決して手放さないと根性を見せるも、俺がケラスの体に負担を駆けないように徐々に徐々にと削っていくとようやく俺を排除しないといけないと気づき牙をむくが。
「ほい、隙あり」
その俺への敵意をむき出したタイミングで、素早くメスを走らせて、一気に切除する。
「竜ですの!?」
「なんでこんなのが入ってるのよ!?」
そして切除した途端に放り投げて、空中で巨大化したモンスターを見て驚くネルとエスメラルダ。
ヤツメウナギのようなモンスターのサイズはケラスの体を大幅に上回る巨体だ。
驚くのも無理はない。
「よし、あとは細かいのを取り除けば良さそうだな」
そんな大物を切除してしまえばあとは雑魚だけ。細かいモンスターがまだまだいるけど、ここまでくればあとは消化試合だ。
抵抗もあったけど、さっきのやつと比べれば微々たるもの。
次々に切除して放り投げていくペースが速くなっていく。
「はい、これで最後っと」
そしてついにモンスターを完全に切除しきった。
ケラスの半身は穴だらけ。生物として生きていることがおかしいと言えるような無残な姿。
それをポーションと回復魔法で生かしている。
「ここまでくれば、あとは・・・・・精霊王、命の雫を」
『うむ』
ケラスが元の姿へ戻るための最後のピース。
精霊王が手をかざし、元祖の湖から命の雫が汲まれケラスの元に運ばれる。
球体として運ばれたそれが、ケラスの体に降り注ぐと、その体は光に包まれるのであった。




