17 癒しの手順
「さてと、封印が解ける前に移動するよ」
どことなく、あの赤と白の球体に似ている封印具は、封印状態で持ち運べるという優れものだが、欠点もしっかりとある。
「闇さん、封印具の魔力の消費具合はどう?」
『うむ、すぐにはどうこうなることはないがもって数時間といったところだな。まだまだ改善の余地があるな』
「封印している存在の強さによって封印を持続させる魔力消費量も増えるから仕方ないよ」
お手軽に運べるという利点を作るために、封印するための魔力燃費が著しく悪い。
上位精霊の闇さんが数時間しか持たないというくらいにはゴリゴリと魔力が消費されているということだ。
捕獲できるかどうかも確率だし、一度使ったら再利用ができない消耗品だ。
使っている素材も中々豪華なラインナップ。
一発で封印できたのは、俺にしては運が良かったと言える。
「精霊回廊使える?使えないなら、アミナに頼んで契約精霊に精霊回廊を開いてもらうけど」
『その程度なら問題ない』
「そうか、わかった。皆は引き続きこの隠れ里の調査を。俺たちが暴れたことで邪神教会の信徒が近づいてくるかもしれないから注意してくれ」
「「「「はっ!」」」」
その運を無駄にしないためにも次のステップに入る。
これから先は、むやみやたらに広めてはいけない情報が入ってくる。
仲間のエンターテイナーであっても連れていくことはできない。
「ステラたちも周囲の警戒に加わってくれ。調査が終わったらエンターテイナーたちと一緒にフライハイトに戻ってくれ」
「・・・・・わかったわ」
それはステラたちも例外ではない。
仲間になることはわかっていても、知る人物は最小限にしないといけない。
精霊王との約束だ。
ステラたちも何かあるのは察しているが、必要以上のことは聞いてこず、エンターテイナーたちと一緒に隠れ里の警戒に入った。
それを見送ればあとは、精霊王が許可して使えるようにしてもらった元祖の湖に向かうだけ。
「まずは精霊王の元に。そこにケラスを助けるために必要な最後の要素があります」
『うむ』
闇さんの精霊回廊に入り込み、いつものルートで精霊界に入る。
向かうのは俺たちパーティーと闇さん。
「エスメラルダ、道具の方は持ってきてくれた?」
「ええ、こちらに」
精霊回廊を進んでいる間に、エスメラルダに今回の儀式で使う道具を持ってきているか確認する。
エスメラルダはマジックバッグにすべて入れて来てくれたようで、抱えていたそれを俺に差し出してくれる。
「ありがとう。予定外の事態で俺が持ってこれなかったからな」
「無理もありませんわ。ですけど、リベルタなら何が起きてもおかしくないので、次はしっかりと準備をしてから出かけてくださいまし」
油断しているといつもこうだ。
大丈夫と安心して行動するたびにこういった突発イベントが待っていましたと言わんばかりに発生する。
エスメラルダの指摘に、俺は苦笑しつつ頷き、そのタイミングで闇さんの精霊回廊が出口に繋がる。
精霊回廊の出口の先は精霊王の居城前。
本来であれば直接精霊王のいる居城の前まででることはできないが、今回は精霊回廊が繋がれている。
それはすなわち、精霊王が招いている証拠。
『待っておったぞ』
事実、闇さんの精霊回廊の出口に精霊王が仁王立ちで待っていた。
「では、案内をお願いします」
『うむ』
目的の場所は元祖の湖。そこに入るために精霊王は居城に向けて振り返り腕を振るう。するとその巨大な居城がゆっくりと浮かび上がる。
その下から現れる、大きな階段。
『このような場所があるとは』
『代々、精霊王にのみ伝わる場所だ。闇よ、これを口外することは我と敵対し二度と精霊界に踏み入れぬことと覚悟せよ』
『はっ!』
その階段そのものを闇さんや俺たちに見せるのは、精霊界にとって想像以上のリスクがあることを理解しているのは、FBOを知る俺と精霊王くらいだろう。
他の皆はこの先に、何か重要な物がある程度の認識。
精霊王の先導のもとその階段を下りる。
「階段の入り口が!!」
『アミナちゃん、安心するが良い。我がいれば外には出れる』
「うん」
全員が入り込んだタイミングで、浮かび上がった居城が降りてきて階段の入り口が居城によって完全に封鎖される。
居城からも繋がっていないから、居城の底がそのまま蓋となる。
出口がふさがれたことで、一瞬暗くなるが、すぐに階段の壁に設置されている精霊石が光って階段を照らす。
ここに来るのはFBO以来で、現実では初めてくるから雰囲気が多少違うが見覚えはある。
階段を下りて、どれくらい進んだだろうか。
体感時間では30分ほどで、目的地にはついた。
「大きな扉」
「ええ、だけど、少し変な扉ね」
王都の城門にも負けないほどの巨大な扉。
「蝶番がないのですわ。扉として機能させるのでしたら開閉するために必要な物がない。開けることを前提としていないような構造ですわね」
その大きさにアミナが驚き、ネルが首を傾げおかしなところを探すと、エスメラルダがそっと指を指してその違和感の理由を指摘する。
『左様、この扉は我にしか開けられん。無理に開けようとすればこの地下空間そのものが崩壊し侵入者を生き埋めにするようになっておる。ただ触れるだけでもこの扉は意思を持って反撃をしてくる』
エスメラルダの指摘は正しく、精霊王も頷き、近づかないように手で制し彼がひとりで扉の前に進む。
そして扉に触れ、魔力を流し込むような仕草をすると扉は光り、スゥっと消え去る。
「・・・・・綺麗」
そしてその先の景色を見て、ネルが呟くように感想をこぼした。
地下空間に広がる巨大な湖。その青く透き通る水はこの空間を照らす仄暗い光によってでも底まで見えるほど透明だ。
『これは、まさか』
『そうだ、闇の精霊よ。これは世界の命の源と言われる元祖の湖だ』
その正体に最初に気づいたのは古から生きる精霊の闇さんだ。
目を瞬かせ、本当に存在するのかと何度も見直してなお変わらぬ景色に声が震えている。
『しかし!元祖の湖は古の大戦にて汚れ、失われたのでは!?』
『そうだ。元の元祖の湖は大戦にて汚れ、その役割を失った。ここにあるのは汚れから免れ残された一部の水だ』
元祖の湖とは、命の雫と呼ばれるアイテムの集合体だ。
この水を飲むだけで、状態異常の回復、そして全回復どころか、状態異常耐性の向上というバフまでかかる優れもの。
『代々の精霊王の管理の元この地下空間に秘匿され、ここまでの量にまで回復している。最初はほんの一杯の桶を満たす程の量でしかなかった。その一杯でも、見つかれば争いが起きることは明白。しかし、精霊界から無くなってはいけない宝物であるのもまた確か』
そんなものが地底湖と言えるほどの広大な地下空間に満たされている。
この水すべてが同等の量の砂金よりも価値があると断言できる。
『これがもし、外の世界に伝わればどうなるか。わかっておるな?』
『はい』
たかが回復アイテムだと思うかもしれない。
だが、この命の雫の価値はその回復能力だけではない。
この雫を素材にすればありとあらゆる回復能力をもった消耗品の効果が増加するということ。
エリクサーの効果も増やすことができ、さらには効果範囲すら拡げることができる。
この湖をもしどこかの国が確保できたのなら、その国と他国の軍事バランスは大きく変わることは間違いない。
『皆の者も、この場のことは決して口外しないでほしい。我は良き隣人を失いたくない』
「はい」
「うん」
「わかったわ」
「承知しましたわ」
「神の名に誓いましょう」
「承りました」
その危険性をわかっていてもなお、この場に俺たちを案内してくれたのは、信頼してくれたからだ。
その信頼を裏切らないためにも、この場に連れて来るのは信用できる仲間であっても必要最小限の人数にしたのだ。
『うむ、それでリベルタ、ここから何をするのだ?』
「まずは準備に取り掛かります。この入り口の広場に道具を広げても?」
『大丈夫だ。扉の警戒装置は我がいれば発動しない』
「では、さっそく準備にかかります」
邪霊救済に必要な最低限の人員とも言い換えてもいい。
正直、この救済方法は成功すれば助けられることは確実ではあるが、難易度はかなり高い。
「ネルとアミナでこれを敷いてくれ」
「はーい!」
「任せて!」
まず最初にマジックバッグから取り出したのは白い布だ。
サンライトシリーズを作る時にも使ったサンライトシルク。
それを渡したらネルとアミナは地面に皺を無くすように丁寧に広げ始める。
「イングリットはこの杭で四方をずれないように固定して来てくれ」
「かしこまりました」
その広げた布を固定するための杭と木槌をイングリットに渡して、固定を頼む。
「エスメラルダはこの魔道具をこの紙に記した配置にセットして魔力を充たしておいて」
「わかりましたわ」
その次に取り出すのはスポットライトのような照明器具。
闇さんに頼んで作ってもらった光による簡易的な拘束結界を作る物だ。
捕獲用の魔道具からケラスを開放した途端に暴れるのは必定、それを防ぐための物。
あくまで、捕獲用の魔道具はこの場所にケラスを運ぶためだけの魔道具で、癒す代物ではない。
「クローディアはこの桶に聖水を満たして、道具の消毒をお願い」
「わかりました」
次に頼んだのは、今回の救済に必要な道具の洗浄だ。
一応殺菌はしているし、それを真空状態で梱包もしている。
だけど、念には念を入れて浄化作用のある聖水に浸しておく。
『これは、刃物ではないか。これで一体何を?』
「邪霊となる部分の切除を試みます」
『なんと!?』
とりだしてクローディアに渡したのは外科手術のための医療器具。
メスやハサミやピンセットなど、それ以外にも諸々一式の道具が用意され並ぶ。
切除と聞いて精霊王は驚く。
それはそうだ。この世界に外科的手術なんて技術はない。
いや、正確に言えばないことはないが、地球の医療ほど発達しているわけではない。
なにせ回復魔法があるし、ポーションも存在する。
それを使えば大抵の傷は癒せてしまうのだから、病巣の切除という方法で治療するという発想が思いつかないのだ。
ただ、俺がやろうとしているのも普通の外科的手術ではないのも確か。
最後に取り出したのは、センサーゴーグルだ。
これは簡易的な鑑定の魔道具として闇さんに作ってもらった代物だ。
効果はモンスターかそうではないかを判別するだけの代物。
本来は擬態したモンスターを看破するときに使う道具なのだが、今回の救済にはこの魔道具は必須級のアイテムになる。
『できるのか?』
「過去に何度もやって、成功させています」
それ以外にもいろいろな道具を出して準備を進めていると、その道具を覗き込むように精霊王は観察する。
その表情には一抹の不安がよぎっている。
その不安を拭い去るために、俺は大丈夫だと真剣な顔で頷く。
『そうか、わかった。リベルタがそこまで言うのだ。我も信じようではないか』
「ありがとうございます。手術の際には、ケラス本人が暴れると思います。拘束を手伝ってください」
『うむ、任せるがいい。完璧に抑え込んで見せよう』
脳内では何度もシミュレーションは重ねてきたが、実際の精霊の手術はFBOのゲーム内でしかやったことはない。
妙にリアルで、外科医師のように的確な判断と緻密な動作を要求される邪霊救済。
ゲーム終盤で入手できるような希少アイテムさえそろえばもっと簡単にできるけど、現状で用意できる環境だとガチの外科医プレイヤーと一緒に攻略手順を構築した記憶を必死に呼び起こす必要があった。
「頼りにしています」
そんなことを思いつつ周囲を見回せば、全員が配置につき準備が完了したのがわかった。
「では、手術を始めます」




