16 捕縛の勧め
ゲーマーだった俺の本来のスタイルは、万全な準備をして相手を完封することを主眼としている。
それが一番効率的であり、安全であるからだ。
行き当たりばったりというのは、明確な危険をはらむこともあるし、成功しても失敗しても損益を考えると非効率とも言える。
「あまり、こういう遭遇戦はしたくないんだけどなぁ」
だからこそ、ステラを責める気はないけど、準備を全てフッ飛ばして発生するこういう遭遇クエストというのに理不尽さを感じてしまう。それでもとにかく戦闘態勢に入る。
『・・・・・』
ストーンサークルが崩され、その地面に隠されていた魔法陣が顕現する。
地面に直に精霊が埋まっているわけがなく、ストーンサークルはあくまで楔。
精霊たちの秘術によって生み出された異空間に時間を停止して封印されていた。
光の繭。
その中に膝を抱くように丸まっている精霊がケラス。
人型の原型はまだ保っている。その半身、左側半分が異形のモノへと変化しそうになっていることを除けば。
FBOでは、同様のクエストで何度も見慣れた光景。
邪霊を救助するというクエストの大半は、邪霊側が被害者のケースだ。
『・・・・・ニゲテ』
そしてうっすらと目を開き、光の繭の中で目覚めたケラスは、か細い声で俺たちに逃亡を促した。
『っ!ニゲテニゲテニゲテニゲテニゲテニゲテニゲテニゲテ!?』
しかし、直後に壊れたスピーカーのように人どころか精霊でも出してはいけないような金切声で、逃げることを求める言葉をただ繰り返す。
その異常な光景のなかで、イベントが進むように光の繭が一気に黒く染まる。
まだ他者に警告を飛ばせている。
その心根の優しさに、口元がゆるみ。
「大丈夫、大丈夫。リベルタさんにお任せさ」
鎖分銅を片手に言うセリフが、安心させるための言葉とはなんとも違和感がある。
こういうのって武器を納めて言うべきセリフだと思うのだが、あと数秒もすれば封印が完全に解ける。
エンターテイナーと御庭番衆も完全に戦闘態勢に入っている。
「正面は、俺が受け持つ!皆は防御に専念し、精霊ケラスをこの場から移動させないことに専念せよ!」
「「「「了解しました!」」」」
その準備が整い、返事を聞いた瞬間に封印は消え去る。
『ニゲテェエエエエエ!!!!』
精霊の悲痛な叫びとともに、異形と化した半身の触手がうねり一番近くにいた俺に襲い掛かる。
精霊ケラス自身の意思に反したような身体の動き、それはそうだ。
精霊ケラスに混ぜ込まれたモンスターは本能的に人間に敵意を持ち、襲い掛かってくる。
敵意が残ったモノが混じっていたら、こういう反応になるのも当然だ。
「大丈夫大丈夫、俺たちは簡単には怪我しないからな、存分に暴れろ」
そんな攻撃を余裕の表情で回避して、鎖分銅を投げつけて触手の一本と綱引きに移行する。
「御屋形様!」
「ありがとう、これ頼む」
「はっ!」
そして近くに走り寄ってきた御庭番衆の一人にそれを渡して、代わりに新しい鎖分銅を受け取る。
引きちぎらないように気を付けて力加減をする御庭番衆に向けて、別の触手が襲い掛かるが、それはエンターテイナーやほかの御庭番衆が弾いて防ぐ。
「次はこっち、と」
その隙に鎖分銅を振り回し、ケラスの胴体に巻き付ける。
今度は反対方向に引っ張り、そこにエンターテイナーが走り込んできて俺から鎖分銅を受け取り、また新たな鎖分銅を受け取る。
『ギュアアアアア!!』
ケラスの口から異形の声が響き渡り、その拘束から必死に抜け出そうとするが、二本の鎖はびくともしない。
鎖を掴む二人も踏ん張ってその場から動かないようにしている。
「三本目!」
その隙に三本目の鎖を投げ込み、新しい触手に絡みつき動きをさらに封じる。
そして同じようにエンターテイナーが走り込んできてバトンタッチ。
「次は」
『■■■■■■■■■■!?』
三本も鎖を巻きつけ、固定を試みれば当然だが遠距離攻撃でどうにかしようと相手も行動を起こす。
地の精霊の力を無理矢理、モンスターの肉体側から引き出されてその痛みで苦痛の叫びをあげるケラス。
「ストーンランス!迎撃!!」
上位精霊の力を引き出し、鋭利な刃先となった石の槍が鎖を持つ三人にめがけて発射されるが、発射される前に九割方撃ち落され、そして発射された奴も防がれる。
「四本目!」
攻撃をしている間に、足に絡みつくように鎖を投げつけて絡ませ、また動きを封じる。
だが、これでは身体の動きを封じることしかできない。
精霊の中には肉弾戦を主軸にする精霊もいるが、そんな精霊でも精霊魔法は多用する。
精霊は生来、その自然の属性の能力を備え付けている故に、その能力に即した力を行使する。
なにを言いたいかと言えば、こんなふうに鎖で身体を雁字搦めにしても、その属性の精霊魔法による遠距離攻撃を封じない限り、この拘束は逃亡を封じる役割しか意味がないということだ。
ダメージを与えて動きを封じるという選択肢が取れない以上、ここから先は闇さんが捕獲用の魔道具を持ってくるまでひたすら時間稼ぎに専念するほかない。
「ふっ!」
また新しい鎖分銅を受け取って、エンターテイナーたちとともにモンスター側から放たれる攻撃を迎撃する。
空中に出現する石の礫や槍、さらには大きな岩もその分銅で砕きまわり、相手の攻撃を無力化し続ける。
ダメージを与えてはいけない。
その縛りは、いずれは間違いなく俺たちを窮地に追い込んでいく。
こんな突発的な緊急事態なら、危険を考えればケラスを討伐する方に舵を切ってもきっと精霊王も俺を咎めないだろう。
『・・・・・』
目を凝らすと、ゆっくりとだが、精霊の肉体を徐々にモンスターの肉体が蝕んでいるのが見える。
体の自由を奪われ、意思に反して自分の力をモンスターに使われる。
それはきっと何とも言い難い苦痛だろう。
『・・・・・コロシテ、オネガイ、ワタシヲ、ホロボシテ』
必死に攻撃を迎撃している俺たちに向けて、首元までモンスターの肉体に浸食されたケラスは涙を流して救いを求めてくる。
ドーラスとは違う。
他者に迷惑をかけることを良しとせず、涙を流しながらも覚悟を決めた声。
「断る。生憎と、助けられる命は助ける主義でね。やると決めたら貫き通すのが俺という人間なんだ」
その覚悟を踏みにじるような言葉を投げかけている自覚はある。
というよりも、俺の行動は基本的に善意だけの行動じゃないんだ。
より理想が高いクエストクリアの結末を目指していることなんて、俺の都合でしかない。
精霊ケラスからしたら、苦痛から逃れて死による早い救済を望んでいるのかもしれない。
こんな鎖で動きを封じて、攻撃を迎撃するだけの行動に何の意味があるのかというケラスの疑念の視線を真正面から受け止め、この膠着状態を維持する。
どうしようもない、手詰まり、打つ手なし。
そんな感想を抱いても仕方ない現状に絶望しようとしたその時だった。
『待たせたな!会長!』
待ち人来たるとはこのことか。
精霊回廊が開き、その闇の中から飛び出てくるのはスイカほどの大きさの球体をわきに抱えた闇さんだった。
「リベルタ、大丈夫!?」
「間に合った!?」
そしてその精霊回廊から後続が飛び出してくる。
赤い髪のおさげを揺らして飛び出てきたネルと翼となる腕を大きく羽ばたかせて空に舞い出るアミナ。
「防ぎます」
「アイスウォール!!」
そしてさらに飛び出て来た、イングリットは空中で射出された地魔法を切り払い、エスメラルダは鎖を持つ面々の前に氷の壁を形成する。
そして最後に飛び出してきたクローディアがその二人の間をすり抜け、ケラスにめがけて走りよる影が手に持った札をケラスに貼り付けた。
「封印札です。これで浸食は抑えられるはずです」
『ダメ、これじゃ』
体に貼り付けられた札は、確かにモンスター側の肉体の動きを一時的に封じることができる。しかし、それでも完全に侵食を封じることは叶わない。
それを感じ取ったケラスの警告に、クローディアは後ろに跳び振るわれた触手を回避する。
「アミナ!聖歌を!」
「うん!」
札は気休め、動きを多少鈍くすることと精霊の浸食を遅らせる役目だ。
それに加えて、アミナの歌がこの場に響く。
清らかな歌声で、この場の空気が浄化される。
それを嫌がるように、モンスター側の肉体が無理矢理暴れはじめる。
元々注目を浴びやすいアミナの歌によって、ヘイトは全てアミナの方に向きまだ動かすことができる触手と魔法でアミナを撃ち落とそうと攻撃を仕掛けるが。
「させないわよ!」
アミナの護衛に就いたネルによって、それは防がれる。
「エスメラルダは魔法陣を敷いてくれ!イングリットはエスメラルダの護衛!クローディア!ケラスに追加の札をガンガン貼って!」
「わかりましたわ!」
「承りました」
「わかりました」
その隙に、事前に用意していた策を発動する。
エスメラルダは持ってきた杖の束から一本を地面に突き刺すと、魔力を流して次の地点へと駆け出す。
「闇さん!魔道具の準備を!」
『いつでもいけるぞ!』
準備が整うまで、そこまで時間は要しない。
こっちの戦力が揃ったのなら、ここから一気に畳みかける。
クローディアが高速で接近して、次から次へとケラスのモンスター化した部位に封印札を貼り、さらにケラスに食い込んだモンスターの動きが悪くなる。
それでも暴れようとするとエンターテイナーたちが鎖を引っ張って動きを封じる。
魔法による攻撃も迎撃される。
何かマズいことが起きそうなことを、モンスター側の肉体が察して脱出を試みようとするが、俺たち総出での完封作業の前には焼け石に水で、何もできない状況に追い込まれる。
「リベルタ!こちらは準備できましたわ!」
その隙に、エスメラルダは十字に配置した杖に魔力を流し込み、ケラスを中心とした魔法陣が展開される。
「クローディア!下がって!」
「はい!」
それを見て、即座にクローディアを下げさせる。
「エスメラルダ!やって!」
「わかりましたわ!!」
封印札は消耗品だ。
だが、それでも一定時間は対象を捕縛してくれるし弱体化させることもできる。
いわばデバフアイテム、そこにさらに強力な移動封じのスキルを施した杖による封印術が発動する。
白い光を帯びた十字型の魔力の帯が、中心地にいるケラスにめがけて伸びる。
ダメージを与えられないなら、デバフで相手の能力を下げる。
それが無傷で捕縛をするにあたって、俺たちが取れる数少ない手段。
「闇さん!」
『行くぞ!!』
身動きを取らせないデバフアイテムを駆使した捕縛術。
その状態に持ち込み、物理と魔力の二方面で動きを封じた段階で、闇さんに指示を出す。
上級精霊の闇さんの魔力をふんだんに込めた魔道具を大きく振りかぶり、ドッジボールの要領で投げこまれた魔道具が、俺の目からしてもものすごい勢いでケラスに向かう。
そのままいけば、豪速球がケラスに直撃する。
そのような軌道を描いているにもかかわらず、その魔道具は直撃する直前に空中で停止、即座にその球体型魔道具は花が花弁を咲かせるかの如く、八等分に割れて中身を露出した。
そこにはダンジョンの入り口のようなものが存在し、それが解放された瞬間にものすごい吸引力を発揮する。
吸い込み、中に収容しようとするのは予想外であったのかケラスの反応が少し、ほんの数秒だけど遅れる。
ケラスが何が起きたと理解するまえには、その魔道具に施した術式は正常に発動して、その魔道具の中にケラスの体を拘束と封印ごと吸い込んでしまった。
異空間にケラスを吸い込んだ魔道具は、開放した花弁を閉じ、再び元の球体の形状に戻る。
そして地面に落ち、その巨大さゆえの重量感のある音を響かせて、沈黙する。
しかし、しばらくは脱出しようと試みる中身によって振動し再び騒がしくなる。
それが数秒、十数秒と経過し、周囲が見守るなか封印は解除されることなく完全に沈黙が勝った瞬間。
「ふぃぃ、どうにかなったか」
俺は安堵のため息を吐くのであった。




