13 英雄(仮)
準備はできた、そして作戦も立てた。
ならばあとはやるだけだ。
「ほい、お菓子」
「ありがとう、でもこれから戦いに行くのよ?」
「戦うのにはカロリーがいるからな、スタミナ不足にならないように」
だけど、いざ出陣という段階で、ステラたちの顔が強張っているのに気付く。
深呼吸を無意識に繰り返し、落ち着こうとしているステラ。
何度も武器の位置を調整するアステル。
腕を組んで落ち着きなさそうに、歩き回るライナ。
杖を握る手に力がこもるジュリ。
しっかりとレベリングをしてステータスには安全マージンを取った。
その超越した力があったとしても、相手は世界を敵に回した大組織だ。
そんな存在と一対一ではなく、数的に圧倒的な不利を抱え込んだ状態で戦うのなら緊張しても仕方ない。
それも奇襲ではなく、名乗りを上げての正面からの真っ向勝負なのだから、不安が募ってしまったのだろう。
それを少しでも解消するには甘味というのは即効性がある上に、お手軽だ。
「ほい、アステルも食べなよ。そっちの2人も」
「ああ」
「・・・・・もらうわ」
「いただきます」
カロリーという言葉がこの世界の言語でどのように変換されたかはわからないが、通じたのは間違いない。
食べた方が良いという認識で、そっと俺が差し出した包みの中にある保存食のようなクッキーを一つずつ、それぞれが手にして口に運ぶと、険しかった表情が少しだけ和らぐ。
フライハイトの農業が生み出した高級な小麦と、潤沢な飼料で育成している牛から絞った牛乳で作ったバター、そして同じく潤沢な飼料で育成した鶏が産んだ鶏卵、さらにコツコツと手間をかけて作っている、他所では手に入らない上質な白糖。
これらを使って作られた菓子は、緊張感を多少は緩められる効果はあったようだ。
もっとないのかという視線に関しては、スルーしてそっと包みをしまう。
「大丈夫、バックアップで俺たちも動く。何かあった時は助けに入るから」
将来有望と言っても、彼女たちはまだまだ新人冒険者。
ベテランたちのような経験を積んでいるわけではない。
彼女たちがやろうとしているのは世間一般の常識から言えば無理無謀という分類に入る行為だ。
保険はしっかりとあるとはいえ、万が一という想いはあるだろう。
「ありがとう」
これから壮大な戦いに挑むというのに、腰に差しているのがハリセンでは締まらないかもしれないが、それが今回の作戦では最善の装備なのだから仕方ない。
「よし、行くわよ」
「ああ」
「ええ」
「はい」
静かに宣言をして、洞窟からステラたちが出発する。
「ジュデスとシャリアはステラたちの援護を」
「まかせろ!」
「僕にお任せ♪」
その背を見送って、バックアップ班として集まったエンターテイナーたちも活動を開始する。
彼らの主な活動は、ステラたちがしばき倒した邪神教会の面々を捕縛して確保することと、ステラたちが危機的状況に陥った時に助けに入ることだ。
忍者のような黒い装束に仮面をつけた集団が、どんどん洞窟から出ていく光景はどこかの悪の組織を彷彿とさせるが、それは気にしない。
エンターテイナーたちが出ていってしまうと、この空間に残るのは俺と護衛の御庭番衆が三名。そして。
「それじゃ、俺たちは彼女たちの雄姿を遠くから眺めますか」
「冒険者ギルドへの報告のために、わざわざ俺たちを呼んだってわけか」
「だって、彼女たちが邪神教会を倒しましたって言っても信じられないでしょ?」
「そりゃそうだが・・・・・王都のギルドマスターまで呼びつけることはないだろ」
冒険者ギルドと一番接触しやすい窓口として知り合いのデントさんに連絡。
そしてデントさん経由で、今回ステラがギルドマスターになっても不足の無い実力を持っているという証明をするための審判役の派遣をお願いしたのだ。
「なんだい?あたしがここにいちゃだめだって言うのかい?デントの坊やはいつからそんなに偉くなったやら」
その結果来たのが、王都レンデルの冒険者ギルドのギルドマスター。
「そう言わないでくださいよギルドマスター。ただでさえ、こいつとの関係を黙ってたことで上のやつらから睨まれていて大変なんですから」
「英雄様との関係を隠していたのが良くないんだよ。まったく」
ドルチェさん。鷹のような鋭い眼差しを持つ桃色の髪の初老の女性。
しかし、その年齢に見合わぬ彼女の鍛え抜かれた肉体と男性の平均身長に迫る長身は彼女を戦闘者として認識させる。
王国の外に出るということで武装もしているが、身の丈程もある金棒を背負っているのは中々迫力がある。
FBOでは珍しい、『善いピンク』として有名なギルドマスター。
姉御肌で面倒見が良いことで俺たちプレイヤーの中でも高評価の人物だ。
彼女とはすでにフライハイトで挨拶を交わしているから、自己紹介はない。
あるのは、今回の視察に関しては前向きにやる気をだしていると証明するかのような笑みだ。
「まぁ、その辺は今後のつながりで打ち消すとして、あたしゃ、見てるだけでいいんだね?」
「ええ、それでいいです。彼女たちだけで邪神教会の隠れ里を全滅させるだけの実力は与えました」
「ほぉ、なるほどね。それじゃ、あたしも厳しめに見てやるとするかね」
ドルチェさんとデントさんを引き連れて俺たちも洞窟から出る。
外に出ると、そこは森の中で当然だけどここからじゃ隠れ里を見ることはできない。
「こっちです」
一番確実なのはステラたちと一緒に隠れ里に向かい、そこで観察することがいい。
だけど、それだと俺たちも襲われるのでその分だけ邪神教会のヘイト管理が難しくなる。
隠れて観察することも考えたけど、俺とデントさんはいいけど、ドルチェさんはその手のスキルを持っていない。
なので、わざわざヘイトが向くように設定したステラたちの能力を削ぐことよりも、こっち側で遠距離で監視できる体制を用意した方が良いと判断したわけだ。
二人を案内したのは偽装を施したツリーハウスだ。
木の枝に偽装した梯子を上る先にある、エンターテイナーたちが使っていた監視塔というわけだ。
遠目から見ると背の高い木にしか見えないカラクリは、マジックアイテムによってマジックミラーのようなことをしているからだ。
外から見ると木、しかし内から見るとツリーハウスという便利なマジックアイテム。
そんなツリーハウスに案内して、観光地によくある百円を入れると遠くが見られる望遠鏡のような物の元まで案内する。
「これで遠くを見ます」
いかにステータス補正があろうとも、遠くを見るのには限界はある。
まぁ、それでもアフリカのどこかの部族に負けないくらいの視力があるから、ここからでも見えなくはない。
しかし、この補正アイテムがあった方が見やすいのも事実。
「へぇ。魔道具かい?」
「遠くを見れる魔道具で、視野も狭くなりません。この脇についているハンドルを回すことで倍率を変えられます」
そのアイテムをしみじみとドルチェさんは見て、迷わず覗き込み、『ほうほう』と頷きながら迷わずハンドルを回し始めた。
「こりゃいいね。見張り台に何台か設置するだけで監視が楽になる。リベルタ坊や、これ、いくつか売ってくれないかい?」
「じゃぁ、あとで商売部門の責任者に話を通しておきますね。値段の交渉はその人とやってください」
「わかったよ。それじゃ、あたしは審査に入らせてもらうよ」
望遠鏡の性能に満足して、さっそく欲しがり、そして流れるように元の仕事に戻るあたりちゃっかりしている。
望遠鏡は三台用意してあるから、当然だけど俺とデントさんも監視に入る。
左から順にデントさん、俺、ドルチェさんと言う並びは、もしかしたら祖母と父に挟まれる子供という構図に見えるかもしれないなと思いつつ、ハンドルを操作して倍率を変える。
「うわ、マジで殺到してやがる」
ステラたちが移動するのは速い。なにせ、クラス7でレベルはカンストしている状況だ。
走るだけで、隠れ里につくのに五分とかからない。
全力疾走して迫ることで、まずは敵から注目を浴び、さらに警戒心を煽る。
それだけでも矢を射かけられそうになっているけど、ステラが腰から剣を抜いて何やら叫ぶと、望遠鏡越しに邪神教会の見張りの表情が一変するのが見える。
叫び散らし、怒髪天を衝くと言わんばかりの怒りに満ちた形相。
怒っているのは明白、そして敵意むき出しに矢を射かけているのもまたわかる。
そこから、アステルが前に出て、隠れ里の入り口に向かって走って行けば、その恰好を見ただけで邪神教会の連中がうじゃうじゃと湧きだし、口々に仲間を呼んでいるのがわかるくらいの混沌とした状況になっている。
「しかし、けったいな武器だね。本当に顔を殴るだけで人が気絶していくよ」
「あれ、警備隊にあったら便利だろ。普通の武器を使うとどうやっても怪我させちまうからな」
そうなってくると乱戦になるのだが、連携を重視しているステラパーティーは、陣形を崩さずサクサクと、ハリセンで邪神教会の信徒たちをしばき倒していく。
ここまでは聞こえないが、綺麗なスイングでスパンとハリセンの良い音を響かせているのが手に取るようにわかる。
ステラとアステルがそれぞれのハリセンを振るうごとに、コントのように邪神教会の信徒たちが気絶して倒れていく。
それを乗り越え、或いは踏み越えて進むたびにわらわらと殺到してくる信徒たちも、ハリセンの猛威の前に次々と倒れていく。
「でも、あれも一応欠点はあるんですよ?やっすい紙だとスキルエンチャント量が足りなくて気絶まで持っていけないですし。ダメージはほぼ皆無、ステータス差がないと効果もありませんし」
「量産性と、実用性に難ありってことかい」
「無理矢理、あれを作る必要性はないってだけで、専用の装備を用意した方がお手軽ってわけです」
「なんだい?それを売りつける気があるのかい?」
最初はぎこちなく、固かったステラたちの動きが、邪神教会の連中が1人、また1人とハリセンの一振りで気絶して倒れていくと、余裕が生まれ動きがスムーズになり始めた。
なにせ訓練してきた対戦相手が俺やクローディア、さらにネルにイングリット、さらにゲンジロウといった御庭番衆の面々とフライハイトでも最強メンバーだ。
邪神教会の信徒じゃ逆立ちしたって倒すのが無理な面々。
それと訓練してきたステラたちの実力は、そんじょそこらのやつなんて足元に及ばないくらいに戦闘能力は整っている。
実戦するまで確信することはできなかったのだろうけど、いざ戦ってみたら拍子抜けというくらいに軽々と邪神教会の連中をなぎ倒している。
「そういうビジネスがあってもいいかなぁと。冒険者やギルドに直接卸して商人ギルドの相手はお任せしてしまうのも一考かと」
「ちっ、可愛げのない坊やだね。業突く張りのあいつらをあたしたちに押し付ける気かい」
「お互い利益が出て、冒険者ギルドの方は資産が増える。俺たちは面倒な相手に手間をかけずに済む。ウインウインってやつですよ?」
おまけに、何やら仰々しく挑発もできているようで、もっと仲間を呼べと叫んでいる隊長みたいな人も現れ始めている。
注目は完全にステラたちに集まっている。
倒れている信徒を拘束して運び出すエンターテイナーたちに気づかないくらいに頭に血が上っているのがここからでも見える。
危なげのない戦い振りは、俺たちに商談の会話をすることができるくらいの余裕を生み出す。
「あいつらの相手をしてやるんだ。よっぽどいい物を寄越すんだろうね?」
「少なくとも、冒険者ギルド『とは』友好的な関係を築きたいとは思っているので、相応の物は用意しますよ?詳細に関してはうちの担当を同席させますけど」
「なら、期待はしておくかね。それに少なくともあの子たちは大丈夫なのはわかったよ」
少なくとも現役ギルドマスターが文句を付けないくらいには、ステラたちも評価されているのであった。




