12 用意周到
勝負事の九割は準備で決まると言われている。
これは練習や勉強といった、事前準備という名の身体改造が当てはまるから言われることだ。
野球などのスポーツでも、どんな才能あふれる人であっても正しい方法で練習や対策をしないとライバルたちの中ですぐに埋没するし、準備を怠れば怪我をする。
どんなに頭の良い人であっても、相手より勉強せねばそもそも受験などの競争で勝つことはできない。
ゲームもそうだ。
勝つためには時間を掛けて研究しレベリングして、事前に準備する必要がある。
「だんだん、この作業に慣れてきている自分がちょっと怖いわ」
「僕も」
「ようこそ、こちら側の世界に」
ゲームとかで、長い時間をかけてレベリングし、最強装備を揃えたのにも関わらず、目指していた肝心のボス戦は数分、長くても数十分ほどで終わってしまう。
レベリングや装備を整える膨大な時間があってこその、本来の目的であるラスボス戦の戦闘時間の短さ。
これがゲームでも勝負の九割は準備で決まると言われる、所以だと俺は思っている。
どこか遠くを見るネルとアミナ。
彼女たちは俺のその『過程』に手を抜かない行動の最初の同行者。
慣れという名の諦観に最も近しい存在だと言える。
この思考に至るのも一種の結果だと言える。
その性質は消極的。
やらねばならないから、義務的にやるのだという思考性質だ。
必要だから積極的にやり、不要ならやらない。
そんな思考形態に2人は落ち着いたわけだ。
「こういう形で、体を動かせるのはいいことですね」
それに対して、正反対なのがこの周回作業に対しても積極的に参加しているクローディアだ。
ニッコニコと、ひたすら体を動かし、単調な作業にもめげず、むしろやりがいを感じてこの素材周回を楽しんでいる女傑。
「クローディア様が羨ましいですわ。私はやはり、途中で気が滅入りそうになってしまいましたわ」
「私は、途中でリベルタ様を抱きしめることで回復できたので問題ありませんでした」
「・・・・・イングリットさんはふとした隙に抜け駆けをしますわね」
「エスメラルダ様も、ご一緒にすればよろしいかと。リベルタ様を抱きしめることに恥じることなどありません」
そして苦行こそ、己の成長の糧という悟りに達したのがクローディアで、素材収集とかの適性が高かったりしているのはある意味で納得。
ダンジョン攻略の効率を考えたり、相手に応じて戦う方法を考えたりと、心身の鍛錬をしながらやっているのは、思考がやり込み系ゲーマーに近いのかもしれない。
そう言えば、彼女にエリアルコンボのやり方を教えた時も、基礎を教えて派生技も教えたら、気づいたら空中確殺コンボを考えついていたな。
前に泡沫のダンジョンで巡回しているときは、少し辟易とした様子を見せていたけど、そこで彼女ならもしかしてと考えて、RTA走者のような思考を植え付けてみたら見事に覚醒したから、元々ゲーマーの素質はあったということだろう。
対してエスメラルダは、ネルやアミナ派だ。
同じことを延々と繰り返すことに対しては苦手意識がある様子。
素直に疲れたと口にしている。
イングリットに関しては報酬があれば、やる気を出すというタイプだった。
何気に今回の素材周回の成績に関しては、ネルの豪運とクローディアのやる気という二強に迫る勢いで健闘して女性陣の中では三着。
流石にネルの豪運という名のドロップ効率チートには勝てず、クローディアのようにやる気をずっと維持することはできず。
疲れて、テンションが下がったタイミングで俺のところに来て一分くらい抱き着いたら作業に戻ると言うのを繰り返していた。
ちなみに、今回の素材回収に関して終わった順番を言うなら、俺、ネル、クローディア、イングリット、アミナ、エスメラルダの順番だ。
アミナに関しては、サポートしてくれた精霊たちのやる気がとんでもなかったからな。
その分の差がもろに出た感じだ。
逆を返せば、その精霊たちのやる気をイングリットは上回ったということだからな。
普通にすごい。
そしてそのやる気を上回る人が俺とイングリット以外にさらに2人もいることもすごいんだけど。
「・・・・・」
「いや、それでいいなら別に俺はいいけど」
イングリットのやる気ブーストの理由を聞いて、エスメラルダがチラチラと俺を見ている。
貴族の令嬢としては、無闇に異性の体に触れるのは良くないことと教育されている。
その常識が邪魔をしているようだ。
じゃぁ、イングリットは?
彼女も貴族令嬢で、なんなら他家の貴族令嬢よりも感情を制御することに関してはかなり厳しく教育されている。
なのに、こうやって俺への接触を積極的にしているのは、単純明快、反動です。
貴族令嬢として抑制されていた物を開放したら、その反動で勢いが増した。
それだけの事。
そこに恥じらいも躊躇いもない。
ただ純粋に、好きな人と触れ合いたい。
その欲求を全面に押し出しているにすぎない。
それが悪いことなのかと、いつもの無表情で首を傾げて俺に問うて来たときは、俺も思わず確かにと納得してしまった。
そんなイングリットに触発されて、エスメラルダが葛藤しているなか。
「じゃぁ、僕も抱き着く!」
「私も!」
ネルとアミナが飛びついてきて、俺はそれをステータスを駆使して、衝撃なく、痛みなくしっかりと抱きとめる。
「はいはい、抱きしめるのはいいけど飛びつくのは危ないから止めてくれな?」
「はーい」
「前向きに検討するわ」
左右から美少女たちに抱きしめられることで、本来ならハッピーなことなのだが、彼女たちがもう少し成長してくれないとそっち方面では反応する訳にはいかない。
流石にこの年齢で手を出すのは憲兵にしょっ引かれます。
イングリット?必死に理性を制御していますが?何か?
エスメラルダとかクローディアに抱きしめられたら、マジで理性が揺れますからね?
「むふぅ」
「あ、こらネル。匂いを嗅ぐな」
「だって、リベルタの匂いってなんだか落ち着くんだもん」
「いや、俺そんな癒し効果のある香りなんて出してないぞ?」
「え、そうなの?僕も落ち着いて、なんかいいなぁって思ってた」
「アミナも?」
そんなことを考えていたら、尻尾を揺らしながら満足気な顔をしているだろうネルが俺の首元に顔をうずめてくると、俺もさすがに少し恥ずかしくなり離そうとするが、そこは体力ステータスが俺よりも高いネルだ。
絶妙な力加減でしっかりとホールドしている。
「獣人は好意を持った異性の匂いを好みとして記憶しますからね。逆にどのように言葉を取り繕っても、感情的に嫌いな異性の匂いは生理的に受け付けないと聞いています」
「なので、お二人が落ち着くと表現したのはそれだけリベルタのことを大切に思っているということですわ」
剥がすに剥がせない。
そんな状態でのクローディアの説明に、なるほどなと納得して脱力し、代わりにネルとアミナの頭を撫でることにして、一分ほど成すがままにされると。
「確かに、イングリットさんがやる気を出すのも納得だわ」
「うん、これなら僕ももう少し頑張れる」
「いや、もう終わってるからね?」
さっきまで遠い目をしていた二人の目にやる気が満ちた。
俺の体、変なフェロモンとか出していないよな?
獣人組が特殊なだけで、俺が変な体質になっていないよな?
「エスメラルダさんは行かないのですか?」
「・・・・・あとで、二人っきりの時にお願いしますわ」
イングリットに続きネルとアミナが抱き着いたことで、クローディアが素直になった方が良いのでは?と指摘するも、エスメラルダは少しの葛藤の後に、人前では無理だと判断した。
「そうですか。なら、話を変えましょうか。リベルタ、この大量の素材は何に使うのですか?」
「今回の邪霊ケラス救済のための道具作りだね。俺が集めていた大量の魔石はその動力源として」
「動力源、こんなに必要ですの?」
その流れで、甘い空気は終了。
本題に移り、精霊界の泡沫ダンジョンの花畑に作られた仮設倉庫に山積みになっている素材にクローディアは視線を送る。
そこには大量の魔石、それもクラス7とクラス8の魔石が文字通り山のように積み重なっている。
パーティー随一にドロップ運の無い俺であっても、確定ドロップなら何とかなるし、そこに魔石を優先的にドロップするというか、魔石しか落とさないモンスターのいるダンジョンに潜れば、トップゲーマーの俺のスピードなら他のパーティーメンバーよりも数を稼ぐことはできる。
具体的にどれくらいの数を稼いだかと言えば。
「私たちが持ってきた魔石を合わせた数よりも多いわよね?」
「どれくらいあるんだろう?」
「数を数えましたが、私たちが集めた数のおおよそ三倍ほどになります」
「三倍!?」
「すごい数だよね?」
気合と効率勝負で、文字通り山となるような魔石を回収した。
精霊たちには申し訳ないが、徹底して荷物持ちに回ってもらい、ひたすら効率周回に従事したわけだ。
その結果がこれだ。
「クラス9とか10の魔石ならこんな数いらないんだけど、さすがに大精霊を助けるとなるとこれくらいの魔力源が必要なんだよね」
「これだけで、国家予算何十年分になるのか。いえ、これを市場にばらまいたら何に使われるかわかったものじゃありませんわ」
「良からぬ組織に渡って、テロ行為に使われる未来しか見えませんね。そういう意味では、これほどの魔石であっても換金できなければ宝の持ち腐れというわけですか」
大規模な儀式になるし、アイテム製作にも必要。
簡単に集まるけど、唸るほどの数が必要なアイテムって結構あるよね。
「まぁ、俺よりもすごいことをしているのがネルだからな」
「そうかしら?私からしたら数はそんなに多くはなかったわよ?」
「その代わり、ドロップ率がクソほど低いはずなんだよ。だからネルには黄金餅を渡して宝箱のブーストをかけたはずなんだけど」
そんな時間さえかければ必ず揃う俺とは打って変わり、完全に運勝負になっているはずのネルが揃えて来た素材がヤバい。
「なんで、俺の次に達成してくるのかなぁ。この幸運娘は」
「えへへへ、強い相手だったから倒すのは大変だったけど、宝箱は思ったよりは出たわよ」
思わず、褒めて頭を撫でてしまうほど、ネルはここでも豪運を発揮してくれた。
「スライムダンジョンの中でも難しい、ビッグファーザースライムダンジョン。その中で低確率でしか出てこないレアボス、ホーリービッグファーザースライム。その中でも本当にレア中のレア、聖なるスライム真核。ドロップ率的に考えて三十個って本当だったら絶望するレベルなんだけどな」
どれくらいヤバいかと言えば、FBOの素材回収専門チームが物欲センサー常時発動状態で全員参加して、さらに他チームからも追加で出張して来て、それでも本当に出るのか?と疑問を抱くレベルでドロップ率が低い。
俺がこの世界に来る前のパチンコ業界である、当たってさらに確変起こして、さらに一定の確率で入れる超特化ゾーンみたいな存在だ。
それを三十回引いたと聞いたら、ヤバい通り越して、怖いと思うだろう?
物理耐性のあるスライムだからネルとの戦闘はかなり相性が悪い。
そこを精霊にサポートしてもらいながら一つでも確保してもらおうと思って周回してもらっていた。
俺の考えでは、他の素材が揃ってから全員で高速周回してデスマーチを終わらせるつもりだった。
だけど、一番ドロップ率の高い俺の次に終わらせている。
この現実を受け入れるのに、俺は数秒の時間を要した。
ネルが黄昏る程度には周回していたようだけど、本来であればその十倍、いやもっと言うなら運が悪ければ百倍以上の時間がかかったはずだ。
すごいとは思っていたけど、ネルの豪運に対して認識がまだまだ甘かった。
反動で、とんでもないことが起きそうな予感もしているが、それはいつものことだと割り切る。
「さてと、ネルの幸運に感謝しつつ、さっそく救済準備に入りますかね」
そして次のステップに進むのであった。




