29 EX 邪神教会 1
カウントダウン!
書籍とコミカライズ発売まであと9日!!
苦労の先に成果が出る場合もあれば、苦労をしても何ら成果を得られない場合もある。
もし、この世界でその苦労の先に成果を得られていない組織を一番に挙げるとするならば。
「何たる失態!何たる結果だ!これでは我らが神に報いることもできないではないか!!」
今、松明の灯りだけに照らされた洞窟としか言いようのない仄暗い空間に、巨大な円卓を設置し会議を開くこの怪しげな集団こそその存在にふさわしい。
ドンと大きな音を立てて両手で円卓を叩く男もその組織の一員だ。
邪神教会、その南の大陸支部の幹部がこの場には勢ぞろいしていた。
全員が体のどこかにキメラの刺青を彫っている。
円卓に座る存在はたったの三名。
その背後に各々の護衛を配備しているが、それらの人物たちは沈黙を貫いている。
「落ち着いてください、ジュルド司教」
「落ち着けだと!?王都でのスタンピードに始まり、ここまで何度も教会の威信をかけた計画を実行したのにも関わらず、一度として大きな成果をあげられていないのに、落ち着けと言うのか!?アルダゴン司教!」
邪神教会の派閥のトップの集会。
それをもし神殿が突き止めれば、大部隊を派遣し殲滅を試みただろう。
しかし、この場はバレることなく長い年月彼らの拠点となっていた。
この南の大陸での主流派閥のジュルド派のトップが喚き散らし、それを影ながら支えていたアルダゴン派のトップが嗜める。
「喚いても、失った物は戻らねえぜ。どうしても喚きたいなら今すぐお前の顔面をぶん殴ってやるぜ?そうすれば少しはその口も静かになるだろうぜ」
「ちっ」
静かな諫めは効果が薄く、残った最後の1人。
この円卓に座る男たちの中でひときわ体格の良いベント派から派遣された男の声でようやく、まともな会話ができる準備が整った。
「嘆きたいのはここにいる全員同じ気持ちですぞ。私も少なくない信徒を失いました」
「俺の方もそうだ。せっかく手塩にかけて育てた戦闘員が帰ってこないんだぜ?」
互いに傷を慰め合う、そんな殊勝な気持ちはあいにくと持ち合わせていないが、こうやって言葉だけでも協調することはできる。
ここにいる三人はただ狂うように信仰をすればいいという立場の人間ではない。
いや、正確に言えば狂信はしている。
されど、その狂信の先に冷静さを身につけたと言えばいいのだろうか。
「ここまでの被害は、目をつむることが難しいほど拡大しています。それを回復する手立てはあれど、実行は難しい。その理由はわかっていますな?」
狂った思考のまま、勢いに身を任せるのではなく、狂った思想を実現するための冷静な思考を持っている人間がこの司教という立ち位置に来る。
「その補填の手立てを実行するために邪魔な存在を明確にする必要があるな」
「そうだな、目障りな奴がいるよなぁ?」
アルダゴン司教と、ベント派の男がそれぞれ異なる表情でジュルド司教を見る。
アルダゴン司教は無表情で、ベント派の男は怒りをにじませて。
「左様・・・・・神敵、リベルタのことです」
「そうだ。我らと長い年月を争ってきた神殿は不倶戴天の仇。そこに加わるとは、我らが神に仇なすと同義」
ジュルド司教が、眉間に皺を寄せて挙げた名前にアルダゴン司教も頷く。
この世界では最初に三人の神託の英雄の名が轟いた。
この世界の神に選ばれた英雄となれば、当然邪神教会もその存在を無視するわけにはいかなかった。
「面倒なのは、他の神敵どもに勢力を割きすぎてこっちの方が手薄になっている間に隠れて勢力を伸ばされたってことだ。最大の切り札だったアジダハーカが倒されたのは完全に誤算だったぜ?」
邪神教会が何もしていなかったかといえばそういうわけでもない。
むしろ率先して英雄を仕留めようと画策していた。
そのための人手を割いていた。
しかし、その対象が南の大陸ではなく、他の東西北の三つの大陸だ。
「・・・・・他の大陸の活動に注力している所為でこちらに配置できる信徒が少なかった。ゆえにボルドリンデ公爵を支援し、我らが神の敵を滅ぼそうとした渾身の策であった」
最初に目立っていた方から叩くというより、南の大陸には英雄が生まれなかったと判断した結果が、リベルタを発見するのに遅れた原因だ。
「本来であれば、あの策でこの大陸の人間の大半は死に失せ、それによりこの世界を支配している天の愚物どもの力も弱くなるはずだった」
「結果はこの様だ。起死回生の神殿どもの本陣を襲撃する計画もリベルタというクソガキに邪魔されて失敗。こっちが得られるはずだった成果はほぼゼロ」
「報告では、先日得られるはずだったあの町にもリベルタがいたという噂があるが、その真相はどうなのだアルダゴン司教」
「目下捜査中です。今はあの町は神殿関係者が多く、信徒を送り込むことができません。枝を使って探っていますが、虚報である可能性の方が高いです」
普段から奇襲、強襲をするゆえに先手を取り続けている邪神教会。
後手に回るという機会が少ない。
だが、対応できないということではない。
「虚報、か。本当にそうなのか?あの町のことは神殿ですら気づいていなかったはず。それが急に包囲され、町中にいた信徒はもちろん協力者も捕縛された。加えてそこで食料を補給した巡回司祭も消息を絶った。念には念を入れて、腕利きの護衛もつけたのだぞ」
「できすぎだな。神殿のやつらの鼻はそこまで利くわけじゃねえ。お上品なあいつらに俺たちをそう簡単に見つけられるとは思わねえよ」
反省し、そして今後に活かす。
中間管理職たちは、ほとんどが自分が悪くないと豪語するほどの自己中心的な思考を持っているが、上層部となれば話は変わる。
ベント派の男と、ジュルド司教がアルダゴン司教の言葉に懐疑的なのは元来他の派閥の人間の実力を信じていないという点もあるが。
「ジュルド司教たちの言いたいことは理解できる、そして共感もできる。ここまで証拠がないことが逆に、リベルタが動いた証左ではないかと私も考える」
「だったら話が早い。とっとと報復しようぜって、言いたいが」
元より、リベルタという存在が不鮮明すぎて怪しすぎるという共通認識を持っているからこそ何も関係ないという言葉が信じられないという理由の方が大きい。
アルダゴン司教も配下に調べさせ報告させた内容が嘘だとは思っていないが、調べ切れていないとも思っている。
この三人にとってリベルタの存在は、リバーシのコマだ。
表向きは白に見せかけ、裏は真っ黒。
確証はない、だが物的証拠がなくとも直感的に確信がある。
「マジで、あの土地には近づけねえし入り込めねえ」
「人が多い土地であれば枝だけではなく、信徒も入り込ませることは容易。だが、あの城塞は強固な上にまだ発展途上、住民は全て顔見知りで余所者が入る隙間が無い」
「そもそも忍び込むことが出来ぬではないか。なんだあの警備は、昼夜問わず監視して隙を探しているというのに、侵入できる気がせん」
その直感の裏付けをしているのが、突如として現れた北の旧ボルドリンデ公爵家領のさらに北方の辺境地に生み出された広大な範囲を覆う大城塞。
大勢の労働者を動員しても、十年以上の年月がかかるほどの大規模な建設物が数カ月もかからずその姿を現し、現在もその土地の開拓は続いている。
その土地を守る侍集団と姿なき集団の警戒網によって、外部から得られる情報は全て城壁からだいぶ離れた場所から目視で見るという手段に限られ、その中身に関しては未だ謎が多い。
「スパイを孤児に紛れ込ませる策も契約で縛られてしまえばどうしようもない」
「小人族の信徒を紛れ込ませようとしたが、神殿の審査で捕縛されたしな」
「忌々しい限りだ」
これなら、まだ他の英雄たちの方が御しやすいと三人は思った。
人が少ないということは一見すればデメリットにも見えるが、こういうスパイを送り込みたい側からしたら厄介極まりない。
「あの町をどうにかせねば、この大陸での勢力は削られる一方だ」
「俺たちはこれ以上戦闘員は出せねえぜ?ここ以外にも派遣しないといけない場所はごまんとある」
「この状況を分かって言っておるのか!?このままいけば、南の大陸は完全に愚物どもの手に落ちることがわかっておるだろ!!」
かつてここまで、この大陸の邪神教会の勢力が衰退したことがあったか。
有力な信徒は大半が削られ、動こうにも動き出せない状況にまで押し込まれている。
ジュルド司教の老齢な顔がローブよりあらわになり、その険しさは悪鬼かと思うほどだ。
「わかっててもねえ袖は振れねえって話だ。俺は今回は手を貸せないっていう派閥からのメッセンジャーだ。どうしても文句があるなら、ベントのボスに伝えておくぜ。ジュルド司教は俺たちと喧嘩がしたいってな」
「キサマ!」
「お二人とも落ち着いてください。我々身内で争っても、何も解決しないです」
「それなら、冷静なアルダゴン司教には解決策があると?だったら、是非ともお聞きしたいね」
団結しなければならないタイミングで、ベント派から一抜けを表明され、怒り心頭になるジュルド司教。
それに対し、いままで散々協力してきたというのに失敗を繰り返され、これ以上話に乗ることにメリットを感じないベント派の男。
その2人を仲介しようと、冷静さを呼びかけるアルダゴン司教をベント派の男は風見鶏を見るような眼で軽蔑した。
意見を言わず、指針を言わず、陰のサポートに徹する男のことをベント派の男は信用していなかった。
「・・・・・邪霊を使おうかと思います」
もし仮に、ここでアルダゴン司教が話し合い、意見を出し合おうと綺麗ごとを宣うようなら、ベント派の男は鼻で笑ってさっさとこの空間から退出するつもりであったが、まさかの提案に目を見開く。
「まさか、あれをか!?まだ早い!奴に食わせた命は足りぬぞ!」
「俺はそいつについて詳しくは知らないんだけどよ。ここまで俺たちを出し抜いてきたガキ相手に通用するモノなのかね?」
その見開いた眼とローブの奥に隠れたアルダゴン司教の目が合い、そして邪霊という存在を知っているジュルド司教が反対するために椅子を倒すように勢いよく立ち上がる。
「今はまだ、だが、勝機は十分にあります」
「へぇ」
「現在はズルンベ渓谷にて、封印処置を行い魔力の貯蓄に勤しんでいます」
「あんた達に封印される程度じゃ、期待できねえな」
二人の興奮具合からベント派の男は一瞬期待したが、その後にアルダゴン司教の説明を聞き、興味が薄くなったように鼻で笑う。
「いいえ、あの邪霊は我々と契約をして自らの意思で封印されたのです。なにせ、あの邪霊は精霊王とその座を争い敗れた大精霊なのですから」
「なに?」
しかし、その失笑もすぐに収まる。
「実力は?精霊王と戦って負けたとしてもどれだけの差があるかによって話は変わるぞ?」
これが、南の大陸の邪神教会の最後の切り札という雰囲気を感じ取り、ベント派の男は少し前のめりの姿勢になる。
「敗れたとは言っても、現在の精霊王と互角に戦った経験のある邪霊です。我が神によって契約を交わした際に話を聞きましたが、嘘はないと断言します。そして今は本来の力を発揮するために必要な魔力を貯めるため封印している。我々は、その手助けをする代わりに一つの契約を結んでいる」
精霊王は邪神教会でも警戒せざるを得ない存在として認知されている。
「一度限りですが、『邪霊ドーラス』に命令する権利。自害をさせることはできませんが、1つの街を滅ぼすことは願うことは可能ですよ。今の実力はアジダハーカには劣ります。ですが、並大抵のモンスターでは歯が立たない実力があることもまた事実。これが、予期せぬタイミングで街を襲えば」
そんな存在と互角に渡り合った堕ちた大精霊、邪霊『ドーラス』。
名を持ち、堕ちた精霊の存在を語るアルダゴン司教の口元は、歪な笑みを浮かべ。
「どうなるでしょうね?」
リベルタが原作では知らぬ、イベントが発生することになるのであった。




