28 意外な適性
ついに書籍第二巻とコミカライズ第一巻発売まで残り10日!
カウントダウン入ります!!
あの時、ペトラを庇った子供の発言に俺はどう答えたか。
「はーい、次はこの計算をしていきますよぉ」
「「「「はーい!」」」」
それは、今俺の目の前に展開する光景がその答えだ。
ペトラが教師として、引き取った子供に計算を教えている。
助ける必要性というのは俺には実はなかった。
それこそ、最初から神殿に全部放り投げようとすればできた。
しかし日本人としての道徳観が、自分には責任を取る必要のない子供という存在に対して、その判断を下せなかった。
と言っても子供を助けなければいけない!!という崇高な精神があるわけでもない。
単純に助けなかったら後ろめたいとか、寝覚めが悪いとか、そういう方面の心情であって、後悔するのが嫌だから助けただけに過ぎない。
要は偽善だ。
そこを隠す気もないし、聞かれれば答えるけど、自分から言う気もない。
単純に、今回の騒動もあとで子供を見捨てたという部分を自分で後悔したくないというだけの自己都合だ。
それは俺の弱点であり、いまだこの世界に順応しきれていない甘さなのだろうなと自己分析しつつ、それでもペトラと子供たちをフライハイトに連れて来たことは後悔していない。
「真面目に学んでいるようで何よりです」
「そうね、ちょっと不安だったけど」
「え、あれ?」
「アミナもこれを見てちょっと焦ろうな?」
「うっ」
実際、助けられたという恩は、子供たちがこっちに敵意を向けないというきっかけとしてはかなり上等な部類に入ると思う。
その後にその恩に胡坐をかいてひどい扱いをしたのなら、好感度は一気にマイナス方向に落ちるかもしれないが、そこはしっかりと衣食住を与えることに定評のあるリベルタさんですよ。
このフライハイトでは『普通の食事』と『普通の生活環境』、さらに便利な交通網に充実した教育環境。
子供たちがある意味貴族以上の生活をいきなりするとどうなるか。まぁ、世話係はいないし、掃除とか洗濯とか身の回りのことは自分たちでしないといけないけど、料理は食堂で出るし、勉強以外の時間で仕事をしたいのなら、簡単な仕事も用意されていてお金も手に入れることができる。
路上や空き家にこっそりと隠れるように住み着いていた頃を思い返して、しっかりと人間らしく生活できるようになったということで、この生活を手放したくないと思うことも不思議ではない。
実際最初の一週間は今だけの特別扱いだと思って警戒していたが、それが二週間、三週間と続き、周りを見れば自分たち以外の孤児たちの生活が同じように維持されているのに気付くと、遅れて『あ、ここヤバイ』と考え直したようだ。
そうすると廊下で俺を見る度に、元気に挨拶をしてくれるようになったらもう意識改革がスムーズに進んだよ。
突き抜けた子供には『リベルタの兄貴!』と呼ばれたこともあった。
アミナが黒板に書かれている計算を、自分よりも年下の子供があっさりと解いていることに戸惑っているのはさすがにどうかと思うが。
「しかし、良かったですね。エンターテイナーたちの助手が見つかって」
「まだ試用期間だけどね」
それよりも重要なことが判明したので、一旦その内容はスルーする。
その内容とは、今回引き取った子供たちの技能だ。
「調べることが生きることに繋がる。それが実際に役に立つってことなんだよな」
生きるためにどうすればいいか。ゴミを漁り物乞いをするといった子供でもできることは一通りやっていたが、彼らが生き残ってきた中で獲得した最大の技術は調べることだ。
どこに行けば、雨風を凌げるかということを学び、さらに生きていくためにどうすれば食料を手に入れられるか。
最初は物を探した、しかし物を探すだけでは限界が来る。
ではどうするか。学びに学んだ先にあったのは街の噂を聞くこと、そして尋ねるということを学んだ。
「実際彼らの技能は、生きるために必要だから身につけたようなものですからね。情報収集の精度を上げなければ生き残れなかった」
教室を見れば、その学ぶことに対する意識の高さが段違いに高い。
他の孤児の教室を見れば、一人や二人は勉強に対して意欲が低い子供がいる。
だけど、このクラスだけは別格に勉強意欲が高い。
その理由は生きるためには知らないといけないということを経験で知っているからだ。
「ペトラ姉ちゃん!この計算がわからない!」
「姉ちゃんじゃなくて、先生です」
言葉遣いに関してはまだまだ学ばないといけないのは確かだが、こうやって積極的に知ろうという姿勢は俺は良いと思う。
このままいけば近いうちにはエンターテイナーのサポート要員としては使えそうだな。
礼儀作法の授業とか入れたらさらに諜報員として活動できるようになるかもしれないと教育方針を考えつつ教室から離れる。
「他のクラスはどんな感じ?」
そして一番不安だったクラスを見れて、ひとまず安心した俺は少し離れたところで見守ってくれていたガトウさんに視線を投げかける。
「皆、真面目に学んでいますよ。しっかりとリベルタ君の訓示が効いていますね」
「ああ、入学式のあれ?」
そして他のクラスも見て回るために歩き出すと、他の面々も一緒に歩きだしている。
「ええ、学ぶ環境は用意した。結果を出すのは自分たちだという言葉に反応して皆頑張ってるよ」
そんな学園の生徒たちの中では、ひとまずは意図的にさぼるような生徒は発生していない。
皆真面目に勉学に励んでいると、ガトウは見ているようだ。
俺の入学式で言った言葉に影響されたと言ったが、そこまでたいそうなことを言った記憶はない。
せいぜいがさぼらないで欲しいなといった感じの言葉だ。
「そんなに影響するような言葉か?」
「遠回しだけど、手を抜けばこの生活をさせないと受け取った子がいてね。それを子供同士で共有したみたいだね」
「え。俺そんな意図で言ったつもりはないぞ?」
「ああ、わかっているよ。君が真面目に彼らを育てようとしているのはワシが理解している」
ここまで全体が勉強に必死になるようなことは言ったかと記憶をたどってみると、どうやら俺の言葉を大分強調した感じで受け取った子供がいたようだ。
思わず立ち止まり振り返ると、ニコッと好々爺のような笑顔をするガトウの顔が見えた。
しかし、その表情は優しさを感じさせつつも厳しさも兼ね備えている。
「だけど、何でもかんでも与え自主性に任せるのは少し危険だね。彼らはまだ契約をしていない。それは、彼らが子供で契約の内容を理解できないから、結べないから仕方ないんだ」
そして、教育者としてここは厳しく行くべきだという意志を俺にぶつけてくる。
「なら必要なのは危機感だね」
「・・・・・この生活が当たり前にならないようにするために敢えてその噂を放置したのか」
その意図はすぐにわかった。
日本では教育は義務だった。
日本人の子供であればだれでも学校に行くのが当たり前だった。
それゆえに、その当然の中でこの生活が崩れると考えることはあまりない。
それは幸せなことであると同時に、成長を阻害する甘い毒だ。
「ああ、教師たちにもその噂は否定しないように、そして肯定もしないように徹底しているよ」
「疑心暗鬼になって、不安にはなるがそれが危機意識に繋がって勉学に励む動機になるか」
毒を制するのは、やはり毒。
ガトウが考えたのは、この学び舎の貴重性を常に意識させるための意識改革。
貴重が当たり前になれば、人は堕落する。
それを避けるために、あえて危険な可能性を作る必要があった。
「匙加減が難しそうな判断を、よくできたな」
「ホホホ、やる気の見極めは得意だからね。緩め過ぎず、縛りすぎず。しっかりと弁えているさ」
「頼りになるね」
少し苦笑気味に返事をして再び歩き出し、そしてとある教室の前を通るとそこには母親と再会し、邪神教会の闇に堕ちなかったバーゼの姿がある。
「彼のように危機感を必要とせず、自分で率先して学ぶ子もいるからやりやすいというのもあるがね」
「バーゼかぁ」
その姿を見て、俺は苦笑をより困った側に変えざるを得なかった。
「騎士の話、受けてあげないの?」
「すっごく真剣だったよ?」
「いや、まぁ、心意気は買うよ?だけど、さすがに生涯をかけた忠誠を誓われても・・・・・」
彼を見つけるまでは、彼はすでに邪神教会の一員になっていると思っていた。
だが、実際に会えば、そういうことは起きずに、孤児として生活していた。
そして俺は、FBOで出会ったバーゼのあの狂信っぷりはてっきり邪神教会で身に着けたものだとばっかり思っていたが、その狂信者となった素質が彼に元々あることを知ってしまった。
「それだけお母さんとの再会が嬉しかったってことよね」
ネルとアミナが言う、騎士の話。
それは、俺がバーゼの母親であるペーネを助けたことに関係する。
あの時の俺は親子の再会を雷三姉妹の長女と三女に任せて、人身売買された子供たちの救助に出向いた。
その間に何があったかといえば、感動的な親子の再会ということで、また聞きにはなるがバーゼはギャン泣き、それに感極まった母親のペーネの抱擁が重なり舞台のワンシーンのような光景が生まれたとのこと。
それを聞いて最初は良かったと安堵し、このままいけばFBOの時みたいな危険な人物にはならないだろうなと安易に考えていた。
「うん、リベルタ君のために勉強頑張ります!って言ってたね」
しかし、現実はそう簡単にはいかないようで、良い方向なのか、それとも悪い方向なのかと悩むくらいに、バーゼが俺に感謝の念を抱いてしまったのだ。
何度も何度も教師に、俺への面会を望み、教師が根負けした形でガトウに進言、その熱意の理由をバーゼ本人に聞き、そしてこのフライハイトで働きだしたペーネも同じ職場の先輩である商店街の婦人たちに俺へのお礼を言いたいと伝えたということで、その希望が俺に上申された。
時間があったし、ここまで積極的に言うならまぁ、会おうかと気楽に会ったのが二週間前。
パーティーメンバーとゲンジロウ、さらにジュデスにシャリアと豪勢なメンバーで会うことになった。
そして、いくつかの入室手順を隔て、面会して感謝の言葉を告げた後、あとは退出するだけになったタイミングのことは今でも鮮明に思い出すことができる。
『リベルタ様!僕をあなたの騎士にしてください!!お母さんと再会させてくださったあなた様に生涯お仕えしたいです!!』
お礼以外に何か言いたいような雰囲気は感じ取っていた。
必死に何かを言いたいことを考えているなぁと顔には出ているのはわかっていた。
だけど、子供が言うには重すぎるような言葉を言うとは思わないじゃないか。
そして、まさかFBOの登場キャラの中でも稀代の狂信者となる片鱗を見るとは思わなかった。
「親との再会を果たしてくれた。それを成し遂げたあなたは間違いなくあの子にとって英雄になったのですよ。あなたにとっては大したことではないかもしれませんが、あの子にとっては世界を救ったことに等しい行為です」
「・・・・・ゲンジロウがその言葉を気に入って、弟子として鍛えるって言ったときは驚いたよ。まぁ、それだけ真剣だったってことだよね」
恩を感じたら一途。
その熱意溢れる言葉を聞いて、俺はすぐに受け入れられなかった。
流石にこの歳でそんな重い決断をするのは違うなと思ったからだ。
だから俺は、この学校でよく学び、しっかりと考え、それでも俺に仕えたいならもう一度来いと言った。
判断の先延ばしといえばそれまでだけど、そうした方が良いと思ったのもまた事実。
子供の将来を決めるには、判断要素が無さすぎるだろうと。
「教育って、難しいね」
そんな個性豊かな子供たちがこの学園都市フライハイトに入ってきた。
こんな俺が作った学園が動き出す、最初の生徒らしいなと苦笑するのであった。




