21 EX 邪神司祭 3
邪神に仕える信徒。
その経歴が長ければ長いほど、この組織で生き残るための方法というのは自然と学べる。
まず第一に警戒心を持たなければいけない。
これが普通だと理解しているし、違和感を持っていないが、この組織にいる人員は大なり小なり狂っている。
故に、信仰心以外は誰も他者を信用していない。
「神殿が動いた?」
「はっ!どこかに手紙を送ろうとしていたらしく、その郵便を持った冒険者を確保しました。どうやら神殿に我々の動きを伝えた者がいるようです」
「冒険者は始末するか、我らが原初神の敬虔なる信徒となるよう教授せよ。しかし、誰だそんなことをしたのは。この町の人間は我ら側に気づけないように手を回したはずだが」
「それが、よそから来た商人らしいです」
「らしいだと?商人ギルドの方にも鼻薬は利かせている。奴らは己に利益があればそれでいいという拝金主義者どもだ。我らに歯向かえばどれだけ損が出るかとわかっておらんわけがない」
しかし、上下関係はしっかりと存在する。
この町の浸食は神山での計画が失敗に終わり、減った信者を増やすためにアルダゴン派のリーダーである、ギルギン・アルダゴンが保険で用意した策だ。
なので、この策を統括する司祭もアルダゴン派の者ということである。
そもそも破壊活動が主流のジュルド派や、武闘派ベンド派にはこんなちまちまとした信徒集めができるわけがないから、教会上層部から彼らが派遣されるのも当然だ。
「門番に確認したのですが、そんな商人が入った記録が無いみたいです」
「なに?」
「女商人というのは目立ちます。それも子供連れで動くとなると、さらに目立ちます。堕落した門番と言えどさすがに見落とすのは有り得ないかと」
「・・・・・となるとどこぞの組織が派遣した密偵か、それとも独自の出入りができる手段を持った商人か。どっちにしろ邪魔だな」
じっくりとことを構えることができる忍耐力と、多少なりとも協力できる協調性、そして直情的にならない冷静さ。
派閥の中でもこの三つを持っている人間故に、ひとつの町の布教活動の管理を任せられるということ。
事実、この司祭は邪神教会の中ではやり手の人間だ。
特に中間管理職としてはかなり有能で使い勝手がいい。
半面戦闘能力という点では一段格下になるが、こうやって考えて目的を達成することにおいては今回の策に向いている。
「そのことに関してなのですが、少々気がかりな情報が」
「なんだ?」
「それが、例の女商人の首筋に同胞の証があったという報告が」
「なんだと?」
「例の女商人は、首にスカーフを巻き周囲からは見せないようにしていましたが、酒場に配置していた配下が接触したところ、他人に知られぬよう首を見せ、そこに証があったと・・・・・」
「首だと!ちっ、ハイエナどもか!」
「やはり、ダグラス派が?」
そんなアルダゴン派の行動を快く思わない輩も教会内には当然だがいる。
身内同士での戦闘はご法度であるが、それでも気に食わないからと妨害してくる存在もいる。
縁の下の力持ちとして教会内に名を馳せているアルダゴン派にも相性の悪い派閥はいくつかある。その一つが首に信徒の証のタトゥーを施した派閥ダグラス派だ。
「ああ、可能性は高い。どこの派閥も信徒を増やしたいのであろう。それこそ落ち目のダグラス派であればなおのことだ。神殿に通報したのも、大方我らが何か失態を招いたら、それをきっかけに責任者の席を奪う算段だろうな」
「証を見せたのは何故でしょう?派閥が違うとなれば越権行為に他なりませんが」
「何も考えておらん。奴らは、同胞の物は全て自分の物と考える鼻つまみ者どもだ。証を見せれば好き勝手にしていいと考えておるのだろうな」
同胞の中でもはみ出し者。
わがままな集団として、好き勝手動き回る。
その性格故にならず者が多く、そして信仰心も他とはずれている。
故に邪神教会の中でも距離を置かれ、嫌われている。
「面倒な奴らが入って来たな。監視はしているのだな?」
「はい、女商人が宿泊している宿屋は見張っております。いかがしますか?」
「そのまま監視だけして、邪魔しようものなら排除しろ」
「かしこまりました」
そんな厄介者が入ってきたことに、司祭は眉間に皺を寄せたが、こちらから手を出したらさらに面倒なことになる。
なれば大義名分を得て、それから始末した方がいいと判断した。
その日はそれでいいと判断した司祭は、後にこの判断を後悔することになる。
事実その日は、それ以上のことはなかった。
だが、その翌日から異常は現れた。
「司祭様!!」
「なんだ?」
「この町に作りました賭博場が!?」
「なんだ、また客が暴れたのか?」
「い、いえ、資金が底を突きました」
「は?」
まず異変が現れたのは、この町で住民に借金を作らせて教会に入信させるための下地の賭博場。
当然イカサマ込みで運営側に有利になるように作らせた場所だ。
『クリーンな運営?何それ美味しいの?』と言わんばかりに、最初に勝たせて賭博の沼に引き釣り込み、そこから借金地獄に落とすという、教会の布教活動の完全な典型例だ。
そういった賭博場に起こるトラブルの典型例は襲撃、あるいは客が暴れるなどの暴力事件だ。
司祭は今回もその程度の話だと思って、話半分で聞いていたが、次に出てきた言葉に目を見開く。
「何を言っている!あそこで勝てるわけがない!」
「いえ、それが例の女商人一行が賭博場に入りまして」
「それはいい、むしろそれを契機に奴らの有り金を全て巻き上げればいいだろう?」
「そうしようとしたのですが、一行の中に小人族が混じっていたようで、子供たちの中の一人が妙にイカサマに詳しくて、証拠込みですべて看破されました」
「は?」
賭博場の資金が底を突く。本来であれば有り得ない事態だ。
イカサマというチート行為をしていれば、そもそも負けることが無い。
運営側が気にするのは、少額の損で多額の利益を得ることだけ。
一割の勝者に対して九割の敗者という構図を維持することを考えればいいだけだ。
そうすれば、この町の住人の中でも『持つ者』と呼ばれる存在でも貧困層に落ち、教会の勧誘員の甘言に頼るようになり、元々持っていた人のつながりでさらに人を呼び込める。
そんな場所を金に困った領主に金を積むことで認めさせて、神殿に知られないように細心の注意を払いながら運営してきた。
「よ、用心棒を配置していただろう!?」
「すべて、その小人族に倒されました」
「だったらその段階で報告に来ればいいだろう!?」
「それが、報告に走るための人員含めすべて倒されたようで・・・・・女商人一行が帰った後でようやく報告ができたようです」
「・・・・・すべて金を奪われたのか?」
「それが……」
なので、運営自体はいたって順調、このままいけば教会の資金源としても活用できると見込みが出ていたタイミングだ。
その資金源に強盗が入り、全て強奪されたとなれば、最早許しては置けないと司祭は報復を決意しようとしたが、部下がおずおずと言いづらそうに、数瞬口をまごつかせたあとに報告を続けた。
「金は全て賭博で奪われました」
「なん、だと?力に物を言わせて奪ったのではないのか?」
「いえ、暴力に関してはイカサマを悉く見破られた際に全てこちら側から行ってます。向こうは迎撃しただけです。その際に用心棒がすべて打ち破られて、その」
「まだあるのか!?」
非常に手出ししづらい内容を言い始めた。
無法者として名高い邪神教会であるが、身内に対してはそう簡単に報復はできない。
もし仮に、身内の組織の資金源に強盗に入るような明確な敵対行為であるなら、早々に反撃し、相手の派閥に死体を送り付けることくらいはする。
でっちあげることもするときはあるが、とある事情でそのでっち上げにはリスクがある。
なので、身内同士の争いであれば非がどちらにあるかというのは教会上層部が判断する上で重要な項目になる。
今回の場合、教会がこの町の管理を任せた司祭側が運営する賭博場でイカサマを仕掛け、それを客に全て看破され、それに逆上した店側が用心棒で客を取り押さえようとした。
営業妨害として成り立たせようと思えばできるかもしれないが、それでも「騙される方が悪い」という持論を素で通している邪神教会の運営からしたら、イカサマを看破され証拠を押さえられた方が間抜けということになる。
この事情を身内に訴えたとしたら、司祭の立場は瞬く間になくなる。
故に、この場合は対処できる用心棒を配置していなかった司祭の落ち度になる。
「その流れで、客から正々堂々の賭博勝負を仕掛けられたうえに、大金を見せられ目がくらみ、負けを一気に挽回しようとしましたが気づけば資金を丸ごと奪われた挙句、その土地の権利書も」
「奪われたのか!?」
「はい、責任者も負けがかさみ後に引けなくなったと」
「こちら側がカモになってどうする!?この町に配置した賭博士たちは歴戦の猛者ばかりだったはずだ!!」
「話を聞く限り、小人族がイカサマを見抜き、狼獣人の女が勝負して全勝したそうです」
ここでダグラス派がその力に物を言わせて金銭を奪ったというなら、まだ報復の余地が残っていた。
しかし、賭博勝負というあやふやな条件で挑まれてしまえば、報復は難しい。
「ありえない、それこそイカサマをされたのではないか!?」
「それが、誰もイカサマを見抜けませんでした。まるで普通にプレイしているようだと」
「それで全勝できればギャンブルなど成立せんわ!!」
正々堂々、ギャンブルで挑まれて負けた。
どう言い訳しても運営側のミスでしかない醜聞だ。
いかに言葉を捻じ曲げようとも、ダグラス派の信徒が笑いながらそういえば、どちらに落ち度があったかなどすぐに話が広がるだろう。
「・・・・・」
それがわかる司祭は、微妙に手出しができないことに頭を抱えた。
それくらい身内同士での争いはご法度なのだ。
理由をでっちあげることも考慮したが、それもリスクがある。
「いかがいたしますか?」
「・・・・・奴らの監視を強化しろ。何かする前に動きを止めろ」
「はっ」
結局は好き勝手させないことしかできないと判断した司祭は、今回の件ははらわたが煮えくり返る気持ちで飲み込むほかなかった。
幸い、賭博場は他にもある。
そこで巻き返す必要があると判断した。
だが、話はそれで終わらない。
また翌日。そのまた翌日と、女商人一行はことごとく邪神教会の中で「身内同士ならグレーゾーン」の部分とホワイトゾーンを行き来して嫌がらせをしている。
それも、嫌がらせと受け取られない本当のギリギリのラインでだ。
「ふざけるなぁ!!!!」
「司祭様お気を確かに!?」
胃を抑え、今日も仕事に励む司祭が報告書を見て怒鳴るのも無理はない。
信者の勧誘をしようにも、最初に得た賭博場の金で大量に酒を入手し、それをあぶく銭だと色々な酒場で大盤振る舞い。
その振る舞われた人の中には当然、入信勧誘者も混じっており、その悉くが二日酔いでつぶれた。
神殿騎士が来るか来ないかわからない状況で、労働力がまともに動けないのは痛い。
しかし、ギャンブルで手に入れた金を使うということで、そこに抗議するわけにもいかない。
次に「必要だから」という理由で、黒いローブや黒い服、そして布が悉く買い占められた。
これも邪神教会では地味に痛手で、活動する服の補給が困難になった。
さらに手痛かったのは、いざという時に逃走に使おうかと思っていた馬といった騎獣が、残りの資金でかなりの数押さえられたことだ。
そのおかげでこの数日は、イライラして寝不足気味の司祭。
夜に報告書を受けた司祭は、今日は深酒して寝ることを決意する。
そんな折に、一本の雷が倉庫街の方に落ちた。
「今の雷は、倉庫の方か!?」
「大変です!あちらには例の物が!?」
「ええい、わかっておる!すぐに消火に行かせろ!!」
そして悪いことは重なる。
今日は天気が悪かった、もしかしたら雨でも降るかと思っていた。
そんな折に雷が嫌な場所に落ちて、そしてすぐに落ちた場所が明るくなり始めた。
布教活動の資金源の違法薬物。そんな物が保管してある場所に心当たりがある二人は顔を見合わせ焦る。
なんて運が悪いと嘆く、邪神教会の司祭。
そんな災厄を何とかした後に、この町の領主から一報が入る。
〝娘を返せ〟と




