20 疑心暗鬼
罠を仕掛けるには当然だが、下準備が必要になる。
相手にバレず、尚且つ最大効果を狙うなら入念な準備が必要だ。
『それで何をするつもりよ?』
「そもそも冤罪を着せることなんて、そんなに簡単にできることなの?」
次女さんとネルは俺がひとしきり笑い終えた後になにをするつもりなのかと問いかけてくる。
「なぁに、簡単さ、そう・・・・・いたって簡単なことをするだけだよ」
こういう救出劇って、ありきたりの主人公とかだったら正々堂々真正面からいって、助け出したり解決したりするのが王道なんだろうけど、王道って言うのは障害が多い物だ。
時にはショートカットしたい気持ちも理解してほしい。
俺は自分を聖人君子なんて思ってはいない。
何をやっても良いと思っている暴君でもない。
しかし、綺麗ごとですべてが片付くとは思っていないし、汚れ仕事を厭わなければすべて解決できるわけでもないのも理解している。
その仕込みをするために、一旦館の側から離れる。
「とりあえず、この町にある神殿に行こうか」
「何するの?」
「ちょっと、お願いごとをしに行くだけさ」
邪神教会を罠にはめるのにはちょっとコツがいる。
奴らは狡猾かつ残忍であるが、同時に非常に臆病だ。
FBOではお約束の敵役である邪神教会の行動は、物語では阿呆のように見えることが多いが、奴らは奴らなりに考えて行動する。
その中で一番警戒しているのは敵の罠や調査に引っ掛かるといったミスだ。
少数派である邪神教会が今日まで存続できているのは、情報戦で負けないように立ち回っているからだ。
罠で一網打尽にされれば間違いなく、教団の組織的に致命傷を負う。
なので、もし仮に神殿が窮地に陥ったとか千載一遇の情報を得ても石橋を叩いて砕いて、自分で作り直して、さらに検査してようやく動く。
それで機を逸することになっても、絶対に確認をするのが邪神教会のやり口だ。
なので、実際は俺が口で言うように簡単に罠には嵌らないだろう。
「ここって、神殿だよね?」
「なんだか小さいわね」
「そりゃ、フライハイトに作った神殿や、大神殿、さらには王都の神殿しか見てこなかったから小さいって思うだけ。比較対象がおかしい。普通の規模の町ならこれくらいが普通だ」
しかし、ちょっとコツを掴めばあいつらを罠にはめることはできる。
「次女さん、中に入ったら俺を紹介する形で話を進めて」
『わかったわ』
重要なのは匙加減だ。
『こんにちは』
「おや、商人の方ですか。どのようなご用件で?」
次女さんを先頭に神殿に入れば、中で掃除をしていたシスターが箒を側に置いて出迎えてくれる。
少し疲れた顔に、何かトラブルを抱えているのは間違いないだろうと察せる。
目元に少しクマがあり、笑顔もどことなく無理を感じる。
神像がない神殿ではやはり人手が不足している。
それはFBOでもそうだったが、現実も同じなのだとわかる。
神殿も掃除をして綺麗にしているけど、所々に傷みが見える。
『実は、町を回っているときにこの子が変な物を見たと言ってまして、神殿の方にお伝えした方が良いかと思いまして』
「変な、物ですか?君、何を見たか教えてもらっていいかな?」
それでも、職務に真面目な人らしく、そっと前かがみになり俺に目線を合わせてくる。
「さっき、水場で手を洗ってた時なんだけど、隣にいたおじさんの手に変な獣の絵が描かれてたんだ。いろんな動物の体が合体した絵」
「!それは、本当ですか!?」
『私はそれは見ていないんですよ。ただ、その男性がニヤニヤと笑っている怪しい男と一緒にいるのは見てまして』
だからこそ、今はリベルタではなく年相応の見た目の声のトーンを意識して子供っぽく振る舞う。
背後のネルとアミナからの視線が少々痛いが、スルーの方向で。
次女さんもそれに合わせて保護者としてふるまってくれて俺の情報を補完してくれる。
「商人たちの間でも噂になっている、アレ、じゃないかと思いまして神殿の方に報告をしました」
「ありがとうございます。早急に対応をさせていただきます」
「ええ、その2人領主さまの館の方に歩いて行きましたので、私も心配で」
「そうですか、領主館の方にですか」
情報は断片的に、しかし、純真な子供の言葉というのがある意味で信憑性を増す。
信じるか信じないか微妙なラインが、この場合ちょうどいい。
『それだけです。お忙しいところありがとうございます』
「いえ、これも神のお導き。ご報告感謝します」
こっそりと次女さんの服の裾を引っ張り、これでいいという合図を送る。
この神殿でできることはせいぜいが力のある神殿の中で一番近い神殿に援軍を要請することくらいだ。
そしてあそこまで堂々と領主に会いに来ているということは邪神教会の監視の目がこの神殿にも向いているということ。
奴らは神殿を占拠することや破壊することは滅多にしない。
やるとしたら、神官や司祭といった責任者を懐柔できた時だけ。
シスターのあのやつれた様子を見る限り、まだ、この神殿は大丈夫だ。
『あれだけでいいの?』
「ああ、あれだけでいい」
会話をしたのはたった数分、それだけで何ができるのかと次女さんの視線に俺は頷き、そしてちらりとこちらの視線を悟らせないように神殿の出入り口を監視できそうな古い建物の二階の窓を見る。
「三人とも、会話をしながら何もなかったようにこのまま進むよ」
『見られているわね』
「あの窓?」
「じとーって嫌な目」
そこから見えた一対の視線。
上位精霊の次女さんはもちろん、クラス8のステータスを持っているネルとアミナも嫌な感情のこもった視線を感じ取っている。
アミナに至っては少し表情に嫌悪感が出そうになっている。
それを抑えて、俺の指示通り歩いて行けばその視線も自然となくなった。
『監視されていたわね』
「そうそう、あれがいるってことは相当な数の邪神教会が入り込んでいるってことだ。いやぁ、これは腕が鳴りますな」
「危ない人が入ってて喜ぶのって、リベルタくらいよ」
「そうだね」
「ハハハハ、ボク、ヨロコンデナイヨ、オソウジガタノシイダケダヨ」
「さすがに白々しいよ」
『でも、掃除が楽しいって部分は本音っぽいわね』
あのシスターが動き出すのを待っている少しの間に別の仕込みをしなければと、路地を曲がって監視の視線が途切れたタイミングで表情を崩す。
ニッコニコと、きっと輝くような笑みを俺は浮かべているだろう。
先頭を歩く次女さんがちらりと振り向いて、俺の表情を確認したのだろう。
掃除という部分に関して補足してくれて、背後からネルとアミナのため息が聞こえる。
「これで、神殿が動けば通報が入ったって情報が向こうに伝わる。そうなってくると、領主とつながりがあるなら領主経由で邪神教会の存在のもみ消しが起きるか、或いは邪神教会の撤退が始まる」
ウキウキとやる気を出しているときの俺の行動力は半端ない。
どういうことをやらかすのか三人は不安なのだろう。
周囲に聞こえなくても、ネルとアミナそして次女さんの身体能力なら拾える声の大きさで今後の展開を説明する。
「前者後者の確率で言えば、わざわざ浸透した土地を手放すコストを邪神教会は取りたくないから九割方前者を取る。しかし、逃げる経路を確保はするだろうさ。それに、今は別の場所で神殿騎士が動いているから微妙な位置にあるこの土地に来るまで時間がかかるから慌てることはない」
「それって意味あるの?」
「あるさ、この動きはノイズだ。ここから先あいつらの脳裏には長いタイムリミットは存在するが、神殿騎士団がいつ来るかわからないという不安が常に脳裏によぎる。これまで以上に神殿の動向に気を遣う必要が出てくる。なにせ、この前に神山という大神殿のおひざ元で暴れたばかりだからな、神殿が本気で労力をかけて邪神教会討伐キャンペーンを実施している。動かないという可能性が無い状態だ」
そして、ニヤッと陽気な笑みから一転、悪いことを考えていますという笑みを浮かべてネルとアミナに振り返る。
「そうなってくると、焦らないように気を付けても焦る。逃げるという選択肢が最重要項目になっている邪神教会の思考は真っ二つに分かれる。まずは大きく分けて、その場に居座り利益確保を続ける派閥と、逃げようとする派閥。前者は固まるが後者がダメだ」
「ダメって?」
「逃げる派閥にしても、利益をしっかりと確保してから逃げたいという派閥と、さっさと逃げたいという派閥。さらにもっと分解していく、どこまで利益を確保するか損切りのタイミングで揉めるし、逃げたいと思う輩は自分の持ち場を離れて我先に逃げ出す。このわずかな行動であっさりとあいつらの足並みは崩れる」
邪神教会を罠にかけるときは一網打尽を考えちゃだめだ。
取りこぼしは絶対に出る。
なにせ、連携が苦手な集団で、我が強くスタンドプレイが多い面々が揃っているからだ。
一ヵ所にまとまって一気に捕まえるということはできない。
「そうやって邪神教会の意思決定を統一させないことが今回の仕込みの狙い。ああ、情報が回ってどうするか悩んで慌てふためくぞ」
ならばその要素を逆手に取れば、全部は無理でも最大限の成果は叩きだせる。
「だからあいつらは慎重に動くんだよ。少しでも窮地になると瓦解するか一矢報いるために特攻するしか選択肢になくなる。こんな小さな町で特攻するなんて馬鹿なことをする輩は向こうにはいない」
狙うはこの町での最大派閥、逃げる準備をして利益を持ち去ろうとする慎重派。
「そんな疑心暗鬼になっているタイミングを見計らって、領主の娘であるバーゼの母親を誘拐と見せかけて連れ去る。そうするとどうなると思う?」
『・・・・・仲間内で疑い合う?』
「次女さん正解」
その動きを制限して、がんじがらめにするための情報という名の思考の鎖。
『でも、それだとまた領主が動くんじゃないの?』
「ああ、普通の駆け落ちとかなら動く、だけど、今回はつながりのある邪神教会の誰かが領主の娘を連れ去ったことになったんだぞ?どうやって表の勢力を動かす?」
『あ』
さらに領主の行動を縛るのは、邪神教会と繋がりを持ってしまったという秘密裏の事実。
「ああ、もし仮に傭兵なり、自分の私兵なり、冒険者なりに、邪神教会に娘が攫われたから探してくれと依頼したとしよう。表門から堂々と中に入れるようになっている関係の邪神教会関係者にどう思われるかな?」
やりたくともできない。
その事実に、三人の表情が強張る。
「そう、報復される。間違いなく。あいつらは裏切りを絶対に許さない。それを理解している領主は裏からの報復を恐れて行動を起こせない。せいぜいできるのは抗議することだけ」
その状態までもっていけば、あとはこっちが連れ去ったとしてもバレはしない。
お金をかけないから領民の税金が急増する心配もない。
さらに言えば、あとは神殿の方で解決してくれるから俺の労力も最小限で済む。
「こうして、両者の疑心暗鬼状態を作り出して互いに行動を監視し合って疑いが深まっていき」
領主が邪神教会のことを一枚岩でないことを疑い、疑われていることにより邪神教会も領主を邪魔だと思うようになる。
「あとは、互いに疑りあって慎重になって行動が鈍くなっている間に、俺たちが手伝って神殿騎士でこの町を包囲して一斉検挙って言うのが流れだな」
「そう、上手くいくかしら?」
「あくまで、リベルタ君の計画の予想だよね?」
互いに足を引っ張り合う。
これ以上にない冤罪の使い道だ。
ネルとアミナは半信半疑で、大丈夫かと不安に思っているが。
「その計画の達成を確実にするために、まだまだ仕込んでいくぞ」
その不安を俺の行動で拭って見せようじゃないか。
さぁ、邪神教会、しばらくの間安眠できないことを覚悟しろ。




