13 EX 猫かぶり姫 1
リベルタたちが、てんやわんやと騒がしい中で、忙しい勢力は他にもある。
「あー、だるい。礼儀正しいお姫様を演じるのも楽じゃないわぁ」
「姫様、そういうだらしない態度はおやめください」
「えー、いいじゃないメーベル。ここには、私とあなたしかいないのよ。あの小うるさい侍従長のマチェルもいないんだから、今はお姫様は休業中でーす」
忙しいと言っても、リベルタが用意したベッドの上でグダグダと寝転がっている、昼間まではお上品なお姫様だった少女が1人いるだけ。
「はぁ、まぁ、姫様の立場が窮屈なのは承知しています。私としてはしっかりと陛下にお送りする報告書を作成してくださっているのならいいのですが」
「そうやって、なんだかんだ言いながら自由にさせてくれるメーベルは好きよ」
ベッドに寝転がり、そしてそのベッドの上でだらしない格好で国王への報告書を書き連ねる様は、とても人には見せることができない。
「もし、この部屋に監視の目があったらどうするのですか」
「ないわね。仮にも一国の王女のプライベートな部屋よ。生徒として扱うと言っても、そこら辺のリスクを負うような人物には私は見えなかったわ」
清楚そうな見た目は、この部屋に入って数秒後にはなくなっていた。
もっと正確に言えば、護衛であるメーベルだけで良いと、侍女を部屋の外に出してから一気にだらけた。
「リベルタ殿ですか」
「そう、あの子はそこら辺の線引きはしっかりとしているわ。でなければ、邪魔な護衛の貴方をさっさと殺して私を言いなりにする方が色々と都合がいいわよ。そこら辺、あなたの方がわかっているんじゃないの?」
それは開き直りとも言える。
気丈に振る舞っていると言えばいいのか、それとも開き直っているというべきか。
報告書を書く手を止めて、インクの入った瓶のふたを閉め、そして羽ペンをベッドのシーツが汚れない位置に置いたら、そのまま仰向けになり天井を見つめるカティア。
「・・・・・はい、もし何かをするつもりがあるのでしたらあの場にいる兵士に私はきっとなす術もなく殺されるでしょう。いえ、彼らからしたら殺さず制圧することも容易にできるでしょう」
「そういうこと。マリアもそこら辺はわかっているから大人しくしているのでしょうね。でなければ、今頃どこかの兵士に喧嘩を吹っ掛けているでしょうしね」
大の字になって見つめる天井はカティアの普段見る王城の自室のそれと比べれば質素であるが、十分に広く、さらに背中を預けるベッドは王城にある自室のベッドよりも上質。
「実力差がありすぎる、そんな環境に身を置いた私たちはさしずめ竜の巣に迷い込んだカナリアね。綺麗にさえずっている間は竜たちは私たちを生かすでしょうね。いえ、爪でひっかこうが口ばしでつつこうが相手は意にも介さないでしょうね。ただ、逆鱗にさえ触れなければ」
他にも大使館に用意された設備を体験すれば、この大使館が王城よりも快適だというのはその身で痛感した。
綺麗な水が簡単に手に入り、室温は快適、お風呂は広くそして一定の温度が保たれ、王城に献上されてもおかしくない石鹸類、さらに食材は上等な品ばかり。
それを無理して用意したのなら可愛げがあったのだろうが、足りないと言えばもっと積み重ねて用意しそうな雰囲気をカティアは感じ取っていた。
「こんな、馬鹿げたようなことをできる人間をお父様は全く首輪をつけていないとか、馬鹿です。大馬鹿です。神も見放す阿呆です」
「姫様、陛下にも事情があります」
「エーデルガルド公爵との関係ですか?そんなモノ最小の犠牲と引き換えにどうにでもできたでしょう。どこもかしこも良い顔したいから碌な結果にならなかったんですよ。いっそのこと公爵と敵対することも覚悟してリベルタを確保していれば、今頃枕を高くして安眠できていたでしょうね!」
一国を相手にしても滅ぼせそうな戦力、自給自足を通り越して自堕落に生活できそうな豊富な資源。
1つの都市でしかないはずなのに、一国に匹敵しそうな工業力。
その全てがまだ発展途上という、成長の余地が有り余っている。
そのどれもが脅威だ。
だからこそ、一通り不満を漏らしたカティアは一気に脱力して四肢を再びベッドに投げ出す。
「ああー、考えれば考えるだけ面倒なことのオンパレード。もうやだ、朝なんて来るな。私はこの布団と結婚する」
「出来ません。それに否が応でも朝は来ます」
「姫として命じまーすぅ。メーベル、太陽を切って来て」
「無理です」
「じゃぁ、リベルタを誘惑して骨抜きにしてきてぇ、それで解決です」
表情から段々とやる気がそぎ落とされ、無気力だと言わんばかりに脱力しきった姿は姫というには気品の欠片も感じられない。
「その役目は騎士である私の役目ではありません」
「まぁ、私の仕事だよねぇ。面倒、いっそのこと今からリベルタ君が夜這いに来てくれれば一発で仕事終了なんだけど」
「・・・・・護衛としてそれは容認できかねます」
「大丈夫大丈夫ぅ、メーベルは適当に耳を塞いで、私の声を聞こえないふりをしていればあっという間に終わるよ」
「姫様!」
グダグダと寝返りを打ち、そしてうつぶせになって、顔を横に出しニヤリと笑う笑顔は姫が浮かべる笑みにしては下品と言わざるを得ない。
人差し指と親指で円を作り、そこに反対の手の人差し指を出し入れする仕草にメーベルが叫び、指摘するがカティアは気にした様子はない。
「実際、お父様が求めているのってそういうことでしょ?」
「・・・・・そうですが」
「面倒だけど、一応、王族として勉強させてもらえて、いいご飯食べさせてもらって、綺麗な服を用意してもらって、お世話をしてもらっていますからね。その代金の支払い日が今回来たってだけ。そういう知識も知ってはいるから」
それが王族の役目、特に未婚の王女であるなら政略結婚というのはどうあがいても避けては通れない道だ。
「年の離れたおじさんと結婚しろって言われないだけまだまし、というか、こんな部屋を簡単に用意してくれる人の元に嫁げて、さらに顔も悪くなければ性格も良さげ、稼ぎもあって、将来有望、さらに神様からも寵愛を受けている。どこに悲観するところがあるの?」
「いや、そうですが」
父親と宰相がカティアにどういう役回りを求めているかは、実力を隠しているカティアからしたら理解できないわけがないくらいにシンプル。
男女の関係になり、王国とリベルタが敵対しないように関係を築けと言っているのだ。
「そう、悲観しない、悲観しない。だから、そんなに急がなくても良いんじゃない?」
「姫様、なぁなぁにして結婚も避けようとしていませんか?」
「だってぇ、リベルタ君の周り見た?」
その使命は理解しているが、やる気を出せるかと言えば答えは否とカティアは答える。
理由は単純明快。
「最低でも六人、リベルタ君の周りに女の影があるじゃない。その輪に入り込んで他の女を出し抜くっ・・・・・はぁ、考えただけでやる気が失せる」
リベルタの周りにいる女性が、カティアの目から見ても彼に好意を抱いているのがわかるからだ。
「私が知る限りでは、狐の獣人のネル殿、鳥人のアミナ殿、グリュレ家の令嬢のイングリット殿、エーデルガルド公爵家の姉妹の計五人ですが、あと一人は?」
「クローディア様よ」
「え!リベルタ殿とクローディア様は親と子以上に年齢が離れていますよ!?」
「そういう情報があるんだから仕方ないでしょ。そうじゃないと思い込んで、竜の尾を踏む方が大変よ」
王家の方でも情報収集はしている。
その中でリベルタの女性関係の情報は非常に重要視していて、密偵に力を入れているところで、過去に王都内で買い物をしている光景を何度も確認している。
同年代のネルとアミナ、貴族組のイングリットとエスメラルダ、そしてクローディア。
この五人と王都内で仲良さげに行動を共にしているのが目撃されている。
イリス・エーデルガルドに関しては当人だけではなく姉も助けられた恩義があるという情報が入っている。
「せめて、女性同士でギスギスしているようだったら付け入る隙はあるのよ。あるはずなのよ。でも、ないから面倒なのよぉ」
そして複数人の女性から1人の男に向けて好意を向けられるのなら、普通なら関係がぎくしゃくしたりして人間関係にゆがみが出る。
事実貴族の家、いや、王族でもそういう歪みは出ている。
いかに権力があろうと、いかに財力があろうとそこら辺は変わらないはずだとカティアは認識していた。
「ないですか?」
「ないわね。少なくとも、グリュレさんとエスメラルダさんの関係は良好ですし、姉妹の関係も良好です。グリュレさんがあんなにリベルタ君の近くにいたというのにエスメラルダさんは顔色一つ変えませんでした」
「表向き隠しているというのはよくある話だと思いますが」
「メーベルはそういう考えだから、自分より強い女はちょっとって縁談を断られるんですよ」
「そんな話、今関係あります?腹筋が割れている女はちょっとって断られた私の黒歴史に何か関係あります?」
「寄らないで、あと、目が怖いわ」
しかし、リベルタの周囲はそんな雰囲気がない。
助け合い競い合うという雰囲気は有りそうだが、相手を蹴落とそうとするギスギスとした負の感情を感じ取れていない。
にじり寄る護衛のメーベルの顔を押しのけて、ため息を吐きつつ、ここでの常識は人間関係でも適用されないことを認識するカティア。
「・・・・・私たちはまだリベルタ君たちの人間関係を全てこの目で見たわけではないから何とも言えないけど、こと恋愛に関しては安易に踏み込んだら面倒なことになるのは間違いないわよ」
程よい硬さの枕を手繰り寄せて抱きしめて、顔をうずめると洗い立ての枕カバーの香りがして眠気をわずかに感じる。
「はぁ、働きたくない。引きこもりたい、部屋の中でずっと本を読んでいたい」
「でもそういう姿を見られて変な評価を付けられるのも嫌なのですよね?」
「そうだぁ、いやだぁ、だから平凡なお姫様ってことにして、どっかで都合の良さそうな結婚相手見つけて、そいつを言いなりにして、悠々自適な生活を送るはずだったのにぃ」
怠けて冷たい目を向けられることのデメリットを加味した結果、良くもなく悪くもなくという中途半端な立ち位置を確保し、終始それに徹したカティアは嘆いた。
「なんで私なの?リベルタ君くらいの年齢だったら妹の方が良いに決まってるし、そっちの方が積極的に動くでしょう?」
「むしろ、その積極性がいかがなものと陛下と宰相様は考えたのでしょうね。妹様たちは少々王族という立場を過大評価している節がありますので、その・・・・・リベルタ殿のお側には平民出身のお二方がいると聞いているので」
神の使徒と言われる少年との関係構築。
それは国家にとってかなり重要な使命と言って良い。
本来であれば成績優秀な姉妹のうちだれかを送り出すことも視野に入れていたのだが、ここで一つ問題が出た。
そう、王族として教育していたがゆえに選民思想が多少なりとも存在する。
特にまだ成熟していない思春期の姫君には顕著に表れ、何だったら平民出身のリベルタのことを下に見ている姫もいる。
有体に言えば我がままなのだ。
「無難に安全にかつ、慎重に事を進めてくれるカティア様が選ばれたのかと」
「ああああああああ!こんなんだったら無能の方を演じるんだったぁ!!面倒くさい!!」
その実情から、レンデル国王と宰相が選んだのが、無難中の無難と覚えられているカティア。
自分の失策に嘆く姫君なのであった。




