6 EX 元悪役令嬢 1
イリス・エーデルガルドという登場人物の『FBO』での印象を語るのなら、まさに悪役令嬢。
この一言に尽きる。
過去に愛する姉を喪い母を喪い、そして家族を喪った父が冷徹な人間となり、家庭環境が悪化。
それによって、彼女は死病の床からようやく立ち直ったのにもかかわらず、厳しい家庭環境で貴族としての立場を求められ続けた。
その結果生まれたのが、成果主義で合理的な貴族令嬢。
心の奥底では誰かの助けを求めていても、自他ともに厳しくせざるを得ない立場。
それが彼女の心を蝕み、人から距離を置かれ、そしてさらに心を冷やしていく。
「気が強い」「他人の心がわからない」。
そんな言葉を投げつけられ続け、そのすべてを撥ね退けてきた。
ゆえに、人は彼女の地位と実力、そして氷のように冷たくも美しい容姿を称えた。
「イリス、今回与えるお前の役目には、このエーデルガルド公爵家の未来がかかっていると言っても過言ではない」
しかし、それは「あり得たかもしれない未来」の話。
リベルタが歴史を変えたこの世界では、姉であるエスメラルダは存命しており、母も健在、エーデルガルド家は『FBO』の世界よりも繁栄している。
それもそのはず、神の使徒と言われているリベルタの恩恵を一番に受けているからだ。
権力で拮抗していた他の三大公爵のうち、ボルドリンデ公爵は失墜し、北の領地は一時的に王家所有の直轄領となった。
これにより、王家の対抗勢力として残る東西の公爵家、東のマーチアス公爵家と西のマルドゥーク公爵家の協力体制を崩すことができた。
その恩恵を一番に受けているのは、王家側の勢力として協力していたエーデルガルド公爵家。
毎日、さらに地盤を固めるために配下の貴族家と交流を深めつつ、東西の領境線付近の貴族の取り込み工作に忙しない日常を送っている。
そんなエーデルガルド公爵家の当主であるグルード・エーデルガルドは、一番重要な繋がりであるリベルタとの関係をより強固にするための策に出た。
「はい、承知しております、お父様」
その策とは、リベルタが統治している北の辺境の独立領に向かって送り出す外交官を、自分のもう一人の娘であるイリスに任せたこと。
下手な人物を送り込むことはできないが、自分の愛娘ならその大任を果たしてくれると信じ、なおかつ、リベルタのお手付きになることも望んでいる。
『FBO』の原作では深紅のドレスを好み、肩を出した露出の多い攻撃的な印象を持つ装いをしていた。
しかし、今の彼女はどうだろうか。
落ち着いた青色のドレス、肌の露出は最低限。柔らかな雰囲気であるが、儚いというよりは芯が通っていると言わんばかりの立ち振る舞い。
清楚かつ、凛とした女性。
『FBO』とは正反対のイリスがここにいる。
「今後、この大陸の趨勢はリベルタの動向によって左右されると言っても過言ではない。私も、夜会に出るたびに直接間接を問わず聞かれる内容はリベルタのことばかりだ」
「・・・・・私にも心当たりがあります。学友から紹介してもらえないかと頼まれますが、すべて角が立たないように断っております」
「それでいい。迂闊にリベルタを刺激するようなことはするな。私も王家の方から仲を取り持つように言われているが、こちらとしても慎重に慎重を期す必要がある」
情を汲み取り、慈悲を示す。
その配慮をできるほどの心のゆとりを持っている。
しかし、だからといって何に対しても優しさを示すような愚か者にはなっていない。
貴族としての配慮、しっかりと自分の中で定めてある方針。
「リベルタは、災害だ。人の心を理解し、人に寄り添い、そして配慮できる。だが、彼が動いたときの変革と動乱は並大抵ではない」
『FBO』の未来とは違い、父親とともに心にゆとりを持っているがゆえに、傲岸不遜な態度はとる必要がないとも言える。
リベルタという災厄じみた存在のおかげで、色々と常識が吹き飛んだとも言える。
「事実、我が家の今の兵力は他のどの諸侯よりも秀でていると言える。文官衆もそうだ。事務処理能力は、桁違いに高い。ゆえに、その人員を引き抜きたいという輩が後を絶たないとも言えるがな」
一番の恩恵を受けているのがエーデルガルド公爵家であるのは間違いない。
同時に、一番苦労を強いられているのもエーデルガルド公爵家であるのもまた事実。
秀でるということは妬みを買うということ。
誰もがその恵まれた人生を歩みたいと願うから、それを持っている人から奪いたいと思う。
「そんな折に、リベルタの作っている街に人を送れるという噂が立ったときは大変だったがな」
「誰がその情報を漏らしたかは、いまだにわかっていないのですよね?」
「ああ」
そしてチャンスがあるなら得たいと思う輩もまたいる。
「それと、私の縁談の申し込みが、私が大使になることが決まってから格段に増えたとも聞きましたが」
「ああ、内外問わずに増えた」
その手段はもはやなりふり構わずと言わんばかりに、多方面から挑んでくる。
縁談は貴族にとって王道であり、常套手段。
しかし、ここまであからさまにコネづくりだと思うと、貴族としての常識があったとしても冷めてしまう。
「本当に、どこからそのような情報が漏れたのでしょうね」
「まったくだ」
学園を休学していてよかったとこぼすイリスは、頬に手を添えてため息を吐く。
「今は、屋敷の中にいるよりもリベルタの元にいる方が安全だ。学べることも多いだろう」
「はい」
本当になりふり構わずやってくるので、暗殺や誘拐の未遂は当たり前、少しでも言質を取ろうと必死にアプローチしてくる。
祝い事でもないのに、貢物が後を絶たない。
「お父様も、お母様に怒られないよう愛人にはお気を付けください」
「この歳になって、そういう心配をする日が来るとは思わなかったな」
そして縁談というのはなにもイリスだけではない。
リベルタの元に嫁いだと周囲からは勝手に思われているエスメラルダは、リベルタを怒らせたら大変なことになると噂されているので、そっちの方は一切音沙汰がない。
しかし、変化球でエーデルガルド公爵に側室や愛人はいかがと、紹介してくる輩が多い。
エーデルガルド公爵は愛妻家。
愛人も側室もいない。だが、貴族としては子供が2人だけというのは少ないと言われても仕方ない。
そこを突いて、側室や愛人はどうだと紹介されることもあるにはあったが、それは若い頃の話。
エスメラルダとイリスも相応に成長し、それに比例して公爵本人も歳を取っている。
「お父様も、コツコツとレベルを上げてお体も丈夫になっておりますから、そういう話も出ているのではないでしょうか?」
「大きなお世話とは、正にこのことだな」
しかし、その方面に関して元気がないかと言えば、そういうわけでもない。
リベルタが敵の多い公爵の身を心配して、こっそりとエンターテイナーを派遣してレベル上げを手伝ってくれているおかげで、気づけば公爵自身もクラス5の後半。
過去の公爵と比べると格段に強くなっている。
「ここで、お母様が弟か妹を妊娠すれば、周囲も黙るとは思いますが」
「そこはイリス、お前が心配することではない」
「失礼いたしました」
なので、夜の方に関しても現役感を取り戻してはいる。
夫人の方も万が一を考慮して、エンターテイナーたちが協力してレベリングをしているので同様のことが起きている。
娘に心配されることではないが、そういうことでも関係を築こうとしている輩にとっては、効果的な一面があるのはまた事実。
「んっ、それでだな」
しかし、さすがに娘に心配される謂れはないので、公爵はわざとらしく咳払いをして話を変える。
「大使館としての業務をするにあたって、文官を数名送ることにした。お前にはリベルタの学園の留学生としての立場もある。そのための補佐だと思えばいい」
「はい」
机から一つの紙の束となった書類を取り出して公爵はイリスに渡す。
「ベテランの方々も見受けられますが、家は大丈夫ですか?」
「問題ない。こちらにはロータスを残せばいいからな。だが、リベルタの方にロータスを回すわけにもいかん。であれば経験豊富な文官を連れていくほかない」
その内容は、今回の大使館に派遣する人員の名簿。
公爵自ら手掛け、そして念入りに何度も確認した決定稿だ。
「移動手段は、リベルタの転移のマジックアイテムで移動するとのことだ。時間がかからないし道中で襲われる心配がないからな」
「確かに、その通りですね」
大使館という重要施設に派遣し、友好関係を絶対に崩したくない相手。
そんな場所に派遣する人員となれば、公爵自身で選定し、面談し、能力を試験し、念入りに確認した。
その厳重さは公爵家当主に就任して以来、過去一番だと言っても過言ではない。
「あとは、私と同道する学生の件なのですが」
ペラリペラリとイリスが確認し、どの人物もエーデルガルド公爵家に仕えて長い間支えてくれた古強者ばかり。
エーデルガルド公爵家の運営に携わり、そして信頼をつかみ取ってきた、エーデルガルド公爵からしてもこの人物でだめなら誰も推薦できないというレベルの人材の派遣を決定している。
覚悟の重さに、大使館の運営要員に関しては問題ないとイリスも頷き。
最大の悩みの種である、交流学生の件だ。
「ああ、リベルタの厚意で学生を受け入れると言ってくれていたが・・・・・」
信頼を積み重ねてきた文官たちと比べ、信頼と信用という実績が少ない学生を派遣するということに、エーデルガルド公爵は不安を拭いきれなかった。
イリスを筆頭に、十名。
少人数ではあるが、この国を代表してリベルタの元に送り出される人員。
未開の辺境に送り出されると普通に聞けば人が集まらないと思われるが、今の場合は逆に人が集まりすぎる。
この国でのリベルタの知名度は、権力者の中ではとんでもないことになっている。
聞くまでもなく、自薦で立候補してくる輩が後を絶たない。
「結局、我が配下の貴族の家から六名選出し、王家の方から三名選出することになった」
東西の公爵家の派閥の貴族の家からも立候補があり、それを聞いたときにはエーデルガルド公爵の胃がきゅっと締め付けられ痛みが走ったことは忘れもしないだろう。
表向きは同じ、国を支える貴族として友好関係を築いているが、腹の内は嫌い合っているのは間違いない。
なので、東西の息のかかっていた貴族の家は対象外として、協力体制のある王家から数名選出するにとどまった。
「大丈夫なのですか?」
「・・・・・念押しでリベルタには確認を取った。どういう人物かもしっかりと伝えた。神殿での契約を了承してくれるのなら指導する分には問題ないと言っている」
エーデルガルド公爵家の配下だけで固めれば、まだ不安の種は少ないが、王家が絡むとなると余計な火種になるのではと思ってイリスも不安になる。
「この大陸でリベルタが覇権を取ろうとしない限り、この国はまだ続く。その隣国と友好関係を築くために王家の人材を受け入れないというのは体裁が悪い。それをリベルタは理解しているのだ」
できれば公爵自身も、第一期生は自分の配下で埋めたかった。
無理を通す分には問題ない貸しは作っている。
だが、それで禍根が残るようなことはあってはならないと、リベルタが配慮してくれた結果。
「ですが、これは」
「ああ、第五王女が名乗りを上げたのはそういう意図があるのであろうな」
王家の中にも色々な人がいる。
陛下と王妃、そして王太子。
それ以外に血族がいないかといえば、いるというのが王家の常識。
いざという時に国王を引き継げる王位継承権を持った存在が複数いないと、万一の場合に国が傾く。
なので、この国の王には、王妃という正妻のほかに側室が三名存在する。
稀有な家系として、王太子以外は全て王女ということがネックではあるが、それでも子供は多い。
そしてその中で、もちろん政略結婚の駒として意図している王女も存在する。
王家から派遣される際に、その意図が見え隠れしているのはそういうことだろうと、エーデルガルド公爵は吐きたいため息を堪えるのであった。




