7 外交大使
ついに、書籍第二巻およびコミカライズ第一巻の発売まであと一カ月!!
時が過ぎれば、状況も変化する。
一部を除いて、スカウトが進み学園というより私塾程度だが間違いなく形にはなってきた。
そして俺は、今日は柄にもなく少し緊張している。
なにせ、前世でFBOに人生を捧げていた頃からの推しキャラがこの街に来るのだから、それを目前にして自分の緊張感が高まっているのがわかる。
わかりやすく例えるなら、推していたアイドルが派遣社員として同じ職場に就職してくる感じと言えばわかるだろうか?
前に会ってたし、会話もしているけど、それでも長年の推し活動をしていた分だけ当然だけど緊張感も増すんだよ。
それは数回の会合程度ではほぐれない。
「そろそろか」
イリス嬢たち一行を王都まで迎えに行ってくれたのは、エスメラルダだ。
姉だし、公爵令嬢だし、フライハイトの外交担当だしと色々と都合がいい。
俺が迎えに行こうとも思ったけど、この学園都市フライハイトのトップである俺が出迎えに行くと、王国との外交関係上厄介なことになるから行くなと、クローディア、エスメラルダ、イングリットの三人に止められた。
その時は、推しを迎えに行けないという不満と、緊張しなくていいという安心感を同時に感じて微妙な気分になったな。
「はい、そろそろ予定していたお時間となります」
一緒にいたイングリットから見たら、俺はそわそわして落ち着きのない態度だっただろう。
それを指摘せず、淡々と時間を教えてくれる。
「それじゃぁ、ちょっとこの街を初めて見る人たちのリアクションを見に行こうか。外から来る人の意見も気になるし」
「はい、そうですね」
仕方ないなと微笑まれたような気がするけど、イングリットの表情は変わっていない。
雰囲気が柔らかくなったと感じるだけで、気のせいかもしれない。
それは本人には聞かずに、執務室を出て第二城壁の方に繋がる鉄道の列車に乗る。
相変わらず、誰も客車を使っていないけど今日は大勢の人が使うからな!
この便利さに、ついに喜んだり驚いたりしてくれる人がいると思うと、運転にも気合いが入る。
「嬉しそうで何よりです」
「うん、ようやく鉄道の有用性を証明できるからな!」
「・・・・・そうですね」
「それだけだからな!?本当にそれだけだからな!?」
イングリットを含め、何人もの仲間の女性たちから好意を寄せられていると自覚してからは、できるだけよそ見をしないようには心掛けている。
だから、イングリットも俺がイリス嬢に特殊な感情を抱いているということに何か思うところがあるのでは、と慌てて訂正する。
俺がイリス嬢に向けるのはあくまで推しとしての感情。
恋愛要素的な感情は恐れ多いということで、ほとんどない。
無いとは言わないけど、そこまで多くはない、と思う。
むしろ、ネルたちの好意をどう受け取るべきか、悩んでいてそれどころではない。
「はい、わかっております。リベルタ様が私たちを大事にしてくださっていることは日々の行いで感じております」
「・・・・・うん」
だからこそ、こうやってそわそわする姿を見せるのも本当は良くないというのもわかっている。
だけど仕方ないじゃないか!と心の中で言い訳をしつつ、微かに笑顔を浮かべてくれるイングリットの心の広さに土下座するしかない。
列車を操縦しているからできないけどな!
そうして、転移指定場所である砦の駅のホームに列車を到着させて降りる。
「御屋形様!お待ちしておりました!」
ホームでゲンジロウを筆頭とした御庭番衆の一個分隊が待機していた。
「ご苦労様。異常は?」
「ありませぬ!ジュデスたちからも報告は上がっておりませぬ!」
「そうか、こういう時に何かあるのが俺だからなぁ。警戒していたけど何もなくてよかったよ」
流石に公爵令嬢と王女様が来るとなれば、こっちも厳戒態勢で応対せざるを得ない。
エンターテイナーは周囲の領地への偵察を最低限にして、フライハイト内外の警戒網を構築。
御庭番衆は完全武装で、総出で砦に配置。
ドンや商店街の面々も臨時の警備員として動員している。
装備は最低でもクラス6の装備を配布。
こういう一大イベントで起きるのは、だいたいが要人の誘拐とか暗殺といった破壊工作。
それを行うのがエーデルガルド公爵家と敵対したり、王家と敵対している組織、或いは自作自演による地位向上を狙った輩。
前者筆頭は、邪神教会だ。
次点で他国の間者、と東西の公爵家。
後者筆頭は、中途半端な地位にいる貴族たちや没落貴族だ。
イリス嬢然り、この後会う第五王女然り、誘拐できれば使い道はいくらでもある。
だからこそ、移動手段は馬車や飛竜といった物理的な移動ではなく転移のペンデュラムを使った魔法による移動を提案し、偽装で王女と公爵令嬢のいない空路と陸路の外交団という二重のニセ情報を流している。
ここら一帯をエンターテイナーたちによって警戒させ、さらに御庭番衆で警護すればよほどのことが無ければ対応できる。
そのよほどの場合を想定して、アミナにはいつでも歌えるように待機してもらい、その警護にはネルを付け、さらに闇さんと雷三姉妹が憑依したゴーレムを側に付けている。
さらには、クローディアはエンターテイナーたちの特級戦力として同道してもらい現場対応に回ってもらっている。
エスメラルダは道中の護衛も兼任している。
本来であれば護衛対象になるほどの地位を持っているのだが、立場的な部分と戦力的な部分で総合的に判断した。
イングリットは、遊撃要員として俺の指示で動いてもらう。
いざという時は、迎えに来てもらったゲンジロウたちを率いて対応してもらう予定だ。
仕込み杖ならぬ仕込み箒を使うイングリットは、同じ刀を使うゲンジロウとの訓練が多い。
指導する側はゲンジロウであり、教わる側はイングリット。
師弟関係とも言える中、ゲンジロウはイングリットには才能があると言っていた。
レベル差を覆し、今はまだゲンジロウの方が戦闘能力は高いが、全体把握能力はイングリットの方が上。
戦術を理解することと指揮能力に関しては鋭意勉強中。
将来的には、指揮能力の高いゲンジロウと同等かそれ以上の侍大将になると笑いながら言っていた。
その直後に、早々に負ける気はないとも言っていたが。
すなわち、現状では指揮能力でゲンジロウと同等あるいは追随できるイングリットに指揮を任せ、前線でゲンジロウが御庭番衆とともに戦った方が良いというわけだ。
「それは、御屋形様が『持っている』というわけですな!」
「こういう運の持ち方はできれば避けたいところだけどな」
「お祓いなど、するのが良いかもしれませんぞ?」
現状打てる最強の布陣で出迎えているなかで、何が起きるか。
何も起きないと楽観視しない程度には、俺の思考もこの世界に来てからの自分へ降りかかる不運に適応している。
「はははは!冗談が上手くなったなゲンジロウ」
「いえ、冗談では」
「お祓いしたら、別の何かが憑きそうな気がするから、ガチでそれはしない」
「あ、はい」
そしてそんな不運を改善するために善意でゲンジロウが提案してくれるが、さすがにそれは笑って受け流す。
俺に『何か』が憑いていると仮定しても、それは祓ってはいけない物だと直感的に思っている。
それを祓った瞬間に、何か別のもっとヤバいナニかに憑りつかれて今まで以上の何かが起きる気がする。
直感だが、確信に近い『何か』を感じ取っている俺の笑顔にゲンジロウも思わず素直に返事をしてしまったのだろう。
「とりあえず、王女様たちを待たせるわけにはいかないからね。行こうか」
話はそれでおしまい。
それ以上この話題に触れることなく、俺が歩き出すと皆がついてくる。
しばらくは無言の道中であったが、前に視察に来た人たちが転移してきた場所。
この砦の屋上に出る。
そこにはすでに他の御庭番衆が警備に入っており、周囲を警戒している。
無いとは思いたいが、FBOでは頭がおかしいと思われる超遠距離から魔法や弓矢で狙撃をしてくる阿呆が大量にいたので、それを警戒している。
「もう間もなく時間です」
「うん、ありがとう」
そんな厳戒態勢の場所に足を踏み入れ、イリス嬢たち一行が転移してくるのを待っているとイングリットが懐中時計を取り出して予定時刻を告げる。
この世界では時計は普及していない。
街で時間を知るには、大きな鐘を鳴らして日の出、お昼、日の入りを知らせるくらいだ。
王都ほどの規模になると、日時計を使って細かく鐘で時間を知らせる。
この懐中時計のような精密な時計はドロップ品でも存在しない。
しかし、それでもここにあるのはなぜか。
うん、精霊に作ってもらったんだよ。
何か挑み甲斐のある物はないかと闇さんに聞かれて、それならとこういうのがあるけど作れるか?と時計の概念と仕組みを俺から聞いた瞬間、闇さんの背後に雷鳴が轟いたのは今も記憶に新しい。
最初は『大きなのっぽな古時計』のようなサイズの時計すら作れなかったが、機構を理解するとより細かく、より繊細に、より小さくというこだわりを持ち始めた彼が作った、最初の小型化に成功した時計がイングリットの使っている懐中時計。
それを俺にプレゼントしてくれた闇さんに許可を貰ってから、時間管理とか秘書業務の多いイングリットに預けて、その次の作品は活動の必要に応じてエンターテイナーや御庭番衆に貸し出している。
それを見た公爵閣下が譲ってほしそうな目で俺を見たけど、あいにくとそれはまだ量産できていない一点もの。
流石に譲ることができないので、量産できた暁には渡すと約束している。
まぁ、闇さんがかなりこだわっているから量産品はまだまだ先だろうなというのは伏せておく。
そんな細かい時間を知らせる懐中時計が、待ち合わせの時間を示し、そして数秒経過した時、転移反応が目の前に現れる。
その光は徐々に人型を形成し、散るように光が消えた瞬間。
「リベルタ。お待たせしました」
先頭に立っているのは、迎えに行ったエスメラルダ。
その背後に2人の令嬢、そしてさらにその背後に護衛の女騎士が2人と文官風の男が1人。
「いや、時間通りだ」
互いに目を合わせ頷き合い、無事に帰ってきたエスメラルダはそっと横に逸れて振り返り、背後にいる人たちに俺を紹介するように手で示し。
「カティア様、この方がこの街、学園都市フライハイトの長、リベルタでございます」
皆に、いや、最初に白金のような綺麗な髪を伸ばした少女に向けて俺を紹介した。
王族という地位にいる彼女は、じっと俺を見た後、ゆっくりと一歩踏み出し。
「お初にお目にかかります。知恵の女神ケフェリ様の使徒、リベルタ様。レンデル王国第五王女、カティアにございます」
そして優雅なカーテシーを決める。
年齢は十五歳かそこら、俺の肉体からすれば少し年上かと思えるくらい。
凛とした顔立ち、そして翡翠色の瞳は俺を捉えて離さない。
「お初にお目にかかる。この学園都市フライハイトの長、リベルタだ。この地に踏み込んだ以上は、貴方はこの学園の学生となり、俺の庇護下に置かれる。この地は貴方の国ではない。法も常識も立場もすべてが異なる。それを踏まえあなたはこの都市への入国を望むか?」
立場的に言えば、向こうは友好国の王族、俺は女神の使徒という特殊な立ち位置の平民だ。
微妙に擦り合わないお互いの立場に困ったのだが、俺の方がここでは立場が上とエスメラルダは教えてくれた。
だからこそ、下手には出ずあえて尊大な態度を取った。
遠回しに、特別扱いはしないと伝えると背後にいた女騎士二人の雰囲気がわずかに険しくなるが、その雰囲気をそっと振り返ってたしなめる王女。
それはあらかじめ決めていた演技か、それとも素か。
「望みます。私はこの地で学ぶために来ました。この場で私は王女ではなく、ひとりの人間カティアとしてこの学園都市への入国を望みます」
それを判断させないほど、堂々とカティア王女は俺に向かって宣言した。
「承知した。我々は貴女たちを歓迎しよう」
それに応え、俺も大きく頷くのであった。




