5 呼び水
学園を作る。
それは俺の計画ではだいぶ後の予定だった。
この世界に転生して最初の頃は、体の成長を待って王都の学園に入って他大陸への渡航許可をゲット、それから学園内で交友関係を拡げて、よさげな人材を確保して、そこから色々と手広くこの世界で動いていこうと思っていた。
だけど、まさか先に学園を作ることになるとは、人生の計画は思い通りにいかないな。
「すっごく広かったわね」
「うん、前に住んでた公爵様のお屋敷よりも広かったよ」
校舎、食堂、カフェテリア、プール、体育館と学園の一通りの施設を巡り終えたネルとアミナの発した最初の感想は、広い。
これに尽きる。
まぁ、それもそうだろう。
人が住むことを想定しているのではなく、大勢の人が一緒に学ぶ場所。
その効率を最大限発揮できるシステムとして、日本でも活用されていたのが学校だ。
大勢の人に、学問を教えるための環境として進化し続けた。
その環境をこの異世界で再現するとなると、この世界の住人からは大掛かりな施設に見えてしまうのも仕方ない。
「一通り、見て回ったけど設備は問題ないな。さすが、ドンだ。いい仕事をしてくれた」
「ありがとうございます」
「イングリット、王都の方で仕入れた酒の在庫ってまだあるよね?」
「はい、ワイン、エール、蒸留酒。各種揃えております」
「ドン、俺からジンクさんに言っておくから週末に宴会を開いて、作業員たちを労わっておいてくれないか?酒と食料に関しては制限を設けないよ」
「本当ですかい!?」
「ああ、最近みんな働きづめだろ?ここで一つ休息をとってくれ。宴会明けの二日間も休みにして英気を養ってくれ」
そんな施設を作り上げてくれた職人たちに感謝を込めて、備蓄している酒と食料を開放する。
ドンたち職人が総出で飲むとなると、備蓄している酒の半数以上が消えそうな予感がするが、きちんとした仕事にはしっかりと報酬を支払わないと。
「ありがとうございます!今日の仕事終わりにでも皆に知らせますわ!あいつらも喜ぶでしょう!」
消費する酒と食料はまた稼がないといけなくなるが、野菜と穀類に関しては立体農地が稼働して安定して食料を生産しているからそっちで補充が効く。
酒蔵はまだ作っていないから、そっちの方がメインになるけど資産はまだまだたくさんあるから問題ない。
「うん、引き続き安全第一で頼む」
「へい!いやぁ!リベルタ様は話の分かるお方でこっちとしては仕事がやりやすいですな!」
「俺、結構無茶振りしていると思うんだけど?」
「そんなことありませんぜ!!西の大陸で働いていたころは、納期をもっと前倒しにしろとか、資材の値段をもっと安くしろとか締め付けばかりで、その癖手を抜くな、見た目はもっと豪華にしろって勝手な要求ばかり・・・・・思い出したら腹が立ってきました」
補充に関しては、ジンクさんと相談して決めればいいかと思っていたら、ドンが過去を思い出して、暗黒面に落ちそうな表情で遠くを見ている。
「まぁ、昔の話ですがね。ここはそれと違って、しっかりと資材を用意してくれますし、納期もそこまできついモノでもない。レベルも上げてくれますしスキルも用意してくれる。さらに酒と飯が美味い!寝床もしっかりとしていると聞けば、他の職人連中もうらやましがってここに殺到すること間違いいないですぜ!!」
しかし、その表情もほんのわずかな時間だ。
あっという間に、元のちょっと強面な笑顔に戻って、今の生活には満足していると宣言してくれる。
それを聞いて、雇い主としては一安心だ。
「誰彼構わず雇うなら、それでもいいんだけどね。この都市の規律を守るならしっかりと選定はしないとね」
現場は上手く回っている、警備も今のところ問題はない。
「そうじゃないと、現場が混乱するでしょ?」
「そうですな。何も知らん奴が大きな顔をするのはわしらとしても避けたいところですわ」
「ガトウさんはそこら辺どうです?」
この学園の一期生を呼び水にして色々な人材を確保し、地盤を固める。
それによって、他の大陸への進出の足掛かりとする。
後顧の憂いを絶つことを考えた結果作っているのがこの学園都市というわけだ。
「誰彼構わず入れるというのは、労働力を確保するには一見すればいいようにも見える。だけど、リベルタ君の求めている環境を考えるなら、迎え入れる住人に選定は必要だね」
その人材を育てるにあたって、要となるガトウの言葉。
「けれど、差別はしないように気を付けた方が良いよ。獣人だから、平民だから、片親だから、人はそういう歴史や社会に刷り込まれた根拠のない理由でせっかくの才能を下に置き、時折感情で物事を判断する。そこだけは気を付けて欲しいかな」
「重々承知してます」
「うん、君ならそこら辺はしっかりとしてくれているから大丈夫だとは思っているよ」
元々人に教えるということをし続けてきて、人を見る目を養い続けて来た彼の言葉は重い。
優し気な眼差しの中にある、俺を見定めようとする目。
「まずは最初の生徒ですね」
「うん。そうだね」
その期待に応えるために行動しなければならない。
この学園に人を呼び込むのは簡単だ。
色々な方面から注目されている現状、学生を募集すると一言言えば各方面から人が集まってくる。
だけど、その呼びかけに応えて集まってくる連中の腹の中は、俺の求める理想とは相容れない思想が多分に含まれているだろう。
それを招き入れたらどうなるか、考えただけでため息が出てしまう。
「出来れば、ネルやアミナみたいな子が大勢来てくれると助かるんですけどね」
「それは才能的な意味かな?」
「いえ、どちらかというと、自分の夢をまっすぐに信じて進もうとする素直さですかね」
少なくとも、俺の呼びかけに応じて貴族連中の子息や、邪神教会の孫請け辺りの反社の人材、その他良からぬことを考える輩が大勢来ることは間違いない。
中には貧しさに耐えかねて助けを求めてここに来る輩もいるかもしれない。
後者だけならともかく、前者のような輩が大勢来るのは勘弁願いたい。
叶うなら、俺が振り向いて視線を向けた先で首をかしげるネルやアミナのような子がたくさん来てくれると俺も育て甲斐があって、安泰だと思ってしまう。
「そうだね。君たちみたいな子が大勢来る学園になるとワシも良いと思うよ」
才能的な意味合いもあるが、なんだかんだ素直に楽しんで、そして真面目にがんばってくれている彼女たちは非常に貴重な存在だと俺は改めて思う。
まぁ、ネルやアミナクラスの才能と努力を惜しまない姿勢をもった子供が果たしてどれくらいいるかはわからない。
でも、まだまだ眠っている気はしている。
「リベルタ様みたいな子供が大勢いたら、この国どころか世界も統治できるんじゃねぇですかい?」
「リベルタがたくさん?」
「それは、ちょっと大変じゃないかな?」
そんなことを思っていると、学園中が俺みたいな子供で溢れるところを想像したドンが笑いながら将来絵図を語るが、ネルとアミナの反応は意外と渋い。
「何かにつけ変なことを思いつくようなリベルタがたくさんなのは大変ね」
「うん、そうだね。気づいたらとんでもないことをしてそう」
「うーん、自覚があるから否定しづらい」
そしてドンの言葉への俺の感想は、ネルたちの意見に近かったりする。
俺がたくさんいる。
すなわち、FBOガチ勢が大量に入学してくるということ。
様々なジャンルのガチ勢がいる。
その中で俺クラスのガチ勢となると、変わり者が多い。
それが集団になった時のことを考えると、末恐ろしい未来が待っていると確信できる。
脳裏に浮かぶのは、ふざけて学ランとセーラー服で装備を統一して邪神に挑んだ修学旅行(悪ふざけ)の光景。
この世界においての最大目標はあっさりと達成できそうだが、収拾がつかなくなるのは間違いない。
ネルの懸念、アミナの不安、そして俺の確信。
その未来は来ることはないだろうけど、来てほしくないと願いつつ。
「でも、ネルとアミナが学生になるのはある意味でアリだな」
ふと、思い出した制服を彼女たちに着せたらどうなるかと考えてしまった。
「そうなの?」
「ああ、頼りになる先輩がいると後輩っていうのは目標にしやすいからな。商店街組の子供や、御庭番衆の子供たちも入学するけど、やっぱり実力のある先輩がいるっていうのは良いかと思ってな」
結論だけ言えばかなりアリだと思った。
俺はこの学園に入学することはできないが、ネルとアミナなら年齢的にも問題はない。
学ぶことがあるのかといえば、割とある。
俺が教壇に立つなりガトウが担当する教室に入れるなりすれば、経験という名の知識をネルとアミナに教えることができる。
後は俺以外の同世代の子供と触れ合えるというのもいい経験になる。
「うーん、でもそれでリベルタ君と一緒に居れなくなるのはちょっと嫌だなぁ」
「そうね」
そう思っての提案だったが、ネルもアミナも思いのほか反応は良くなかった。
てっきり、そのまま頷きそして生徒として入学するかと思っていた。
しかし、生徒になれない俺と距離ができるのを嫌だという理由を聞いたときは、思いのほか喜んでいる自分がいることに驚く。
「ホホホ、それでしたらお二人も教師として学園に参加するのはいかがですかな?」
「私たちが教師?」
「でも、僕たち子供だよ?」
その驚いている間に、ガトウが一つ提案と人差し指を立てて、ネルとアミナを教師にすることを提案した。
「確かに二人とも子供だが、このフライハイトでも指折りの実力者なのは間違いないですな。それにネルさんは計算が得意なので計算を教えることができます。アミナさんは歌が上手ですので、歌を学びたいという子に歌を教えることもできますな」
その案は一考の余地があると俺は思った。
自由に動き回ることに制限がかかるため、担任教師は難しいが、臨時講師のような特別な授業として彼女たちを教師にするのはアリだ。
それはイングリットやエスメラルダ、そしてクローディアもそれに当てはまる。
「それに、教えることで学べることもあるのではないですかな?」
「確かにその通りだな」
彼女たちの得意分野を活かし、それを教えることで再確認する。
それは彼女たちにもプラスになる財産になるのではないか。
「できるかな?」
「うーん」
いきなり教師になるというのは難しい。だけど教えることを覚える機会としてはかなりいいのではないだろうか。
「やってみるのはアリだな」
そう思うと、比較的時間に猶予のあるネル、アミナに教師をやってもらうのを前向きに考えるようになる。
ネルとアミナは不安に思っているようだが、彼女たちの今までの経歴を考えるとできないとは思えない。
「ガトウさんの言う通り。アミナは歌や音楽全般、ネルは計算やアイテムの知識そこら辺を教えることができそうだな」
彼女たちが俺と一緒に過ごしていた経験は、他者が喉から手が出るほど欲しい貴重な知識ばかり。
教師が育つまでの短い期間でも、その知識を教えることができ、人が育てばネルたちの経験としても良いものだと思える。
「リベルタは私たちが先生になることができると思う?」
「僕、今でも計算とか間違えるよ?」
「無理にとは言わないが、できると俺は思ってる」
そして、育った人が呼び水となりさらに新しい人材が育ってゆく。
その循環の足掛かり。
無理にとは言わない。
嫌なら断ってもいい。
前置きにその言葉を伝え、二人に向かって俺は真剣な顔で頷く。
「リベルタも一緒にやるなら、やってみても良いかな?」
「僕も、リベルタ君が一緒ならいいよ」
「なら、やってみるか」
二人は俺がやるならやると、頷いてくれた。
それなら一緒にやるかと俺も頷くのであった。




