4 校舎
ペトラに関しては、慎重に対処するしかないので後でそれ専用の会議を開くことで、いったん棚上げしてその日の新人スカウト会議は終わった。
議題は他にもあったが、それ以降は確認と報告による情報共有だけだから、そこまで時間はかからず、フライハイトの幹部会議は終了。
後は解散となり各々の部署に帰っていくが。
「さてと、それじゃ、学園の校舎の完成具合を見に行きますかね。ガトウさん行こうか」
「そうですな」
俺はこの後にガトウと一緒に完成した校舎の視察が待ってる。
「私も行って良い?」
「僕も!」
「おう、良いぞ」
「私もお供します」
書類仕事は先に済ませているから、この後の時間を使って校舎を見る。
校舎の建築の進捗は聞いていたし、何度か工事現場にも足を運んでいる。
だけど、完成した校舎は今回が初の見学となる。
ネルとアミナも同道し、シレッとイングリットも俺の背後に控えている。
城壁の中であれば、ゲンジロウたちの護衛もいらないから、向かうのはこの面々と。
「それじゃ、ドン。案内よろしく」
「へい!任せてください!」
建築監督をしたドンだ。
学園都市の代名詞となる学園は第一城壁と第二城壁の間の広大な敷地に建設された。
そして果てしなく広い、このフライハイトを徒歩で移動すると、到着するころには日が暮れてしまう。
「列車に乗るの?」
「乗らないと、ヤバいくらいに時間がかかる」
会議をしていたのは、第一城壁内にある最初の城塞都市だ。
ここも一応仮称だけど、セントラルと皆で呼んでいる。
今後は正式な都市の住人でないと入れないようにするようになっているけど、今は普通に出入りできる。
このフライハイトの中心となっているセントラルには、すべての路線に繋がっている駅がある。
統括駅と言えばいいだろうか、とりあえずセントラルにさえ来れれば、どこ行きの列車にも乗れる。
そういう使い方ができる交通機関を想定してフライハイトには高架橋を張り巡らし、広い土地を自在に移動できるようにして、さらに第二城壁上にも路線を作りぐるりとフライハイト全域を一周できる環状線にした。
広大な空き地からのスタートだからこそ、綺麗に計画された都市と鉄道路線網を建設できたと言っても良い。
そんな列車は現在はほとんどが貨物列車で、客車は数両しかない。
工事現場や、警備の人は全員走った方が早い状態だから、この列車が運んでいるのは資材だけ。
「走った方が早いわよ?」
「僕は飛んだ方が早いね」
「そう言うなって。そう言ってみんな列車を使わないんだから」
レベル上げの弊害がまさかこんなところに出るとは思わなくて、ネルとアミナを宥めて、せめて俺くらいは使おうと駅に向かう。
「いっぱい走ってる」
「今は、どこら辺を工事してるんだ?」
「学生寮が先日終わったんで、今は訓練場ですね。あそこはダンジョンを展開できるようにしたり、戦闘訓練で攻撃魔法や攻撃スキルを使ったりするんで、頑丈に作らんといかんですから資材が多く必要なんですぜ」
ホームには作業をしているドワーフたちの姿もあって、あちこちから大きな掛け声が聞こえる。
しっかりと声掛けをして安全を確保し作業しているのを俺は満足気に見ていたが、貨物車両に積載した資材が次々に駅から出ていくのを見てアミナが少し興奮する。
「本当に、誰も使ってないのね」
ただ、その車両が出た後に作業員たちが全力疾走で、駅から出て高架橋から飛び降りていく様を見て、ネルが苦笑を漏らしている。
優れた肉体の方が使い勝手がいいのはわかるけど、もう少し文明的な品を使ってはくれないだろうか。
放置されて、誰も使っていないとわかる箱型の列車が寂しく見える。
人が乗ることを前提とした列車の運転席にドンが乗り込み、ホームまで運転してきて扉が開く。
「使っていいとは言ってるんだけどねぇ」
運転には慣れているようだけど、放置されているところを見る限り本当に誰も使っていない。
将来的に使う人は増えるだろうけど、今はただの置物。
全員が乗り込んだのを確認して、ドンが扉を閉めてくれてゆっくりと列車は走りだす。
ホームから高架橋のルートに向かって走り出す列車は、最初はゆっくりとそして徐々に速度を上げていく。
「わぁ」
「いい景色ね」
そしてセントラルから出た列車が、高架橋の上を走るとその窓からはフライハイトの第二城壁内の光景が見える。
「あれが学校?」
「ああ、そうだ」
「こうやって、改めて見ると大きいわね」
「王都の学校と比べるとどっちが大きいの?」
「間違いなくこっちの方が大きいわよ。そうよねリベルタ?」
「そうだな。色々とできるようにするためにとにかく大きな学校を建てたからな」
列車の窓から見える光景は、建設途中の建物群の中で、ひときわ大きい完成した学園の校舎を一望できる。
作る際の設計図で、俺の提案した近代的なデザインを元にドンたちが手直ししている。
左右に広がる五階建ての大型の建築物。
百を超える教室、数百人が収容できる大講堂、大勢の人間が食事をとることができる大食堂にカフェテリア。
体を動かすためのグラウンドとプール。
前世の日本のマンモス学校にも負けない規模の立派な学校がそこにある。
「ガトウさんがあの学校の校長になるのよね?」
「ええ、あんな大きな学校の校長となると、少し気後れしますが」
その規模感に、ガトウも苦笑気味になるが、もうすでに決まってしまったことだから受け入れている。
「大丈夫大丈夫、何かあったら俺がサポートするから」
「こうも、背中を押してもらえているので精いっぱいやるだけですな」
さすがにこの規模の学校をさっきの会議でスカウトが決定した人材だけで回せるとは思っていない。
最初は持て余すだろう。
しかし、当面はスタートして教育のノウハウを蓄積する期間を運用するだけだから問題ない。
将来的には大勢の人間が通って学べる環境を用意する。
それが当面の目標だとガトウとも話はついている。
「しかし、本当に大きな校舎を建てましたな。最初からここまでの規模を作る必要がありましたかな?」
「先に作っておかないと、あとで土地を確保するってなると面倒だしな。管理は面倒だけど、できないわけじゃないし」
学園の校舎はこの世界の建築物の中ではかなり大きな建物と言える。
その規模を用意したのは、あれやこれやと住人が増えて敷地が手狭になったころに増築という流れを回避するためだ。
大は小を兼ねるとまではいかないが、あとあと足りなくなるよりは余っていた方が良いだろうという判断だ。
「まぁ、そうですな。ですが、教師はせいぜいが十数名、生徒も百人を満たすかどうか。それであの校舎を使うとなると」
「贅沢だろ?」
「ええ、さらに他にも施設があるのですから、贅沢な話ですな」
そもそも建築技術がそこまで発展していない世界だから、従来の感覚ならば、ここまで大きなものを作るとなれば数年、あるいは数十年単位で取り組まないといけない上に人手もお金もかかる。
「あれって訓練場?」
「そうですぜ、あっちの方からも、いくつも施設を作るんでさぁ」
そして作っているのは校舎だけじゃない。
戦闘用の訓練場という名の、コロシアムみたいな建物が並行して五か所作られている。
学校に入学しても、高レベルの戦闘要員はそう簡単に育てる気はないが、職人などの後方支援要員であっても、育てるためにはレベル上げが必須。
なので、育成環境で必要なダンジョンを開放できる場所は必要なのだ。
「あと何を作るの?」
ドンは運転しながら、指を指して建設予定を教えだす。
「あっちには、鍛冶師や細工師なんかの職人を育てるための工房を作りやして、その隣には精錬所も作って。あっちの方には農場と牧草地を作る予定でさぁ」
「本当にいろいろな物を作るのね」
「あとは、乗馬ができるようにしたり、土木工事を教えたり、料理を教えたり、地図の書き方とか。まぁ、いろいろな方面で活躍できる人材を育てる場所だからな」
「いや、リベルタ様。こんな贅沢な施設を用意できる人物はリベルタ様くらいですぜ? どの国の王でもここまでの環境は整えられないですぜ」
座学だけでは教えられない物を、実地で教える。
その理念自体は間違っていないが、それを用意する予算が捻出できないのが普通のパターンなのだけど、俺にそれは関係ない。
「そこはそれ、俺だから」
「ま、俺たちからすればこんなすげぇ物を作れるのに携われて、職人冥利に尽きるってもんですがね」
やりたいからやる。
それだけの話だ。
そんな話をしている間に、列車は学園直結の専用駅に着く。
校内に乗り入れることができるし、この路線は学生寮とも繋がっているから学園の敷地内の通学とかでも使える。
「校舎直結の駅のホームも広いのね」
「校舎の最大収容人数は、想定で三千人規模だからな。その三千人が乗り降りするとなればホームも広くなるって」
この学園には色々なジャンルの人材を集めることを想定しているから、校舎も相応の規模になる。
通勤ラッシュならぬ、通学ラッシュも想定して駅のホームには余裕を作ってある。
「みんなレベルが上がったら学生寮から走ってこないのかしら?」
「電車よりも、そっちの方が早いよね」
「・・・・・使う人はきっといるはずだ」
しかし、ネルとアミナに、もしかしたら誰も使わないのでは?と言われ嫌な予感はした。
だけど、そんなことはないだろう。レベルが低い段階では使われるし、学校のカリキュラムでクラスアップをする際には試験が必要になるようにしている。
なので、早々に列車よりも早い通学をするレベルの生徒が現れることはないはずだと、嫌な予感から目を逸らしつつ、校舎に繋がる出入り口に向かう。
「綺麗な建物ね」
「作りたてですぜ。今はまだカバーとか撤去してませんから、綺麗なままです」
校舎の主な出入り口は、正面玄関とこのホームからの出入り口だ。
まだまだ机も椅子も何も搬入していないから、ただ部屋数が多いだけの空間となっている。
しかし、それでもドンたちが丹精込めて作った学校は風格を感じさせる見事な建築となっている。
今、皆で歩いている廊下もただの通路ではなく、所々細工が施されている。
機能美優先と指示は出したが、細かいところで職人の個性が出ているのもまた事実。
「こういう場所で勉強するんだ」
「そうだな、アミナとネルも座学とかで学びたいことがあったら通っても良いぞ」
「うーん、あ!歌の勉強がしたい!」
「それ、アミナが教える側よね」
「アミナより歌が上手い人を探さないとダメだろ」
何もない空き教室の一つに入り、辺りを見回すが、窓の外からグラウンドが見える以外はただ広い部屋。
面白みも何もない空間だが、それでも学校という空間が楽しいのかアミナとネルは楽しそうにどんどん先を進む。
そうして、それを追いかける男衆。
「うん、問題ないな。これで生徒を迎え入れることができるな」
「それを聞けて安心しました。ワシもこんな大きな建物を作ったことはなかったので」
「ホホホ!何事も経験ですぞ?」
「全く持ってその通りで」
そうなると自然とはしゃぎながら先を行く二人を見守りつつ、付いていく俺とイングリット、ガトウ、そしてドンという組み合わせになる。
「あとは、エーデルガルド公爵家の方からも外交官と交流学生がくるからな。それの受け入れ準備もしないといけないんだよな」
「大使館の建物の方はできていますが、迎え入れる人たちはほとんどが貴族なんでしょう?こちらの教師の方が何とも。貴族の方々に教えられるような教師を用意することは難しいですな」
「そこは、先方も理解しているよ。変な貴族権益に染まった思想を展開すればどうなるか、相手もわかってるさ」
この校舎がどんな感じで使われるか、そしてどんな人が来るか、それを想像しながらこの学園の未来を語り合うのであった。




