3 借金女王
「スカウト候補に入れておいてなんだけどよ。こいつだけはスカウトしない方がいいと俺は思うぞ?」
「僕もジュデス君に賛成かな。この子は止めといた方が良いよ」
ペトラ・ローンの順番になった途端に、この人物を調べたであろうエンターテイナーのリーダー二人が揃ってペトラのスカウトに難色を示した。
ここまでも二人は何人かのスカウトに反対しているが、初っ端から反対するのは珍しいと周囲の面々も首をかしげる。
「そこまで反対するのに、ここで検討資料を提示したのですか? 矛盾しているように思えるのですが」
スカウトしない方が良いというのなら、資料を提出しないという手段があったはず。
それをしなかったのはなぜか。ジュデスとシャリアは互いに顔を見合わせ、どうするかと視線を交わした。
クローディアの疑問はもっともだ。
そして二人が言いづらそうにしている理由を俺は知っている。
「クローディア様の言う通りですわ。資料にも性格項目は丸、読み書き計算丸、さらには薬草学に医学、さらには治癒魔法と医者としての適性の高さを見せていますわ。この方が教師として来てくださるのならフライハイトにとってこの上なく有用な人材と私には思えますが・・・・・欠点も、最後の注意事項に書かれているギャンブル依存症ですが、これもこちらの方で管理すればいいだけでは?」
しかし、それは俺がFBOで知っているだけで、資料の内容を見れば反対することに納得できないとエスメラルダがクローディアに賛同するくらいに、資料の上では優秀な存在なんだ。
注意事項に書かれている、ギャンブル依存症。
二人は、この一文を甘く見ている。
「無理だよエスメラルダ。彼女は、エスメラルダが考えているような普通のギャンブラーじゃないんだ。想像の倍は軽く超えてくるようなヤバい生粋のギャンブラーなんだよ」
「リベルタ、この人を知っているのですか?」
「まぁ、ね」
言いづらそうな二人に代わって俺が理由を説明すると、全員の視線はジュデスたちから俺に移る。
何故知っているのかと疑問に思われているようだが、いつものように俺だからということでスルーされた。
「ペトラ・ローン。彼女を一言で言うなら確かに善人なんだよ。仕事も真面目にこなすし、人付き合いも誠実。だけど、その善性があってもなお評価がマイナスになるほど、プライベートでは生粋のギャンブラーでもある」
なので、俺は背もたれに体を預けて、ペトラのことを思い出す。
彼女は非常に優秀なヒーラーだ。
立ち回りも優秀で、能力も申し分もない。
天は二物を与えたと言わんばかりの才色兼備とは彼女のことを指す。
穏やかな母性を感じさせる容姿、その姿にふさわしい穏やかな性格。
犯罪は犯さないし、仕事だって真面目にやる。
「そんなにひどいの?」
「この紙に書いてある注意事項のギャンブル依存症、これがすべてを物語っている」
そんな彼女の欠点を挙げるなら、まず真っ先に上がるのがギャンブルの話だ。
ネルの恐る恐る聞いてくるトーンの具合から、俺が本気だというのは伝わっているようだ。
「うん、僕も少ししか見てないけどあれはひどかった」
「仕事は真面目にこなすんだよ。治療院で働いているんだけどさ。患者とのやり取りとかはすっげぇまとも。人気だってある」
うんうんと、ググルの相手をしつつも一緒にスカウト対象の身辺調査をしたシャリアはペトラを庇うことなく大きく頷き、その隣でジュデスも同じように頷いている。
「だけど、オフになるとマジでヤバい」
「ドッグレース場に行って、生活に必要なお金もすべてギャンブルに突っ込むの」
「え、どうやって生活しているの?」
「『借金』」
「「「「「・・・・・」」」」
このペトラという人物は、元貴族だ。
代々の血筋がギャンブル気質なのか、隆盛をきわめている頃は医療の分野ではかなりの権威を誇っていた貴族家なんだけど、ペトラの祖父の代で大博打に負けてそのまま没落。
医学の勉強をしていたから、食うには困らずさらにいい給料までもらっているが、その血筋には抗えず、ギャンブルの沼に嵌っている。
「ヤバいところからの借金はまだしてないようだけど、俺の見立てだともう秒読みになっていると思うぞ」
「うん、治療院って結構いい給料もらっているはずなのに、住んでいる貸家がかなりボロボロなんだよね」
片足どころか、両足、そして腰を通り過ぎて肩付近までどっぷりとギャンブルに浸かってしまって、もう抜け出せなくなっているとジュデスたちは語る。
優秀なんだよ、本当に優秀なんだよ。
だけど、彼女にお金を与えるとすぐにお金が消えるんだよ。
「・・・・・これで、ギャンブルが強ければいいんだけどさ」
「・・・・・普通なんだよね。弱くはないんだけど、こう、その道で食べていくほどの腕前じゃなくてさ」
「下手の横好きってわけじゃないんだよ。普通のギャンブル依存症って言えばいいのか?」
「頭に重度ってつくけど」
めっぽう弱いわけじゃない、だけど、勝ちを重ねられるほどでもない。
なのに止め時を誤る。
しみじみと語る二人が、ギャンブル癖が無ければ完璧なんだけどなぁとつぶやくと、スカウト一覧に入れた理由と、避ける理由がわかって、全体に微妙な雰囲気が流れる。
「・・・・・教師としてスカウトして生徒にギャンブルを教え込むようなことになるのを避ける意味も含めてスカウトは避けた方が良いですわね」
「まぁ、そうなんだけど・・・・・」
「リベルタ、彼女に拘る何かがあるのですか? 有能なのはわかっておりますけど、さすがに借金までしてギャンブルするような方はダメですわ」
エスメラルダは、二人の報告を聞いて、さすがにそんな人材をスカウトするわけにもいかないと判断し、自分の資料にスカウトは無しとバツ印を書き込んだ。
その反応は仕方ないなと思いつつも、とあることを知っている身としてはちょっともったいないと思い、つい言葉をこぼしてしまった。
「うーん、まぁ、いっか。彼女ユニークスキル持ちでね。ギャンブル狂なのもそのスキルに影響されているからなんだよ」
何かあるとき、付き合いの長いパーティーメンバーにはわかりやすい俺の反応故に、クローディア含め、全員から再び視線を集める。
隠しても仕方ないと判断して、一回だけちらりとネルの方を見てから俺は説明をする。
ペトラが持っているユニークスキル。
「彼女のユニークスキル、『パラドックスダイス』。このスキルって色々な乱数に介入できる、本当に貴重なスキルなんだよ。使い方次第ではネルみたいな真似ができる」
「乱数に介入ですか? ですが、その割には彼女はギャンブルが弱いと聞いていますけど」
「あくまで介入できるだけで、操作できるわけじゃないんだよ、このスキル」
ペトラはFBOで唯一人、ドロップ確率に介入できるスキルを持ったキャラなのだ。
他にもランダム性のあるスキルに干渉できたりと一見すごそうなスキルに見える。
だけど、あくまでできるのは確率を掻き乱すだけ。
「例えばだけど、コインを投げて表裏を当てるゲームがあったとするでしょ?」
「はい」
「その場合、基本的に表も裏も確率は二分の一だ」
「そうですわね」
ペトラは、このスキルを無意識に使っているから、いつもギャンブルの成績が安定しない。
「だけど、彼女のパラドックスダイスを使うと、この二分の一の確率が乱れる。その乱れる数値は、振られたダイスの目の値に依存する」
「・・・・・理解できませんわね。もう少し詳しい情報を教えてくださいまし」
ペトラがスキルを意識して使えば、彼女の脳裏に六面、あるいは十面のダイスが現れ、それが自動的に振られる。
「スキルを使うとペトラの頭の中にサイコロが現れるんだけど、そのサイコロの色が赤ならプラスに、青ならマイナスに確率を乱す効果があって、振られて出た目……仮に赤いダイスの2の目が出た場合、コインの表か裏かで賭けた面の出る確率が二倍になる」
「ちょっと待ってください。それはかなりすごいことではないのですか? 運命を捻じ曲げているようなものですよ」
赤か青のダイス、それぞれ効果は違うが、間違いなく運命を変えるスキルということでクローディアも俺が悩んだ理由を察した。
「そういうこと。ただ、このスキルの欠点は完全にランダムということ。任意で使うか使わないかは選べるし、対象を選ぶこともできる。だけど、それ以降は完全にランダム。赤いダイスか青いダイスか選ぶこともできないし、六面ダイスか十面ダイスか選ぶこともできない」
「対象を選べるって・・・・・もしかして攻撃スキルにも適用できるのか!?」
もう一人気づいたのが意外にもジュデスだった。
はっとなり、もしかしてという尋ね方で俺に聞いて来たので、俺は頷き肯定する。
そう、このパラドックスダイスの対象はスキルにも適用できる。
「といっても、確率が影響する分野にしか対応できないけどな。だけど、ランダム要素の強いスキルは色々とある。その手のスキルでヤバいのは、例えば威力がランダムで決まるラッキーメテオだな。あれ、確率で振ってくる星の数が変わるし、大きさも変わる。最低のやつだと、米粒みたいな石が軽く振ってくるだけの癖に、魔力の八割をごっそり持っていくんだよね」
「そのスキルの威力が高い方が出るように確率を変化させることができるというわけですね」
「逆になる可能性も十分に秘めているけどね。確率二倍で最大火力が出るなんてこともできるけど、逆に確率二倍で最低火力が出るってことにもなりかねない」
そんな可能性の塊のスキルなので、FBOではギャンブルビルドというユニットでネタ枠キャラとして重用されていた。
嵌まればかなり強いが、沼ると最弱になるキャラ。
ユニークスキルを使わず、ヒーラーとして運用することもできるが、大概のプレイヤーはヒーラー要素を全て排除し、ギャンブル性能に極振りする。
「うーん、ちょっと思ったんだけど。これ、ネルと一緒だったらどうなるの?」
「「「「「あ」」」」」
そんなペトラの完全上位互換の存在に気づいたアミナの一言に、今度は一斉にネルの方に視線が向く。
「そうなんだよな。ネルの豪運がいい方向に向いているときはいいんだが、逆方向に向いているときに発動するととんでもないことも引き寄せそうな気がするんだよ」
俺が懸念しているのは、混ぜるな危険になるか、混ぜたら神になるかというその点だ。
ネルの運はスキルではなく、本当にその体に宿るナニかだ。
しかし、ペトラの方は完全にスキルとして顕現している。
この二人が巡り合った時に一体どんなことが起きるか、俺でも本当にわからない。
「ペトラ単体なら、どうにでもできる。何なら真面目に働かせることだってできる」
「出来るんだ。あのギャンブル狂を。悩んでいるのはネルちゃんのことか?」
ここで厄介なのは、まったくもってそこら辺は未知だということだ。
俺の知っているペトラだけならFBOの経験で、ジュデスが驚くようなことでも対処して見せる。
「そういうことだ。下手な運命操作でネルに万が一があってみろ。それこそ俺は自分を許せない」
しかし、今回ばかりは未知数要素が多すぎる。
「愛されてるね♪ ネルちゃん」
「・・・・・まあ、そうね」
ちょっと大胆なことを言ってしまったが、心配しているのは本当のことだ。
いきなりの発言で、ネルが髪をいじって頬を赤らめている。
チラチラと俺を見て、どういうリアクションを返せばいいか迷っていると、シャリアはネルに向けている微笑ましい視線から一転、反対の揶揄いの視線を俺に向けて来た。
「では、受け入れないという方向に考えられればいい・・・・・というわけでもありませんわね」
「ええ、このスキルを放置するのは危険です。今は大丈夫かもしれませんが、もしも邪神教会に囲い込まれて変なことになればただではすみませんよ」
まだ出会うのはだいぶ先だとは思っていたが、このタイミングで出会ったのは『何か』の差し金か、それとも偶然か。
「すぐにどうこうってわけじゃない。ペトラのスカウトに関しては一旦保留にしよう」
問題の解決を先延ばしにし、この議題は一旦終えるのであった。




