第六話 結婚式
――その日の朝に決まったのにも関わらず、勇次とかすみの婚礼は安曇野村を上げての一大イベントと化し、あちこちで出店まで現れ宛ら祭りのような大騒ぎとなった。
勇次は甚右衛門に言われるがまま、あちらこちらと村内を挨拶回りのために連れ回され、事あるごとに御神託書を見せながら、「此方が討伐者様だ」と紹介する。その度に周囲に居た者は全て『ははー』と土下座をする始末で、目出度いのやらなんやら訳がわからなくなっていた。
――ハァ……。
「どうされたのです、婿殿。疲れましたか? まだあと十件ほど回らねばならん所があるのです。しっかりして下さい」
「そうは言ってもな、俺はこういうの苦手なんだよ――。もう帰らせてくれねぇか……」
「だめです! こういう事は最初が肝心なのです。武者小路家の娘を嫁がせるのですから、ビシッとして下さい、ビシッと」
――どうしてこうなったんだ……。
――――――――――――
その夜、盛大な宴が催された。
昨夜、誕生パーティが開かれた大広間にはどでかい金屏風が置かれ、勇次はその前に座っていた。
服をどうするかと言った話がチラッと出たのだが、勇次のスーツは結婚式にはぴったりだろうという事になり、いつもの服装のまま式に出ることになった。ネクタイをするという文化はこの世界にはないらしく、いつもの純白のスーツに胸元がガバっと開いた真っ赤なシャツ。そしてその下に見えるギラギラと下品な輝きを放つゴールドのチェーンネックレス、と勇次はどこからどう見てもカタギではない見てくれの新郎だった。
一方かすみは突然の婚礼だったにも関わらず、その小さな身体にぴったりと合わせた文金高島田が用意され、終始俯いたまま勇次の隣に座っていた。
「――おい。かすみ、どこか具合でも悪いのか?」
いつもと違って無口なかすみが少し気になり、声をかける。
しかし、返事がない。
心配になった勇次が角隠しの下のかすみの顔を覗き込むと、「スースー」と寝息を立てて眠っていた。
――そりゃ、子供でも疲れるわな。ご苦労なこったな、お互いによ。
「――では、宴も酣となって参りましたので、新郎新婦に初の共同作業を行っていただき、今宵の宴を〆ていただきたいと思います――」
司会者の合図で、新郎新婦の前に大きな鯛が用意される。
今の声で目を覚ましたかすみが「あぁ、もう入刀する時間になったんですか?」と寝ぼけまなこで勇次に問いかけた。
「そうだ。で、入刀? ――この鯛に?」
「そうです。二人でその鯛に包丁を入れれば、晴れて夫婦ということになるのです」
かすみは嬉しそうだった。
――ハァ、めんどくせー。なんで俺がこんなクソガキと結婚しなきゃならねぇんだよ……。ロリコンなら大喜びだろうが、俺はもっと熟れた女の方が……。
「――ささ、お二人前にいらして下さい。係りの方入刀用の包丁をお願いします」
勇次は言われるがままに鯛の前にかすみと並んで立つが、いつまで待ってもその包丁が来ない。
どうやら慌ただしく式の用意をしている途中で紛失してしまったようだった。
「包丁がないと、入刀の儀式が出来ないです……」かすみが不安そうに言う。
おろおろしているかすみを見兼ねた勇次が「仕方ねぇな」と、愛用のドスを鞘から引き抜いて、まな板の上にブスっと突き立てた。
「――おい、その入刀ってのは、コレでもいいか?」
「はい、もちろんそれでも大丈夫です。ではお願いします」
勇次はかすみと手を取り合って、大きな鯛にドスを突き刺した。
――――――――――――
その日の夜、勇次は朝方に言われた通り、こっそりと十兵衛の元を訪れた。
十兵衛の住まいは、邸内に専用の別棟が用意されていて、そこが寝所になっているようだった。
建物は特に風変わりでもない平屋の一軒家だった。
――コンコン
「十兵衛殿、勇次だ。言われた通りやってきたぞ。十兵衛殿――」
しばらく玄関先で待っていると、程なくしてドアが開き十兵衛が顔を出す。
「お呼び立てして、申し訳ありません木崎様。どうぞ中へお入り下さい」
十兵衛に誘われるがまま敷居を跨ぎ靴を脱いで上がった室内は、畳敷きの如何にも日本家屋といった趣きの落ち着いた和室だった。
部屋の隅にある行灯が柔らかい光を発していて、壁に開いた丸窓から月灯りがほんのりと差し込んでいるのが見える。十兵衛は部屋の真ん中に置かれた丸テーブルの座卓で茶を淹れながら、座って下さいと用意してあった座布団を気持ち手で押して勧めた。
「――早速だが、話と言うのはなんだ?」
「はい。それはかすみお嬢様の事についてです。これから一緒に旅立つのであれば、是非ともお伝えしておきたいことが御座いまして」
「ほう、それは?」
「かすみお嬢様は、実は呪術が使えるのです」
「呪術ってぇと、あの寺に出た黒鬼とかいう式神が使っていたようなやつかい?」
「左様で御座います。もっともかすみお嬢様が使えるのは、治癒をするための呪術です」
「ちゆ? あぁ、怪我を治したりとか、そういうのか」
「はい。私は以前、かすみお嬢様に骨折を治していただいたことがあるのです」
「骨折を治せるのか? そいつはすげぇな」
そんな事ができるのかと勇次は関心しきりだった。
「そうなのです。恐らくですが、木崎様はかすみお嬢様を連れ立って旅立つのを足手まといになるとお考えなのではと――」
「う……。まぁ、隠さずに言えば、そうだな」
「そうでしょうな。これから木崎様が向かう先は、どんな困難が待ち受けているか知れない過酷な旅になるでしょう。旅などと甘いものではなく冒険でしょうな」
「冒険か……。言い得て妙だな」
「ですので、いつかかすみお嬢様が木崎様の助けになることがあるやも知れぬと思われまして、その事をお伝えしておこうと」
「なるほどな。それは良いことを聞かせてもらったのかもしれねぇ」
「それは良う御座いました。――木崎様、茶も良いですが、一献お付き合い願えませんかな」
十兵衛は笑いながら手でクイッと酒を煽る仕草をした。
「もちろんだ。むしろ、俺は最初から酒が出てくるのを期待していたぜ、十兵衛殿」
――ワハハハ……。
こうして勇次とかすみの初夜は更けていったのだった。
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