第五話 嫌な予感
「――世話になった」
翌朝、勇次は点鉱山へ出発をするため、綾小路家の玄関で別れの挨拶をしていた。
甚右衛門夫妻は、玄関の式台に正座をして深々と頭を下げていて、かすみは両親の後ろに隠れるようにして座って、めぐみの肩越しに勇次を見ていた。
結局かすみは勇次と共に寝ることはできなかった。
昨夜は深夜まで十兵衛や甚右衛門らと酒を酌み交わしながら、この世界の事について色々と話を聞いているうちに、勇次にべったりと張り付いていたかすみは、ついに我慢の限界に達して寝てしまい、めぐみが部屋まで運んでいったのだった。
結果として昨夜の話では大したことは何も判らなかった。判ったことは、この世界はどうやら勇次が知っている古の日本の文化と酷似しているという程度。その他の文化的な違いは、言葉が現代的な話し方で――いわゆる和製英語なども使われていて、自分が知っている過去の日本とはそこが多少違うことと、式神という魔物と魔法の様な呪術というものが確実に存在していることだった。
それ以外の違いも他にあるだろうが、全く馴染みがない世界という訳ではなさそうだった。
――勇次がピカピカに光る白いエナメルの靴を履き、出発しようとした時だった。
「――勇ちゃん! 行っちゃいやなのです! ずっとここにいて欲しいのですぅ! うわーん――!」
突然かすみが急に泣きながら駄々をこね始めた。
「……かすみ、木崎殿は討伐者様なのだ。ずっとここに居ることなど出来ない相談なんだよ」
甚右衛門にそう諭されるが、かすみは言うことを聞こうとはしない。
「勇ちゃんがここに居られないのなら、かすみが一緒に付いて行くのです!」
「おいおい、何を言う。それこそ無理だぞ、かすみ。またいつか会えるから。それまでいい子でいるんだな」
かすみの頭を撫で、面倒なことになる前に出発しようと勇次が踵を返した時――。
「いやだぁぁぁ! 勇ちゃんと一緒に行くの! 連れってって! お願いだから!」
――あぁ……。嫌な予感はしていたのに……。
勇次は愕然とする――。
――こんなガキを連れて何処かに行くなど死んだほうがマシだ……。
サイアクなことに『お願い』されてしまった。
もう勇次は断ることが出来なかった。
――仕方がない、連れて行くか……。あ、でも待てよ……。
しかし、かすみの両親が引き留めてくれれば問題はなかった。
勇次はお願いされると断ることは出来ないが、自発的にそれを取りやめてくれるのであれば、願いを聞き届ける必要はなかった。
こんな子供をヤクザもんと一緒に旅をさせるなど正気の沙汰ではないし、一緒に行くことに両親が同意などするはずがないのは自明の理だ。
「かすみ……。討伐者様が困ってるだろう。お前が一緒に行っても邪魔になるだけだ」
――そうだそうだ。もっとはっきり言ってやれ。
「嫌です! 一緒に行くのです!」
――クソガキが。諦めろ! なにやってんだ、頑張れ、父親!
「かすみ……。ママを一人ぼっちにするの?」
「え? ううん……そんなことしないのです……」
――おお、さすが母親だな。良い事を言う。もうひと押しだ!
「じゃ、討伐者様にバイバイ、またねって言いなさい」
めぐみにそう言われて、涙目を擦りながら勇次を見るかすみ。
「――やだ! 絶対に行く! かすみは勇ちゃんのお嫁さんになるのです!」
――えぇ!? 何でだよ!? そんなのおかしいだろうが。トーチャン、カーチャン、何とかしてくれって、頼むから!
その場にいた全員が唖然とし、ポカーンと口を開けて固まている。
「――ハハハ……。何を言い出すんだかすみ。お前はまだ子供だし、俺の嫁になんか――、無理だ無理。な、甚右衛門殿」
勇次が困惑しきって引きつった笑いを浮かべ、甚右衛門に同意を求めたが、返ってきたのは意外な返事だった。
「……うむ。なるほど――。自分の娘が討伐者様の嫁になると言うのは、これ以上無いほどの誉れであるな……。それにかすみはもう十二歳だしな――」
――いやいやいやいや、よく考えろや、オッサン。十二歳って小学生とか中学生だろうが! まだこんな子供だぞ? ヤクザに嫁がせて誉れっておかしいだろ? 頭湧いてんのか?
「そうですわね、あなた。まだまだ一緒にかすみと居たかったのですが、何れは何処かへ嫁ぐ娘。新しい子供はまた作れば良いですし……」
――おいおいおいおい、バカか? バカ夫婦なのか? 俺はヤクザだぞ? 人刺しの勇次だぞ? 頼むから勘弁してくれ……。
突然、甚右衛門が立ち上がってキリッとなり、大きな声で断言する。
「よし。我が娘かすみは討伐者様の嫁になることに今決まった! 討伐者様ならかすみを守りきって、きっと幸せにしてくれるであろうことに間違いはないはず。不束かな娘ですが末永くよろしくお願いしますぞ!」
「かすみのことお願いしますね、討伐者様。うっうっ……」
めぐみは感涙にむせぶ。
――またお願いって……。夫婦揃って……。ハァ……もう俺は知らんぞ、どうなっても……。
勇次はがっくりと肩を落とした。
「よし、早速今夜、婚礼の儀式を挙げるぞ。おい十兵衛、急ぎ宴の支度をするのだ。突然のことだから少々の不備は致し方ないが、出来るだけのことをしてくれ。頼んだぞ」
「あらあら、急に忙しくなったわね。かすみ、さ、花嫁になる準備をするわよ。花嫁衣装、どうしましょう……。こんな小さい子ども用なんて、今から設えて間に合うかしら――」
「ママ、かすみもお手伝いするのですー」
綾小路家の者は蜘蛛の子を散らすように飛び出して行った――。
呆然として玄関に取り残される勇次。
そんな勇次にその場に残っていた十兵衛が歩み寄って来て、そっと耳打ちしてきた。
「木崎様、出発前に一度私の元へおいでくださいませ。お話があります……」
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