第四話 だからガキは嫌いなんだ
果たして勇次はその打撃を頭に当たる直前に片手で受け止めていた。
それはただ反射的にそうしただけだったが、彼自身驚いていた。
――なんじゃ、コリャ……? 全然痛くもなんともねぇ。紙を丸めた棒でポンと叩かれただけみてぇな……。
これが観音菩薩が勇次に付与した特別な力の一つ、『完全物理攻撃防御』の呪だった。どの様な激しい打撃も斬撃も完全に無効化してしまうこの呪術だが、効果があるのは両手両足のみで、それ以外の部位に攻撃を受けるとダメージをそのまま受けてしまう脆さがあった。
「なんだとォ! この金棒が利かないだと!?」
黒鬼も驚いたようだったが、それでも構うことなくブンブン金棒を振り回し勇次に連続で打撃を浴びせる。
――ガン、ガン!
しかし、何度殴りつけても勇次は涼しい顔をして、その激しい連撃を手足で受け止めた。
「クソがァ! それならば、これでも喰らえぇ!」
黒鬼が片手を上げ掌を天に向けると、その上に直径一メートルほどの燃え盛る火球が現れる。
「――爆炎弾っ!」
黒鬼が吠えるように怒鳴りながら、頭上に現れた火球を勇次に向けて放つ。
――グォォォォ!
それをまともに喰らった勇次はみるみる炎に包まれていく。
「キャー! 勇ちゃーん!」かすみがまた悲鳴を上げた。
「アレは火の呪術! お労しや討伐者様……南無阿弥陀仏――」
玄心は炎に包まれる勇次を見て、両手を合わせ念仏を唱える。
暫くの間メラメラと燃え盛っていた炎が燃え尽きると、その跡に炭のように真っ黒になった討伐者が無残な姿を晒していた。
「ブハハハッ! 何が討伐者だ。どんなヤツか見てこいと主様に言われ、ワシが命懸けで結界破りをしてまで来てみればこの有様よ。大したことはなかったな。ハハハッ!」
黒鬼が高らかに声を上げて笑い出し、黒焦げにした勇次に止めを刺そうと再度金棒を振り下ろす。
――ガンッ!
「――な、何だ?」
黒焦げの討伐者はその打撃を再び片手で受け止めた。
「お前、まさか、生きてるのか!?」
「――どうやらそうらしいな、鬼さんよ……」
炭のような燃えカスがパラパラと落ち、黒焦げの中から純白のスーツが何事もなかったかのように現れる。
「呪術も効かないだと――!」
それは、観音菩薩が付与した二つ目のあらゆる呪術を無効化することが出来る『完全呪術無効』だった。勇次が観音菩薩から付与された呪術は『完全物理攻撃防御』とこの『完全呪術無効』の二つで、どちらも防御用のものだった。攻撃用の呪術は付与されなかったが、討伐者に付与出来るのは二つだけという制限があった。
これまで観音菩薩が送り込んだ討伐者たちは、全員が目的を果たす前に倒されてしまったため、勇次には死なないようにと、防御力にブン振りした呪を付与することにしたのだった――。
勇次はパンパンと残りの燃えカスを払うや否や、いきなり飛び出して黒鬼の鳩尾に蹴りを入れた。
「――オラァ!」
――グハッ……
突然蹴り込まれ、金棒を落として腹を押さえ前屈みになる黒鬼。
その屈んだ顔面にピカピカな白いエナメル靴の爪先が食い込んで式神の鼻を砕く。
――ウギャー!
今度は鼻を押さえてもんどり打って倒れる黒鬼の腹を目掛けて、再びの蹴りを力の限り叩き込むと『グボッ』と嫌な音がした。
――ウガァァァ……。
黒鬼は呻き声をあげた後、ぐったりとして動かなくなる。
すかさず勇次は懐から取り出したドスを鞘から引き抜くと、ピクリとも動かなくなった黒鬼の腹に深々と突き立て、最後に手首を返してぐいっと捻った。
「往生せいやぁぁぁぁぁぁぁ!」
ギャァァァァァァと断末魔を上げて、黒鬼は消え去った。
「――勇ちゃん、大丈夫です?」
かすみが泣きべそをかきながら走ってきた。
「あぁ、何ともない。大丈夫だ」
勇次はドスを鞘に収めて、懐に戻す。
「流石は討伐者様、圧倒的でしたな」
十兵衛が感心したようにウンウンと何度も頷いていた。
玄心が勇次に向かって一礼をする。
「御無事で何よりです。有難う御座いました――。しかし討伐者様、今の黒鬼は気になることを申しておりましたな」
「ん? 何か言っていたか?」
「はい。『どんな討伐者か見てこいと主様に言われた』と」
「……ってぇことは、俺が討伐者で、ここに居ることは既に誰かに知られているってことか」
「そういうことになるかと――」
「チッ、めんどくせぇ」
「御気を付けて下され、討伐者様」
「おうよ」
では一先ず屋敷へ戻りましょう、と十兵衛に促され勇次らは武者小路家に向かった。
――――――――――――
屋敷に戻ると、甚右衛門が玄関先まで出迎えにきた。
「木崎様! お帰りを待っていました。めぐみから聞いたのですが、木崎様は討伐者様だったのですね!」
「パパ! 勇ちゃんねー、お寺に出た大きな黒い鬼やっつけたんですよ!」
「おぉ! それはご苦労さまでした。さぞお疲れでしょう、ささ上がって下さい――」
勇次は今後自分がどこへ行くべきなのか、何をしたらいいのかが全く不明だったため、思い切って甚右衛門たちに相談をしてみることにした。
「――私たちも真・閻魔復活の噂は知っています。しかし、どこに居るのか、いつ復活するのかなど詳しいことは、誠に申し訳ないのですが、何も判らないのです……」
甚右衛門は討伐者の役に立てないことを心から残念がっているようだった。
「なるほどな――。じゃ詳しいことを知っているヤツが居るところに心当たりはないかい?」
すると十兵衛が、役に立つか判りませんが、と前置きして話し始めた。
「この村を出て戌の方位に暫く進むと点鉱山という山に行き当たります。その山の中腹に齢百歳の『生きる伝承』と言われて居る道玄和尚が住職を務める点鉱寺が御座います。その道玄和尚ならば、何か知って居るやもしれません」
「そっか。よし、他に当てもねぇし、早速その寺を尋ねてみっか――」
――とにかくさっさとここから出て行かねぇと、何か変なことをお願いでもされたら堪ったもんじゃねぇからな……。
勇次は何だか嫌な予感がして、常に纏わり付いてくるかすみを殊更に警戒していた。
「本来なら、点鉱山を超えるようとする者はお引き留めして、遠くなりますが回り道を強く勧めます。山にはかなり性質の悪い式神などが出ると聞いておりますので」
「式神か――。大体あいつらはなんだ?」
「式神は、判りやすく申せば妖怪、魔物の類のモノです。真・閻魔の復活を企んでいる、青龍・朱雀・白虎・玄武の四神が率いる配下の者どもが作り出していると言われています」
「その四神って、いわゆる『いいもん』じゃないのか?」
「なんです?」
「いや、その四神って、俺の世界では崇めれられる神として存在していたと……」
「では、それは私どもの世界とは違っているようですな」
「そうみてぇだな。何だかこの世界、色々とおかしな所があるしな……」
「私も詳しいことは判らないのです。式神は四神の手のものが創り出すもの、という事しか知りません」
「判った。恩に着るよ、十兵衛さん」
「いえ、少しでも討伐者様のお役に立てたのであれば、私の誉れでございます」
十兵衛は深々と頭を下げた。
「――よし。じゃ点鉱山に行くか。世話になった」
勇次が立ち上がろうとすると、「お待ち下さい。討伐者様」と甚右衛門も慌てて立ち上がった。
「なんだ?」
「今日はもう出発するには遅いかと思われますので、是非もう一晩うちに泊まっていって下さい」
「――そんな迷惑は掛けられん」
いえ、そこをなんとか、いや、俺は今直ぐ行く、と何度か勇次と甚右衛門の間で押し問答が続いていた時、「大人たちが話し合いをしているから行ってはだめ」と言われたのを無視したかすみが部屋に飛び込んできた。
「――今日はね、一緒に勇ちゃんと寝るんだから!」
部屋に入るなりかすみはそう言いながら勇次に抱きついてきた。
「いや、だから――」
「お願いします! 泊まっていって下さい!」
「――うっ……。判った……仕方がない」
勇次の返事を聞いて喜ぶかすみ。
喜ぶかすみを見て溜息を吐く勇次だった。
――だからガキは嫌いなんだ……。
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