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異変

 部屋の外に気配を感じて、咲哉はバッと起きた。

 携帯電話の時計を見ると、二十一時前。一時間近く眠っていたようだ。


「誰だ」

 と声を上げると、ふすまがゆっくりと開き、そこには三雲がいた。

 三雲のことだ、こっそり咲哉の布団にもぐりこもうとするのはよくある。怒鳴ってやろうと思ったが、様子がおかしい。

 頭に狐の耳が生え、尻尾まで生えていた。

 耳が生えるのは日常茶飯事だが、尻尾が出るときは術などで故意か、自分で狐を封じ込めなくなった時だ。

 つまり今、三雲はコントロールができないほど、精神が不安定だ。


「おい、どうした!?」

 咲哉は慌てて三雲に駆け寄った。

「怖い、怖いよ咲哉……」

 三雲が抱き着いてきて、蚊の鳴くような声を発した。

「どうした、何があった?」

「犬の……気配がするの」

 その一言で、精神が不安定な原因が特定できた。

「……犬か。もう大丈夫だ。怖くない」

 三雲は犬が怖い。いや、怖いという度を越え、存在を感じれば過度に反応してしまう。

 そうなってしまったのは、三雲の過去に遡る。

 

 咲哉が三雲に初めて会ったのは、去年の春だった。

 辰海家を出て姉の家で世話になっていた頃、同じ『辰海』として仕事を依頼された。

 依頼内容は娘に憑いた狐を祓うこと。

 なんでもない、術を使えば簡単な仕事だと思っていた。

 しかし、いざ依頼主の家に行ってみれば、娘は離れの物置小屋のような場所に隔離されていた。

 一目で異常だと判断したが、それだけではない。

 娘には噛みつかれた傷が全身に無数にあり、少し離れたところに衰弱した大型犬が数匹横たわっていた。

 狐を落とす方法に、犬に全身をなめさせるという方法がある。おそらく、それと似たような形で少女と犬を一緒に隔離したのだろう。

 しかし、少女が狭い小屋の中に大きな犬数匹と一緒にされて恐怖しないわけがない。しかも舐められるだけでなく、噛みつかれているのだ。

 あの家から連れ出した今でも、犬の声を聴くだけで三雲は足をすくませる。あの時の記憶が甦るのだろう。

 時には今回のように、見えていなくとも気配を感じ取ってしまう。


 ……だからずっと絶対に犬にかかわらせないようにしてきた。

 今日も比賀に渡された依頼主の情報には、犬を飼っているなんて書いてなかったし、この山に野犬が出るともなかった。

 では一体なぜ。


「三雲、犬が何匹いるか分かるか?」

 普段ならそんな質問はしないが、ふと気になったことがあり、悪いとは感じつつも聞いてみた。

 三雲は咲哉にしがみつく手に力を込めた。

「分からない……いっぱいいて」

 そう答えると、三雲は咲哉の胸元に顔をうずめた。これ以上聞いても答えは得られないだろう。

 しかし咲哉にはその犬の正体が何なのか、うっすらと見えてきた。

「変なこと聞いて悪かったな。落ち着くまでいてやるから」

 長い髪に沿うように三雲の頭をなでながら、ささやく。

 その言葉通り、三雲が落ち着いて眠るまでずっと抱きしめていた。

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