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摺木(するぎ)

 三十分ほどかけて(途中で三雲が休憩すると言い始めたため)石段を登りきると、手水舎の横に依頼主が立っていた。

 四十後半の細身の男。縦長の顔は写真よりやつれているような気がする。目の隈もひどい。自分の娘が何かに憑かれたとあっては、心配でよく眠れないのだろう。


「失礼、久木忠勝ひさぎただかつさんでしょうか」

 そう声をかけると、男は深々と頭を下げた。

 ちなみに普段の暴言吐きの咲哉を知る者は驚くだろうが、仕事の上では敬語くらい使う。

「いかにも、久木と申します。辰海様ですね、お待ちしておりました。――おや、そちらの方は?」

 視線の先には咲哉のスーツの裾をつかみ、息を荒げている三雲がいる。


「ああ、三雲と言って、義妹です」

 三雲のことを説明するのは面倒なので、義妹ということにしている。妹と偽るには流石に似てなさすぎるし。

 だが、三雲はその設定が気に入らないのか、いつも突っかかってくる。

「違うよ! 三雲は咲哉のおよめさ――ごふっ」

 息は上がっているのに、なぜ無駄に元気なのか。鬱陶しいので肘で鳩尾を突いて黙らせる。

「黙れ、小さいころの妄想を出してくるな。すいません、仕事の邪魔はさせませんから」

「いえいえ、お連れ様でしたら三雲様もお客様ですよ。それに、同年代の子もいる方が、娘もうれしいでしょう」

 そう微笑む久木。資料では娘は高校生だったか。


「娘さんは、今は?」

「部屋で眠っています。こちらです」

 そう言って、社務所の奥の家屋に通された。

 築数十年といった和風家屋だ。かなり広い。しかし、この家には忠勝とその娘しか住んでおらず、持て余しているようだった。庭の草木は伸び放題で、花は枯れているものばかりだ。手入れされていないのが見てわかる。玄関にも、郵便物らしい段ボールが積み重なっていた。

「すいません。家内が亡くなってから手付かずでね」

 咲哉の心を読んだのか、態度に出ていたのか。あるいは過去に言われたことがあるのか。どちらにしても自覚はあるようだ。

「いつもこんな状態で?」

「少し前は娘が何でもしてくれたんですがね。今はあんな状態ですから。――ここです」

 久木がふすまの前で止まる。娘が寝かされている部屋だろう。


「まずは様子見だな。三雲は待ってろ」

「うん、わかった」

 三雲は縁側にちょこんと座った。三雲も仕事では足手まといなことは知っているので、こういう時は素直に聞く。と思ったら急に振り返った。

「あっそうだ咲哉、約束は?」

 約束? と考えて、ああと声を漏らした。そういえばさっき大人の階段がどうという約束をしていた。馬鹿だから忘れているかと思ったが、どうでもいいことは覚えているようだ。

「後でちゃんと守ってやるよ」

「うん!」

 三雲は嬉しそうに頷くと、前に向き直り、足をパタパタとさせた。こういうところはまだ子供だ。

 その背中を見て一瞬口の端をあげると、咲哉もふすまに向き直る。


「では入らせていただきます。久木さんは三雲の相手をお願いできますか。一緒に来ると危険ですので」

「ですが……」

「娘さんの傍にいたい気持ちは分かりますが、依頼者を危険にさらすわけにはいきませんから」

 様子見といっても、予想外の事態が起こるかもしれない。もしくは咲哉の術のとばっちりを受ける可能性だってある。

 納得のいかないような表情をしていたが、咲哉の言葉を聞いて頷いた。

「分かりました、ではよろしくお願いします。三雲ちゃん、お菓子あるけど食べるかい?」

「うん、食べる!」

 三雲は食べ物につられて元気よく立ち上がり、久木の後をついていった。三雲たちがいなくなったのを確認すると、ふすまの戸をあけて中へ入る。


 六畳の畳の部屋。電気はついておらず、暗い。人が寝ているのだから当然か。真ん中に布団が一式ある以外、何も置かれていない。普段使わない部屋なのだろう。

 布団には長い黒髪の少女が死んだように眠っていた。寝息さえ聞こえず、本当に死んでいるのではとさえ思う。

 近づいて状態を見る。とはいえ、布団から除く顔しか見ることはできないが。

 体力は落ちているが、衰弱しているわけではないようだ。苦しんでいる様子もない。憑かれた人の中には寝ている間にもブツブツと何かをいうものもいるが、そこまでひどくないらしい。


「すまないが、起きてもらうぞ」

 咲哉は札を三枚取出し、二枚を出入り口に投げた。二枚の札はふすまに張り付き、円形の魔方陣が展開される。防音と、他人が入ってこられないようにする術だ。

 あまり術を使用しているところを見られたくない。別の術者への情報漏えいを防ぐためもあるが、中には危険なものがある。もしこの少女の父親に止められでもしたら仕事にならない。

 そして一枚を少女の額へと置いた。


「答えろ、お前は一体何だ」

 そういうと、札から青白い光が飛び散った。どうやら術に抵抗しているらしい。

 憑き物を強制的に表面に出す術。普段は憑き物と対話するために使う。抵抗されればそれだけ人間の方に負担がかかる。少女頬に汗が流れ、悪夢を見ているようにうなされている。それほど表面に出てきたくないようだ。

 そう思った矢先、急に抵抗が収まった。

 同時に少女の口だけが動く。


「このような術も解けぬようになったとは、我の力もここまでか」

 少女の声で、少女ではない何かが語った。大人びた落ち着きのある雰囲気。とても憑き物とは思えない。

「もう一度聞く、お前は何者だ」

「何者、か……力を失ってしまった以上何と答えていいものやら。そうだな、名は摺木と申す」

 憑き物から出た単語に驚く。

「摺木? この神社と同じ名前だな」

「ああ、同じなのは当然。我はこの神社とともに生まれしこの山の守護者……だったのだがな。今となってはもうそんな大層なものではない」

「その元守護者とやらがなぜその少女に憑いた?」

 そう聞くと、摺木は少し怒ったように答えた。

「勘違いするな、我はこの娘を守っているのだ」

「守る? 最近現れた妖からか?」

「そうだな、具体的にはその妖とやらの呪い――貴殿らの言う術からだ」

「つまり、その少女が術にかからないようにあんたが憑いたということか」

「ああ。だが、呪いにはすでに『かかった』というべきなのかもしれない。我がどうにか進行を止めているが……元凶を叩かねばどうしようもない」

「その妖は一体何だ」

「さてな……我は目が見えぬ。しかし気配からいうと、小さいものが無数にいるようだ。群れというべきか」

 群れで行動する妖と聞いていろいろ考えてみたが、ピンと来るものはなかった。咲哉は術の知識はあっても妖については詳しくない。

「なるほど、親玉を見つけた方が手っ取り早いか……」

「貴殿は中々の術師とみる。人に頼むのは本望ではないが仕方ない。この娘のために妖を退治してくれぬか」

「…………ふん、それが仕事だからな」

 ぶっきらぼうにそう答えた。

「そうか。では我は再び潜るとしよう。緊急の時以外、我を呼ぶことはしないでくれ。こうして出てくると、この娘を守れぬ」

 同時に複数のことは行えないのだろう。他に聞きたいこともあるが、やめておいた方がいいだろう。自分で解決するしかない。

「ああ、邪魔したな」

 咲哉は札を額から外す。

 摺木はそれ以上喋らず、少女がかすかな寝息を立てるだけだった。


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