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仕事依頼

 車で二時間。都心から離れた町の商業区に咲哉はいた。

 電話で指定された店に入ると、呼び出したスーツの男は呑気に食事をしていた。ここは中華料理店らしい。しかし都心にあるような高級店ではなく、庶民的な店だった。

 男のテーブルにはチリソースらしきものがついている皿の他、何を食べたか知らないが大量に皿が積みあがっており、現在は生春巻きにかぶりついていた。

 よほど腹が減っていたのか、食事に夢中でこちらには全然気づいていないようだ。


「いつまで食ってるんだ、比賀」

 声をかけたことでやっと存在に気付いたのか、比賀壮真は「やあ」と手を挙げた。三十過ぎたおっさんだが、咲哉が敬意を払うことはない。むしろ逆だ。

「おや、辰海さん早かったですね。もう少しかかるかと思っていたんですが」

 生春巻きを食べ終え、ペーパーナプキンで口元をふきながら比賀はそう言う。

「ああ。車で来たからな」

 咲哉は比賀の向かいの椅子に座った。

「おや意外ですね。車は持っていないはずでは?」

「姉貴のを借りた」

「姉上というと、辰海今宵様ですね。なるほど」

 咲哉には二人の兄と一人の姉がいる。兄とはほとんど口をきいたことがないが、姉の今宵は弟である咲哉を溺愛しており、今回も車を貸してくれたというより、むしろ弟に貸すために買った車が一台あるのだ。頼りにはなるが、その分面倒くさい姉だった。ちなみに三十路の今も独身である。


「で、呼び出したのは仕事の依頼か?」

 そう聞くと、いつの間にかメニューを開いていた比賀は肩をすくめた。

「まあそうですけど、まず何か注文しましょう。僕はあらかた食べてしまったのですが……あ、夕食まだですよね?」

「ああ」

 急いできたため、途中で軽食もとっていない。三雲の飯を心配したが、カップ麺の買い置きがあるので大丈夫だろう。

「良かった。僕のおすすめはエビチリでね、三皿も食べてしまいましたよ。辰海さんもどうです? おごりますよ」

「じゃあ、それでいい」

 メニューも見ずにそう答えた。特に好き嫌いがあるわけじゃないので、何が出てきても文句は言わない。

「了解です。あ、店員さん、これ二つと……あとチャーハン二つお願いします」

 傍を通った店員に、メニューを指さしながら注文する。二つずつ頼んだところを見ると、どうやら比賀もまだ食べるつもりのようだ。そんなに食べてよく太らないなと思うが、その分動くからなのだろう。

 注文を受け付けた店員が「かしこまりました」と去っていくと、比賀が話を切り出した。


「では仕事の話といきますか。実は今回遠方まで来てもらったのは依頼主がこの近くでして。ですが僕、 明日また遠くに用がありましてね。スケジュール的に辰海さんの事務所による余裕がなくて」

 申し訳ないとぺこりと一礼した。

「それはいい、内容は何だ?」

「ええ。この近くに大きな山があったでしょう?」

「あったな。鳥居が見えたから神社でもあるんだろう」

「よく見てましたね、ご名答。摺木するぎ神社というんですが、そこにどうやら悪い妖が住み着いたようでしてね。しかも宮司である依頼主の娘さんにも何かが憑いたらしく。妖と憑き物の対処、この二つです。憑き物のほうは別の方でもなんとかなりますが、妖退治となると辰海さんしかいない状態です」

 咲哉は術師という力を生かして、妖関係を専門とした仕事を受け持つ人間だ。妖がかかわることなら何でもするが、中でも妖退治においては実力が認められている。払うことはできても退治できる人間はそう多くなく、頼りにされることが多い。だからと言って仕事が多いわけではないが。

「今日ここに来たということは、他に依頼があるわけではないでしょう? いい仕事だと思いますが」

「…………」

 比賀に指摘されたように、仕事は入っていない状態だ。むしろ今月に入ってから一件もなく、当然金は入ってこない。エアコンも直せないし、車を借りたのだって交通費がないからだった。

 妖関係のトラブルがなくて平和、ということであれば良いが、単に比賀以外に仕事を持ってくる人間がいないだけだった。


「分かった、引き受けよう」

「そういってくれると思ってました。ありがとうございます。では依頼主の情報をお渡ししますね」

 比賀はカバンから紙を取り出し、渡した。

 履歴書のように、依頼者の顔の写真が貼ってあり、住所などの個人情報が書いてある。

「くれぐれもなくさないで下さいよ」

「分かってる」

 個人情報保護が強い今の世で、もし落としたりすれば信用にかかわるだろう。ただでさえ仕事が少ない中、そんなことはしたくない。

 と、注文していた料理が運ばれてきた。エビチリとチャーハンが一皿ずつ互いの前に置かれる。


「ほほーう、来ましたよ! さあ食べてください」

 何やら楽しそうに言う比賀。とてつもなく嫌な予感がするが、一般の料理店である。何か仕込むことはできないだろう。

「ああ、いただく」

 そう思いながらおすすめされたエビチリを口に含むと、衝撃が走った。


 ――辛い。


 今まで食べた何よりも辛い。

 火を噴く、というのはまさに今のことを言うのだろう。

「どうですか? この店特製の『超激辛! 炎のエビチリ』は!」

 本当に楽しそうな笑顔を向けてくる比賀。

 殴りたい。比賀と、このメニューを考えたやつをボコボコに殴りたい。

 しかし、ここで負けるわけにはいかない。咲哉は平然と、眉一つ動かすことなく、エビチリとチャーハンを平らげた。いつの間にか、比賀も食べ終わっていた。そういえば奴は辛党だったか。

 水をぐっと飲みほして、比賀は面白くなさそうに眉をひそめた。


「おや、辛い物も苦手ではないんですね……せっかくこの店を選んだというのに、弱点のない人ですね。デスソースを一気飲みさせないと辛いと言わないんでしょうか」

「やめろ、流石に死人が出るぞ」

 被害者、辰海咲哉。死因は調味料。

「そうですね、流石にビンのまま飲ませるわけにはいかないので……コップ一杯入れておけばトマトジュースに見えるでしょうか」

「コップ一杯!? 二百ミリリットル飲ませる気か!」

 ちなみにデスソースは一ビン百五十ミリリットルである。

 もし今後飲まされようとしても、とてもトマトジュースには見えないうえに、臭いで分かると思うが。

「冗談ですよ、僕も有能な人材を失いたくはないですからね」

 比賀はそう言って笑ってみせるが、目が笑っていない。からかっているだけ、で済ませてほしい。調味料で死にたくはない。


「それにしても、辰海さんの弱点を調べるためとはいえ、この料理はいただけませんね。中華好きの僕から言わせてもらえば、ただ辛いだけで素材の味を殺している。本当に炎でも食べた気分ですよ」

「お前のグルメリポートなんて聞いてねえよ」

 何皿も食べておいてよく言う。

「はは、すいません。今度お呼びするときは、格段においしい中華料理を食べさせてあげますよ。」

「今度お呼ばれされることがないことを祈ってるよ」

 皮肉な口調でそういったが、また近いうちにこの顔と会うことになるだろう。

「では僕は辰海さんの仕事がうまくいくことをお祈りしてますよ。おや、そろそろ行かないと。御代はここにおいていきますから。あ、釣りはいりませんよ」

 比賀は腕時計を一目してそういうと、テーブルに万札一枚を置き、席を立った。


「またお会いできる日まで。それでは」

「ああ。百年後にな」

 咲哉の答えに笑いながら、比賀は店を出て行った。

 もう少し何か食べようかと思ったが、メニューの『超激辛! 炎のエビチリ』を見て舌打ちし、結局追加はせずに咲哉も帰ることにした。


 ちなみに会計に行くと伝票の額は一万を超えており。

「足りないじゃねえか!」

 といってもあの野郎はもういない。

 薄い財布の中から端数(二千円弱)を払い、帰りの車内で比賀の文句をぐちぐちと言ったのは、また別の話である。


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