夜明け
朝日を浴びて一番に出たのはため息だった。
その美しさにため息が出た、なんてことであればよかっただろうが、単純に疲れただけだ。山々の間から覗く朝日は中々に絶景だったが、何も感じない。
ギリギリの戦いでもなかったが、一度に術をあれこれ使うとさすがに疲れる。術を使うというのは案外神経を使うのだ。慣れない召喚術を使えばなおさらだった。
「辰海さああん!」
家屋から久木が走ってくる。
咲哉は額の汗をぬぐい、息を整え、何事もなかったように答える。
「どうかしましたか?」
「ええ、娘が、娘が目を覚ましたんです!」
「本当ですか、それは良かった」
完全に犬神を倒したとは言えないが、無事に呪いは解けたようだ。少しほっとする。
「それで術者と話がしたいというものですから、おそらく辰海さんのことだろうと思って……」
「分かりました、すぐ行きましょう」
素早く答えて久木の後を追う。
娘が眠っていた部屋のふすまを開けると、布団の中で上半身を起こし、ぼおっと虚空を見つめている少女がいた。
昨日見た姿は死んだようだったが、少し生気が戻ったようで、顔色がよくなっている。
少女はこちらに気付くと目の焦点を咲哉に合わせた。
「あなたが……お呼び立てしてごめんなさい。呪いを解いていただいたお礼をしたくて」
何日も眠っていたせいか声がかすれている。
「気にしないでくれ、仕事だ。体はもう平気なのか」
「はい、少しぼおっとするだけです。えへへ、しばらくは睡眠とらなくて大丈夫ですね」
「……そうか。だがあまり無理するな、まだ横になっていた方がいい」
少女の冗談に一瞬困った表情を浮かべるがスルーすることを選び、体を寝かすように進める。
「いえ、私は大丈夫ですから……実は摺木ちゃんが、話がしたいって」
「摺木ちゃん……? ああ」
この少女に憑いていた、というより守っていた山の守護者の摺木を思い出す。
「お父さんは部屋の外にいて。摺木ちゃん、あんまり人目に付きたくないみたいだから」
「ついでに三雲を起こしてもらえますか? たぶんぐっすり寝てて、すぐには起きないと思うんで」
「分かりました」
久木が部屋を出て、ふすまを閉める。昨日とは違い、電気がついているので部屋は明るい。
「では今代わります」
電話を替わるような気軽さで、少女がふと目を閉じる。瞬間、空気が変わったのが分かった。力が弱っていると言っても、元は位の高い妖だったということだ。咲哉は跪き、頭を下げる。
「よい、いまさら貴殿に頭を下げられても困る。それに頭を下げるのはこちらの方だ。貴殿の戦いぶり、見えずとも感じてはいた。あの侵入者共を蹴散らしてくれて感謝する」
「それが仕事だったからな。それに何匹か逃がしてしまった」
咲哉は頭を上げ、腰を落として片足を上げて座る状態になる。
「そうだな……しばらくあれが来ることはないと思うが、もし来たとして我にはここを守る術はないだろう」
「もう力は戻らないのか?」
咲哉が聞くと、摺木はふむ、と少し考える。
「どうだろうな。ないことはないが、この神社への信仰が廃れた今、力を取り戻す望みは少ない」
「つまり、信仰が戻ればいいのか?」
「簡単に言うが、貴殿も見ただろうあの長い石段を。この周辺は老人ばかり、あの石段を上ってくるものはもうほとんどいないのだよ」
「ああ……」
摺木に言われて声を漏らす。老人だけでなく、若者もそうだろう。三雲が嘆いたのを思い出す。
「せめて正月だけでも、人が集まるような場所ならば良かったのだがな……」
「ん? それだけでいいのか?」
「いくらかはマシ、と言ったところか。少なくともあの犬神を威嚇するくらいはできるだろう」
咲哉は少し考えて、口を開く。
「それくらいなら何とかなるかもしれないな」
「何、本当か!?」
摺木は身を乗り出す勢いで、声を上げる。
「絶対とは言わないが、何とかしてみよう」
「……すまない、貴殿には迷惑をかける。礼を言う」
「勘違いするな、仕事だ。妖に狙われやすい場所をほっとくわけにもいかないからな」
そっけなくいうと、摺木がフッと笑う。
「貴殿は素直ではないな。好意を素直に受け止めればいいものを」
「うるせえ。妖怪からの好意なんていらん」
眉をひそめてそう返した。
再び眠りについた娘を部屋に残し、咲哉は帰り支度をするために借りていた部屋へと向かった。
そして廊下で久木と、寝ぼけ眼をこする三雲と会う。
「ああ、辰海さん。娘はどうでしたか?」
「疲れたようで眠ってしまいましたが、まあ、数時間したらまた目を覚ますでしょう。安心してください」
「そうですか」
ほっと息をつく久木。
「ところで辰海さん、朝食はどうなさいますか? 今から支度をしようと思うのですが……」
「いえ、もう帰ります。急いで帰らなければならない用事が出来たので……」
「そうですか? では、おにぎりを何個か準備しましょう。それくらいならすぐできますから」
「いえそんな――」
「三雲、お腹すいた……おにぎり食べる……」
咲哉の言葉を遮り、ぼそぼそと三雲が呟く。
「ははは、これくらいさせて下さい。ほんのお礼ですから」
「……じゃあ、お願いします」
三雲の言葉に負けた咲哉は頷く。
「そうだ、久木さん。少し話しておきたいことがあるので、後日連絡させていただきます」
「話ですか?」
「今後のことで少し。悪い話ではありませんので、安心してください」
「は、はい、分かりました」
何の話だろうと首をかしげる久木に一礼して背を向け、部屋へと向かった。




