エピローグ 夏の終わりに
夏の終わり、蜩が鳴く涼しげな夕方。
数週間ぶりに摺木神社に向かうと、人だかりができていた。
鳴り響く太鼓や笛の音、騒がしい人の声。
提灯が飾られた長い石段の前には、『摺木夏祭り』と書かれた看板が立っている。
「咲哉ー! 早く、早くー!」
あんなに嫌がっていた階段に颯爽と走っていく三雲。
夏祭りということで浴衣に下駄という姿の三雲(咲哉は当然スーツ姿)。しかも長い髪を珍しくポニーテールにしている。咲哉的には認めたくないが、三雲はかわいい。それゆえ目立つ。しかも大声で咲哉を呼ぶのでさらに目立つ。
「騒ぐな鬱陶しい……」
咲哉は早くも帰りたい気持ちでいっぱいになった。
いつぞや三十分かけた石段を、十分足らずで上りきる。三雲が音をあげなかったのもあるが、どうやら石段が補修されているらしい。
屋台が並ぶ本殿前につくと、三雲が一直線に屋台へと向かっていく。どうやら小物を売っている店らしい。女の子達でひしめき合っている。
「おや、辰海さんではありませんか」
嫌な予感はしていたが、後ろから聞こえた声で今すぐダッシュで帰りたくなった。
「比賀……」
振り返ると、やはりそこにいたのはすべての元凶、比賀壮真であった。
「わー比賀君だー! 久しぶりー!」
こっちに来て、無邪気に挨拶する三雲。
「二か月ぶりぐらいですね、三雲ちゃん。そうだ、お小遣いをあげましょう。どうせどこかの甲斐性無しさんは何も買ってくれないでしょうから」
「おい黙れ」
「おや、私は何も辰海さんのこととは言ってないんですがね……心当たりでも?」
「…………」
その通りなので何も言い返せなかった。三雲に出せるお金など持ち合わせていない。
「ダメだよ比賀君、咲哉のこと悪く言わな――」
「はい五千円」
「ありがとう比賀君! 咲哉とは大違い!」
簡単に手のひらを返す三雲。
お金って怖い。
「そうか、さよなら三雲。今日から比賀のところでお世話になるといい」
「え、絶対嫌だよ! ごめんなさい咲哉!」
「あの……分かっていることとはいえ、流石に少し傷つくんですが……」
即答の否定に比賀が真顔で呟くが、三雲には全く届いていないようだ。
「別に咲哉が何も買ってくれなくても、咲哉が来てくれただけで三雲うれしいもん! ありがとう咲哉!」
「……なんだろう、今あげたお小遣い返せって言いたくなりますね。このリア充ども爆発すればいいのに」
「そんなことより、比賀。何の用だ」
比賀の小言を無視して咲哉が言う。
「いえ、辰海さんの提案通りに我々が二週間で急ごしらえしたこの祭り……ご期待に添えたかと思いまして」
「それについて感謝はするが、礼は言わないぞ。どうせ利益はお前らが全部持っていくんだろう」
「はい、もちろんです。先ほど三雲ちゃんにあげたお小遣いも、どうせ私のところに戻ってきますからね」
この大人は一言余計だ。
「だとよ、三雲。明日別の場所の祭りに連れてってやるから、そのお金は取っておいて、明日使え」
「咲哉、ホント!? でもさっき一個だけ買いたいもの見つけたから、それ買ってきちゃ駄目かなあ」
三雲が五千円札を握りしめながら、首をかしげる。
「好きにすればいい。一応、お前のお金だからな」
「分かった! じゃあ買ってくるね、咲哉、ここで待ってて! どっか行っちゃだめだよ!」
「はいはい」
パタパタと走っていく三雲を見送ると、比賀に目を向ける。
「で、ほんとの要件は何だ」
「ははっ、ばれてましたか。実は仕事の依頼をしたくて」
「すまないが、明日は用事が出来たからな。それ以降にしてくれ」
咲哉はひらひらと手を横に振る。
「そのようですね、仕方ありません。三雲ちゃんに免じてこの話は後日としましょう。ところで」
「何だ」
「この祭りは一体何の意味があるんです?」
「意味……ね。まあ、借りがあるから正直に教えてやるが、ただ人を呼び寄せただけだよ」
「ほう、例の土地神ですか」
名を摺木、この神社と同じ名を持つ今は力なき土地神である。
「ああ。一時凌ぎだが、信仰がないよりはマシと言ったところだ。そのまま忘れ去られてあの土地神が消えるなんてことになったら困るからな」
「確かに、それは困ります。我々も見逃すわけにはいきませんね。良いでしょう、毎年この祭りを手配するように言っておきますよ」
「話が早くて助かるよ」
「遠慮なく感謝してください。では、私はこれで。三雲ちゃんとのデート、楽しんでくださいね」
「うるせえ、デートじゃねえっての」
比賀は一礼してさっさと石段を下りて行った。比賀と入れ替えになるように、三雲が走って戻ってくる。
「咲哉ー! あれ、比賀君帰っちゃったの?」
「ああ。奴のことは気にするな。で、買えたのか?」
「うん。だから、はいっ咲哉にあげる!」
三雲が文庫本は入りそうな大きさの紙袋を咲哉に渡す。
「……俺に?」
「咲哉に今日の、というか今までありがとうっていうお礼! 咲哉に買ってもらっちゃ意味ないけど、比賀君にもらったお小遣いからならプレゼントになるよね」
「まあ、そうだな……開けていいのか?」
咲哉は紙袋を受け取ると、頷いた三雲を見て紙袋を開ける。
「これは、扇子か?」
中に入っていたのは、猫の絵が入った扇子だった。
「咲哉が仕事でスーツ着るの分かってるけど、それでも暑そうだから。団扇より扇子の方がいいかなって思って。あと、三雲、犬は嫌いだけど、猫は大好きだから!」
笑ってそう言う三雲を見て、咲哉は面を食らう。
出会って一年。プレゼントをもらうのはこれが初めてだ。今まで何度か小遣いを与えていたが、さっきの三雲の発言から、咲哉からもらった金ではプレゼントにはならないという考えだったのだろう。
「……猫って、お前の趣味じゃねえか。まあいい――ありがとう」
今度は三雲が面食らう番だった。
「え、咲哉いま、ありがとうって言った? ねえ、ありがとうって言った? ねえねえ!」
「うるせえ。お礼言われたかったら、今度は自分で稼いだ金でプレゼントしてみせろ。比賀の金だと思うと少々気にくわん」
「それは無理だよ! 三雲、咲哉のお嫁さんになるんだから、働かないもん」
「そうか、わかった。明日の祭りは中止だ。比賀から仕事の依頼があったから、そっちを受けに行くことにするか」
「ああ! ごめんなさい、咲哉! 働くから、たぶん働くから!」
咲哉と三雲の会話は、祭りの中に消えていった。




