第8話 初解剖
朝、寝ぼけ眼を擦りながら上体を起こす。
外を見てみると朝日が部屋を照らしており、本来ならば良い朝だと思うのだろうが、隣の喧嘩でいい朝とは思えなかった。
耳を澄ましてみるとやれ洗濯物はちゃんと脱げ、ゴミはゴミ箱に捨てろ、本は読みかけのページで下に向けるな。そんなお怒りの声が聞こえるが、それに対する反論の声は一つもない。
反省してるのか、不貞腐れてるのか。
少しでも目を覚ますために窓を開け、街並みを見下ろすと、聞こえているのだろう、クスクス笑う人が散見される。
そう言えばと、見下ろして初めて思う事がある。
黒髪を、この世界に来てから自分とトワ、ユキしか見ていないと。
大体は変わった色をしており、橙色、桃色、深緑色に空色。そう言った色ばかりだ。
「そんな我侭な子には今日のデザートは抜きだ!」
隣からそんな声が聞こえ、少しして泣き声のようなものが聞こえる。果たして自分が聞いていいものなのか悩むが、どこからどう考えても不可抗力だ。
そんなことを考えていると、下の階からノックの音が聞こえ、二階から覗き込んでみると明らかに身なりを整え、着飾った貴族風の若い男であった。
(下手をすればユキさんと同い年くらいか…?)
恐らくトワであろう、パタパタと下に向かう音が聞こえ、男を招き入れた。
ユウも念の為着替え、いつでも出られるようにと準備をするとノックの音が響き、出てみるとユキが下に行くようにと声をかけてくれた。
準備を終え、下に行くと先程二階から見えていた青年が、埃を被っていた椅子に腰掛けていた。
ニコニコと上機嫌で、そのお付きの者らしき老人も笑みを浮かべていた。
ユキに紅茶を提供するようにと手渡され、テーブルの上にカップを置くと、次いでユキがいつ作ったのか、ケーキを貴族の男の前にだけ置く。するとトワはニコニコと
「ユウ、この方は昨日のギルドのバックにいた貴族の息子さんで、シリンさんって言うんだ」
「あっえ、え?」
思わず挙動不審な行動を取ってしまうと、シリンは気にする様子もなく、笑顔で「おはようございます」と挨拶をする。
「今日来られたってことはうまく行ったのですね」
「はい。あなたが日付を指定し、騒ぎまくってくれたおかげで」
どこか暗黒の笑みを浮かべながら二人はそう言うと、シリンは一枚の紙を渡し、大きなバッグをテーブルの上に置く。
「こちら、お礼です。大したものではないですが……私のような名だけの貴族にできる事なんてこのぐらい。本当に、感謝してます。今後うちに来るときは普通に、正面から、騎士を通して、来てください」
どこか言い含めるかのようにそう言うと、貴族は紅茶とケーキを平らげて帰ってしまった。
「えっと……昨日のギルドのバックにいたのなら、ある意味敵のようなものなんじゃ…」
「本当ならね。あの人の父親が元々あの一帯を取り仕切っていて、彼はその息子。現状を憂いていた所に、自分たちが騒ぎを起こし、父親を暗殺させた。まぁ結託してたってことだね」
トワはどこか不敵な笑みを浮かべながらユウに語りかける。
「あまり相手を信用し過ぎないことだよ。自分にだって腹の中に幾つも黒い物を抱えているからね」
そう言うとトワは薄く笑いながら立ち上がる。ユウは不穏な空気に背筋が凍るが、何も答えることができず、朝食を喉に流し込むと昨日とは反対に位置する森へと向かった。
昨日の森とは違い、どこか清涼で木々の匂いがよくわかる。小鳥の鳴き声が響き渡り、天気がいいせいで眠たくなるがそれをグッと堪える。
先頭をユキが歩き、最後尾をトワが歩く事で、ユウに被害が及ばないようにと少し遅めのペースで歩く。
偶に大きな狼などが現れてはトワが弓でそれを射っていた。
「さっきのはただの狼じゃなくて、ソウルフって言うんだ」
「そうるふ?」
「そ。魂ごと食べる狼で、あれに食べられると生まれ変わることはないって言われてる」
なんとも物騒な生き物だ。
他にも森の奥から呼び声が聞こえたり、やたらと騒がしい鳥の声が聞こえたりと、何かあるたびガイドのように説明してくれた。
人の声が聞こえた場合、二重の意味で要注意だと、教わった。一つ目は魔獣の声帯が発達し、人の真似をできるようになったパターン。もう一つは盗賊が怪我人を装ってるパターン。
「どっちも悪意があるからやりやすいけど、それなりに対策を講じられてる事が多いから危険なんだ」
トワはそう言うと、魔空間から弓を取り出し、ユキは佩いている刀に手を当てる。
奥からは低く唸る声。現れたのは筋骨隆々、何でも噛み砕きそうな顎に、斑紋。ユウがテレビで見たことあるものよりずっと大きく、人ひとりは丸呑みできそうなサイズだ。
「よし、始めるか」
トワはまず目を狙い、一気に四本射つとそれぞれの目に的中する。
その間にユキは他のジャガーの足を切り、戦闘不能にさせて戦力を削いでいく。
うち、一体がユキに飛びかかるがそれをひらりと躱し、それは木に噛み付くと難なく木を噛み砕き、大きな音を立てながら倒す。
「二十って地味に面倒くさいなぁ」
口元をモニョモニョさせながらトワはそう呟くと、周囲をキョロキョロ見渡す。
パッと見た感じ、二十を優に超えており全部を倒す必要はなさそうだ。
トワは脳天を射ち、開いた口の中に射つ。ユキは手足を切り落とし、首を切り落とす。
二人のあまりにも慣れたような手つきに思わず見惚れてしまい、気づいた頃には足元に転がる死体は既に二十を超えていた。
トワは首元から一つの笛を取り出しそれを勢い良く吹くと、ジャガーたちは一気に森の奥へと消えてしまった。
「動物よけの笛なんだ、これ」
そう言うと再度それを仕舞い、ユキの元へと駆け寄る。
ユキはダガーを取り出しユウに手渡すと
「一頭だけでもお前が心臓を取り出せ」
思わぬ発言に固まってしまうが、トワが慌てたように付け加える。
「ギルドの依頼だからさ、お金を少しでも分配するために少しでも手伝ってもらえると助かるんだ」
そう言うと、トワもダガーを取り出し作業を開始する。
ユキはユウの隣に立つと、指示を出し始める。
どの内臓が何で、どう切ればいいのかを。
皮は弾力があり、その先に進むと筋肉が固く、なかなか切れない。そして内臓の中に心臓があり、生温かい体内に手を突っ込みそれを抉り取る。
鼻につく血の匂いと形容しがたい視覚に、目眩と吐き気が止まらず思わず嘔吐いてしまう。
「それでいい。あとはやる」
ユキはそう言うと、ダガーを取り上げ他のジャガーの解体を引き継ぐ。
少し離れた岩に腰掛け、ユキの手慣れた解体作業を見つめる。
自分もいつかちゃんと出来るようになって、二人の役に立たねば。改めて気を引き締めていると、その奥からはトワが完全にリバースしている音が聞こえてしまった。
心臓を取り終え、ギルドに向かうと昨日の話で盛り上がると同時に、不安の声が上がっていた。
報復的にやられたらどうしよう。バックについている貴族が何というか。そういった話題で持ちきりだったが、二人はそれには一切触れず依頼書をカウンターに置き、昨日受理し忘れたという旨を話し、受理をされると同時に終了の印鑑を貰っていた。
「にしても、このギルドに来てそんなに経ってないのに真面目ねぇ」
アイドはのほほんとそう言うと、周囲の男たちを見渡す。仕事しろ、と言いたいのだろう。
トワはその言葉に笑っていると、奥からギルドマスターが出てきてある物を渡す。
「これ、約束した身分証だよ」
トワは「仕事速いな?!」と驚きながらも受け取ると、それをユウに手渡す。
ユウは紙のようなものを想像していたが、ただの木の板にインクで所属ギルドと名前を書かれているだけだった。
「これ、燃えないし水に濡れても腐らないから重宝されてるんだよ」
アイドはそう言うと、「これを使った家に住みたいなぁ」と呟くので、思わずみんな笑ってしまった。




