第9話 黄泉の境界と現実
明日から帝国を出て騎士王国に向かうということで、最終チェックのために必要なものはないか市井を回る。
トワはユウが寒がりだったら可哀想だと、もう少し厚着のものを二着買い、ブランケットも少し買い足していた。
ユキは魔法石を見て回り、主に認識阻害のものを見ていた。
そんな中、ユウは人混みに負けて完全にダウンしていた。
行き止まりの路地裏付近に座り込み、申し訳無さでいっぱいになっていると、喧騒がひとつ増えるのを感じる。
最初見たときは、たしかに行き止まりであった方。そちらにも人が行き交い、明らかに人ではない者も歩いていた。
中心にはまるでテープで貼られたかのような線があり、それと奥の人を見比べて思わず瞠目してしまう。
すると、向こうを歩いていた女性がこちらに気づき、歩み寄ってくる。
「体調、悪いの?」
女性はそう言うと、水筒を取り出しユウに手渡す。
「えっと、ありがとう、ございます」
橙色の髪に、黒いタンクトップの胸元にはゴーグル。旅人なのだろう、外套は黒ずんでおり、服も動くたび砂が落ちていた。
ユウはありがたく水をいただくと、女性はどこか妖艶に微笑む。
「気をつけなよ。境界線の内側にいたから良かったけど、外側なら戻れなくなってたよ」
そう言うと、ツイッと先程気になった線を指差す。
「黄泉の国なんかでは、食べ物を無理やり食べさせたりして戻れないようにするとか、あるからね。用心するに越したことはないよ」
女性はそう言うと、「じゃっ」と言いながら喧騒の中に消えてしまった。
(元の方向じゃなくて、なぜこちらに…?)
そんなことを思いながら再度、亜人らしき人々の方を見ていると、上から声が降り注ぎ思わずデジャブを感じる。
「珍しいなぁ、異空間に繋がるのは」
「異空間に、繋がる…?」
トワは頷く。
「前に帰る算段がないわけじゃないって言っただろ?これを利用するんだ」
「これを?どうやって?」
思わず前のめり気味にそう尋ねると、トワは頬を掻きながら
「王都……じゃなかった。帝都には神が住んでてね、それが時の神様なんだ。だからそれと空間魔法をうまいこと併せて、ユウを呼び水のように利用して、世界を接続させる」
ユウの口が思わずポカンっと開く。少しばかり、情報量が多くて脳内がショートしてしまったようだ。
「ま、利用できるもの利用して、なんとかかえすって事だよ。ほら、行こ」
トワはそう言うと、ユキのいる方へと走り始める。再度放たれた『王都』という言葉と、『神』という言葉。果たして、本当にあの二人を信用しきっても良いのだろうか。
カチャカチャと、食器の音が響き渡る夕飯時。
今日は肉がゴロゴロ入ったパスタを出され、フォークでそれを食べる。
トワは先に風呂に入るとこの場を去り、ここにはユキとユウの二人のみ。
気まずいながらも食べ進めながら、ちらりとユキを見るとはっきりと目が合ってしまう。
思わず視線を逸らすと特大の溜息を吐かれ、思わず肩が跳ねる。
「お前は、何が目的なんだ」
静寂を切り裂くかのように、そう問いかけられる。
口の中に入っているパスタを一度全部飲み込み、口を開く。
「えっと……も、元の世界に帰りたいだけです」
その問いに、ユキはフォークを置きながら更に問いを重ねる。
「なぜ?」
「えっと……なぜ、とは」
「元の世界で良い思いをしてこなかったんだろ?」
その言葉に、心臓がキリキリ痛む。嫌な笑みを向けられ、水をかけられ、どれだけ苦しくても、敵しかおらず、誰も助けてくれなかった。その時の視線を今、向けられている。
手に汗が滲み、背中を嫌なものが走る。
「ぼ、ぼく、は、おやに」
「親も助けてくれなかったのに?」
パンッと、何かが破裂したかのように、自分の中で何かが弾け飛ぶ。
だが、それを上手いこと言語化することが出来ず、ただ黙って手を震わせながら言葉を待つことしかできない。
「言葉が通じなかったのにここでは通じる。本も読めるもの、読めないものがあり、まるで選別しているかのよう。そんな人間を、信用できるか?」
ごもっともな意見だった。ユキの疑問も、警戒も当たり前のこと過ぎて何も言えない。
だが、ここに残っても結局のところ居場所はなく、迷惑をかけてしまうだけだと言いたいが、それは論点がずれていると怒られるはずだ。
ただ俯き、手をぎゅっと握ると、ユキは話しにならないとばかりに溜息を吐きながら皿を洗いに行ってしまった。
きっと、自分が逆の立場ならそもそもその話を聞いた時点で見放しているはずだ。
しばらくの間、ユウは動けずにいた。
レトロな雰囲気に似合わない黄色く可愛らしい時計。それがカチコチと、時間が動くのを知らせてくれる。
ユウは一つ深く息を吸い、残りのパスタを食べてこの場をあとにした。
パチパチと、木が弾ける音が落ち着く暖炉の前。
先にユキが用意しておいた苺牛乳を飲みながら、ユキが戻ってくるのをトワは待つ。
椅子の肘置きの間にすっぽり収まりながらだらしなく座り、おっさんのように「ぷはぁー」と言う。そしてその手には新聞。
ノックも無しに扉が開き、部屋の主が帰ってきたのだと仰け反りながら顔を覗き見る。
眉間に皺を寄せ、まるで怒っているかのような顔をしていたが、口をへの字にしていないので違うのだろうなと新聞に視線を戻す。
「言ったろ、変に問い詰めても何も出ないって」
トワがそう言うと、ユキの口がへの字に曲がる。
「こんなところに迷い込んでまだ二日、混乱してるし不安だと思うよ」
「逆だろ、まだ二日で落ち着いている節が多い」
ユキはそう言うと、だらし無いからやめなさいとばかりにトワの足を叩く。するとトワはムッとユキを睨んだ後立ち上がる。
果たして、この男はどう説得すれば自分を信じてくれるようになるのだろうか。
そして、説明はできないが、ユウ自体には、害のあるものではなく、ある意味益のあるものだと。
「どうしてそう思う? 迷惑かけないように気丈に振る舞ってるだけかもよ?」
トワはそう言うとベッドに腰掛け、ユキも隣に座ると苺牛乳を飲み始める。何かを考えるかのように斜め上を見ると、再度トワの方をちらりと見る。
「それにしては不可解な点が多すぎるだろ、お前は気にならないのか?」
「気になるけど、いつかわかる気がする。だからその時を待つ」
「でも……」
「今やるべきなのは」
ユキの言葉を遮り、黒い瞳をギラリと輝かせながら凛とした声で、トワは語りかける。
「素性の知れない人間のことを考える事じゃない。楔をどうするか。違う?」
「……違わない……」
ユキの言葉にトワはフフッと笑うと
「大丈夫。これが全部終わったら、今度こそ平穏に暮らそう」
夜の帳が下りる。
抱えているものは疑心か、欺瞞か、不安か。
それぞれの、思いを抱えながら、帝国出発の日を迎えた。




