第7話 自分の名前
名前を決めるに当たって、相当な時間を要した。
まずユキはやる気なさそうに、窓辺から見える犬を見ながら
「ベス。カトリーヌ。アラン。ゴレレリーヌ」
と言い、なおは
「……ゲンジ、タイラ、オダ」
と、少しだけ聞き覚えのある元の世界の偉人の名前をチョイスした。
「………ジョン、ルイ、カン、カーリィ」
と、トワも何とも言えない名前をチョイスする。そして結果として
「………なおは治す、治癒で『ユウ』でどうだ?」
閃いた! とばかりに声を上げるトワに、もはや異論することはできなかった。
(それに、由来も割と嬉しい)
なおはそう心の中で喜ぶと満面の笑みで
「じゃぁ、そう名乗らせてもらうよ。ありがとう、トワ」
その言葉にトワもまた嬉しそうに笑いつつも
「他の人に名乗るときだけ気をつけてね」
と、念の為釘を刺された。
それから少ししてユキが料理を作っている間、この世界のことについてトワは話してくれた。
特に馴染みのない魔法と魔術について、ユウは真剣に話を聞いていた。
「帰りに話していた認識阻害なんだけど、それも二種類あるんだ。例えば、この帽子にも認識阻害が付いていてね、これは魔術に当たる。
魔術と魔法の違いは“半永続的に使えるものと、死ねば解除されるもの”と定義付けられている。まぁ、一例としてバリアを張っても、殺せば消えるみたいなね」
トワはそう言うと、ツバの内側を見えるように人差し指で少し浮かせる。
そこにはユウの世界で言うところの御札のようなものが貼られており、微かに光っている。
「これなんかは作った人が亡くなったとしても、使えなくなったら魔法。使えなくなったら魔術。そしてそこに“悪意”が篭もれば呪いになる。……神名も呪いに該当する」
「……ちょっと、難しいかも……」
「まぁ、そこまで深く考えなくていいよ。ただ、“術者が死んでも尚、発動し続けるものか否か”程度に思ってくれたらいい」
トワはそう言うと、足を組み先程ユキが用意したココアを一口飲む。
「自分からユウに聞きたいのは一つ。どこから来た?」
その言葉に、思わず心臓がどきりと跳ねる。どこまで話せばいいのか、そもそも信じてもらえるのか。
思わずユウは俯きながらそんなことを考えてしまうが
「僕、元々は───」
トワを信用して、すべてを話すことにした。
話を聞いたトワは、神妙な顔をしながら何かを考える。ユウは証拠になるようにと、鞄の中に入っている教科書や弁当箱、スマホに筆記用具まで見せた。
トワは不思議そうな顔をしながら主にスマホをいじる。そして教科書のページをたまに捲り、弁当箱をまじまじ見つめる。
やはり信じてもらえなかっただろうかと、不安に思い、思わず膝の上に置いている手をぎゅっと握りしめる。
「……まぁ、大凡の事はわかった。でも、どうしようか」
トワはそう言うと、冷めてしまったココアを一気に煽るとふうっと息を吐く。
「……信じられないのは……仕方ないと思う。でも、僕にとっては真実で、ここでどうしたらいいか……」
ユウはそう言いながら視線を落とす。すると、トワはバチコンっ! と、すごい音のデコピンをユウの額にする。
「馬鹿を言うな。信じてないんじゃなくて、ユウをどうしたら元の世界に戻せるか考えてたんだ」
その言葉にユウは目を見開き、トワを見る。まさか、信じてもらえたのか? と。
「今すぐ元の世界に戻すことはできない。でも、魔力さえあれば不可能ではない」
「自分で言うのもなんだけど、信じるの……?」
その言葉に、トワは怪訝そうな顔をしながら
「魔法を使えて、大地が浮かぶような世界だぞ? 何を今更そんな」
そう言うと、今度はカラカラと笑い出す。
この子の懐が大き過ぎるのか、それともこの世界の住民全員がこうなのか。
どちらかというと前者な気はするが、それでも信じてくれた喜びで、鼻がツンっと痛くなり、喉の奥から何かが込み上げて来る。
(今日はずっとこんな事ばっかだな)
「ま、この話はユキにも後で通しておくよ。自分から言ったほうが話は聞いてくれるだろうし。
た〜だ、後日聞かれたことに関しては自分で答えることだね。」
そう言うと徐に立ち上がり、カップを持って部屋を出ていってしまった。「めしだぞー」というユキの声にユウもまた、それに続いてカップを持ち、部屋をあとにした。
夕御飯はあの森のさらに奥にある川で釣った魚を焼いたものと、米とポトフであった。
その他にも目玉焼きに肉を甘辛く焼いたもの、サラダにはレタスと上げたレンコンに焼いたカボチャが添えられていた。
ユウには馴染みがあるが、こういった世界にも米があるのかとほんの少し意外に思いながらも食べ進める。
(ポトフに米、意外と合うなぁ)
などと思いながらも、食べる手が止まらない。ユキの料理はそれほどまでに美味かった。
「ユウ、明日は今日行ったギルドに行って依頼を受ける。内容は森の奥にいるジャガー退治。着いてくるか?」
トワのその言葉を聞き、ちらりとユキの様子を伺う。トワは割と友好的だが、正直ユキは何を考えているのかさっぱりわからないのだ。
「……邪魔にならないのなら、興味あるけど……」
そう答えると、トワはニコリと笑う
「大丈夫、ジャガー程度ならすぐ終わるから。何頭くらいだっけ?」
「今日見てたやつだと、二十頭くらいだな」
ユキは最後のご飯を口に入れるとそう答える。
どうやら拒否されているわけではないと少し安堵していると、ユキは立ち上がり食器を片付け始める。
正直、顔が良いだけに一挙手一投足にドキドキしてしまい、心臓に悪い。
美人はやはり黙っていると怖い。
「ま、それくらいなら余裕ってこと。ユウも食べ終わったら風呂に入って今日は早く寝な」
トワもそう言うと、キッチンに向かい食器をユキと共に片付け始める。その間、特に喧嘩をしている様子もなかったので、自分のせいで何かあるわけではないと安堵した。
お言葉に甘え、風呂に入り色々と考える。
今日ここに来てから起こったこと、明日起こること。
(あの感覚は何だったんだろう)
ほんの一瞬の出来事。世界が白黒になり、重要なことだけが光って見えるような感覚。
そして、どこか高揚的な、口角が上がってしまうような、奇妙な感覚。
最後に一度、頭まで湯船に浸かり、風呂から出ると全身を拭いて借りた寝間着に着替え、用意してくれた部屋に入る。
埃っぽいが、窓を開ければそれらはどこかへ吹き飛ぶ。
暫くの間、窓を開け、その間に買ってもらって本を読む。
帝国の歴史を読むと、初めて歴史の本というものは古いことから順に書かれているのだなと知る。
教科書も読めない自分には驚きだった。
まず書かれていたのは約五百年前の災禍の子の死と、当時の二人の英雄。その二人は空神族の者で、片方は当時の族長、もう一人は側近。
そしてそこから、約五十年に一度、災禍が起きるようになった。
災禍の子が死んだとほぼ同時に、冥府から悍ましい数の使者が現れ、それらは群れを成して、世界を覆おうとしたが、当時の族長が総出となってそれらを撃退した。
結果、英雄の一人は亡くなってしまったものの、その時の災禍は静まり、王国は分割され、十五年後に帝国となった。
また、災禍の子が死んだことで人々の時間の流れがおかしくなった。昨日生まれたばかりの赤子が翌日老人となり、また、赤子が数年間赤子という例もあった。
以降、帝国は空中国家、時神族跡地に騎士国家、広大に空いていた南東の土地に魔法国家を敷いた。
ユウはそこまで読んで、窓を閉める。
それぞれの世界には、それぞれの歴史があるのだな、と、思いながらふと疑問に思う。
『癖で王都って言ってるけど』
そう言っていたが、約五百年も昔のことを癖で言うのだろうか。
底知れぬ不安と、疑問。そして謎の恐怖を抱きしめるかのように布団で丸まった。




