第6話 魔法石と魔石
「戻りましたぁ」
扉を開けながらそう言うと、ギルドマスターとアイドは驚きながらも「おかえり」と出迎えてくれた。
そして一枚の紙を差し出しながら
「これ、報酬だよ。それにしても、あのギルドをどうやって……」
「ん、問題ないね! 行こう、二人とも! 買わないといけないものなんかも沢山あるし!」
トワはそう言うと、紙を空間に仕舞い込み二人の手を取りギルドを後にした。
ギルド内では、まだ信じられないといった者が多かったが、偶々その場に居合わせた者たちは
「修羅の如き形相だった」と語っていたそうだ。
果たしてそれは、誰のことか。
ギルド街を抜け、平民街へ赴くと、先ほどとは打って変わって子どもたちや若い者で溢れかえっていた。
子どもたちは市井の品物をキョロキョロ見渡し、保護者たちは楽しそうに会話をしながら買い物をしていた。
「ねぇ、字は読める?」
随分古ぼけた本屋で、本を一冊持ちながら、そう聞かれる。
「んー……この本は読めるけど、他はちょっと……。あ、これも読める。帝国の歴史ってやつと、神話なのかな…?」
何故だかこの本の内容は頭の中にスルスルと入れることができ、首をひねる。あちらの世界では教科書すら読めなかったはずなのにと。
「…………ふーん。じゃぁ、これ買おっか! あとこの辺は? 魔法の使い方とか書いてるけど」
「これは……殆ど全部読めないなぁ」
魔法の使い方や、絵本、その他のものは毛玉のようにしか見えず、読むことができなかった。
トワは再度、意味深に「ふーん」と言うと、読めるものだけ会計をしに行った。
その間、周囲の本を見渡すが目ぼしいものはない。外の風景を見てみると、家族連れが多く、平穏な街なのだなということがわかる。
「お待たせぇ、行こっか」
「あれ、買った本は?」
手ぶらのトワを見て、思わず問いかけてしまう。
「んー? あぁ、ここに仕舞ってあるよ。魔空間って言ってね、魔法で空間を開けて、物を出し入れするんだ。みんな使えるよ」
「へえぇ……」
そう言いながら、なおは自分の鞄を見る。目に見えない鞄のようなもの、と言ったところだろうか。
「どのくらい入るものなの?」
「それは人によりけりかな、自分は少ない方だっ……!!」
「少ないんじゃなくて、片付けできてないんだろ」
ユキは、棚にあった本でトワの頭を軽く小突くと、そのまま会計に向かってしまう。
トワはほんの少し涙目になりながら「痛い……」と呟いていた。
「じゃぁ次に行こう。キミの服は風神族っぽくて少し目立つからね」
「風神族?」
「そっ。“風の神を信仰する一族”だね。そんな感じの服を着てるんだ」
そう言いながら服屋に到着すると、いろんなものを見て回る。基本的にはトワとユキと同じような服が多く、ここから先は冷えることが多くなるからと、長袖を三着ほどなおに買い、二人もまたそれぞれ数着ほど買っていた。
「必要なのはこれくらいかな。食料はまだあるし、魔法石は……何が必要だと思う?」
「……言語翻訳のやつ。俺たちがいないと話が通じない種族がいるかもしれない」
二人はそう話し合うと、今度はアクセサリーショップのような場所へ向かう。
色とりどりの石が置かれており、なおは綺麗だなとそれらを眺める。
「そっちは魔石だね。あっちが魔法石だよ」
「何が違うの?」
そう言いながら、魔法石のコーナーに向かうと、トワは一つのブレスレットを手にしながら解説してくれる。
「魔石はまだ加工前のものだね。宝石で言うところの原石。少し効果はあるけど、気持ち程度。魔法石は中に魔力を込められて、持っているだけで使えるもの。カッティング後かつ装飾までされてる感じかな。生活では魔法石のほうが重宝されるんだ」
そう言うと、サファイアのように真っ青な石のついたブレスレットを照明にかざす。闇夜のように美しく向こう側を透かすと同時に、石に文字のようなものが浮かび上がる。
「まぁ、これで良いか。買いに行ってくるね」
トワはそう言うと、会計に向かう。その間赤い物や橙色のもの、翡翠のものと様々なものを見て回る。
文字が読めないのでどれがどういった物かはわからないが、宝石のように美しく、見るだけで楽しい。
その中で目を引いたのが、パステル色に輝く魔法石。まるで、あの時の世界のようだ。
「おまたせぇ! ユキもおまた……」
トワはなおの手を引き、外に出ると女性に囲まれたユキの姿。トワはギルドの時のように「ワオ」と言うと、建物の影に隠れる。
「あぁいうのに割り込むのって、勇気がいるんだよね」
「……勇気がいるというか、迫力がありすぎていけないというか……」
その言葉にトワは強く頷く。
ユキを見てみると、慣れているのか随分と不機嫌そうな顔をしており、早く出ないとまた怒られそうだ。
トワは仕方ないとばかりに意を決した顔をすると
「お兄ちゃん、お待たせ! 早くしないと空腹でお腹爆発しちゃう!」
先程までとは考えられないほど少年の皮を被り、無邪気にユキの手を引くと「お姉さんたちごめんねぇ」と言いながらあの輪から出てくる。
女性たちは一部「あらぁ、ごめんねぇ」と言い、一部は忌々しそうに二人を見ていた。否、厳密にはトワを見ていたのかもしれない。
「………頼むから、認識阻害あたりでどうにかしてくれ」
集団から離れると、引き離すために一芝居打ったことでげっそりした顔でトワはそう呟く。
「……検討する」
「検討じゃ駄目」
「……検討、する」
「ムキーッ!」 と怒るトワと対照的に、ユキは肩を揺らしながら笑う。その様子が意外で、なおは思わず瞠目してしまう。
「二人は、兄弟なんですか?」
黒い髪に黒い瞳。顔が似ているかと言われたらわからないが、雰囲気がずっと昔から一緒にいるかのような柔らかさを感じた。
「血の繋がりはないから兄弟とは言えないな」
「まぁ、そうだな」
どこか歯切れの悪い二人になおは「ふーん」と呟く。
そしてそれから数分歩いたところで立ち止まると、一つの家とも言い難い場所に辿り着く。
「ここが家だよ」
まるで、喫茶店のような内装。大きな窓からは中が見え、テーブルや椅子はそれっぽいのが置かれているが、今は静かに埃を被っている。
奥にはオープンキッチンがあり、それが更に喫茶店っぽさを物語っていた。
「二階がプライベート用に使われてるんだ。あんな様子だから一階は基本物置になってる」
キッチンの奥を進むと、左手に階段がありそこを上がると部屋が二つと、トイレと風呂場。その奥の部屋に入ると、埃っぽいが綺麗に整頓されていた。
レトロな内装だが、定期的にメンテナンスを行っているのか、床もしっかりしており、軋む音もしない。
そして何より気になったのが暖炉。これまで見たことがなく、その隣にはいくつか薪が束ねられており、落ち着いたことで改めてやはり違う場所……或いは世界にいるのだなと実感が湧き始める。
「ここがユキの部屋で、隣が自分の部屋。二部屋しかないから、キミは今日から自分の部屋を使いな」
トワはそう言うと、ベッドに腰掛け伸びをする。
「俺は反対だ。一階でもいいだろ。それか家に帰らせろ」
「駄目だよ、危ないしプライバシーもへったくれも無い。それに、家がどこだかわからないんだし」
「なら、この部屋を……」
ユキは珍しく、そう食ってかかる。トワは不思議そうに首を傾げながら
「そうは言われてもなぁ。ねぇ、暖炉って使ったことある?」
「え? えっと……そういう薪を焚べたりするのは使ったことないかも……」
なおのその言葉にトワは「ほら」と返すと、ユキは少し頬を膨らませる。
「ならそいつと俺でこっちの部屋を使えばいい」
「駄目だよ、ユキが同じ部屋だと彼が萎縮しちゃう」
「じゃぁこっちの暖炉じゃなくて魔法石を使えばいい。俺がお前の部屋に行く」
「昨日節約するって話したばかりだろ? 二部屋分使ったら相当お金かかるんだから」
今度はトワはむうっと頬を膨らませる。その様子を見てユキははぁっとため息を吐くと、なおを一瞥して部屋を出て行ってしまった。
おそらく、こちらを警戒しているのだろう。このまま喧嘩させてしまったら申し訳無さすぎて思わず萎縮してしまう。
かと思ったら、ガタガタと大きな音を立てながら部屋に戻ってくる。その腕に抱えているのはクローゼットで、その後もベッドに食器と、プライバシーに関わりそうなものは全部こちらの部屋に運び込んだことで、部屋の中はパンパンだ。
トワの部屋にあった荷物のほぼ全てをこちらに移動したのだ。
「これならいいぞ」
ユキはフンッと鼻を鳴らすと、最後にこの部屋にもとからあったクローゼットを開け、布団を取り出す。
あちらの部屋を開けたから、そっちで寝ろということだ。
「今日はこれで寝ろ。暖を取るための魔法石はあっちに置いてある」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってよ。まだ彼とは話したいことがあるんだ」
追い出そうとするユキと、引き留めようとするトワに、なおはどうしたらいいのかわからず、ただひたすら困惑する。
トワは「んっん!」 と咳払いをすると、ピンっと人差し指を立てながら
「君の名前を決めようと思うんだ」
ニコニコと、いい笑顔でそう言った。




