第5話 白黒の世界
トワの「ワオ」という言葉がギルド内に響き渡る。
適性なし、という言葉になおは逃げ出したくなるが、それをグッと堪えて手を強く握りしめると、笑う。
周囲からはヒソヒソと声が聞こえ、中には嘲笑うかのようなものまで入り混じっていた。
「えっと、やっぱり僕なんか……」
「それは違うぞ」
声を上げたのは意外にもユキであった。
彼は至って冷静かつ真面目な顔をしながら
「何もこういった物が全てじゃない。何もないならゼロから作る事だってできる」
その言葉に、一同うんうんと頷き、なおは思わず目に涙を溜めるが、それを打ち破ったのが一人。
「適性が何もないわけじゃないぞ」
トワはそう言うと石を手に取り、中を見せる。
向こうが見えるほどに透き通った翡翠色の石に、一つの黒い靄のような物が見えた。
「確かにこの石……鑑定石はその人の適性を見るものだ。基本的には魔力、耐久力、攻撃力を見てくれる。あとはどの魔法を使えるか、得意とするか……辺りかな」
「でも、僕にはそれがないって事なんじゃ……」
「違うよ、あくまで“基本的に”って話だ。中には例外もいる」
なおはその言葉に、少し希望を見出し始める。自分にも出来ることがあるかもしれないと
「こんなに小さな靄だと何かはわからないけどな。資料なんかでも見たことがない。でも、魔力に覚えがある」
トワはカラッと笑いながら「忘れたけどなー」と言うが、なおにとってはそれだけでも救いであった。
ギルド内も不穏だった空気は晴れ、それぞれ先程まで座っていた場所に座り始める。
「さて、店主……いや、マスター。依頼、どうする?」
ユキがマスターを見ながらそう問いかける。
事実、ギルドとしても相当困っている面もあった。
依頼は流れたとしてもこちらに下ろしてくれず、被るようなことがあれば武力行使。
「……依頼したとして、失敗したら?」
「失敗したときの事を考えるくらいなら止めておく」
「あぁ、いやいや、病院とか……その、ほら、ね?」
「そういった事を考えるな。ただ、ギルドにとってのメリットだけを考えろ」
ユキはマスターをじっと見ながらそう答える。
マスターは少し俯き、ギュッと手を握りしめると頬に汗を流しながら二人を見ながら
「依頼、お願いしよう。報酬はその子の加入と諸々の改竄……他には言うなよ」
「……うん!」
トワは嬉しそうに答え、ユキは何も言わずにギルドを出て行ってしまった。
「何してるの!キミの事なんだからはやく!」
「え、ぼ、僕?!」
なおはそう声をかけられ、急いで二人の所に駆け寄る。
先をユキが行き、後を追う形でトワとなおが行くので、なおはトワに問いかける。
「でも、僕は何をしたら……」
「周囲をよく見渡してほしい。あぁいったところは偶に元暗殺者がいる事もあるんだ。そういうのは気配を隠すのがやっぱりうまいから、乱戦になると少し厄介なんだ」
その言葉に背筋を凍らせる。
暗殺なんて、これまでの人生に縁が遠かったからだ。
「………本当に?」
足を止め、思わず呟いてしまう。果たして本当に、縁が、まったくなかっただろうか。
「ほら、はやく! 今日中に終わらせたいから!」
その言葉でハッと我に返り、疑問をかなぐり捨てて走り始めた。
ギルドに着くと明らかに先ほどの建物よりずっと厳かで、厳重に警備されているのがわかる。
ギルドの後ろには貴族であろう屋敷があり、隣には門があった。
恐らく、このギルドはこの屋敷の警備も兼ねているのだろうことが素人ながらにわかる。
「何か、方法が……?」
「方法?」
キョトン、とトワは首を傾げる。
「えっと、ほら、大武闘会で貴族との癒着がどうのって……。証拠的なのを見つけるのかなって思ったんだけど……違うの……?」
それを聞いてトワは腹を抱えながら爆笑してしまう。
「そんな証拠残してるわけがないだろう! 貴族なんて大体狡猾で、仮に証拠を得たとしても言い逃れするもんだからな」
トワはそう言うと、何もない空間から弓を取り出し、ユキは腰にさした刀に手を当てる。
「大武闘会に関してはこちらが証拠になればいい」
トワはそう言いながら扉をぶち壊すと、次の瞬間には弓で奥に座る者たちの手を射ち、ユキは手前の者たちの手首を切り落とす。
悲鳴と絶叫がギルド内に響き渡り、思わず耳を塞いでしまうができる限り中を見渡す。
ドキドキする胸の鼓動と、耳元で鳴り響く警鐘のような音。そして震える全身と、身体を覆う不安。自分のせいで、この二人に何かあったらどうしようというものだ。
ふと、視線を上に向ける。そこには天井の梁の上から、ユキを狙う狙撃手。
既に照準をユキに当て、引き金を引こうとしたその瞬間
「ユキさん! 上!」
大声でそう叫ぶと、ユキは即座に反応し、撃ってきた弾を弾き、落ちていた剣をその男の腹に刺す。
そして最後、奥にいたギルドマスターらしき人間の首に刀をあてがうと、低く、唸るような、殺意の篭った声で
「今後、これまでのような事を、この区域を荒らさないと誓え」
ギルド内がシンッと静まり返り、ユキの殺気だけがピリピリと肌を刺す。
ギルドマスターは赤べこのようにカクカクと頷くと、ユキはその男から離れて出入り口へと歩みだす。
テーブルに隠れていた、一人の女がダガーを持って飛び出す。それは確実にユキの首を狙っているのが見える。
驚きのあまりに瞬きをしたその刹那、世界が白黒に変わり、時が止まったかのようにスローモーションになる。
そんな中、星のように光り輝くのは女のダガーと、狙われているのだろうユキの首。
「ユキさん!首!」
思わずそう叫ぶと、聞こえる斬撃音と絶叫に思わず目を閉じる。
「大丈夫だよ、もう終わったから」
その声にゆっくり顔を上げると、右肩から完全に切断された腕と、蹲る女に刀から血を流すユキ。
この一瞬で、勝敗は完全についていた。
「こんな無名にやられたなんて、可哀想な奴らだな」
トワは最後に楽しそうにそう放つと、ギルドを完全に後にした。
なおは、謎の興奮を堪えきれず、血にまみれたギルドの前でほんの少し立ち止まった。




