第3話 神名と縛り
「ほんっとうにごめんね……」
「……何とか無事だったから大丈夫だよ。でも、なんであんな事を?」
そう問いかけると、二人はキョトンとした後、顔を見合わせる。
「キミの名前が神名だったからだよ」
「かみな……?」
フと、昨夜の男にもそう言われたと思いだしていると、トワが
「なお」
と呼ぶので、「ん?」 と返すと
『大きな声で、わんと鳴け』
ほんの少し、意識がフワッと飛んだかと思うと
「わん!!!」
と、自分でも無意識のうちにそう大きな声を上げていた。思わぬ自分の行動に、パニックで口に手を当てながら驚く。
「神名は神気を宿すことで魂を縛り、相手に隷属させるもの。自分のようにそういうのに敏感だとバレるから、気をつけないと本当にヤバイんだから、だめだよ」
そう釘を刺されてしまい、なおは思わずズキズキと胸が痛む。そんなにまずいものだったのかと実感する。
そして改めていろんな話を教えてくれた。
「無神族っていうのは、神に見放されてるとかそういうわけではなく、万物に神は宿る。だから日々を大切に生きなさいってものなんだ」
なおは「へえ〜」と答える。──要は、八百万のようなものだ。
「昔は王都だったんだけど、今はこの国は帝国なんだ。それに、癖で王都って言ってるけど今から行く先はトルネラ帝都。王国は今三つある」
のぼり坂をずっと行く。なおが走っていたときより急勾配で、疲労は凄まじいものだったが二人は止まりそうもないので、ただ置いて行かれてはいけないという、気合だけで乗り切るそんな中、トワは色々と話してくれる。
どうやらなおの話を聞いて、“よくわからないけど、何か大変なんだな”と思ったらしく、色々と説明をしてくれていた。
坂を登りきり、見下ろすと外壁に囲まれた都と中心には大きな城。
城の周りには城壁がさらに二つほどあり、何かから逃れるかのように、厳重に守られていた。
「三つの王国はそれぞれ役割があってね、上を見てみて」
そう言われ、なおは空を見上げると思わず目を見開く。宙に浮かぶ大きな大地があった。そして空飛ぶ馬車やバスのようなものまで。
「あそこは監視用の国、天空都市。大規模な災害や、人災が起きたときはあそこから警報が鳴り響くんだ。あと観光だね。特に貴族の人なんかが土地を買って、寒い時期に行く場所なんだ」
なおは口を大きく開けたままその国を見る。初めての幻想的な様子に、胸の高鳴りが止められない。見えるのは岩肌くらいだが、それでも尚この風景にときめかずにはいられなかった。
「ここからは見えないけど、あと二つ、大きな国があるんだ」
「すごい……えっと……」
なおは何と言っていいかわからず、思わず黙り込んでしまう。
これまでろくにコミュニケーションを築くことができず、人との会話の仕方がわからないのだ。
「そしてそれらを纏めてるのが帝都で、そこから独立しているのが各神族だね。まぁその辺の細かいことはおいおいね!」
何かを察したのか、トワはそう言うと、帝都に続く道へと歩き始める。ユキもまた、それに続くように歩き始め、なおは呼吸を一度整えると大地を一歩踏み出した。
──はずだった。
「動くな」
ピタリと、三人の動きが止まる。なおの首元には冷たく光る何かが当てられ、何かが首を伝って流れていく気配がした。
なおはスンっとそれを嗅ぐと、鉄の臭いで、首もとを流れる血にパニックを通り越して硬直してしまっていた。
恐怖のあまり、ギュッと目を閉じる。
「金目のもの、食べ物、全部置いてけ。でないと、コロっ」
耳元で、ドッという鈍い音が響き、首元に当てられていた鉄がゆっくりと離れる。
そしてドサリと重い音が聞こえ、思わず振り返ると男が仰向けに寝転んでいた。
「ヒッ……!」
なおは思わず声を漏らす。額には弓矢が刺さっており、血が滔々と流れていた。目は既に生気を失っており、恐怖でグラグラと視界が揺れ、暗くなるのを感じる。
「早くこっちに」
冷静なその声にハッと我に返る。急ぎ振り返り、二人のもとに駆け寄ると、先程までいた場所にワラワラと男たちが集まり始める。
「ここから動くなよ」
ユキはそう言うと、腰に手を当てる。すると、今まで見えていなかった刀が手品のようにすうっと現れ、なおは思わず瞠目してしまう。そして近くからは何か引き絞る音が聞こえ、そちらを見てみるとトワが弓を引いていた。
「行け! お前らぁ!」
数十人の男たちの怒声と共に、数人の男たちは袈裟斬りでその場に伏せ、残り数人は額に矢が刺さり、仰向けに倒れる。そして残った者たちは戦意を失ったのか、或いは頭目を失ったのか。二人を見て情けない声を小さく上げる。
矢で刺された者たちは即死してしまったが、残りの斬られた者たちは呼吸こそ浅いものの、まだギリギリの所で生きている。
「そいつらはいますぐ手当すれば間に合うはずだ。死にたくなければ消えろ」
「ひ、ひぃっ……!」
再び情けない声を上げながら男たちはパタパタと去って行く。
二人は男たちが完全に居なくなるのを見届けると、再度帝都に向かって歩き始めた。
「帝都になってから、盗賊が頻繁に現れるようになったんだ」
「その……それはなんで……?」
なおがそう聞くと、トワは難しい顔をするので余程の理由かと思ったが
「何でだっけ?」
と言うので思わず拍子抜けしてしまう。代わりにユキが微妙な顔をしながら
「税が一気に引き上がって、小さな村なんかは立ち行かなくなったんだ。特に農村は魔法使いや天空都市が手を出し始めたから、一般の農民じゃ意味がなくなった。
天変地異や災害があったとき、勝ち残るのは金と力のある方だからな」
ユキは、なおの方を見ることなくそう言い終えると、もう良いだろうとばかりに先を歩み始めてしまった。
「失敗したなぁ……」
隣で小さくそう呟く声が聞こえ、仲良くなるように仕向けてくれたのだと気づいたがもう遅かった。
「えっと、二人はなんであんな所に?」
パーカーのような軽装に茶色の外套、森を歩くにしては随分とラフな格好だと思い、問いかけてみる。
「依頼帰りだよ。あそこをもう少し奥に行ったら、ゴーレムが大量に出るんだ。そこで討伐依頼をちょっとね。それからこれ」
そう言いながらトワは、何もない空間から一つの丸いものを取り出す
「これ、ドラゴンの卵」
「ド、ドラゴン?!」
まるで焼いたかのように真っ黒で滑らかな球体で、よくよく見てみると、内側の赤黒い光が脈打っているのがわかる。サイズは五十センチほどで、トワが持つには少し重そうなくらいだ。
触ってもいいとのことで触れてみると暖かく、指先にもドクドクと、生きているのがわかる感触が伝わる。
「ユキに『飼っていいか』って聞いたら好きにしろって言われたから連れてきたんだ」
ルンルンと上機嫌に言うので、本当に楽しみなんだなというのがわかる。だがそれにしても気になることがある。
「ドラゴンって、何を食べるの?」
「ん、君がちゃんと質問するのは初めてだねぇ」
ニヨニヨと、どこか嬉しそうに笑みを浮かべるトワに思わず苦笑いしてしまう。トワは卵を覗き込みながら
「子どもの頃の主食は血だね。魔獣、人間、動物。何でもいい。成長期に入ると肉を食べる。これも何でもいい。大人になると、属性にあったものを食べる。例えば、火属性なら火を。雷属性なら雷を。って感じだね」
なおは思わず目を輝かせる。トワはドラゴンの卵を再度何もない空間に仕舞い込むと、ピョンっと跳ねながらユキの方に走り、なおを振り返る。
「ここが帝都、トルネラ。少し君のことを聞かせてほしいな」
白亜の城壁に、その上からこちらを覗き込むかのように見える巨大な城。門の方は馬車など出入りしようとする人で溢れかえっており、今までいたところと何もかも違うんだなと、改めてなおは実感しながら一歩進んだ。




