第2話 ようこそ世界
フワフワと、どこか心地よい感覚に身を任せ、流される。布団で寝ているときとも、日差しを浴びながらぼんやりしているのともまた違う感覚。
それに酔いしれながら眠っていると、突如としてとてつもない衝撃に見舞われ、思わず変な声が漏れる。
「ご、ごめん、こんな場所で爆睡してたから」
目を開けると、なおよりずいぶんと年下の少年が心配そうに覗き込んでいた。
なおはキョロキョロとあたりを見渡すが、やはり昨夜の社と男はどこかへと消え去り、鬱蒼とした森が続いていた。
「えっと……ここは…?」
「ここは王都の近くにある西の森だね。迷子?」
少年はそう言うと手を伸ばし、なおを立たせようとする。なおは見上げると、少年の顔が目に入り、黒髪に少し大きな目と存外中性的だな。などと関係のないことを思う。
「うん、少し迷ってしまって……。街はわかるかな?さくら市って言うんだけど」
その言葉に、少年は首を傾げると、少し大きな声で「ユキー!」 と声を上げる。ガサガサと、叢を掻き分ける音がして、そちらを見てみると百九十センチはある大きな男…青年が、ヌっと出てくる。
背丈こそなおより高いが、顔つき的にそう歳の差はなさそうだ。
「地図貸して。サクラシってところ探してるんだって」
少年はそう言いながら手を出すと、ユキと呼ばれた男は怪訝そうな顔をしながらも、何もない空間からポンッと紙を取り出す。
なおはそれに驚いてしまい、目を見開くが二人は地図に釘付けで気づきそうにない。
「んー?見つからないなぁ」
少年はむむっと顔を顰めながらそう言い、ユキは「そもそも聞いたことがない」と一刀両断する。
「で、でも、昨日僕、走ってここまで来たから……」
人見知りを発動させながらもなんとかそう伝える。だがユキはやはり怪訝そうな顔をしながら
「無いものはない。嘘をつくならもっとまともなものにしろ」
と、取り付く島もない。なおは汚れた制服の裾をぎゅっと握りしめると、少年は明るく
「でも変わった服を着てるね、軽装だから近くに実は集落があるのかも」
と、救いの手を伸ばしてくれる。だが同時に(変わった服とは?) という疑問も湧いてくる。先程の、何もない空間から物を出したりと、変なことづくめな気がすると、なおは内心冷や汗を流す。
「そんな集落あったら今頃、税金問題でしょっぴかれてる」
「それすら知らない可能性もあるだろぉ、政府が隠してるとかさぁ」
ユキは大きなため息を吐くと、手で顔を覆う。黒髪で、よくよく見てみると、目元はきついが端正な顔立ちをしており、万人受けする非常にモテるタイプだろうな、と場違いなことを考える。それを見透かしたのか何なのか、ユキはギロリとなおを睨みつけ、思わずビクリと肩を跳ねさせる。
「ねぇ、君はどっちの方角から来たのか覚えてる?」
「えっと、多分あっち…?いや、こっちかも……」
一度、狼に襲われかけたり、気絶するように眠ってしまったため、その辺りは朧気になってしまっていた。
否、覚えていても周囲がこれだけ違うのなら記憶は宛にならないかもしれない。
「ほら、どうせ盗賊の類だろ。お前もそろそろ学べ」
既に何回も騙されており、それでなおにもこれ程警戒心を剥き出しにしているのかと理解する。
少年はぐぬぬとばかりに顔を顰めると、再度地図を見始める。少年はなおの事を信用してくれているようだ。
「どんな所だったか特徴とか言える?規模とか分かれば……」
「規模は大きい方かも…学校も、ひと学年百人はいた筈だし……」
その言葉に、地図が地面に落とされる。ポカンっと口を開け、間の抜けた顔だ。
「そんな規模になったら政府がちゃんとしてるよなぁ…。学校もあるわけだし」
「ほら、変なことに付き合ってないで行くぞ」
未だ付き合ってくれる少年と、先を急ごうとするユキに、今更ながらになおは違和感を持ち始める。これまで、同級生や近所の人、果ては親まで言葉が通じず、何を言っているのか分からなかったはずなのに急に通じるようになったのか、と。彼らに何かあるのか、この場所に何かがあるのかが非常に気にかかり始めた。
だがそれと同時に……それ以上に、人と話せるという喜びが湧き上がる。
「あ、あの」
「? どうした?」
少年は笑顔でそう問いかけると、なおは真剣な表情で
「一旦、その向かう先に一緒に行ってもいいでしょうか」
そうお願いをしてみる。
「嫌だ」
そう声を上げたのは矢張りユキであった。
ユキは怪訝そうに眉を顰め、首を大きく横に振る。少年はムッとむくれながら
「道中の人助けくらいいいだろ? それに、王都には自分たちも行くんだから」
「それが実を結ぶなら何も言わない。けど今の所ただの善行でしかないから嫌なんだ。せめてもの見返りがないと、そろそろお前の情操教育的にも良くない」
今度は少年が眉を顰め、頬を膨らませながら首を横に振る。
「善行の何が悪いんだよ。旅は道連れ世は情けって言うだろ?」
「そういう事じゃない、全部を助けようとしてたら時間がなくなるって話だ」
二人の間に火花が散り始めてしまう。なおはただ真ん中で慌てることしかできず、二人を交互に見ているとユキが大きなため息を吐くと両手を上げながら
「……仕方ない、今回で最後だぞ」
そう言うと、少年は嬉しそうに「うん!」 と答える。
「じゃぁ、王都までの数時間だけどよろしく、自分はトワ。無神族出身だ」
「同じく無神族出身のユキだ」
無神族という初めての言葉に少し戸惑いながらも、二人が受け入れてくれたことに内心ホッと安堵すると、なおも肩の力を抜いて改めて自己紹介をする。
「なおです。よろしくお願いします」
どこか焦った様子のトワに口を押さえられ、顔や手についているのだろう砂がやたらと目立ち、口の中には一部入りこみジャリッと嫌な音がした。
思わぬ物理的な口封じに、少しばかり窒息してしまう。
ユキの「早く手を離せ!」 という声と、「力加減が!」 と、騒ぐトワの声だけが聞こえた。




