第6話
「……さっさん。俺……どうすればいいか、分かんなくなっちゃって」
膝の上の缶コーラを強く握りしめたまま、隼人は若干鼻声混じりに語り始めた。
怪我をしてバスケを奪われたこと。普通科の授業についていくのがやっとのこと。そして、自分のために必死になりすぎて疲弊していく舞花のこと。
「無理しなくていい」「青春を潰すな」と言ってしまったが、それが正しかったのかどうかも分からない。ただ怖かったのだ。彼女の重荷になることが、そして、いつか本当に自分のせいで彼女がボロボロになっていくのを見るのが。
こんなことになるなら付き合わないほうがよかったとさえ、今の隼人に考え直させるには十分だった。
隼人の不器用で、子供じみた、けれど切実な告白を、笹原は途中で遮ることもなく、ただ静かに聞いていた。
やがて隼人が言葉を詰まらせると、笹原は弟を諭す兄のような慈しんだ声で頷いた。
「……そっか。お前なりの優しさのつもりで、突き放しちまったんだな」
「っ……別に、突き放したわけじゃ……」
「街の人気者のお前が実は不器用だなんてのは見てりゃわかる」
笹原は苦笑しながら、遠くの校舎の窓に目をやった。
夕陽を反射して茜色に輝く校舎のどこかを見つめる彼の横顔は、いつもの気の抜けた【さっさん】ではなく、ほんの少しだけ大人の顔をしていた。
「な、なんだよ」
「いや。お前のその気持ち、痛いほどわかるからさ。……自分が無様で、惨めで、そんな自分に誰かがしがみついてくるのが怖くてたまんないんだろ。こんな俺なんかと一緒にいたら、あいつの人生まで台無しになっちまうって、勝手に怯えてさ」
図星を突かれた隼人は、ぐっと言葉に詰まった。
嫌に重みのある言葉に、ついつい聞いてしまう。
「……先生にも、そういう経験あるのかよ」
「まあな。俺にも、どうしようもねえ過去があるのさ」
笹原は濁すように笑い、缶コーヒーを飲み干した。
これ以上深くは語らない。けれど、この若手教師の胸の内には、自分と同じ何かが確実に刻まれているのだと、隼人にはなんとなく伝わってきた。
「青葉」
「……なんすか」
「お前はさ、あいつに【青春を潰すな】って言ったよな。でもな、それって本当にあいつのためか? 本当は、あいつの優しさを真っ直ぐ受け止めるのが怖かっただけなんじゃねえの?」
「っ……!」
「恋人ってのはな、お互いの綺麗でかっこいいところだけを見せ合うもんじゃねえんだよ。ボロボロになって、涙とか鼻水とかにまみれて、それでも隣にいるって決める覚悟のことだ。……まあ、教師が生徒に言うセリフとししちゃちょっと説教臭いか」
笹原は立ち上がり、空になった缶を近くの自販機の横のゴミ箱へと放り投げた。
ガチャン、と乾いた音がする。
そしてポケットから無造作に突っ込まれた煙草を取り出して咥えると「……禁煙っす」と隼人に窘められる。「咥えただけだろ……」と難しい顔で返す笹原。
「一人で抱え込むなよ、青葉。お前はまだまだガキなんだからよ。……まあ、頼れる奴には頼れ。恋人なら、なおさらな」
それだけ言い残すと、笹原はジャージのポケットに両手を突っ込み、とても教師とは思えないくらいだるそうに歩き出した。
笹原の背中を見送りながら、隼人はポケットの中でスマートフォンをぎゅっと握りしめた。
『着信6件 佐々木舞花』
あの日の放課後、背中を向けて逃げ出した自分。
彼女の怯えた顔が、脳裏から離れなかった。
「せーんぱい」
ベンチに座ったままスマートフォンの画面を見つめる隼人を、後ろから抱きしめるように腕を回して、声をかける少女がひとり。




