第5話
入学後初の定期テストが差し迫っていたため、オカルト研究会の活動としばらくの調査は一時休止を余儀なくされた。
そしてテスト最終日の放課後。
無事に試練を終えた二人は、解散と同時に吸い寄せられるようにいつもの喫茶店へと集まっていた。
「うぅ……終わった……終わったわ……」
律はテーブルの上に突っ伏し、敗北感を全身から漂わせながらうなだれていた。
良人は良人で、テストの手ごたえがよかったのかなんともない様子だった。
「やらかしたかも……数学と英語、完全に終わったわ……」
「あはは、だからテスト前だけ慌てて詰め込んでもダメだって言ったのに。普段からコツコツやっておかないからだよ」
呆れつつも笑いながら、良人は突っ伏した律の頭にそっと手を置き、優しく撫でた。
律は普段こそ勢いで良人を振り回してばかりだったが、こうして落ち込んだ時に不意に甘やかされる時間が、たまらなく好きだった。撫でられる心地よさに目をうっとりさせながら、律はボソボソと「だって難しかったんだもん……」と口を尖らせる。
「はいはい、お疲れ様。あ、そうだ。ちょっとこれ見てよ」
良人は制服のポケットからスマートフォンを取り出し、テーブルの上に置いた。
その画面を目にした律は、甘えモードから一転して顔をしかめた。
「ちょっと良人、なにそれ! 画面バキバキじゃない! すっごく見にくいわ!」
ディスプレイ全体に蜘蛛の巣のような亀裂が走り、液晶の明かりが乱反射している。
「うん、落として割れちゃったから買い替えたいんだけどね。ほら、買い替えてすぐに新型が発売されちゃったらすごく嫌じゃない? だから次の発表を待ってるんだ」
「ふーん。私だったらすぐ買い替えちゃうわね。まあ、見れないこともないからいいわ!」
律はそう言って良人の隣へと椅子を寄せ、二人でバキバキの画面を覗き込んだ。
画面に表示されていたのは、いかにも胡散臭いオカルト特集のWebページだった。怪しげなフォントと派手な見出しが躍る中、律の目がひとつの見出しに釘付けになる。
『夕空伝説!』
そこに掲載されていたのは、赤音島出身の若手ゲームクリエイターへのインタビュー記事だった。下積み時代を献身的に支えてくれたという彼のお嫁さんは、どうやら赤音島の学生時代の同級生らしい。
ライターからの「なぜそこまで絆を深められたのか」という質問に対し、彼はこう回答していた。
『彼女と結ばれたのは、あの夕空の奇跡と言っても過言ではないですね』
「夕空の奇跡……! この人も何か知ってるのかも!」
律は身を乗り出し、食い入るように画面を見つめた。
「連絡取れないかしら! ゲームクリエイターならSNSとかやってるわよね!?」
「まあまあ落ち着いて律。まずはこの人について調べてみようよ」
勢いづく律を制しながら、良人はいつになく張り切っている律に優しく微笑む。
♢
このゲームクリエイターの情報を集めるのは案外簡単だった。
【赤音島】【ゲームクリエイター】で検索すると、なぜかお嫁さんのほうが真っ先にヒットした。どうやら彼のお嫁さんは赤音島開発に大きく携わっている神代家のご令嬢らしく、関連としてゲームクリエイター【坂上弘】の名前が簡単に上がった。
名前を入手しただけなのに律は上機嫌になり、良人をとても褒めた。
「やるじゃない! 名前がわかったらSNSなんて簡単に見つかるわね!」
「うん、そうだね…………よし、出てきた。このアカウントだね」
「えーっと、なになに? …………あら? 会社直通のメールアドレスがあるじゃない! これに送っちゃいましょ!」
「えー? それはまずいんじゃないかな。こういうのってお仕事のメールとか、大事なメールしか送っちゃダメなんじゃないかな」
「大事な用事でしょ!」
強引な律に押されて良人はしぶしぶメッセージを送ることにした。
「返事、返ってこなくても怒んないでよ?」
「まさか! そんなことで怒るわけないでしょ!?」
「ほんとかなあ」
「なによ!?」
雑誌で語った夕空の奇跡の詳細を知りたい内容を書いたメールを送り、あとは返事待ちになる。
となると、もう手掛かりがなくなるので、いったん彼らの調査はここまでなのだ。
「案外スムーズに伝説を解明できそうね!」
「…………うん」
「なによ良人。もしかしてただの『伝説の木の下で告白』みたいな結末で終わるんじゃないか心配してるの?」
「まさか! 律じゃあるまいしそんな結末でもがっかりしないよ」
良人の言葉に律が眉間にしわを寄せる。
もし、これがただカップルを盛り上げるだけの伝説であっても、律からしてみればそれはそれでいいからだ。
画面の割れたスマートフォンをポケットへ仕舞い込むと、良人はふと自分の手をじっと見つめ、それから隣で嬉しそうにノートをまとめている律の横顔に視線を移す。
「……ねえ、律」
「んー? なによ?」
「もし本当は伝説なんてなかったらどうする?」
唐突な問いかけに、律はペンを止めて首をかしげた。
良人の声はどこか静かで、遠い場所から語りかけているかのようだった。
だが、律は一瞬だけ目を丸くしたあと、すぐにいつもの自信満々な笑みを浮かべて胸を張った。
「そんなの決まってるじゃない! オカルト研究会部長の私がぜーんぶ解明してあげるわ! それがどういう経緯で生まれた話なのかさえね!」
「……ふふ、そっか。律はすごいね」
力強い返答に、良人は少しだけ目元を緩め、困ったような顔を見せた。
そしてすぐに愛おしそうな目で律を見つめなおす。
その視線に気づいて照れくさそうに鼻息荒くしている律の頭を、良人はぽんぽんと優しく撫でる。
「じゃあ、返事が来るのを楽しみに待とうか」
「ええ! 楽しみね、良人!」
外の空はすっかり濃い朱色に染まり、窓越しに二人を静かに照らしていた。




