第2話
学校に非公認のオカルト研究会の部室なんてものがあるはずもなく、放課後の活動拠点は必然的に学校の外へと移ることになった。
赤音島の駅前にある、こぢんまりとしたおしゃれな喫茶店。
ここは分厚くてふわふわの特製パンケーキと自家焙煎のコーヒーが有名で、落ち着いた木目調のインテリアが心地いい。ただ、窓際のソファ席などはカップルに大人気らしく、夕方前になると決まっていい雰囲気のペアで埋まるスポットだった。
「ん〜、やっぱりここのパンケーキ最高! 口の中でしゅわっと溶ける感じがたまらないわね!」
フォークにメイプルシロップたっぷりのパンケーキを刺し、目をハートにさせて幸せを噛み締める律。
その向かい側で、良人はアイスコーヒーのグラスを傾けながら、呆れと優しさ半々に混じった目を向けていた。
「ほんと、甘いもの食べると律は機嫌よくなるよな。……で、僕たちはデートしに来たんじゃなくて、一応『研究会』の作戦会議だよね?」
「わかってるわよ! 私たちオカルト研究会・第1回作戦会議よ!」
律は口の端にシロップをちょっとつけたまま、ゴソゴソと鞄から赤音島学園の学校パンフレットを取り出した。ペラペラとページをめくり、教員紹介のページをガバッと良人の前に突きつける。
「これを見てよ、良人。伝説の真相に近づくためには、学校の内側から攻めるのが一番近道なの。この島で長く暮らしているか、何か秘密を知っていそうな『情報提供者』をこの中から見つけ出すわよ!」
「情報提供者ねぇ……。まあ、確かに外部の人間より、この学園の教師の方が島の古い言い伝えとかに詳しそうだけどさ」
良人はパンフレットに並ぶ顔写真をじっと覗き込んだ。
歴史ある赤音島学園には、古株のベテラン教師から、今年赴任してきたばかりの若手教師までさまざまな顔ぶれが揃っている。
「ふふん、私はすでに目星をつけてるわよ。これよ!」
律が自信満々にピシッと指差したのは、白髪交じりの髪を綺麗にオールバックにし、いかにも厳格そうな和服姿の初老の男性だった。
「古典担当の、百瀬先生! この人はね、職員室の噂によると赤音島生まれの赤音島育ち! しかも古文書とか島の伝承が専門のバリバリの古株よ。絶対になにか知ってるに決まってるわ!」
「なるほどね、確かに古株のベテランなら島の昔話とかに詳しそうだけど……。お堅いおじいちゃん先生から、そう簡単に『夕陽の奇跡』の秘密を聞き出せるかな?」
「そこは私の話術と美貌で――」
「はいはい、美人局みたいなこと言わないの」
良人がコーヒーの氷をカランと鳴らしながら苦笑すると、律は「むっ」と頬を膨らませた。
「じゃあ良人は誰を怪しいと踏んでるわけ? ほら、教えてみなさいよ」
「僕か?」
良人はパンフレットの別のページ、教員紹介の後半を指でトントンと叩いた。そこに写っていたのは、今年度赴任してきたばかりという、爽やかな笑顔の若い男性教師だった。
「僕は、この美術担当の五十嵐先生が怪しいと思うけどな」
「え? 五十嵐先生? 今年来たばかりの若手じゃない。なんでまた?」
「だからこそ、だよ。ベテランの先生って、こういう街の都市伝説やジンクスに対しては『くだらない』って頭から否定しがちじゃない? でも、若い先生とか、美術や芸術を教えてる人って、逆にそういう不思議な伝承とかロマンに惹かれたり、学生の頃に自分でこっそり調べてたりするタイプが多いんだよ。それに……」
良人は少し言葉を区切り、窓の外をぼんやりと眺める。
「新任の先生って、赴任の挨拶がてら島の古い資料室とかを整理させられたりするだろ? 案外、誰も知らない学園の裏資料とかを見つけてるかもしれないしさ」
「……ふーん。言われてみれば、一理あるかもね」
律は腕を組み、納得したように頷いた。
古くからの伝承を知る「古株のベテラン」か、新しい視点で秘密に気づいている「若手の美術教師」か。
「よし! 決まりね!」
「え、なにが?」
「決まってるでしょ、両方よ! 百瀬先生と五十嵐先生、どっちも直接突撃してボロを出させてやるわ!」
「いや、ボロって……二人とも普通の先生だからね? 入学早々騒ぎを起こすのはなしで頼むよ……」
頭を抱える良人をよそに、律の目は好奇心でキラキラと輝いていた。
美味しいパンケーキの香りが漂う喫茶店の隅で、二人の最初の「聞き込み調査」のターゲットがこうして決定したのだった。




