第12話
「……チッ!」
神代の父親は、雪の見たこともない激しい拒絶と弘の異質な執念に圧倒され、返す言葉を失っていた。
静まり返る敷地内の中、やり場のない苛立ちと屈辱をぶつけるように、男は乗ってきた黒塗りの高級外車のボンネットを力任せに殴りつけた。
ドンッ!
鈍い衝撃音が重々しく響き渡る。
手を痛めたように顔を歪めた父親は、息を荒げながら雪を冷たい目で睨みつけた。
「……勝手にしろ! お前なんてもう知らん! ――娘とも思わん!」
吐き捨てるように吐露すると、父親は再び車に飛び乗り、荒々しい排気音を立ててそのまま屋敷を走り去っていった。
残された庭には、静けさだけが広がっていた。
◇
それから数日後のこと。
神代雪は、ついに学校への復帰を果たした。
教室の扉が開いた瞬間、隼人や美羽をはじめとするクラスメイトたちが一斉に彼女を取り囲んだ。
「神代さん! 良かった……! 本当に良かった!」
「お帰り、雪ちゃん!」
あたたかい祝福の声と笑顔に包まれる雪。
弘もいつもの気楽なあくびを噛み殺しながら、どこか安心したようにへらっと笑ってその光景を眺めていた。
◇
そして、その日の晩のことだった。
自分の部屋でPCを立ち上げ、久しぶりにオンラインゲームにログインした弘は、フレンドリストを見て目を丸くした。
そこには、ずっと離脱していた『雫』のオンライン表示があった。
『久しぶりだね』
弘がメッセージを送ると、間を置かずに返信が届く。
『とっても久しぶり』
それ以上の野暮な事情聴取はしない。
二人はいつものようにパーティを組み、何事もなかったかのように難関ダンジョンへと向かい、黙々とレベル上げを開始した。
キーボードを叩く音だけが響く部屋で、弘の心には心地よい安らぎが戻っていた。
やがて、いつも通り解散の時間が近づいてきた時のことだった。
普段なら「お疲れ様」「またね」で終わるはずのやり取りに、雫のほうから唐突にリアルの話題が差し込まれた。いつものボイスチャットではなく、メッセージチャットでのことだった。
『次の日曜日、会いませんか?』
「……うぇ?」
画面の前で弘は思わず声を上げた。
慌ててデスクの上のカレンダーに目をやる。今日は金曜日だ。つまり次の日曜日とは、明後日のことに他ならない。
『えっと、どこにいけばいいのかな? 東京?』
雫は社会人だと聞いていたし、自分は離島暮らしだ。東京かどこかへ出ていく必要があるのだろうか。
メッセージを送信したあと、画面の向こうでしばしの沈黙が流れた。
そして、ポツンと一言。
『迎えに行きます』
チャットウィンドウに浮かび上がったその言葉の意味が理解できず、弘は首を傾げた。
「え?」
混乱しながらどう返していいのかわからず固まっていると、画面の『雫』のキャラクターはスッと消え去り、そのままログアウトしてしまった。
「え……? 迎えに行くって……どういうこと……?」
暗くなったモニターに映る自分とにらめっこをして、ただ呆然と呟くのだった。




