第11話
隼人たちが必死に手に入れた防犯カメラの映像は、大人たちの描く結末を完全に崩壊させた。
校内での杜撰な調査と隠蔽工作が明るみに出ることを恐れた学校側は、一転して弘の処分の撤回を決定する。職員会議を経て正式に停学処分は解除され、弘は無事に学校への復学を果たした。同時に入れ替わるように被害者だと主張した男女7人の停学が決定した。
そして青葉隼人たちがあとで知ったことだが、この件に関しては笹原が陰で尽力してくれていたらしい。隼人たちが集めた証拠以外にも、多数の証拠をそろえていたことも後押しになったようだった。
だが——教室に戻った弘の隣の席は、ぽっかりと空いたままだった。
復学してから何日が過ぎても、雪が登校してくる気配はない。
神代の父親は非常に厳しく、身内でも容赦なく暴力をふるう人間だと、町の大人たちの間でも有名だ。自宅療養という名の監禁。父親の手によって彼女が連れ去られ、閉じ込められているのだと察した弘は、迷わず行動を起こした。
放課後、弘が向かったのは赤音島で一番大きいと言われる神代家の屋敷だった。
高くそびえ立つ塀と重厚な門扉。インターホン越しに「神代さんに会わせてほしい」と請う弘だったが、返ってきたのは冷ややかな門前払いだけだった。
「お引き取りください。お嬢様は誰ともお会いになりません」
何度足を運んでも、追い返される日々。
それでも弘は諦めなかった。普段の省エネな立ち回りもかなぐり捨てて、毎日通い詰めて門の前でただひたすらに頭を下げ続けた。
「頼みます! 神代さんに会わせてください! 一言だけでも話させてください!」
雨の日も風の日も、土下座をするような勢いで頼み込む弘の姿。だが、門が解かれる気配は一向になかった。
そして——ある日のことだった。
重厚な門扉がゆっくりと開き、黒塗りの高級外車が一台、滑り込むように敷地内へと入っていく。
弘はそのわずかな隙を見逃さなかった。
「おい、待てっ!」
慌てる警備員の制止をかいくぐり、弘は車を追って敷地内へとなだれ込んだ。
キーッと鈍いブレーキ音が響き、車が車寄せで停車する。後部座席のドアが開き、中から一人の男が降り立ってきた。
皴ひとつないパリッとした高級なスーツに身を包み、鋭い眼光を放つ尊大な雰囲気を纏った男。
一目で分かった。この男こそが神代雪の父親であり、彼女をこの暗い屋敷に閉じ込めている元凶だと。
「なんだ、このガキは」
不快感を露わにする男の前に、弘は正面から立ちふさがった。
威圧感あふれる男の視線を受け止めながらも、弘は一歩も退かず、まっ振りにその目を強く見つめ返した。
「神代さんを……雪さんを、学校に行かせてあげてください!」
静まり返る敷地内に響き渡る、弘の叫び。
弘はその場に両膝をつき、男の靴先に向かって力強く額を地面に叩きつけた。土下座の姿勢のまま、声の限り訴え続ける。
「あいつは何も悪くない! 悪かったのは全部俺たちなんだ! だから……雪さんを学校に行かせてやってくれ!」
「おいっ! 何をやっている、早くつまみ出せ!」
父親の冷徹な一喝で、周囲にいた複数の警備員たちが一斉に弘に群がり、力任せに引き剥がそうと腕や服を引っ張る。
だが——弘の身体は、まるで地に根を張った大木のようにビクともしなかった。
どれほど強く引っ張られようと、肩を叩かれようと、梃子でも動かない。
額を地面に擦り付けたまま、ただひたすらに雪の自由を叫び続ける弘の力強い執念に、警備員たちすらも気圧され始めていた。
「引き剥がせと言っているのが聞こえんのか! 見苦しい!」
神代の父親の怒声が屋敷の車寄せに響き渡る。
数人の警備員が力任せに弘の腕や肩を引っ張るが、地面に額を擦り付けた弘の身体は、まるで岩のようにビクともしない。
「頼む……! どうか……! どうか雪さんを解放してくれ……! あいつは学校で必死に頑張ってたんだ! 何も悪いことなんてしてねえんだ!」
「黙れ! 余計なお節介だ。我が家の問題に部外者が首を突っ込むな!」
冷酷に言い放ち、父親が興味を失ったように弘へ背を向けようとした——その時だった。
「——やめてください!!!!」
屋敷の重厚な玄関扉が叩きつけられるように開き、悲痛な叫び声が響き渡った。
そこに立っていたのは、神代雪だった。
部屋の窓から下を見下ろし、弘が自分のために警備員に押さえつけられながら頭を下げ続けている姿を目撃し、居ても立ってもいられずに飛び出してきたのだ。
「雪……? 部屋から出るなと言ったはずだ。下品な声を出すな」
父親が不快そうに振り返り、抑圧的な視線を向ける。普段の雪なら、その一言で身体をすくませ、言われるがまま部屋に戻っていただろう。
だが——今日の雪は違った。
雪は震える足で着物の裾をなびかせながら駆け寄ると、警備員たちを押しのけるようにして、地についた弘の身体を庇うように立ちふさがった。
これまで一度として逆らったことのない父親の目の前で、初めて自分の意思でその胸の前に両手を広げる。
「お父様……もうやめてください!!」
「――雪。我が家にこれ以上の恥をかかせるつもりか!」
「恥なんかじゃない……っ!」
涙で溢れそうな瞳を固く見開き、雪は父親の冷徹な眼光を正面から睨み返した。
「私を助けてくれたのは……私を暗闇から引っ張り出してくれたのは、坂上君なんです! 坂上君は必死に守ってくれたんです! ほかの誰でもありません! 坂上君なんです!」
初めて見せる娘の激しい拒絶と力強い言葉に、父親は言葉を失い、息を呑んだ。
地面から顔を上げた弘の視線と、自分を庇って立ちふさがる雪の視線が交差する。
怯えて伸ばされた手を取れなかったあの日から、ようやく二人の心が本当の意味で重なった瞬間だった。




