第8話
「おい、もっと近くで撮れよ」
「嫌がってんの超ウケんだけど!」
「うっはー! 興奮してきたわ!」
フラッシュの明かりと下品な高笑いが重なり合う倉庫の中。
恐怖におびえ、必死に身を丸める神代雪の耳に、重厚な扉に車でも突っ込んできたような激しい音が響いた。
ガタァンッ!
「あ……?」
不良の一人が鬱陶しそうに入口へ振り向いた瞬間、その顔面に容赦ない拳が叩き込まれた。
鈍い音と共に不良の巨体が浮き上がり、壁に激しく激突して崩れ落ちる。倒れ込む不良に弘が馬乗りになると、まるで感情のないロボットのように何度も何度も拳を顔面に打ち込む。残りの男女は何が起きているのか理解できないまま、一人目の顔の形状がどんどん変わっていく。
「な、なんだお前っ!?」
呆然とする彼らの前に立っていたのは、いつも教室の一番後ろで眠そうにあくびをし、ゲームの話ばかりしていたあの無害な男。坂上弘だった。
だが、今の弘の目には、普段の緩さや親しみやすさは微塵もなかった。
鋭く据わった眼光。まとい始めた圧倒的な圧迫感に、取り囲んでいた不良たちが思わず息を呑む。
——弘は元々、この赤音島の生徒ではない。
本土にあった彼の出身中学は、お世辞にも治安が良いとは言えないほどだった。控えめに見積もっても生徒の8割が不良かそれに類する者という最悪な環境だった。
そんな環境で、弘は不良として暴れていたわけではない。むしろその正反対だ。
降りかかる火の粉をすべて払い、襲い来る連中を一人残らず叩きのめしていたら、気づけばその最悪な学校の『トップ』に君臨していただけだった。
不良たちからは恐れられていつも舎弟のように挨拶され、残り数割の真面目な生徒たちからは『正義の味方』として心から頼りにされていた。
だが、事情を知らない大人たちは、弘の正当防衛から始まった喧嘩の連鎖を、そしてその【正義】を悪と決めつけ、ついには彼を学校から弾き出したのだった。
親戚を頼った母親と二人でこの赤音島へ引っ越してきた時、弘は固く心に決めていた。
ここではもう喧嘩はしない。目立たず、出しゃばらず、クラスの空気を壊さない無害なムードメーカーとして過ごそう、と。
そのために選んだ設定が『筋金入りのゲーマー』だった。
気楽なゲーマーの演技を続けているうちに、いつの間にか本当にゲームが好きになっていたのだが。
「おい、何ボサッと突っ立ってんだよ! やっちまえ!」
正気に戻った不良男子の一人がナイフをチラつかせながら殴りかかってくる。
「っ……!」
雪が悲鳴を上げかけたが、次の瞬間には勝負がついていた。
弘は突き出されたナイフをそのまま掴むと、最短の動作で腕を突き出し、男の喉元へ拳を叩き込む。そのまま男が倒れ込むのを拒否するように顔面へ蹴りを叩き込み、意識がない相手の胸倉をつかんだまま殴り続ける。
「ヒッ……!?」
「テメッ……!」
残る二人の不良が同時に飛びかかってくるが、弘にとっては止まって見えるような素人喧嘩だった。
一人目の拳を一歩横にズレるだけでかわし、そのまま襟元を掴んで背負い投げの要領で地面に叩きつける。衝撃で苦しむその顔面を容赦なく踏みつけ、最後のひとりの腹に容赦ない前蹴りを突き刺し、腹を手で押さえる男の横面に回し蹴りを放つ。
ドガァンッ! とけたたましい音を立てて最後の男が倉庫の備品の中に突っ込み、ピクリとも動かなくなる。
わずか数十秒。
威張っていた不良男子4人が全員顔面血だらけで、血の海に沈んで転がっていた。
「ひ……っ、ひぃっ……!」
さっきまで雪を嘲笑っていた泉早紀、渡辺春香、寺崎ゆうみの3人が、腰を抜かしてガタガタと震えながら壁際へ後退る。
「スマホ、出せ」
低く落ち着いた、けれど絶対の拒絶を許さない弘の声。
3人は悲鳴を上げながら、必死の手つきでスマートフォンを弘の前に差し出した。
弘はそれを奪い取ると、データを確認する。隠しフォルダもないか確認し、バックアップもないのをしっかりと確認する。そして本体ごと手で握り潰すかのように床へ叩きつけ、勢いよく踏み砕いた。
「次、神代さんに手出ししたら……こんなもんじゃ済まさねえぞ」
不良が落としたナイフで女子3人のリーダーともいえる泉の首に刃を添える。切っ先が肌に触れ、ツーっと血が垂れる。そして弘が「行け」というと女子3人は恐怖に震え、脱兎のごとく倉庫から逃げ出していった。
嵐のような静寂が戻った倉庫の中。
転がる不良たちの間を通り抜け、弘は膝をついて小さく丸まっている雪の前でかがみ込んだ。
そして自分の着ていた上着を脱ぐと、そっと雪の肩に羽織らせた。
「……遅くなってごめん、神代さん。もう大丈夫だよ」
さきほどまでの威圧感も消え去り、優しい声で雪に手を差し伸べる。
恐怖に震えて体が硬直している雪は、怯えた目で彼を見つめ、その手をとれなかった。




