第7話
それからしばらく、どこか引っかかるような日々が続いた。
雫と遊ぶ約束がない夜が続き、弘は少しだけ『普通の高校生の日常』に戻ったような感覚で過ごしていた。だが、だからこそというか、元々持ち合わせている視野の広さのせいで、目に入ってしまうものがあった。
神代雪の周りで、あからさまに増えていた【異変】だ。
あれほど完璧だった彼女が、最近は提出物のノートや教科書を忘れて先生に注意されることが増えた。
ある日は、なぜか頭から水をかぶったほどにずぶ濡れ状態で、体育着のジャージを着て授業を受けていた。
そして廊下や校庭の隅で、普段の彼女なら絶対に関わらないであろうガラの悪そうな女子たちに取り囲まれている姿を、弘は何度か見かけていた。
(……なんか、変だな)
弘は元々、教室の空気や周囲の変化によく気づくタイプだ。だからこそ、雪の様子が日に日に追い詰められていくのが、嫌でも目に付いてしまっていた。
そして、ある日の放課後のことだ。
校門を出て帰路についた途端、弘はスマートフォンを机の中に忘れてきたことに気づいた。もう一度学校に戻らなければならないことを億劫に思い、「うわ、マジか……」と呟き、ため息をつきながら引き返して教室へと戻る。
無事に自分の机からスマホを回収し、鞄に放り込んで帰ろうとしたその時——教室の窓から、ふと下の中庭が目に入った。
そこには、遠目からでもわかるほど表情を暗く落とし、今にも泣き出しそうな顔で歩く雪の姿があった。
そしてその周りには、例のガラの悪い女子三人組だけではなく、ガラの悪い男子たちの姿まであった。囲まれるようにして、奥へと歩かされている。
(なにしてんだ、あいつら……)
嫌な予感が背筋を駆け上がった。
弘は鞄を放り出すと、迷わず教室を飛び出した。
階段を駆け下り、外へ出る。向かった方向からして、敷地の外へ出たわけではないはずだ。
校舎の裏手、旧校舎の奥にあるほとんど人が寄り付かない古い倉庫——。
近づいてみると、誰もいないはずのぬかるんだ地面に、真新しい足跡が何重にも残っていた。
見つからないように息を殺して倉庫に歩み寄り、建物の隙間から中の様子を覗き込む。
そこには、制服を無理やり乱され、下着姿で床にへたり込んで必死に身体を小さく丸めている雪の姿があった。必死に抵抗していたのか、髪は乱れ、涙で濡れた瞳でただ耐えるように唇を噛み締めている。
「ほら顔上げろよー!」
「ウケる、マジで泣いてんじゃん!」
周囲を取り囲むあの夜の女子三人組と、嘲笑う不良男子たち。
容赦なく焚かれるスマートフォンのフラッシュと、暗い倉庫内に無機質に響き渡る連続したシャッター音。
雪の絶望し切った表情を目にした瞬間、弘の頭の中で何かがぶちりと切れる音がした。
「…………なにしてんの?」




