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夕空の向こうで  作者: あさくらまひろ
青葉隼人

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12/42

第11話

 舞花が隼人の前に姿を見せなくなってから、1か月が過ぎようとしていた。


 11月の終わり。

 季節はすでに冬の入り口へと差し掛かっている。

 陽が落ちる速度は日ごとに早くなり、放課後を迎える頃には街全体が寒々しい薄暗さに包まれる。


 あの日以来、隼人はまるで自分自身を苛め抜くかのように、一日たりとも休まず通院リハビリへと通い詰めた。

 美羽からは「たまには身体を休めることも大事ですよ」と心配そうに諭されたが、そんな言葉に耳を傾ける余裕すらなかった。膝を痛めつけ、身体を限界まで追い込んでいなければ、頭の中を占める惨めさと虚しさに押し潰されてしまいそうだったからだ。


 舞花ではなく、美羽が隣にいることが当たり前になり始めた、そんなある日の帰り道。


 リハビリを終え、松葉杖をついて美羽と並んで歩いていた隼人は、自宅の目と鼻の先にある小さな公園で足を止めた。

 落ち葉が重なるブランコの脇に、ポツンと人影が立っていた。


「……隼人」


 息を白く吐き出しながら駆け寄ってきたのは、佐々木舞花だった。

 コートの襟をすぼめ、凍えそうな手でバッグを握りしめている。その顔は痩せこけ、瞳には痛々しいほどの決意と葛藤が宿っていた。


「……こんなところで、どうしたんだよ」


 隼人の硬い問いかけに、舞花は唇を噛み締め、静かに頭を下げた。


「……ごめんね、隼人。私……もう、隼人の隣にはいられない」


 冬の冷たい風が、三人の間を吹き抜ける。

 舞花から切り出された、唐突で、けれどどこかで予想していた別れの言葉。


「……隼人が怪我してから、私、ずっと考えてたの。隼人を支えたいって思ってたけど……私じゃ隼人を笑顔にしてあげられない。隼人も……私のこと、もう必要としてないよね?」


 舞花の声は震えていた。

 だが、隼人は怒ることも、彼女を責めることもなかった。ただ感情のこもらない冷静な瞳で、静かに舞花を見つめ返していた。


(……そりゃそうだよな)


 リハビリに通い詰める中で、隼人は一人で答えを出していたのだ。

 自分自身と向き合えば向き合うほど、今の自分がいかに惨めで価値のない存在かがわかる。足を壊し、輝かしい未来を失い、塞ぎ込むだけの自分に、舞花のような女の子を付き合わせる必要なんてどこにもない。もし別れたいと言われたら、すんなり受け入れよう——そう決めていたのだ。


「……わかったよ」


 隼人の口から漏れたのは、自分でも驚くほど静かで、酷く寂しげな一言だけだった。


「隼人……」


「今まで、ありがとな。……楽しかったよ」


 引き止めもせず、情けなくすがることもしない。あまりにあっさりと運命を受け入れた隼人の姿に、舞花は涙をポロポロと溢ぼした。


 ——だが、その静寂を切り裂いたのは、思いもよらない人物の怒声だった。


「……なんなんですか、それ」


「え……?」


 振り返った舞花の顔が凍りつく。

 隼人の隣に立っていた君嶋美羽が、拳を固く握りしめ、見たこともないほどの激しい怒りを瞳に宿して舞花を睨みつけていた。


「なんなんですか、それ!! 勝手に来なくなって、勝手に諦めて……! 先輩がどれだけ苦しんでリハビリしてきたか、あんた何も知らないくせに!!」


「君嶋……?」


 隼人も突然のことに目を丸くした。

 舞花と隼人が別れることは、美羽にとって何より望ましいはずだった。なのに美羽は、まるで自分のこと以上に傷ついたかのように、全身を震わせて舞花に怒りをぶつけていたのだ。


「『支えてあげられない』? 『必要とされてない』? 全部自分の保身じゃないですか! 自分が傷つくのが嫌だから逃げるだけでしょ!? こんな時に投げ出すなんて……あんたなんか、最初から先輩を愛してなんてなかったんだ!!」


「……ぅ……っ……!」


 怒り狂った美羽が舞花につかみかかると、そのままふたりは地面に転がってつかみ合いの喧嘩を始める。最初はただのつかみ合いで済んでいたが、抵抗した舞花の手が美羽の左目を叩くと、そこから先はひどいものだった。つかみ合ったまま公園を転げまわり、上をとったほうが殴る。殴られたらまたやり返そうと上をとる。

 松葉杖の隼人にはどうしようもできず、唖然と眺めるしかできなかった。


 それからの決着は、舞花が抵抗する力を失ってからだった。

 それでもまだ殴りかかろうとする美羽に、転げ落ちるように抱き着くとようやく止まった。


「……もういいだろ、君嶋」


「よくないですよ……っ! あんな甘ちゃんに……先輩を傷つける権利なんてないのに……っ!」


 美羽は怒りと悔しさで肩を上下させながら、ポロポロと涙をこぼした。

 自分を振った舞花よりも、目の前で自分のために本気で怒り、泣いてくれている美羽の姿の方が、隼人の胸にはずっと深く刻まれる。


 隼人はボロボロになって泣きじゃくる美羽をどうにかして連れ帰り、治療のために家に上げることにした。舞花のほうも治療が必要そうではあったが、ふたりとも連れ帰って家で第2ラウンドが始まってはもう止められないと思い、もう彼女ではない舞花を放置して美羽だけ連れ帰った。



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