第10話
それから数日、舞花は毎日放課後になると病院のロビーで隼人を待っていた。
あれ以来、隼人のリハビリが終わると、隼人と舞花が一緒に帰ることが日課のようになっていた。しかしどこかぎこちなさが残るふたりの会話は日に日に途切れがちになり、互いに視線を合わせることすらなくなっていった。いつしか隼人は舞花と一緒にいるのが苦痛になっていった。
けれど、彼女を疎ましく思うことはなく、今まで通り接しようと頑張っていた。
そして——ついに、舞花が来ない日が訪れた。
ポツンと一人、パイプ椅子に残された隼人は、時計の針が刻む無機質な音を聞いていた。
約束をしていたわけではない。勝手に待っているのは自分だ。だが、胸の奥に広がっていく冷たい空虚感を消し去ることはできなかった。
スマートフォンに電源をいれ、何か連絡がないか視線を落とすと、
「……あはー。やっぱり、あの人来なかったですねー」
耳元で聞こえた不意の声に、隼人は肩を揺らした。
振り返ると、いつの間に忍び寄っていたのか、君嶋美羽がクスクスと笑いながら立っていた。
「君嶋……お前、なんでここに……」
「なんでって、可哀そうで寂しそうな先輩をお見舞いに来てあげたんですよー。……ほら、これ見てください」
美羽は制服のポケットからスマートフォンを取り出すと、その画面を隼人の目の前に突きつけてきた。
「……なんだよ、これ」
「うちのクラスの女子から回ってきた写真ですよー。あの人なんだかんだ有名人ですからねー。……ほんと楽しそうですよねー、佐々木先輩」
美羽の指が画面をスワイプする。
そこに映っていたのは、色鮮やかなネオンの看板の前で、クラスメイトたちと楽しそうに笑いながらカラオケ店へと入っていく舞花の姿だった。
約束していたわけではないし、クラスメイトに誘われればこういうこともあるだろう。隼人は自分に言い聞かせる。
さらに次の写真。
茜色の放課後、校門を出て並んで歩く舞花と、一人の男子生徒。
隣にいるのは、隼人もなんとなく見覚えのある程度の同じクラスの男子だった。顔立ちはかっこいいというよりかわいらしい。隼人の記憶では、この男子生徒はクラスでも特に影の薄い園芸部の陰キャで、写真に写っているよりもっと表情は暗く、人と話しているのは見たことがない男子だった。
かといって馬鹿でも運動音痴でもなく、スポーツも勉強もそれなりにこなす、いわゆる『1軍ではないが器用な男子』だった。バスケ部のエースだった隼人のような圧倒的な華はなくても、今の傷つき動かない足を持つ自分とは比べものにならないほど【健全】な存在。
写真の中の舞花は、その男子生徒の言葉に和やかに微笑んでいた。
「あーあ。先輩が一人で痛くて苦しいリハビリに耐えてる時に、あの人はほかの男の人とカラオケで楽しんでたんですねー。惨めですね、先輩」
「……黙れ」
「黙りませんよー。……だって、当たり前じゃないですか。足が動かなくなって、いつ青春できるかもしれない男。ましてや進級できるかも分からない男より、元気でー、カッコよくてー、何でもそれなりにできる男と一緒にいる方が楽しくて幸せに決まってますもーん」
「うるさい!」
美羽の囁きが、隼人の頭の中で反芻される。
(結局……そういうことか)
胸の奥で、何かが冷たく冷ややかに冷め切っていく音がした。
自分は【青葉隼人】だったから好きになられたわけじゃなかったんだな。
惨めで、動けなくて、未来もない今の自分には何の価値もない。結局、女子なんてものは元気で、健康で、自分を楽しい場所へ連れて行ってくれる男が良いに決まっているのだ。
隼人はそう思うと、すべてがどうでもよくなってきた。
「……もう、いい」
隼人は吐き捨てるように呟くと、美羽から視線を逸らして松葉杖を握り直した。
「ふふ、そうですよ。あんな先輩のことなんて、もうどうでもいいじゃないですか。……これからは、私だけを見ていればいいんです」
美羽は隼人の背中にぴったりと寄り添い、その細い手を隼人の肘に回した。
隼人はもう、その手を振り払う気力すら残っていなかった。




