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伝承の怪物たち  作者: 右顧左眄
絶海の巨人
24/26

最後の旅へ

リアル多忙につき、投稿が滞っておりました。

今週から正常になると……いいな……

 ニコラウスは大学の講堂で、押し寄せる避難民や傷病者たちの手当てに追われていた。

先ほどから市民や負傷した兵士を問わず、大勢の人間がなだれ込んできている。

悪神の眷属による攻撃は刻一刻と苛烈さを増しており、かつて静寂を極めた学術の府は、いまや避難民の不安と重症者の呻き声が渦巻き混沌と化していた。


 議会の承認を得たアテン守備隊本隊の準備も、まもなく完了して前線へと向かうはずだ。

それまでは、市内に駐留していたわずかな部隊だけで、押しかける異形の群れを防ぎ止めねばならない。


「……間に合うと良いが」


 ニコラウスの顔にも、隠しきれない焦燥の色がにじみ出ていた。

この破滅的な状況を終わらせることができる唯一の鍵。

【角笛】の浄化を、いま己の弟子が命がけで行っているのだ。

今はただ、彼の手による成功を信じて待つしかなかった。


「――教授!」


 その時、混乱する講堂の入口から、今最も待ち望んでいた人物の声が響いた。

セルゲイだ。


「セルゲイ君! それで、角笛は!?」


 ニコラウスは身を乗り出し、すがるような思いで結果を問い詰めた。


「こちらです。浄化は……成功しました!」


 セルゲイが大事そうに掲げたその手には、どす黒い穢れが綺麗に削ぎ落とされ、古の精巧な意匠が美しく輝く神代の【角笛】が握られていた。


「よくやった……! 本当によくやったぞ!」


 ニコラウスは破顔一笑し、弟子の偉業を心から称えた。

しかし、報告を終えたセルゲイの表情はなおも硬い。


「ですが、残された試練はまだ残っています。この角笛を最長老に届けねばなりません。……しかし、まさかここまでとは」


 セルゲイの視線が、アテンの海へと向けられる。

かつて青く輝いていた海面は完全に黒い異形に覆い尽くされ、あらゆる生命を飲み込もうと波打っていた。

この凄惨な状況下で、再び「神の島」へ向かうなど、絶望的としか言いようがなかった。


「……ふむ。確かにのう、ワシの想像を遥かに超える惨事じゃ」


 ニコラウスも苦々しい表情で惨状を見つめた後、覚悟を決めた眼差しでセルゲイに向き直った。


「さて……我が弟子よ。これがワシからの『最後の依頼』じゃ。急ぎアテンを離れ、かの漁村に向かうのじゃ。そこで巨人と合流し、神の島を目指せ」


「――承知いたしました。その依頼、謹んで引き受けさせていただきます」


 二つ返事で依頼を了承するセルゲイを見て、老教授の口元が緩んだ。


「……ふふ、思えば、おぬしがこのアテンにやってきた最初の日にも、まったく同じやり取りをしたのう。あれから大して時間は経っておらんというのに、ずいぶん昔のことに感じるわい」


「確かに……その通りですね。こんなことなら、あの時依頼なんて引き受けなければよかった。教授からの依頼を受けるのは、これが最後ですよ」


 セルゲイがどこか懐かしむように軽口を叩くと、ニコラウスは声を上げて可笑しそうに笑った。


(まったく、その通りだな……)

 セルゲイは心の中で密かに呟いた。

巨人の調査を依頼されてからというもの、目まぐるしい出来事の連続だった。

どれ一つとして、自分一人の力では到底成し遂げられなかったことばかりだ。

そのたびに己の無力さを痛感し、打ちのめされそうになった。

 だからこそ――仲間たちの力を借りてここまで繋いできたこの命がけの仕事を、自分自身の手で最後まで完遂しなければならない。


「……もしかすると、これが本当に最後の別れになるやもしれんな」


 ひとしきり大笑いした後、老教授は急に真面目な顔になり、ポツリと呟いた。


「縁起でもない冗談はやめてください。そもそも教授は、なぜかいくら殺されても絶対に死なないような気がします」


「ハッハッハ! 確かに! 確かにその通りかもしれんの!」


 老教授は豪快に笑い飛ばすと、力強く右手を突き出した。


「では、一時の別れとしよう! 大願の成就を心より祈っておるぞ、セルゲイ君!」


「はい!」

 セルゲイはその手を強く、固く握り返した。


「それとな、あやつならすでに前線で暴れ回って時間を稼いでおるはずじゃ。あと暴れ馬の魔獣、好きに使うがよい!」


「感謝します!」


 セルゲイは深く深く頷くと、二度と振り返ることなく大学を駆け出していった。

ニコラウスは、その頼もしく成長した背姿が見えなくなるまで、じっと愛弟子の後姿を見送っていた。

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