中央議会
バタバタしており投稿が遅れてしまいました。
都市国家アテンの舵取りを担う最高意思決定機関「アテン中央議会」。
三十名からなる構成員は、古くからこの地に住まう由緒正しい血統の者たち、世界に名だたるアテン大学から推薦された賢者、そして市民から選出された代表者たちで占められている。
その為政者が集う議場は、現在、割れんばかりの怒号で大いに紛糾していた。
原因はゲレス諸島の火山噴火である。
情報収集のために派遣した先遣隊が一向に帰還せず、周辺の村々の避難を進めてはいるものの、現地の正確な状況が掴めない以上、これ以上の有効な一手を出せずにいたのだ。
そしてもう一つ、議会を悩ませている問題があった。
アテン大学学長ペリクリスによる、あまりにも突飛な請願である。
大学長として当然、議会の一員である彼は、本来であればその知識を総動員して事態の収集に当たるべき立場にあった。
しかし、その彼が突如として議場へ戻ってくるや否や、「アテン中の全兵員を直ちに参集・動員せよ」と叫んだのだ。
その傍らには、民俗学の権威であり学長の友人でもあるニコラウスの姿もあった。
「なぜ今、兵を集める必要があるのだ!? 火山噴火と兵の動員に何の関係があるというのだ!」
議長は困惑を隠しきれず、憤慨を交えた強い口調で問いただす。
「ペリクリス殿、貴公はこの混乱に乗じて我らを打倒し、独裁でも企んでいるのではないか!?」
議員の一人が邪推に満ちた声を張り上げると、議場はペリクリスへの非難と怒号で一気に包まれた。
(それも無理はないな……)
ペリクリスは心の中で溜め息をついた。
隣を見ると、なぜかニコラウスがニヤニヤと他人事のように笑っている。
実に忌々しい。
しかし、いつまでもこんな不毛な押し問答に時間を取られていては、あのソフィア様になんと叱責されるか分からない。
ペリクリスはブルりと身震いし、意を決して口を開いた。
「……皆様方のご懸念、ごもっともにございます。しかし、これ以上の不毛な批判はお控えいただきたい! この全軍動員を命じられたのは、他ならぬソフィア様なのです!」
――途端に、静寂が議場を支配した。
ソフィアという名を知らない議員など、このアテンには一人も存在しない。
この国のいかなる為政者であっても、決して歯向かってはならない絶対的な存在。
議長はますます困惑の色を深め、慎重に問いただした。
「……ソフィア様が、なぜ今頃になって? あのお方は古くから政治には一切関与されない主義のはずだが」
「詳しい背景までは分かりかねます。 しかし、現在進行形で起きている火山の危機について『直ちに兵を集める必要がある』と強く仰いました。」
ペリクリスが静かに答えた、まさにその瞬間だった。
重厚な議場の扉が勢いよく押し開かれた。
「報告いたします! 南部に派遣された調査部隊が帰還いたしました!」
全身汗と泥にまみれた伝令の兵士が、議場へと転がり込んでくる。
「おお! 戻ったか! して、現地の状況は!?」
議長が身を乗り出し、待ち望んでいた報告を促した。
しかし、続いた兵士の報告は、その場の全員を底なしの絶望へと突き落とすものだった。
「……海岸より上陸した新種の『魔物』により、調査部隊は壊滅! その魔物は近隣の集落へ雪崩れ込み、多数の犠牲者が出ている模様です!」
「な……なんと言った!?」
議員たちに激震が走る。
「……彼女は、これを予期しておられたというのか」
ニコラウスが神妙な表情で唸った。
「議長! お聞きになられたでしょう! もはや一刻の猶予もございません! 直ちに全軍へ参集命令を!」
ペリクリスが鋭い眼差しで議長に向き直る。
議長は苦渋の表情で天を仰ぎ、叫んだ。
「……アテンに駐屯する全軍へ、直ちに集合命令を発令せよ!」
「よろしいのですか議長!?」
議員の一人が焦燥に駆られて聞き返すが、議長は固い声で続けた。
「……背に腹は代えられん。併せて、アテンへ避難してくる民草の護衛にも隊を割り振れ。これ以上の犠牲は断じて許されんぞ!」
伝令の兵士は力強く頷くと、弾かれたようにその場を後にした。
「諸君……事態は、我々の想像を遥かに超えて深刻なようだ」
議長は力なく椅子に深く腰掛け、重々しい沈黙の中で閣員たちを見渡した。
議員たちが狼狽し、ざわめきが広がる中、ここまで沈黙を守っていたニコラウスが静かに口を開いた。
「お疲れのところ大変恐縮じゃが……もう一つ、極めて深刻な報告をせねばならん」
ニコラウスは、巨人の神、そして悪神の復活について得た真実を議会へ報告した。
「……では何か? その伝説の【角笛】とやらを修復し、巨人の神とやらを呼び出すと……?」
こめかみを指で押さえながら、報告内容を反芻する議長。
彼の疲労はすでにピークに達していた。
「左様です。現在は我が弟子が【角笛】の修復作業に当たっております。それが成就すれば、あの火山は鎮まるかと」
「巨人の神だと!? 悪神の復活!? そんなおとぎ話を信じろというのか!」
議員の一人が思わず噛み付くが、ペリクリスが静かに言葉を遮った。
「この件を報告した際、ソフィア様は即座に兵の動員をご指示されたのです。そして現在、ソフィア様ご自身もその【角笛】の修復に当たられております」
「……あのお方がそう仰るのなら、紛れもない事実なのだろうな」
議長は再び天を仰ぎ、深い溜め息を吐いた。
「その【角笛】の修復には、どのくらいの時間がかかるのだ?」
「分かりかねます。しかし、すぐにとはいかんでしょうな。ゆえに兵たちには、【角笛】が修復され、神が降臨するまでの間、何としてでもアテンの防衛を全うしてもらわねばならんのです」
「いつ終わるとも知れぬ時間稼ぎのために、兵たちに命を投げ出せと言うのか……」
議長は自嘲気味に力なく笑った。
「……心中お察しする。これより避難民も増えるであろう、アテン市内も危険かもしれぬ。ここは大学を避難先として開放しては如何かな?」
疲労困憊の議長に、ニコラウスが提案した。
「ぜひともお願いしたい。けが人の手当てなども併せてお願いしたいのだが」
「ニコラウス、頼めるか?」
「わしにお任せくだされ」
そう言い残し、ニコラウスは急ぎ足で議場をあとにした。
「さあ諸君、神様が来られるまで、泥を啜ってでも時間を稼ぐとしようじゃないか。まさか本当に神頼みをすることになるとは……嫌な時代に為政者になったものだ」
議長が力なく笑うと、つられたように議員たちからも乾いた笑いが漏れた。




