神の島
セルゲイは砂浜からあたりを見回した。
白い砂浜と遠くにそびえる山。
その丘陵には建造物の様なものがいくつか見える。
嵐はすっかり止んでおり、穏やかな波と風の音のみがする。
この地方特有の強烈な日差しが砂浜に反射し、セルゲイの肌を焼く。
神の島とはいえど、アテンの他の地域と比較し、なにか特別な点はないように思った。
そんなことを考えつつも、付近の地質や生物などの調査をしていると、遠くから声がした。
誰かがこちらに走ってくる。
ストラトスだ。
「先生!お目覚めでしたか!」
彼は傷一つ付いていない。
一緒に船体に叩きつけられたはずなのに頑丈な男だ。
「ああ、私は大丈夫だが、それより、一体何があった?」
「それは道中お話します。まずは私についてきてください」
そう言われセルゲイは頷くと、ストラトスに続いた。
浜辺を抜け、入り江の奥へと進んでいく。
道中、ストラトスはセルゲイが目覚めるまでの出来事を語ってくれた。
巨人の手のひらから船体に叩きつけられた直後、無事なストラトスを含む数名の船員で、損傷の激しい船体をなんとか維持しようとした。
しかし、損傷が激しく、もはやこれまでかと、全員が覚悟した瞬間、船体が凄まじい勢いで前進しだし、そして気が付けばこの岩礁に座礁していたとのことだった。
ストラトスはそこで、海に潜っていく巨人を見たそうだ。
九死に一生を得た船員たちは、負傷した船員の応急処置と、セルゲイは頭を打っていたのか、一向に目覚める気配がなかったので、下手に動かすよりはと、船室で安静にしておこうとなった。
「なるほどな。そして巨人が運んでくれたと、やはりこちらに友好的と見て問題なさそうだな」
「ええ。理由は全く分かりませんが」
ストラトスに続き、セルゲイは入り江を抜け小高い丘を登っていく。
そこで、新たな疑問をぶつける。
「ところで、他の船員たちはどこに?船には他に誰もいなかったが?」
ストラトスはその後について語り始めた。
「夜が明けてから、壊れた船の修理と負傷者の治療のための物資を探すため、島に上陸したのです。
海岸沿いには何も無かったのですが、この丘を越えて進んだ先に古い集落跡と、そこに暮らす島民に遭遇したのです」
「島民がいるのか?」
セルゲイは驚く。
なぜなら、ここは神聖な島で人の立ち入りが禁止されているはずだ。
村長からも、島民がいるなどという話は一言も出てこなかった。
「はい…実際に人はおりましたが…」
ストラトスが珍しく、歯切れ悪そうに言い淀んだ。
この男にしては珍しい。
「少しというか…若干、妙なのです。これは言葉で説明するよりも、実施に見ていただいた方が早いかと思われます」
どういう事だろう、と訝しむセルゲイにストラトスは集落に到着したことを告げる。
(ほう…これはこれは)
到着した集落を見て、セルゲイは考古学的な好奇心を刺激された。
斜面に並び立つ建物は、現在のアテンの建築様式とも異なる、極めて原始的な、石を職人技で積んだだけの構造物群である。
大半の建物は長い年月が経ち、自然に帰ろうとしている。
(ん?…なんか変だな?)
石造りの建造物を観察しながら、なんとなくだが、セルゲイはその建造物群に違和感を覚えた。
ストラトスは集落の入り口を通り、比較的綺麗な建物へとセルゲイを案内した。
その道中、石の柵の上で居眠りしているアンサールがいた。
彼も傷一つない。
セルゲイは安心すると同時に、もう少し体を鍛えようと心に誓ったのだった。
建物の中に足を踏み入れると、広々とした室内では船員たちがそれぞれの武器を磨いたり、怪我をした仲間の看病に当たったりしていた。
その中には彼ら船乗りに混じって、看病の手助けをしている、身に覚えのない恰好をした者たちが複数人いた。
彼らがこの島の島民なのだろう。
全員が真っ白なローブに、頭から足先まですっぽりと覆われている。
そして、何よりも。
(大きいな…)
なるほど、ストラトスが言い淀むのも無理はない。
船員やセルゲイはともかく、ストラトスは並みの男たちを凌ぐ体格をしている。
しかし、この島民たちは、ストラトスよりも頭二つ分近く大きい。
そして、先ほどからの違和感の正体にようやく気付いた。
この建物もそうだが、扉も、窓もすべてがとにかく巨大に作られているのだ。
「皆が皆、このように大きいのか?」
「ええ、そのようです。私も、自分より大きい人間を初めて見ました」
ストラトスが答える。
机や椅子、食器から包帯まで何もかもがでかい。
セルゲイがその異様な光景に圧倒され、まじまじと島民を観察していると「先生、こちらです」とストラトスに促され、建物の最奥にある一際大きな部屋へと足を踏み入れた。
奥の部屋に入ると聞き覚えのある声がした。
「おお、先生!、目覚められましたか!」
ヨルゴスだ。
老船乗りは全身包帯まみれで、先日の鬼神のごとき様子はどこへやら、ぐったりした様子で椅子にもたれかかっている。
そして、彼の横には見慣れない人物が立っている。
先ほどの者たちより、少し小柄であろうか。
同じようにローブを身に纏ってはいるが、胸元や首元に色鮮やかな装飾品を身に着けている。
非常に気になる存在ではあるが、まずは、尋常ではない様子のヨルゴスを診察しようとして、彼に止められた。
「ご心配無用! 腰をやってしまっただけです、安静にしとれば動けますわい。それよりも…」
ヨルゴスは隣の人物を見る。
「先生、まずはこの人の話を聞いてやってほしい」
ヨルゴスに促され、その人物が前にでる。
「お初にお目にかかります、私はネルと申します。この島の司祭長を務めております」
その人物はネルと名乗った。
女性の様だが、その声はどこか威厳を含んだものだった。
彼女は極めて洗練された優雅な仕草で、セルゲイに対して深く一礼した。
「私はセルゲイと申します。この度は我々一同をお救い下さり、ありがとうございます」
セルゲイも丁寧な挨拶を返しながらも、注意深くこの女性を観察する。
この女性は先ほど『司祭長』と名乗った。
無人とされているはずの島の司祭長。
そして、この島の大柄な人々。
否応にも巨人を連想される。
セルゲイが、鋭い眼差しでネルを観察していると、彼女が微笑んだ。
「そのように情熱的にみられては困ってしまいますわ」
ハッとして、セルゲイは陳謝する。
「失礼しました、その…大きい女性に会うのは初めてでしたので、つい観察を…」
セルゲイは弁明しながら、さらに自身の言葉の配慮の無さに絶望した。
(またやってしまった…)
セルゲイが自己嫌悪にかられていると、ネルは微笑みながら。
「そうでしょうとも。何せ私どもは巨人の血を引いておりますもの」
「は…?」
セルゲイは間抜けな声を上げ、その場に凍り付いた。
巨人の血を引いている?
硬直から復帰できないセルゲイを見て、ネルは話し続ける。
「大体の経緯はこちらのヨルゴス老からお聞きしております。アテンの危機を救うため、火山を鎮める術を求め、この地に巨人を探しに来たとか?」
「…はい、その通りです」
硬直から復帰したセルゲイが答える。
「神人たる巨人の神が、火山を鎮める役割を持つとお聞きしたので」
「そのような古い伝承をよくご存じで」
ネルは感慨深そうに、ため息をついた。
セルゲイはたまらずこれまでの疑問すべてをネルにぶつける。
「ネル殿。あなたはこの島の司祭長とおっしゃいました。この島には人の立ち入りが禁止されていると聞いております。あなた方はいったい何者なんですか?巨人の血を引くとは…どういった意味なのですか?」
ネルはすぐに答えず、部屋の周囲に控える船員たちへとしばし視線を巡らせた。
そして、静かに首を振った。
「…それらすべてにお答えするに、少しこの場は人が多すぎますわ。このお話は、確実に秘密を守れる者のみとさせていただきたいのです」
「人に聞かれるとまずいと?」
「ええ…巨人たちは、何より自身の秘密が漏れることを恐れますから」
申し訳なさそうに、そう言ってネルは沈黙した。
深く被られたローブからは、彼女の表情はなにも読めない。
恐らく彼女の要求を飲まない限り、これ以上の情報は引き出せないだろう。
しかし、なぜ巨人たちは秘密を漏れることを恐れるのか?
「…分りました。それでは、こちら側でお話を聞く人間を選抜させていただきます」
「それで結構ですわ」
ネルが微笑みながら答える。
「人が決まりましたら、お知らせください」
ネルは優雅にお辞儀し、そのまま持参したお茶を入れ始めた。
「…なんか不思議な娘さんじゃのう」
椅子にもたれかかったまま、ヨルゴスがぽつりとぼやいた。
彼女はけが人を引き連れてきたヨルゴス達を見て、快く迎え入れてくれたらしい。
その際にもヨルゴスが、巨人について聞き出そうとしたが「その話は後ほど」とはぐらかされた。
さて、人選だがまずは当然セルゲイである。
他の同行者たちを選ぶ際、船乗りたちで揉めるかと思われたが、船員は誰一人興味がなかった。
船乗りがそんな話聞いてどうするんだと。
それもそうかと納得した。
結果として、セルゲイの護衛のストラトスと、いつの間にか音もなく横にいたアンサールだ。
そして、重傷者でありながら頑として譲らなかったヨルゴスである。
場所は、同じ石造りの建物のさらに奥にある、完全に遮蔽された極秘の小部屋。
重厚な石の扉の前には、大柄な白いローブの島民二名が厳重な警備に就いた。
各々が席に着く。
「さて、あなた方の正体、そして巨人の血を引くとは何か、詳しく教えていただけますか?」
セルゲイが静かに切り出した。
ネルは一口お茶を啜り、そして静かに語り始めた。
「言葉の通りですわ、我々は遥か昔にこの地に暮らしていた巨人の、正真正銘の子孫となります」
「巨人の末裔…ではあの単眼の怪物は?巨人はすべて滅んでしまったと?」
「いいえ、そういう訳ではございません。ただ…代を重ね、血が薄れるごとに、我々はこのような姿になってしまったのです。彼らが言うにはこの地が【穢れ】てしまったことが原因だとか」
「…穢れ、ですか?」
聞きなれない単語に疑問を浮かべるセルゲイ。
「そうです。今から遥か昔のとある出来事を契機に、この地は【穢れ】てしまったと。それが原因でこの地には神代の力を持つ巨人が生まれなくなったと」
巨人の出生と衰退にまつわる、衝撃的な話。
この地が穢れているとは、どういう事なのだろうか?
セルゲイはその事が非常に気になったが、今はそれよりも優先すべき、直近の重要な事実についての質問を重ねた。
「ネル殿、我々はこの島に向かう途中に一つ目の大きな生物に救われました。それについて何かご存じありませんか?」
ネルは微笑む。
「ええ、よく知っております。それこそが巨人です。この地に遥か昔から住まうおとぎ話の生物」
やはり、あれが本物の巨人なのか。
セルゲイはようやくたどり着いた答えに興奮するとともに、なぜ助けられたのか気になった。
「あれが巨人なのであれば、なぜ我々は助けられたのでしょうか?この島は外部の者が立ち入らないようにしているはずでは?」
「おっしゃる通りです。この島は外部の者の侵入を拒みます。…まあ、豊穣祭は特例の様ですが。巨人たちは年に一度来る酒と舞を楽しみにしていますので」
ネルは少し呆れたように、肩をすくめて見せた。
「私たちの始祖たるあの巨人は『雷雲の巨人』と呼ばれております」
ネルが巨人族について語りだす。
「その昔、この海域を支配し、人間たちから恐れられていた巨人族です。その力はすさまじく、ありとあらゆる天候を意のままに操り、今は去った古の竜達と比肩する存在であったと、古くは海の神に起源を持つといわれております」
ネルは続ける。
「神に起源を持つと言えど、それはまさに創生の時代のお話。すでに神聖は消え失せ、今では一部の嵐を起こす力のみが残ったと言われております。まあ、人間からすれば十分に脅威的な力ですが」
嵐を起こす力。
それを聞いてセルゲイは尋ねる。
「ということは、この島へ近づく者を拒むあの大嵐は、巨人が引き起こしていたのですか?」
「そうです。巨人たちは年に一度の祭りの時期を除いては嵐を引き起こし、人間がこの島に立ち入れないようにしているのです」
「その理由は何なんでしょうか?」
「それは……私どもにも正確な理由は分かっておらず、古き戒律により、人がこの島に立ち入らないようにしているとか」
古き戒律。
巨人族を縛る何かの存在が見え隠れする。
「今回、巨人があなた方を助けたのは、あのお方からの命令があったからだと聞いております」
「あのお方?」
「ええ、そうです。現存する巨人たちの長にして神代からの唯一の生き残り。我々は最長老と呼んでおります」
巨人族の長老とは。
しかし、なぜ戒律を破ってまで、我々を助けたのか?
我々に一体何を求めているのか?
「その、最長老殿は我々に何を求めておられるのでしょうか?」
ネルは真っ直ぐに彼の目を見つめ返し、静かに告げた。
「最長老はあなた方…いえ、正確にはセルゲイ様、あなたに会いたいようです。そして、こうも言っておりました「時間が無い」と」
「時間が無い…とは?」
セルゲイはいよいよ核心に触れる。




