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奪われた希望

日は暮れ、心地よかった風も冷えてくる。


皇乃介は意識を取り戻さず、道の真ん中で突っ伏したままだ。


日中に通りすがった行商人は顔を歪め

「なんだ、行き倒れか・・・」

そう呟き、血だまりを避けて通った。


彼を気にかける者は、いなかった。




「ふ・・・えぇっくしょい!!」

皇之助は大きなくしゃみをし、目を覚ます。


口に張り付くを剥ぎ取り、皇乃介はつばを吐く。


ザリに当てられた眠気はすっかり消えている。

目をこすりながら起き上がり、大きなあくびを一つ。


少々寝ぼけていたが、すぐに異変に気づく。


「な、なんだ・・・?」


彼を囲む者たちがいた。

うさぎ、鹿、犬、はりねずみ。どれも二匹ずつ。



「野制動物か・・・!?」



皇乃介は身構える。

しかし、野犬はクゥーンと鳴きながら擦り寄ってくる。


「・・・随分人に慣れてるなァ。まるで飼い犬じゃんか」

ぐりぐりと頭をこすりつけてくる野犬の背を撫でる。


二匹のはりねずみが皇之助の腕にくっつき

彼の血の跡がある左腕を抑える。


自らつけた傷には、見たこともないつるくさが巻かれ

葉っぱが何枚もくっついていた。


出血は止まっている。



「・・・手当てしてくれたのか?」

問いかける皇之介を、はりねずみはつぶらな瞳で見つめた。


「結構深い傷だったろうに・・・野生の動物達はすごいな」

そうでしょ!と言わんばかりに、はりねずみ2匹はぴょんぴょん跳ねる。


鹿が首を下げ、皇之助の脇の下に鼻先を突っ込む。

そのまま首を上げ皇之助を立たせた。

うさぎがぷぅぷぅと鳴いて、城の方を見る。



「そうだな、行かなきゃ・・・」


皇乃介は遠くに見える城を見つめる。

野犬達は、まるで先導するように二、三歩進み、振り返った。

多少ふらつくが、歩けないことは無い。


「ありがとな、お前達。いつか礼をするよ」


動物達に見送られ、皇之助は夜の静まり返った城門へと進んだ。




城門は固く閉ざされ、兵士が二人警備をしていた。

簡単には通してくれそうもない。


「えーと、悪ィが、ちょっといいか」

話しかけてみたが、兵士は一瞬睨んだ後無視をする。

「ここに俺の友人、乃亜って奴と、娘がいるはずなんだが・・・」


皇之助の顔をジロジロと見て、片方の兵士は言った。


「乃亜騎士長がお前の友人だと?」

「キシチョー?なんだそれ」


兵士は見下すように笑いながら、皇乃介の肩を小突く。

「嘘をつくならもっとマシな嘘をつくんだな!」


「本当だって!!」

「まだ言うか?この不審者め。ひっとらえるぞ!」


兵士が少々声を荒げた。その時



「嘘じゃないよ」



閉ざされた城門の向こうで声がした。


「乃亜!その声は乃亜か!?」

城門が微かに開き、中から乃亜が現れた。


「見張りご苦労さま。こいつはウチの友人で間違いない。中に入れてやって」

「しかし、騎士長・・・」


乃亜は皇之助を見て苦笑いを浮かべる。


「ほんっと・・・強運な男だね。

でもあのまま野垂れ死はれちゃ後味悪いから、迎えに行くとこだったよ」


「さすが乃亜!!」


乃亜は口元に人差し指を当て

周りの様子を伺いながら手招きをする。


「シッ・・・あんまり大きな声出さないで。

それと、この門も長くは開けてられない。早く入りな」


言われるがまま、そっと扉の隙間に体を滑り込ませる。


「まさか本当にご友人とは・・・失礼いたしました。」


深々と頭を下げる兵士達に、乃亜はウインクをしてみせる。


「そのくらい厳重に警備してくれてるんだから、ウチらも安心出来るんだよ。

この事は誰にも言わないで。後で口止め料はずむから」



城門が再び閉じ、二人は歩く。

そこは城を囲む城下町だった。



「なぁ、お前、なんだその恰好」


乃亜はいつもの着物姿ではなかった。


「・・・これがうちの本当の姿だよ。」



腹の見える短いトップスとミニスカート。

首元には赤い宝石のついた皮チョーカーをつけている。

高く結い上げた髪と、赤い宝石が揺れる。


だが左胸には胸当て、肩には肩当て、腕には小手がはまり、

その身はきちんと戦装で固められている。



「本当の姿って・・・。若い娘がそんな肌さらすもんじゃねぇよ」

皇乃介は目をそらした。


「ここでは、これが普通なんだよ」


胸当てには、どこかで見た紋が刻まれていた。

ザリの左胸についていたものと同じものだ。


「似合うでしょ?」

「似合うも似合わねェも・・・着物姿じゃないとまるで別人だ」


「そう見えるかもね。でも・・・」


ウチは着物も嫌いじゃないよ

そう言って彼女は黙った。



石畳の道、整えられた街路樹を、洒落た街灯が淡く照らす。

寝転ぶ酔っ払いもいない。

大和村とは大違いだ。



見上げると、そびえる美しい城が視界に入った。

───あれが草原から見えた城か。

皇乃介は歩くにつれ近づく、その城を見た。


城の手前までくると

見張り兵が乃亜に一礼をし扉を開いた。

彼らが中へ入ると、背後で重々しい扉が閉ざされた。



(随分でっけェな・・・大和村がいくつ入っちまうんだ)



白い石で造られた中庭には、甲冑、槍、大剣なども飾られている

だがその脇には花壇がいくつも整えられ、可憐な花が咲いていた。

小さな池と噴水まである。



階段を上り、またも大きな扉の前に立つ。



兵士が扉の両側に一人ずつ。

片方の兵士は皇乃介をギロリと睨む。


「エリザ様から伺っております。どうぞ。」


もう片方の兵士が扉を開け、彼らは扉の向こうへ足を踏み入れた。




随分と大きな広間だ。


床には赤い絨毯が真っ直ぐ奥まで伸びている。

白い大理石の柱が並び、壁には金の装飾が施されていた。


高い天井からは巨大なシャンデリアが吊り下がり、

無数の灯が宝石のようにきらめく。


見たことのない建築技術の大広間。

まるで別世界だった。



皇之助は落ち着きなく部屋中を見回す。


「あんまりキョロキョロしないの」

乃亜が小声でたしなめた。



部屋の奥には玉座があり、屈強そうな兵士が二人が守るように両端に立つ。

玉座には美しい女性が座っていた。



「エリザ様、例の男を連れて来ました」



乃亜がその女性に向かってかしこまり言うと

玉座の女は軽く微笑み、頷いた。



「あなたが天道皇之介さんね。ようこそ、ラヴァゴート城へ」



玉座に座るその女性。

歳は二十歳前後だろうか。


その顔立ちにはまだ少女の面影が見える。

華奢な体つきに、金色の長く美しい髪。

水色のドレスがよく似合う。


まだ若い。

だがその落ち着き払った雰囲気ゆえに

玉座に座っていることに、何も違和感はなかった。



「・・・ここに娘が連れてこられたはずなんだが。全身真っ赤な失礼な男に。」

乃亜が後ろに隠した手で、皇之助の尻をつねる。


「イッ!!てててて」

「せめて敬語くらい使いなよ。この国の女王様なんだよ?」


乃亜は耳元で囁いた。


「えっ?女王・・・・?」


戸惑う皇乃介に代わって乃亜が謝罪した。

「申し訳ございません。知恵の無い男ですので・・・」


女王はクスッと笑った。


「構わないわ。

私はエリザ=アルド=ラヴァゴート。

この国の君主です。以後お見知りおきを。」



は、はぁ。と皇乃介は曖昧に頷く。



「・・・娘さんは、確かにこの城にいます」


それを聞き、皇乃介は身を乗り出すように言った。

「俺はその子の父親なんだ。村に連れて帰るから、ここに呼んでくれねぇか」



エリザの青い瞳は、皇乃介をじっと見据える。

「娘さんに会わせる前にひとつ、お話があります。」


穏やかな声音だった。

だが、その目は一切揺れていない。


「娘さんに関するお話です。

父親であるあなたには、とても覚悟がいるお話。」


皇之助の眉がわずかに動いた。



「ですが───」


皇之助をまっすぐ見つめ、静かに口を開く。

その声に、玉座の間の空気が引き締まった。


「もしあなたが、この国の判断に反対するようなら

あなたには、この城の地下牢で一生を過ごしていただきます」


皇之助は目を細める。



「もし話を聞かないと言うのなら、今すぐ帰りなさい。

春子のことは忘れ、村へ戻り、新しい人生を歩むことをおすすめします」



か弱い女性の姿。

しかしその言葉には、一国の主としての威厳があった。



「話を聞きますか?

それとも聞かずに帰りますか?」



静かに問いかけ、女王は皇之助の赤い瞳を見つめた。


彼はチラと横を見たが

珍しく乃亜も固い表情をしている。



───沈黙が流れ

やがて皇之助は息を吐いた。



「・・・話を聞かせてくれ。俺はここまで追ってきたんだ。簡単には帰らねぇよ」

低い声で、彼はそう答えた。


金色の髪をさらりと揺らし、エリザは小さく頷く。


「では、お話しましょう。

この国の危機の話。あなたの娘の正体。そして――未来へ繋ぐ計画」



______________




聡明な女王、エリザは語り始めた。


「まず知っておいてほしいことがあります。


ここはラヴァゴート国。

あなたがいた大和村から、およそ五千キロ離れた場所です」


皇之助は眉をひそめる。

「五千キロ?俺はそんな距離を歩いた覚えはねぇが」


「この国には、特殊な力を扱う者がいるからです」

「特殊な力?」

「ええ」



皇乃介は思い出した。

ザリがレイピアを振り上げると強風が起こり、皇乃介を襲った。

そして家に落雷を落とし、皇乃介を眠らせ・・・


その後に出現した不思議な門。

無我夢中であれに飛び込み、皇乃介はここにいる。



皇之助は舌を打った。

「ザリとかいう奴が使ってた妖術のことか」


「妖術ではありません。魔術です」

エリザは言った。

「彼は我が国でも屈指の術士。我が国の騎士団総長よ。」


話を続ける。


「この国には、いろんな力を持ち、修行する者がいる。

その中で、神の力をその身に宿す者を――『巫女』と呼びます」


「巫女?」

皇之助は腕を組む。

「巫女って、神社にいる、あの巫女さんか?」


「ええ」

エリザは頷いた。


「彼女たちは厳しい修行を積み、神に祈りを捧げます。

そして神に認められた者は、恩恵としていろいろな力を授かる。


例えば

植物を操る力。

未来を見る力。

姿を変える力

傷を癒し、仲間を守る力・・・。」


皇之助は鼻を鳴らした。

「便利なもんだな」


「その中でも選ばれた巫女は、神を、その身に降ろします」

「・・・ほう」

「神が降りた巫女を、私たちは『神薙(かんなぎ)』と呼びます。



エリザは静かに言った。



「神薙は神のとして、その役割を果たす。


神をその身に降ろす儀式――

それを『アンモニカ』と呼びます」




玉座の間が静まり返る。




皇之助は言った。


「・・・それと春子がどう関係ある?」


「大いに関係があります。

ひと月ほど前、前代の神薙から神が離れました。

そして新しい神薙を決める時が来た」


小さく息を吐く。


「その候補として推薦されたのが――峰子という巫女です」



カタッ

小さく音が鳴った。


乃亜はいつの間にか大きな槍を握っていた。

彼女の持つ槍が小さく動いたのだ。



「峰子は、巫女の中で唯一、神からの恩恵を受けていない巫女でした」

「・・・へぇ」


エリザの語りは続く。


「しかし巫女たち全員が言ったのです。

『次のアンモニカは峰子が受けるべきだ』と。」


「理由は?」

「わかりません」


彼女は瞼を伏せた。


「巫女以外の者は皆疑問を抱いていました。


『なぜあの巫女が』

『なぜ最も実力の低い巫女が』


ですが誰も問いたださなかった。

そしてアンモニカの儀式の日が訪れる。


でも

その儀式は正しいものではなかった」


女王の声が低くなる。


「儀式で使う葡萄酒が、生き血にすり替えられていたの」



乃亜が小さく呟いた。


「誰が・・・なんのためにそんな馬鹿な真似をしたのか。

悪趣味にもほどがあるよ」



エリザはちらりと乃亜を見た後、また視線を皇乃介に戻す。


「あれは、峰子が血を飲み干した瞬間のことよ・・・」



_________




晴天の正午、陽の光がステンドグラスに差し込み

礼拝堂は鮮やかな色彩に染められていた。


だが、空は一瞬にして暗くなる。

黒雲が渦を巻き、いくつも雷が落ちた。


参拝客は悲鳴を上げる。


そして峰子の目の前に降りてきた、黒い影───



_________




「我々が信仰するのは

最高神”マドンナリリー”平和をもたらす、幸福の女神。


――峰子の前に降臨した神は」



玉座の間を、緊迫が包む。



「血と殺戮の司る、邪神ブラッディメアリー」



「・・・邪神・・・?」

皇乃介は片眉を上げた。


「邪神に支配された峰子は、正気を失いました。

背中が裂け、黒い脚が生え・・・」



骨が軋み、体が歪む。

飛び散る粘液。

ぐちゃ、ぐちゃ、と音を鳴らし、彼女は姿を変えた。




───巨大な蜘蛛。




国民は恐れをなして逃げ出し、兵士はその巨大蜘蛛を取り押さえようと武器を振るう。

巨大蜘蛛は抵抗し、何人もの兵士が負傷した。


「最強の兵が、何人も立ち向かっていた。

ですが――

誰にも止められなかった。」




飛び交う悲鳴。そして怒号。


『あの蜘蛛女を仕留めろ!!』

『俺たちの平和を守るんだ!!』


怒りの声は国中から上がった。




「その時――」

女王の視線が動く。


「ザリが峰子の捕獲、拘束に成功しました」



視線を追うと、柱に寄りかかり立つ、ザリの姿があった。



皇之助が叫ぶ。

「この野郎!よくも春子を・・・!!」


飛びかかろうとするが、兵士と乃亜に押さえつけられる。

皇乃介の怒りにピクリとも反応せず、彼は冷たい目をしていた。



「あとは俺が説明する。」

ザリは一瞬口を閉じ、相変わらず表情を隠しながら話し始めた。



ザリは一呼吸おき、語りだす。


「今の峰子は強い。

巫女であった時は、呆れてしまうくらいポンコツだった。

あんなに何もできない兵士は初めて見る。一般人よりも軟弱なくらいだ。」



皆が彼を見ていた。

だが彼は誰の目も見ようとはしない。



「しかし邪神を身に宿してからは

赤子の腕をひねるように、いともたやすく人を殺す。

それだけでなく、幻術をも使いこなすんだ。」



彼は宙を見つめる。

「俺は・・・」


そして目を伏せた。


「巨大蜘蛛と化す前の峰子が・・・こちらに助けを求める幻覚を見た。」



_________




負傷者を出し、美しい城下町を荒らした巨大な蜘蛛。


その化け物は城を離れ、南東の深い森の中に姿を隠した。


兵士たちは後を追い、森の中へ攻め込んだ。

だが───帰って来た者はいない。



気づけば、兵団の数は半分を切っていた。



「まだ峰子を討伐できないのか!」

「ラヴァゴート兵団は屈強な戦士の集まりなんだろう!?」



国民は口々に兵団を罵る。

恐怖、緊張も限界に達していた。



「・・・俺たちが、行くしかないか」

ザリは重い口調で呟いた。

乃亜は無言で頷いた。



兵士を率いたザリとノアは、森の奥深くへ進む。

そして蜘蛛の化け物と姿を変えた、峰子の前に立った。


「・・・。峰子、最後の通告だ。」

ねちゃねちゃと糸を出す化け物に、ザリは言った。


「逆らうなら、ここでお前を殺す」


その声は届かず、巨大蜘蛛は手を振り上げる。


兵は矢を放ち、炎を浴びせ

乃亜は槍を片手に立ち向かう。

ザリはレイピアを振るい、術を浴びせた。


「くそ・・・峰子!俺がわからないのか!!」




───そう ちょう



その時、声が聞こえた。

か細い、女の声だ



乃亜が動きを止める。

「え・・・?」



───のあ さん ・・・



ザリもレイピアを降ろし、化け物を見た。



───こわい よ ・・・たす  け ・・・て



蜘蛛の背が裂ける。

その裂け目から、『人間の姿』の峰子が

にゅるりと這い出したのだ。


はザリに向けて手を伸ばした。


「峰子!!」


ザリは蜘蛛に向かって走り、手を伸ばした。



二人の手が触れようとしたその時

乃亜の槍が、蜘蛛の胸を貫く。



_________




俯いたまま、乃亜が言った。


「総長がの姿に気を取られている時・・・

峰子・・・巨大蜘蛛が総長の首を狙ってたんだ。

だから、ウチが、峰子に・・・とどめを刺したんだよ」


彼女の、大振りの槍を握る手が小さく震える。



「俺は幻術に騙されて、邪神の一部となるところだった。

情にほだされると、全くロクなことが無い。」


ザリは手を上げ被りを振る。

わざとおどけたような態度をふるまっているようだ。


「だが、乃亜のおかげで峰子の捕獲には成功した。

これは大きな前進だ。」



皇乃介は呟く。

「お前ほどの人間が、見破れない、罠・・・」


ザリは一瞬皇乃介を見たが、無視し話を続ける。



「・・・このまま峰子は、器となっている体が壊れて死ぬだろう。

しかし救う方法が無いわけではないさ、俺の手にかかればな。」



彼の得意げな演説は続く。



「彼女を救うために、俺は研究を続けた。

その結果、クローンの生成技術を習得した。

そして・・・峰子のクローンを作ったんだ」



ザリはおもむろにレイピアを抜き、空間を切った。

空間が揺らぎ、大きな門が現れる。

大和村でザリと対峙した時に見た、あの門だ。


そして皇乃介に向かって言う。


「これは、『転移の門』という。

今この門をくぐれば大和村に帰れるぞ。どうする?」


ザリはふざけた様子で問うた。

だが、笑う者はいない。



「完成したを、この門で遠くに飛ばす。

邪神の影響が及ばないほど、遠くに。

そしてクローンを十分に成長させ、連れ戻し

微粒子化して峰子の体に戻す。


そうすれば峰子は自我を取り戻すだろう。

意識を取り戻せば説得が出来る。体内からブラッディマリーを追い出せ、と。」



無茶苦茶な論理だ。

だが、もうすがれる物は無いのだろう。

誰一人、指摘する者はいなかった。



「そして、クローンは成長した。」


「・・・まさか」

皇之助の声が震えた。


「お前のような馬鹿にしては察しがいいな。」


ザリは真剣な目を向ける。




「それがお前の娘だ」



皇之助の瞳が揺れ、喉が鳴る。



「感謝はしてるよ。

クローンを純粋な心の持ち主に育ててくれてありがとう。

あの素材を使えば計画も成功し、峰子を救える気がする」



皇之助はザリの発言に、耳を疑った。



「素材・・・だと?」



次の瞬間、兵士の拘束も乃亜の制止も振り切り

ザリの胸ぐらを掴んだ。


引き寄せられたザリの体が、ぐいと前に揺れる。

指に力がこもり、布がくしゃりと歪んだ。



「お前、お前、俺がどんな思いで・・・!!!」



互いの息がかかるほどの近さで、

皇乃介は今にも噛みつかんばかりの形相で睨みつけた。


だが

表情ひとつ変えず、ザリは言う。



「どんな思いで育てたかって?だから言っただろ。ありがとうって」



彼の殺気に近いものに釣られ、ザリの声も荒れ始める。



「クローンは5体作ったんだ。

そして各クローンの監視役に凄腕の兵を1人ずつ着かせた。


1体目は、クローンはまだ赤ん坊であるにも関わらず、

監視役が峰子への恐怖で頭が狂ってクローンを殺した。


2体目は、すでにブラッディメアリーの影響が出ていて、監視役を殺した!

赤ん坊なのにだぞ?

その後自身の力の強さに耐えられなく、クローンの体も暴発した!


3体目は、監視役がまた恐れを生して逃げ、クローンは衰弱死した!!


4体目は、監視役が何者かに襲われた・・・野生の動物か、はたまた・・・」




皇之助は、胸ぐらを掴む手を離した。

「お前、狂ってるよ・・・・」


ザリは胸元の崩れを直す。

「そう言われても否定は出来ないな。

しかし俺は絶対に、峰子を救いたい。その一心だ。


───なあ?5体目の監視役」




皇之助は、ゆっくりと振り返った。




乃亜がいている。


「・・・ごめん・・・」


消えそうなか細い声で言った。



_________




『捨て子』の顔を無言で凝視したあの横顔。



「ダメ!!奉行所に届けるなんて!ウチが育てるよ。」

乃亜は対して悩む様子もなく、さらっといいのけた。



抱き上げようとし、春子が激しく泣き出した時。

あの時の傷ついたような表情。



違和感は感じていた。

言葉にならない何かに、気づいていた。




あれは───



_________




皇之介はかすれ声で言った。

「お前・・・、俺を・・・騙して・・・」


「ウチだって峰子を救いたいんだよ!!」

乃亜は声を荒げた。


「峰子は妹みたいなもんだった!

それを、馬鹿な奴らが罠にはめて、あんな姿になっちゃってさ!

確かに峰子はぼーっとしていつも抜けてて

見ててイラッとする時があったよ。

だけど、やっていい事と悪い事があるじゃん!」



乃亜の悲痛な叫びは、謁見の間に響き

───重い沈黙が流れる。



「皇乃介さん」

エリザ女王が口を開く。


「我々の計画。賛成していただけますね?」




皇之介は何もない空間を、ただ見つめていた。




乃亜は下を向き、苦渋の表情を浮かべていた。

ザリは再び帽子を目深にかぶり、目元を隠す。



皇乃介は虚ろな目で呟く。

「正直・・・何もかもが嘘みたいだ。おとぎ話っつうかさ・・・。」


それは誰に言うでもなく、独り言のようだった。


「俺は春子を連れ戻しに来た。それだけだった。

でも・・・俺が考えてたより、もっともっと・・・こんがらがってて・・・」



エリザは玉座から立ち上がり、皇乃介に歩み寄る。

そして、俯く彼の顔を覗き込みながら言った。


「賛成できませんか?」


女王の目を見て、言葉に詰まる。


「・・・もろ手を上げて賛成は出来ねぇ。だって春子は消えちまうだろ?

でも・・・お前たちの気持ちもわからなくもない。それに・・・」


脳裏によぎる峰子の笑顔。

あの笑顔を守るために、旅立ちを止めなかった。

それなのに。


彼はがっくりとうなだれた。


「反対する、とも言えねェ・・・。

ここで反対して牢屋に入れられたら、一体俺は何しに来たんだよ」



ザリは鼻で笑った。


「なぁエリザ、この育ての親とやらに、覚悟を求めるのは無理じゃないか?」

「・・・・でも」

「地下牢行きだな。おい、こいつを地下牢へ」


ザリは兵士に向かって声をかける。

兵士は皇乃介に近寄った。



皇之介は両手を上げた。

「待ってくれ。わかった、賛成するよ。」


「いいのか?お前はクローン・・・春子を確実に目の前で失うぞ」

「・・・あァ。」


ザリは眉をひそめる。


「随分物分かりがいいな。ちゃんと理解できてるのか?」

「・・・わかってるよ。」


うなだれる皇乃介を一瞥し


「さっきの威勢の良さはカケラも残ってないみたいだな。

一つだけ言っておくが、俺の邪魔をするなよ。

俺は元のハルカを取り戻す。それだけだ」


そう言って、玉座の間から出ていった。





素材


邪神に身体を乗っ取られた峰子


峰子を助けるための 素材


素材になるために 産まれてきた娘 春子



残酷な真実が、皇乃介の心を引っ搔き回す。

そして、希望を奪っていった。

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