伝わらない思い
ザリが立ち去った後、エリザは大きなため息をついた。
「・・・兄様は、あんな感じでぶっきらぼうだけど、根は優しい人なのよ。」
「あいつ・・・女王さんの兄貴?」
「えぇ。ザリ=アルド=ラヴァゴート。
私の兄、つまり、『本来の王位継承者』
でも兄は、王位を継ぐことを望まなかったの」
「総長・・・だっけか」
「そうよ。この国の兵士、騎士を統べる存在」
乃亜は下を向き、黙りこくったままだ。
「おい」
皇乃介が声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。
その目には疲労が滲んでいる。
「お前も・・・元々この国の人間だったのか?」
乃亜は再び俯く。
「・・・ウチは、この国の騎士長。
本当に、騙すつもりはなかった・・・でも、ごめん。
でもね、春子ちゃんは天使みたいに可愛いよ、これも本当の気持ち」
そう言って、また口を閉ざしてしまった。
こんなに覇気のない乃亜は、今までに見た事がない。
「なァ、女王さん」
「なんでしょうか。」
「・・・なんで、俺にこの話をしたんだ?」
エリザは玉座に戻り、足を組んだ。
「あなたには知る資格がある」
「資格?」
「あなたは計画の一部。だから知る権利があります」
「俺も、知らず知らずのうちに加担してたって、事か・・・。」
皇乃介は乾いた笑いを浮かべた。
「失礼します。」
侍従長が入室し、エリザに向かい一礼する。
「客室の準備が出来ました。」
ありがとう、エリザは侍従長にそう告げる。
「皇乃介さん。今夜はこちらで休んでください。
侍従長、こちらの方をお連れして」
侍従長が皇乃介に向かって、こちらへどうぞ、と促した。
「乃亜もよく頑張ったわね。今夜はゆっくり休んで。」
「はい、ありがとうございます。」
一礼し、乃亜は扉へ向かう。
「乃亜!」
皇乃介は彼女の背に声をかけた。
立ち止まったが、振り向くことはない。
「お前は何も悪くねェことはわかってる。しおらしくすんなって!
らしくねェぞ!」
乃亜は軽く振り返り
「余計なお世話だよ」
小さく笑い、そしてまた背を向ける。
・・・ありがとう。彼女はそう言って部屋を出た。
客室に通され、にベッド寝転んだが・・・
あんな話を聞いた後だ。眠いのに神経はぴりぴりとする。
結局当初の目的は果たされず、強引に押し切られたようだ。
なんだか釈然としないものを感じていた。
せめて一目だけでも春子の姿を見て、無事を確認できればよかったのに。
今更、不満がふつふつと湧き上がる。
しかも。
「エリザ様の命ですので」
と、侍従長が彼の愛刀を持っていってしまった。
つまり、体よく『没収された』のだ。
腰元が軽く、どうにも心もとない。
宙を見つめ、独り呟く。
「春子・・・そして・・・」
巫女・・・その中の、選ばれし、神薙・・・。
この城のどこかに、姿を変えた峰子がいる。
邪神となり、今はどこで何を考えているのだろう。
寝具に身をゆだねても、一向に寝付けそうにない。
じっとしていられなくなった彼は、城の中を探索することにした。
照明が消された廊下は暗く、辺りはシンと静まり返っている。
人の気配は一切感じられない。
(ん・・・?なんだ・・・?)
皇乃介はスンと鼻を鳴らし、壁に耳を付けた。
ただの廊下の、ただの壁だ。
だがその奥から
かすかに薬品のにおいが漂い、人の気配がする。
(隠し扉か?)
皇乃介はそっと壁を触ってみた。
(ん・・・・?)
壁が、まるで彼を導くかのように
音もなくすー・・・っと動き出した。
中を覗いてみると、そこには地下へ続く階段がのびていた。
(・・・この奥か)
足音をたてないように、慎重に階段を降りる。
真っ暗な中、薬品のにおいを辿りながら進んだ。
その先には一つの部屋があった。
気配を消し、扉を少しだけ開け、隙間から様子を覗き見る。
部屋の隅には、見慣れない機械がいくつも並んでいた。
その後ろに、小さな縦長の水槽が五つ。
小柄な人間なら入れそうな大きさだ。
どの水槽も、青緑色に鈍く光る液体で満たされている。
水槽からは一本ずつ管が伸び
五本すべてが、部屋の奥へと続いている。
視線を辿ると――
そこに、ひときわ巨大な水槽があった。
中には同じ色の液体が満ちている。
そして、その中に漂っていたのは――
三メートルほどもありそうな、巨大な蜘蛛だった。
ザリはこちらに背を向け、その巨大な水槽の前に立っていた。
いつも被っている帽子は外し
その蜘蛛が漂う水槽に片手を添えていた。
淡く発光する液体
泳ぐでもなくただゆらゆらと、液体の動きに身を任す巨大蜘蛛。
そして”それ”を眺める青年。
不気味な光景だ。
───だが
不思議なことに、そこには神秘の美しさがあった。
「・・・そこにいるのはわかってる。入ってこい」
ザリは背を向けたまま言う。
「気配は完全に消したつもりだけどな。」
皇之介はぼそっと呟き、足を踏み入れた。
ザリは振り返り、皇之介を見る。
「覗きがお得意のようだな。
しかしどんなに他は騙せても、俺ほどの術士に通用すると思うな。」
皇乃介は鼻で笑う。
「随分な自信家だな」
「・・・ここにはどうやって入ってきた?」
「壁が勝手に動いて、隠し階段が出てきたんだ。」
「馬鹿な。ふん・・・どうせ故障だろう。」
皇之介はザリの横に立ち、静かに蜘蛛を見つめた。
「これは・・・?」
ザリは目を伏せ、呟く。
「峰子だ。」
二人は、水槽の中で揺らぎ続ける蜘蛛を見る。
液体に照らされる彼の顔は、汚れを知らない少年のように美しかった。
「・・・。」
生きているのか?本当に人間なのか?
いろいろ聞きたいことはある。だが───
「鼻につくほど生意気なお前でも、そんな顔をすることがあるんだな」
ザリは近くに置いていた帽子を被り、目元を隠した。
「ほっとけ」
漂う蜘蛛を見つめると、一瞬だけ瞳が見えたような気がした。
「頑張って・・・生きてるんだな。
ザリガニはこうやって毎晩様子を見てんのか?」
「ザリガニじゃない。ザリだ」
皇乃介の茶化しなど、気にする素振りも見せない。
「騎士団総長なんだってな。王子なのに。」
「皇室の仕事は肌に合わん。」
「そうだろうな。お前無理そうだもん。」
「お前のような、不潔な貧乏人とも肌が合わんな。」
軽口のたたき合い。
だが、いがみ合ってばかりの二人が
初めてまともに会話をした。
「峰子とお前は、恋仲だったのか?」
皇乃介の問いに、ザリは素っ気なく答える。
「別に。放っておけない存在だっただけだ」
「放っておけない?」
「ああ。見ていて、非常に危なっかしく思う。
まるで、ガラスの人形が綱渡りしているような」
「さすが王子さん。随分、気取ったような事を言うんだなァ」
皇乃介は再度冷やかしてみるが、やはり、ザリは動じない。
つまらない男だ、皇乃介は内心毒づく。
「・・・俺はオリヴィエがいればいいんだ。」
「オリヴィエ?」
ザリは愛おしそうに、腰元のレイピアを撫でる。
「こいつだ。」
「・・・それは・・・」
さすがの皇乃介も、その先を言うのはためらった。
そのくらい、ザリの『オリヴィエ』へ向ける視線は熱い。
「人それぞれだもんな・・・うん」
「何が?」
「いや、なんでもねェよ」
少しの沈黙の後
ぽつり、ザリは呟いた。
「・・・”仲間”だ」
「ん?」
「峰子は、俺にとって大事な仲間の一人だ」
ザリはまた水槽を見る。
それにならい、皇乃介もただ無言で蜘蛛を見ていた。
「・・・お前の目はどうしてそんな色をしている?」
ザリが沈黙を破り、皇乃介に問う。
「お前だって青い目じゃないか」
「西洋人は、髪は金色、目は青いものなんだ。
しかしお前は・・・普通、東洋の人間は黒髪に黒い瞳だろう」
「幼少の頃に流行り病にかかってな。それから目の色が変わった」
皇之介はあっけらかんと答えた。
「それはご愁傷様だな」
ザリもまた、聞いておいて興味なさそうに言った。
皇乃介は、わざとらしく咳払いをした後
思い切って話を切り出した。
「あのさ・・・二人とも救う方法はないのか?」
今のザリなら、少しは話が通じるかもしれない。
そう考え、小さな賭けに出たのだ。
「二人?」
「峰子と、春子の、二人だ。」
ザリは呆れ顔を浮かべる。
「まだそこにこだわるのか・・・」
「簡単な事じゃないのはわかってる。でもよ・・・」
「どちらにせよ、春子は救われない。
クローンというのは、もろく崩れやすいんだ。
成長が早い分、普通の人間と比べ簡単に壊れてしまう。」
皇乃介は絶句した。
ずっと疑問に思っていた、春子の異常なまでの成長の早さ
その理由を、ようやく知ったのだ。
「ここで犠牲にならずとも、近いうちに動きを止めるだろう。
せっかく交渉に来たのに、残酷な真実を突き付けて悪いな」
「それも、お前さんの研究でどうにかなんねェのか!?」
尚も食い下がる皇乃介に、ザリは顔をしかめる。
「どうにもならない。俺だって完璧じゃないんだ。」
「・・・春子がいれば・・・峰子は確実に助かるのか・・・?」
「確実とは言えない。だが、やってみないとわからん。」
「そんな・・・だったら・・・もし失敗したら、春子は無駄死にじゃねぇか!」
「もし、万一、仮に。そんな事を言っていたら何も進まない。
可能性に賭けるしかないんだ。」
それを聞いて、皇乃介は下唇を嚙みしめる。
その時───ふと、蜘蛛が動いた。
ゆっくりと、前足を揺らす。
「峰子・・・?今まで動いた事はなかったのに」
ザリは驚き、目を見開く。
ゆら、ゆらと前足を上げ
蜘蛛は、ザリを指さした。
───意思がある。
死んでいるわけでも、眠っているわけではない。
生きているのだ。
巨大蜘蛛・・・峰子は皇乃介やザリの存在に気付き
声に出せずとも、何かを考えている。
皇乃介は改めてそれに気づいた。
少々バツが悪くなり、皇乃介は踵を返す。
「部屋へ帰るよ。邪魔したな」
「ああ。」
彼は扉へ向かい、部屋を出た。
皇乃介が研究室を出た後、ザリは一人呟く。
「口ほどにもない奴め。」
そして巨大蜘蛛に向かって言った。
「あいつに、ヒントでも与えたかったのか?」
蜘蛛の前足は、まだ指さし続ける。
その先───
ザリは、自身の背後にある、布をそっと剥がした。
『6つ目』の水槽の中
眠り続ける春子の姿が、そこにあった。




