引き裂かれる心
皇乃介が戻ると、侍女がドアの前で待っていた。
銀色の丸いトレイには、パンとジュースが乗っている。
「夜食をお持ちしました。」
「お。ありがとう。」
彼女はテーブルに食事を置く。
「1時間後には食器をおさげします。それまでに食事を済ませてください。
それと・・・みだりに客室から出られませんよう。」
そう言うと、侍女は去って行った。
「なんだか変な国だなァ・・・」
皇乃介は呟き、珍しそうにパンを眺め、口に入れてみる。
ヒイズル国では見た事のない食べ物だ。
大和村とて、変な村だ。
だが、あれとはまた違った、異質な空気を感じる。
覇気がないのではない。
まるで皆、感情を隠しているような。
───目的に忠実な、機械。
そんな言葉が脳裏をよぎった。
侍女の目。
ザリの目。
そして
───”賛成できませんか?”
皇乃介の顔を覗き込んだ、エリザの目。
一度そう思うと、この手入れの行き届いた客室すら不気味に感じる。
完璧すぎるのだ。
「・・・きっと、気のせいだ。」
そう呟き、ジュースを一気に飲み干す。
そして、いつしか眠りに落ちていった。
_________
皇乃介は夢を見ていた。
天井の高い、白い広間。
色とりどりの窓から差し込む光が、白い壁を鮮やかに染めている。
青く細長い絨毯が、自分の足元から扉までまっすぐ伸びていた。
その両側には長椅子が何列も並んでいる。
───ラヴァゴート礼拝堂。
白の襦袢に、赤の袴。
巫女装束に身を包んだ女性たちが、和やかに談笑している。
神社ではなく、礼拝堂というのがまたあべこべだ。
皇乃介の前には祭壇があり、巫女たちの姿を
少し高いところから見下ろしていた。
「今日も祈祷、明日も祈祷、明後日も祈祷。巫女って面倒くさいよね。」
「そう言わないの、ステラ。
私もあなたも、能力を得れたのは祈祷のおかげなんだから。」
ステラと呼ばれた女は、口をとがらせる。
「私の能力なんてお花を咲かせるだけだよ。なんの役に立つっていうのさ。
グレイスの能力は”変化”。
何にでも変身出来るなんて、めっちゃ便利じゃん。」
「うふふ、確かにね。」
「あと能力得てるのは・・・リンダか。リンダの能力もすごいよね。」
リンダの能力は”誘眠”、対象を眠らせるものだ。
彼女らの会話には無関心な様子で、手鏡をのぞき口紅を塗っている。
ステラは声を弾ませる。
「でもさー、あたしてっきり、グレイスが得る能力はアレだと思ってた。
巫女の中で最上級の能力って言われてる、”水流”!」
グレイスの肩がぴくりと動く。
「”変化”もすごいけどね。
幼いころから情操教育を受けた、エリート中のエリート!我らがグレイス!
・・・そんなグレイスでも、得れた能力は”水流”の次の”変化”かぁ。」
大声をあげオーバーに話すたび、グレイスの顔は引きつる。
ステラはそれを面白がっているようだ。
彼女らのやり取りの真意を何もわからず、
峰子はその会話をにこにこしながら聞いていた。
「アタシの力だってすごいぜ!どんなに遠くの敵でも一発で撃ちぬける。」
ラヴィリアはライフルを構えるフリをして、バン!と言った。
彼女の能力は”千里眼”。
女性だが、性格や言葉遣いはやや男っぽい。
「わかったわかった。
あー、祈祷なんかやめてショッピングに行きたいよ。
新作のコスメ狙ってんだー。」
ステラがだるそうに大あくびをした時
「でも修行の場があるっていい事ですよね!」
峰子が言った。
周囲が一瞬静まり返る。
峰子はきょとんとして周囲を見る。
あは・・・あはは・・・次第に乾いた笑いが礼拝堂の中に小さく起こった。
「そうだねぇー。
まだ見習いの峰子には大事なものだもんねー。修行の場!
さーて掃除しよっか」
巫女たちは興覚めした様子で散り散りとなり、掃除にとりかかった。
取り残された峰子は、周囲を見回し
そして掃除道具を取りに行った。
”巫女”───同じような年頃の、女性の集団。
大和村では友達がいなかった。
それどころか、村民との会話もほとんど無かった。
峰子は不器用な笑顔を顔に貼り付け、積極的に会話に加わり
彼女らの中に溶け込もうと努力した。
だが、肩に力が入りすぎるのか、空回りばかりを繰り返す。
「かわいそうな子なのよ。場の空気が読めないというか・・・」
「ご両親が人付き合いの仕方とか教えなかったのかしら」
「親後さん、いないみたいよ。なんでも父親は失踪したとか」
「母親は肺結核で亡くなったんですってね。」
「最初はミステリアスって思えたけど、ただの根暗じゃない?」
「なんか、憐れね・・・」
「助けて”あげよう”よ。うちらより”不幸”なんだもん」
かわいそうな峰子
社会の厳しさを知らない峰子
助けがないと生きられない峰子
巫女たちは峰子を”そういう人間だ”と決めつけた。
”かわいそうな人を助ける自分”でいるために。
「私、声かけてあげたよ。寂しそうだったから」
「助けてくれる人が故郷にいたらしいよ。でも、お別れしちゃったんだって」
「えぇ・・・振られちゃったんだね・・・」
「あんなに痩せて。きっと心が重くて食事が喉も通らないんだわ」
「なんか、放っとくと自殺しちゃいそう・・・」
巫女たちの優しさは、違和感の混じる物だった。
「峰子ってさ、本当は寂しいんでしょ」
ステラは慈愛をほのめかした笑顔で、峰子を見つめる。
「・・・え?」
「無理しなくていいんだよ」
「ほんとは一人になると泣いちゃうタイプでしょ?
あたしにはわかってるから。大丈夫」
ステラの後ろに立つ巫女たちも皆、同じ笑顔を貼り付け、頷いている。
「左手首、見せて?」
疑問に思いながらも、峰子は左手を出した。
「傷跡は無いね。”おりこうさん”」
やがて、その”善意”は巫女たちの外にも広がっていった。
城内の廊下を歩けば、通りすがりの兵士にまで頭を撫でられる。
「話はみんなから聞いたよ。今までつらかったね。
もう大丈夫だよ、僕がついてるから」
───私たちが助けなきゃ
きっと 健気に”元気なフリ”してる
本当は 困ってる 苦しんでる 悲しんでる
いじらしい 見てて痛々しいよ
私が 僕が 理解者になってあげなきゃ
彼らは己の中に物語を描き、峰子に役割を押し付けた。
『救ってあげるべき、憐れな子』という役割を。
_________
祈祷前の清掃の時間
峰子は外掃除を始めた。
大量の落ち葉を一人ではくのは重労働だ。
そして木枯らしが体を冷やす。
「お疲れさん。調子はどうだ?」
ザリが近寄り、峰子に声をかけた。
「お、おかげ様で、元気にしてます。皆とも仲良く・・・ぶぇえっくしょん!」
「鼻水たれてるぞ」
ザリはくすりと笑って、ティッシュを差し出した。
峰子は顔を真っ赤にし、もらったティッシュで鼻をふく。
「総長ー、大事な書類忘れてるよー!」
そこへ乃亜が現れる。
「やっぱりここにいたんだ。最近、峰子といること多いもんね」
「出来の悪い子ほど可愛いもんだ」
「素直に可愛いって言えばいいのに。ねー峰子」
二人のやり取りを、また峰子は微笑みながら見ていた。
彼らと峰子は、立場も違えば性格も違う。
だが何故か、この三人は馬が合うようだった。
ステラはその様子を一人、物陰から見ていた。
「またあの子、総長様と騎士長様と話してる・・・。」
峰子があの二人に気に入られている事は、皆知っている。
そして誰もが疑問を抱いていた。
”自分より不幸な子が、なんで?”
騎士団総長と、騎士長という肩書がついた美青年と美女。
まるで手が届かないような、皆の憧れの存在。
そんな彼らが何故、役立たずのハルカを構うのか。
「・・・想い人が、『憐れな子』と楽しそうにしてて、不愉快?」
グレイスが、ステラの背後で囁いた。
「グレイス!!」
ステラは怒気を含めた声を発する。
「それはそうよね。だって『自分より憐れな子』が
想い人をかっさらっていったら、面白くなくて当たり前だもの。」
グレイスは冷笑を浮かべ、去っていった。
ステラは幼少の頃からラヴァゴートで暮らしている。
そして、ザリに対し恋心を抱き続けているのだ。
もう一度彼らの様子を見ると、ザリが峰子に笑いかけていた。
なんで、なんでなんで、なんで!!?
なんで私じゃないの!?
なんで峰子なのよ!!!
ステラの心は荒れる。そして
「あっ、・・・そうか」
一つの答えにたどり着いた。
彼女は”不幸な境遇を武器にして、媚びている”。
───社会的弱者
過酷な人生
それを匂わせ
助けてあげないと壊れちゃいそう
ねぇ かわいそうなんだよ あの子
庇護欲をくすぐり
周囲に甘え
のうのうと生きている
かわいそうな峰子
社会の厳しさも知らない峰子
助けがないと生きられない峰子
そんな自分を恥ずかし気もなくひけらかし
助けてもらえて当然のように生きている
───かわいそうな、憐れな、峰子
ステラの慈愛は、”断罪”へと変わる。
そしてその断罪は、周囲の好奇を味方につけた。
神職者の”救いの手”は暴走を始める。
巫女たちの言葉は、とげのある言葉に変わった。
始めは弱く、少しずつ───
「峰子、もっと頑張らなきゃダメだよ」
「峰子、もっと人生経験積んで?周りに笑われちゃう」
「峰子、もっと努力しないと。誰の役にも立てないよ?」
峰子は常に、誰かから否定を受けるようになった。
時には困ったような口調で、時には憐れむような口調で。
そして時には、子供に言い聞かすような口調で。
「私たちの”仲間”になりたいでしょ?それならもっと、頑張らないと」
峰子はその言葉にショックを受けた。
「私は、仲間じゃないんですか?」
ステラは大げさに驚く。
「仲間だと思ってたのォ!?」
周囲の緋袴たちは、クスクスと笑う。
ステラは峰子の肩をポンと叩き
「がんばろうネ!」
とだけ言って去って行った。
そうだ、とも、そうではない、とも言われない
宙ぶらりんのまま。
きな臭い鉄のにおいが 鼻の奥に広がる
峰子の心を支える軸は、簡単にぶれた。
巫女たちから受ける注意に反論せず、言いなりに動く。
まるで飼い主と犬。
飼い主が投げたボールを、必死になって取りに行き
ボールをくわえて戻ると、また投げられ、走って拾いに行く。
犬が楽しんでいるか、必死になっているか。
もちろん、峰子は後者だ。
ねぇ峰子、これじゃダメだよ
もっと強くならなきゃ
峰子は人一倍頑張ってようやく半人前なんだから
「こうやって声をかけられるうちが華。
見捨てられたら、声もかけられないのよ?」
その言葉に、峰子はこう答える。
──────学びになりました ありがとうございます
非難を浴びせる巫女の顔は、嬉々としていた。
胸の奥に湧き上がる、強い高揚感。
何を言っても牙を剥かない、”自分”を持たない下僕。
下僕は常に”自分が上”という確信を、彼女らに与えてくれる。
それは蜜より甘く、脳をとろけさせるものだった。
小さく始まった”断罪”は、欲望のくままに加速する。
峰子の顔から、少しずつ笑みが消えていった。
目の色は翳り、顔色も悪い。
食事もまともに取れず、あばらが浮き出るほどに痩せた。
その様子を見て、一人だけ抗議する者がいた。
「どうしたんだよみんな!ちょっと言いすぎだろ!」
”千里眼”の、ラヴィリアだ。
「え~?みんな峰子のためを思って。ねぇ?」
ステラが言うと、周囲ははうんうんと頷く。
「そんな・・・あからさまに峰子にだけ当たりがきついじゃん!」
ラヴィリアは尚も食い下がる。
ステラは、ふん、と鼻を鳴らしハルカを一瞥する。
「そんな事言ってるけどさぁ・・・」
ステラは立ち上がり、演技がかった様子でラヴィリアの隣に立つ。
そして、耳元で囁いた。
「ラヴィリアだって、峰子の事”かわいそうな人”と思ってるくせに」
巫女たちはニヤニヤと笑みを浮かべる。
「・・・。」
ラヴィリアはそれ以上何も言うことが出来なかった。
もっと頑張らなきゃ
もっと
私は 人一倍頑張らなきゃ
人一倍頑張って ようやくみんなの半分
峰子は自分を責めた。
焦れば焦るほど空回り、失敗する。
そしてお叱りを受け、自分を責め、空回り、失敗・・・
呪縛だ。
心を縛りつけ、輪っか状の道を延々走り続けさせられる。
そんな呪いをかけられている事に気づかず
それでも、他人の評価にすがりつく。
また、通りすがりの兵士には頭を撫でられた。
「本当に、僕がいないとダメなんだから」
「君の事を心配してるんだよ」
「君の事が心配だから、様子を見に来た」
「君が心配だから、僕もここまでしてあげるんだ」
「親からはネグレクトを受けて、故郷の男にはフラれちゃったんだろ?
君が身投げしたらどうしようと心配していたら、お昼ご飯食べ損ねちゃった。」
「ごめんなさい・・・」
「謝るなんて、勘弁してよォ。
それだけ心配してるって言いたかっただけだからァ」
兵士はニタニタと笑う。
じゃあなんて言えばよかったの?
峰子は宙に向かって問いかけた。
しかし彼女は答えにたどり着くことはない。
──────人々は求める
承認を。存在意義を。己の強さの証拠を。
そして峰子は
その”求めるもの”を得るために存在する”ただの素材”。
ある日ザリが峰子に声をかけた。
「最近・・・いや、だいぶ前から気になってたんだが。
元気が無いみたいじゃないか。何かあったのか?」
「強くならなきゃ、早く能力を得て、皆の役に立たなきゃ。
そのためには、いっぱい努力をして・・・
能力を得なくちゃいけないんです。
能力を得て、強くなって、皆のお役に立ちたいんです。」
ザリは一瞬口を閉ざす。
その後に続くザリの声は、ひどく冷たいものだった。
「あのさあ。」
ドクン 心臓が跳ねる
「誰も、お前にそんな事を求めていない。
確かにここで暮らす兵士たちは周囲と仲間になるために、努力してる。
峰子の言う”努力”は、何か間違ってる。
そんなに能力と強さに固執するお前の姿は
仲間になりたいと言いながら、周りを蹴落とそうとしてるように見える」
脳天から足先まで、冷たいものが一気に落ちていく。
動けない。
まるで両足のついた地面に、全身の力が奪われているようだ。
「そんな事、ありません、ただ私は、頑張りを認めてもらいたくて」
ドクン、ドクン
一度跳ねだした鼓動は速くなる
「でも皆から認めてもらえないんだろ?
それは峰子の努力不足だ。
能力に固執せず、皆と仲良く祈祷に専念すればいいじゃないか。
皆そうやって頑張ってる。”仲間”を作るために」
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン
おかしい、何かがおかしい
「総長から見ても、私は頑張ってないように、見えるんですか?」
「さっき言ったように、峰子の努力は間違えてるんだ。
頑張る方向を間違えてる」
ドクン・・・ ドクン・・・
間違えてる?私は”至らない自分”を正そうとしただけ
「じゃあちゃんと頑張ったら・・・頑張ったって認めてくれますか・・・?」
ドクン・・・・・ ドクン・・・・・・・
「・・・本当にそう思ってる?って聞かないか?」
「え?」
「もし俺がそうほめたとして、峰子は
”本当にそう思ってますか?”
って聞かないか?」
・・・・・ドクン
峰子の”心”は、脈打つ事を辞めた。
肉体は生き続ける。だが
精神の鼓動は、もう聞こえない。
静寂だけが、彼女の体に残った。
誰が敵で、誰が味方なの?
それとも、みんな敵なの?
誰が、本当のことを言ってるの?
誰が、嘘をついてるの?
それとも皆、本当の事を言ってるの?
それとも皆、嘘をついてるの?
もうわからない、なにもわからない
それとも
ねぇ みんな
わたしのこと きらい?
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌
脈打つ事をやめた心は、言葉にならない何かを叫び始める。
憎しみ 悲しみ 怒り
峰子はようやく気付いた
どんなに頑張っても
認められることは 無いんだ
だって 皆
思い思いに 適当な事を言って
浴びせた言葉に 責任は持たない
傷つけたことを 思い出すことはない
だって ”この人達”は
──────じぶんがまんぞくしたい だけだもの。




