壊れた蛇女
この日のステラは機嫌が悪かった。
「あのさぁ、その辛気臭い顔やめなよ。さすがに適応能力低すぎ。
もっと頑張んなきゃって言ってんでしょ?」
ここまで言われようと、峰子の目は何も語らない。
「構ってほしくて、悲劇のお姫様アピール?匂わせ?
そういうの気持ち悪い。
エミリーも、話しかけづらいって言ってたし」
エミリーという巫女が小声でぼやる。
「引き合いに出さないでよ・・・」
「ちょっと、ステラ」
グレイスが軽くたしなめたが
ステラは大声で怒鳴り始める。
「”世間一般では” そういうの迷惑なんだよ!
”周りが” 困ってんだよ!!」
ハルカはステラの顔をじっと見つめていた。
頭の中に、一つの誘惑が浮かぶ。
───今こいつを殴ったら どうなるんだろう?
湧いて出た衝動は、瞬時に峰子を支配する。
「きゃあ!!何すんのよ!!」
峰子はステラにつかみかかった。
今までどんな暴言を吐いても反抗しなかった。
だからこそ、油断したのだろう。
『峰子の中の何か』は、もうとっくに切れていた。
狂気は始まっていたのだ。
誰にも気づかれず、静かに。
「誰か!助けてぇ!!」
ステラは叫ぶが、周囲はきゃあきゃあ騒ぐばかりで、誰も止めに入らない。
峰子はステラの髪の毛をつかみ、引きちぎった。
強気で抵抗していたいじめっ子だが、次第に痛い、痛い、と泣き声に近い悲鳴をあげた。
「峰子!やめろ!!」
ラヴィリアが峰子を羽交い絞めにし、二人を引きはがす。
取り押さえられた峰子は、だらんと頭を前に垂らした。
その肩が、小刻みに震えている。
グレイスが峰子に怒声を飛ばした。
「泣いたって許されないんだから!巫女の端くれのくせに暴力なんて!!」
しかし、峰子は泣いていたわけでは無かった。
「え・・・」
───笑っていた。
目をカッと見開き、口を震わせながら。
巫女たちは峰子を見たまま、硬直した。
礼拝堂の中は、時が止まったように凍り付く。
あはっはははははあははっははははっははははあはははははははっははっはははっはははっはっはははははははははあははははっはははっはははははっはははははははっははあは
私は誰からも愛されずどなたから見ても扱いにくくできそこないあなたたちのようにつよくなれずごめんなさいごめんなさい
不出来な出来損ない出来損ない
出来損ない出来損ない ごめんなさい
役立たず役立たず役立たず 私私私私私 私 役にお役に立てなくて実力が伴わなくて
ごめんなさい 次から次からもっともっともっとがんばるから
「な、なんなの・・・気色悪い・・・」
グレイスが震えた声で呟く。
一拍置いて、ステラが子供のように泣き始めた。
「うわあああん!!怖いよおおおお!!!」
誰も─────何も言わなかった。
硬直した空気の中
ステラの大きな泣き声だけが響いていた。
_________
二人の女兵士が廊下を歩いていた。
「ねぇ、知ってる?巫女たちのさ」
「あー・・・陰湿ないじめのこと?」
「そう、あの子、壊れちゃったんだって・・・」
「なんで誰も助けてあげなかったんだろうね。
っていうかさ、平和に見えて、この国終わってるよね・・・」
「シッ!・・・騎士長様、こんにちは」
乃亜は、こんにちは、と返し足早に去って行く。
「あんな事があって騎士長様も元気ないね・・・」
「だって仲良しだったんでしょ?仕方ないよ。」
「本当に仲良しだったのかな?騎士長様も総長様も・・・」
”かわいそうな子を、放っておけなかっただけなんじゃない?”
礼拝堂の隅に置かれ、ほこりを被っていたたロッキングチェア。
そこに峰子は座っていた。
窓の外を眺めているが
激しい雨で何も見えない。
窓ガラスに激しく当たる雨粒が、流れては消える。
ただそれを、ずっと見ていた。
「・・・峰子、薬の時間だよ」
ラヴィリアが、水の入ったコップと安定剤を持ってくる。
ロッキングチェアが微かに揺れた。
時折、発作のように大声で笑い始める。
目を見開き、涙を流しながら。
笑い、泣き叫んだかと思えば、ぷつりと糸が切れたように静かになる。
左手首には、無数の傷跡が残った。
巫女たちを取りまとめる巫女長が、深くため息をつく。
「困ったわねぇ・・・本当に。礼拝堂は聖なる場所。診療所じゃないのよ。
確かに、神にすがれば救いの手はあるのかもしれないけど・・・」
「もうどっかに捨てるしかないんじゃないですかー?」
むすっとした顔でステラが言う。
「ほんと迷惑。うちらの評判めっちゃ悪くなるし。”いじめ神職者集団”なんて」
「・・・そういう隔離施設とか、探せばあるかもしれないわ」
グレイスが言う。
グレイスはもう峰子に何の興味もない。
自分を引き立て、感情をぶつけられる『かわいそうな子』は、壊れてしまった。
もはや使い道の無くなった『廃人』に、興味をなくしている。
ステラも、ザリを奪われる心配が無くなった途端、興味を失くしたようだ。
彼女らだけではない。
巫女たちは、峰子を見ても、もう何も思わない。
ラヴィリアだけが、後悔に苛まれていた。
もっと自分が止めていれば、かばっていれば、──────
ふと、峰子の乾いた唇が動く。
「・・・たい」
「え?」
「・・・会い・・・たい・・・・」
「誰にだ?教えてくれたら、探してやるよ!」
ラヴィリアは問いかける。
しかし、峰子はその名を口にする事は無かった。
_________
天井の高い、白い礼拝堂。
巫女たちは神に祈りをささげていた。
窓から射す光は、白い壁を鮮やかに染める。
静寂の中
ロッキングチェアの、ギィ・・・という音が
小さく響いた。
チリン・・・巫女長が祈祷終了の合図を鳴らす。
「夕の祈祷を終了します。皆さん、お疲れ様。」
巫女たちは姿勢を崩し、各々雑談を始める。
ラヴィリアはおもむろに席を立ち、巫女長に話しかけた。
「あの、巫女長。アンモニカって、神様を降ろせるんですよね?」
「あら、ラヴィ。あなた、神薙になりたいの?」
「いや・・・」
ラヴィリアは大きく深呼吸をし、皆に向かって言った。
「峰子に、アンモニカをやらせようよ。
神様が降りたら、元気になれるかもしれない!」
ラヴィリアの発言にステラは猛抗議を始める。
「はー!?ありえない!!
一番底辺の能無し峰子に、神を降ろさせるなんて!冗談でしょ!?」
「確かに、ありえない、前代未聞かもしんないけど他に方法ないじゃんか!
ステラ・・・前からアンタに聞きたかったんだけどさ
峰子をここまで追い詰めた責任、全く感じてないのかよ!」
怒りをあらわにするラヴィリアに、ステラは鼻で笑った。
「責任ー?勝手にうじうじして勝手に暴れて勝手に壊れただけじゃん!」
巫女たちは、ただ二人のやり取りを見ていた。
その目は止める者の目では無い。
好奇の目だ。
「そりゃ”いじめ神職者”って言われるさ。アンタがいるから」
「たかだか”千里眼”のくせに、減らず口叩かないでよ!」
ぎゃあぎゃあわめく二人をしり目に、巫女長は顎に手を当て考えていた。
「ラヴィの案・・・いい考えかもしれないわ」
ステラは驚き巫女長を見る。
「は?巫女長まで・・・」
「総長がね、”峰子を元気にしてやってくれ”とおっしゃってるの。
私たちの管理が行き届いてない証拠だって。
実際に、巫女たちは陰湿だ、って投書もあるみたい。
このままだと減給処分の対象になるって言われたわ」
目を丸くし、ステラは悲鳴のような声を上げた。
「減給処分!?なんでうちらが!?
峰子が勝手にノイローゼになって、暴れて、キ〇ガイになっただけじゃん!?」
グレイスが手を挙げた。
「ステラ、そういう言葉はよくないわ。私、賛成します。
アンモニカで神の手を借り、峰子を救いましょう。」
数人の巫女が、グレイスを見て、同じように手を挙げた。
「私も、賛成します」
「私も・・・さすがに最近のステラさん言いすぎって思ってた・・・」
「ちょっとやりすぎだったよね」
次々挙がる手に、ステラは顔を真っ赤にして金切声を上げる。
「何よ!あんたたちだって面白がってたくせに!!」
ざわつく巫女たちを制して、巫女長は言った。
「それじゃ、決まりね。本当だったら次の神薙はグレイスのはずだったけど。
その本人がそう言うなら・・・」
「えぇ、このままでは良くないと思います。神薙の座は譲ります」
巫女長が頷く。
「わかったわ。じゃあこの話はこれまで。皆、入浴の時間よ。」
それぞれ席を立ち、礼拝堂を出て行く。
ステラは口をあんぐりと開け、その場に立ちすくんでいた。
その様子をを見て、数人の巫女は去り際に小さく笑う。
我に返ったステラは、礼拝堂を出てシャワー室へ向かう廊下を走った。
「グレイス!なんで・・・!」
グレイスの姿を見つけ、肩を乱暴につかんだ。
「なんであんな事!いいの!?
グレイスじゃなくて、峰子が神薙だなんて!!」
体を大きく揺さぶるが
彼女は何も言わず、人差し指を口に当てる。
周囲を見ると、他の兵士たちがチラチラ見ている。
ステラは声量を抑え、グレイスに問う。
「・・・どうして?」
グレイスがにやりと笑う。
「ねぇ、葡萄酒をすり替える話、知ってる?」
「葡萄酒?なんの?」
「私ね、前に書庫の掃除をしている時、見ちゃったの」
_________
脚立に登り、本棚の最上段にはたきをかけていた。
その時、うっかり脚立から片足が外れ転げ落ちてしまった。
「イタタ・・・あざが残っちゃうじゃない・・・」
立ち上がろうとした時『ある本』が頭上に落ちてきた。
本の角がつむじを打ち、床に落ちる。
「あぁ、もう。ついてないわね・・・。」
痛みに頭を抑えながら
何気なく、その本を手に取り背表紙を見る。
『神と禁忌』
「禁忌・・・・」
一つ呟き、パラパラとページをめくる。
”アンモニカの禁忌
葡萄酒を生き血に変え 儀式を行う事は禁忌である。
もし生き血をいれば
神を体に・・・
それは邪悪なる・・・・神・・・。”
劣化により、ところどころ字が薄まり読めないが
アンモニカ、神薙、祈祷の”禁忌”についてまとめてある。
禁忌があるなど、聞いたことがない。
この本に書かれている事は本当だろうか?
実際やってみればわかる。
だが次のアンモニカの神薙候補は自分だろう。
(自分で試したくはないわね・・・それならば)
_________
二人は、人目につかない廊下の隅で話していた。
「え~っ?グレイス、そんな事考えてたんだ・・・」
「ふふ。デタラメだったら何も起こらない。
でも本当だったら・・・神を降ろした神薙は・・・」
「もしかしたら、もしかして?」
二人は顔を見合わせ、小悪魔のような笑みを浮かべる。
「試すなら、生き血が必要だね・・・」
ちょうどそこへ、シャワーを浴び終えたリンダが通る。
『誘眠』のリンダだ。
皆はちゃんと衣服を身に着けているが、彼女だけ裸の上にバスローブ姿。
色気を通り越して俗っぽさを感じる。
「リンダ。ちょっといい?」
「なんですかぁ?めんどくさいのはいやなんですけどぉ」
「少し、手を貸してほしくてね・・・」
グレイスは金貨の入った革袋を、チャラ・・・と揺らした。
誰もいなくなった礼拝堂
ラヴィリアは興奮気味に、峰子に語りかけた。
聞いているのか、聞こえているのかもわからないが。
「峰子、アンモニカ受けれるって決まったよ!
あんたが頑張ってきたから、報われるんだ!神薙になれるんだよ!」
ラヴィリアは峰子の目を見つめる。
すると峰子は
──────嬉しそうに、微笑みを浮かべた。
峰子の笑顔を見たのはいつぶりだったろうか
ラヴィリアは目に涙を溜め、峰子の手を握った。
_________
(ん・・・)
夢はそこで途絶えた。
皇乃介は重い瞼を開け、目を覚ます。
床に突っ伏して寝ていたようで、体が痛む。
目の前にはグラスが転がっていた。
寝る前に飲み干した、ジュースが入っていたグラスだ。
起き上がろうと試みるが、体に力が入らない。
”体が鉛のように重い”というのはこういう事を言うのだろう。
そんなことを考えていると
どろどろとした眠気が、再び彼の身を襲い始めた。
起き上がる事を諦め、目を閉じる。
そしてまた睡魔に身をゆだね、夢の世界へわれた。




