───いざ、尋常に
春子はきょとんとしながら盗賊の顔を見た。
「父ちゃん・・・?」
いつもと様子が違う父親に、戸惑いが隠せない。
「お化けは父ちゃんがやっつけてやるからな。下がってろ」
かばうように娘に背を向け、刀を構える。
春子は安堵の涙を浮かべ、何度もいた。
「竹取物語では、かぐや姫はいともあっさり月に帰って行った。
だが、俺は簡単に諦めない性分だからな。」
「月?カグヤヒメ?なんの話だ?」
首を傾げるザリに、皇乃介は告げる。
「言ったよな、娘に会わせるつもりはねェと」
「そうだっけか。どうでもいいことはよく覚えていないんだ。」
「ここに押し掛けてきたんだ、相応の覚悟はあるだろう」
刃が月明りを映し、チラッと光る。
「この、愛刀『獅子闘辛志』の錆にしてやんぜ」
ザリは鬱陶しそうに、手をひらひらと振る。
「あのなあ、ニンジャごっこをやってる暇は俺にはないんだ。他所でやってくれ。」
「余裕ぶっていられんのも今のうちだ!春子は渡さん!!」
瞬時に間合いへ踏み込み、刀を大きく振り抜く。
ザリは寸でのところでかわし、斬撃は空を切った。
深紅のマントが跳ね、胸元の紋章がかすかに光る。
服に、紙一重の裂け目。
息をつく隙も与えず
首。
胸。
腹。
切っ先は喉笛を狙う。
───退かぬなら、斬る。
皇乃介は心の中で呟いた。
ザリは縁側を越え、庭へ退く。
「随分と明確な殺意だな。」
その顔に、先ほどの余裕は無かった。
皇乃介は刀を下げず、問いかける。
「獅子は兎を狩るにも全力を尽くす。そう言うだろう?」
「・・・さすが片田舎の守り神『獅子』の教え、ってところか。」
「俺は殺しはしないのが信条だ。だがな・・・
娘に危害を加える輩に、そんな甘い事は言わねェ」
「ならば・・・」
ザリも腰元にえた武器を抜く。
───レイピア。
西洋ならではの、細身の刺突剣だ。
「こちらも真剣に応えなければな」
白金色のレイピアは、しなやかに心臓を狙う。
皇乃介は地を蹴り、突きを避けた。
布一枚すら触れる事はない。
「そんなひょろっちい剣で何が出来るってんだ!」
皇乃介の重い斬撃が、ザリを襲う。
だがザリはその重みを受け止めず、軽やかに受け流す。
避ける、のではない。
刃はレイピアを滑り、手の甲を覆う鋼に弾かれるのだ。
「・・・随分やりにくいな」
皇乃介のこめかみに汗が流れる。
動揺を隠せずにいるを見て、ザリはにやりと笑った。
「なんでも力で押し切る、野蛮人と一緒にされちゃ困る」
「キザったらしい奴だ、これでも・・・」
皇乃介の刃がレイピアを大きく弾く。
ザリの懐に、隙が生まれた。
「くらえ!!」
皇乃介の一太刀が、ザリの横腹を斬りつける───
そのはずだった。
びゅううっ───
突然の強風が皇乃介を襲う。
「悪いが、馬鹿の一つ覚えではないんでね」
ザリはレイピアを振るう。
切っ先をこちらへ向けた瞬間、さらに強い風が吹き荒れた。
「くっ・・・!」
皇乃介は目元を覆う。
後方から、春子の悲鳴が聞こえる。
「おめめにすなはいったぁ!!」
障子が、バキバキと音を立て、更なる突風に押され倒れた。
転がった文机が壁に突っ込む。
外の風ではありえない。
まるで竜巻だ。
強烈な向かい風に、皇乃介は二歩、三歩といた。
外れた頭巾が舞い上がる。
「な・・・んだこりゃあ!!妖術か!?」
バキ、バキ、と家が軋む。
竜巻は勢いを増し、庭の土がえぐれ始めていた。
「やめてよ!!なんてことするの!!」
皇乃介の背後
壁に突っ込んだ文机にしがみついていた春子が急に飛び出した。
「よせ!!」
皇乃介の制止を振りほどき、春子は叫ぶ。
ザリはレイピアを降ろす。
突風はぴたりと止んだ。
「そこは、はるこが、すいかのたねをうえたの!!
すいかが、めをだすの、まってるの!!」
地面には、春子の筆跡で
『すいかさん』
と書かれた木の板が転がっていた。
「すいかをいじめないで!!はやくでてって!!!」
春子の怒鳴り声を聞いて、向かいの家の引き戸が開く。
ヨシ江の声が聞こえた。
「おーい、春子ちゃん?どうしたの?」
ザリは声のほうをチラと見る。
「・・・少し暴れすぎたか。大騒ぎになってもまずいな。」
「くっそ、・・・俺もこの格好を見られたらまずいじゃねェか」
「なぜ?」
「俺は”お尋ね者の盗賊”だ。この姿を村人に見られたら、正体がばれちまう」
「はあん、なるほど。だからそこまで剣術に長けてるのか。」
ザリは感心したように頷きながら、悠長に言う。
「しかし、互いにまずい状況のようだなあ。」
「誰のせいだと思ってんだよ!」
「そりゃ悪い事をしたな。じゃあ、証拠隠滅するか。」
「証拠・・・隠滅?」
ザリはレイピアを空に向かって投げた。
ひゅっ、という音をたて飛び上がったレイピアは
くるくると空を舞い、屋根に刺さる。
「皇乃介、大丈夫なのかい?開けるよ!」
ヨシ江は引き戸に手をかける。
空の様子が、変わった。
乾いたものから、一瞬で湿り気を帯び
そしてズンと重くなる。
「ダメだ!ヨシ江さん、離れろ!!!」
皇乃介の一喝に驚き、ヨシ江は手を離す。
分厚い雲が覆い、月明りを遮る。
皇乃介はとっさに春子の体に覆いかぶさった。
一閃───。
目を射貫くような激しい光に、視界が奪われる。
直後、轟音と共に、地響きのような衝撃が走った。
「キャアアアッ!!」
春子が叫んだ。
屋根に刺さるレイピアを避雷針にし、雷が落ちたのだ。
「お・・・前・・・」
皇乃介は顔を上げ、不敵に笑むザリを睨んだ。
「なんて事しやがる!!」
「これで全て跡形もなく燃える。証拠隠滅には最適だろ?」
そこら中から煙が上がり、家は燃え始める。
皇乃介の腕の中で、春子はぐったりと力を失っている。
「春子!春子!!」
必死に呼びかけるが返事はない。
「気を失ったか、ちょうどいい。」
ザリは、徐々に燃え上がる和室に再び足を踏み入れる。
「さっさと斬り捨てちまえば良かった・・・
こんな気狂いとは思わなかったぜ・・・」
皇乃介は春子の前に立ちはだかるが
「なんとでも言え。」
ザリは彼の眉間を指さす。
その指先が、怪しく光った。
「な、なん・・・だ・・?」
突然、視界が揺らぎ始める。
手足から力が抜け、気を抜けば意識を失ってしまいそうだ。
立っていることもままならず、片膝をつく。
視界の揺らぎは徐々に激しくなっていく。
瞼が異常なほど重い。
「春子・・・!に、にげ・・・」
強烈な眠気が皇乃介を襲う。
目の前に立つザリが二重にも三重にも見えた。
片膝をついたまま動けない。
薬を盛られたかのように、意思と裏腹に体は眠ろうとする。
突風を起こし、雷を意のままに操り、対象を眠らせる。
これがザリ=アルドの真の能力。
くすぶっていた火は、勢いを増す。
パチ・・・パチ・・・と火の粉が弾ける音は、激しさをい
───ゴオォッ
怒り狂うように、炎が駆け抜ける。
「・・・春・・・子・・・!!」
皇乃介の傍らに倒れる春子の顔を、ザリがそっと覗き込む。
「安心しろ。この子には手荒な事はしない」
刀を床に刺し、それにすがり上半身を起こしていたが
それすらままならず───
重みに負けた刀は倒れ、支えを失った体も、ゆっくりと倒れた。
それでも必死に睡魔を追い払い、手をつき起き上がろうとあがく。
野次馬の声に混じり、乃亜の声が聞こえた。
「・・・皇乃介!春子ちゃん!!」
駆けつけた乃亜は、轟轟と燃え盛る家の中へ飛び込んでくる。
火は燃え広がり、天井を支えていた柱が傾く。
もうすぐ家は焼け落ちるだろう。
皇乃介は春子に駆け寄る乃亜に、目で訴えた。
───乃亜!春子を、助けてくれ!
それを察したのかどうかはわからない。
「総長!!ウチが説明するまで待っててと言ったのに!
なんでこんな真似したのサ!!」
「俺はさっさと用事を済ませ帰りたいだけだ。
それなのにお前はの居場所を教えないし、
この男は斬りかかってくるし」
ザリは微かにすねた様子を見せ、春子を引きずり上げる。
「帰るぞ、クローンまで焼け死んだらシャレにならん。」
煤の落ちる畳みにべたりと顔を伏せ、皇乃介はその声を聞いていた。
庭に出たザリは、空に向かって軽く片手をあげる。
「戻ってこい、オリヴィエ」
彼がそう言うと
屋根の上、避雷針の役割をしていたレイピアがするりと抜け
宙を飛び、ザリの手へ戻った。
「よし」
彼はレイピアを振り、さっと円を描く。
その円を中心に、周囲の空気が小さく揺らぎ始める。
揺らぎは濃くなり、中から純白の門がスゥ・・・と現れた。
その門はまるで蜃気楼。
ゆらゆらと輪郭を揺らしながら立っている。
「熱くてかなわん。帰るぞ」
「ちょっと!皇乃介はどうするの!?」
煙を吸わないように、袖を口に当てながら乃亜が言う。
村人たちは消火活動を始めた。
息を合わせ、大量の水が撒かれ始める。
「盗賊であることがばれるか、ばれないかは運次第。
助かるか、焼け死ぬかも運次第だ。」
「そんな・・・そんな!皇乃介は春子ちゃんの・・・!!」
乃亜が叫んだその時。
ザリの足首を何かが掴んだ。
───皇乃介の、右手。
「・・・まさか、まだ意識があるのか」
這いつくばりながら、鬼の形相でザリを見上げる。
「行かせるか・・・!春子を・・・返せ・・・!」
その姿を見下ろすザリの目は、冷酷なものだった。
足首を掴む手を踏み、蹴とばす。
「ぐうっ・・・!」
皇乃介は小さくうめき声を上げ、手を離した。
「大人しく寝ていろ」
「・・・ウチは!皇乃介を助けてから行く!!もうちょっとだけ待って!!」
「そんな暇があるか。ここで足を止めれば、余計面倒くさい事になる。
それはお前の方がわかっているだろう。」
乃亜は唇を噛みしめ、ザリを睨んだ。
彼が出現させた華美な門は、ゆっくりと扉を開く。
「行くぞ。」
「・・・ごめん。・・・ごめん、ごめんなさい。皇之助・・・」
乃亜は目に涙を溜め呟く。
春子を引きずるザリと乃亜が、門の中に飛び込んだ。
ドカン、と背後で音が鳴る。
燃え盛る梁が落ちた。
天井が落ちてくるのも時間の問題だろう。
「は・・・る、こ・・・・」
残された皇乃介は、弱弱しく呟くと
「う・・・ぬあああっ!!」
力の入らぬ手で愛刀の先端を握り、自らの左腕を勢い良く斬りつけた。
痛みが突き抜ける。
途絶えそうだった意識をかすかに取り戻し、必死で這いずった。
ザリが作り出した門は消えかけている。
どこへ繋がるなんの門なのかわからない。
だがそんな事など考える事はなかった。
───執念。
ただそれだけが、彼を突き動かす。
門は皇乃介を飲み込むと、スッと跡形もなく消え去った───。
_________
摩訶不思議な門を抜けた先。
そこは草原の中、舗装された一本道の真ん中。
その道の先には、大きく美しい城がそびえ立つ。
晴れ渡る空、雲が穏やかに流れていく。
空気が澄み、草木の匂いが鼻をくすぐる。
心地よい風が、吹き抜けていった。
「よし、無事着いたな。城へ帰ろう」
ザリは歩き出そうとしたが
「えっ、えええ!?」
その後ろで、乃亜が声を上げた。
「どうした?」
そこには、皇之助が倒れていた。
左腕についた傷から、血が流れ出ている。
「こいつ、ついてきたのか」
ザリは呆れ顔を浮かべ、乃亜は倒れている皇之介のそばにしゃがむ。
「・・・・アンタ、そこまで・・・」
「放っておけばいい、そのうち血の匂いに釣られた野犬の餌になるだろう」
「でもさ!春子を育てたのは他でもないこいつだよ。
春子を心底愛してるんだよ!それなのに」
聞こえているのか聞こえていないのか、ザリは歩き出す。
「・・・・。」
ためらいながらも乃亜は立ち上がり、彼の後をついて行った。
二人の会話は、皇乃介の耳にかすかに届いていた。
しかし。
(ダメだ・・・もう・・・意識が)
薄れる視界の中で皇之助が最後に見たもの。
それは、春子を抱えた男と乃亜が、城へと歩く後ろ姿だった。
(・・・・春子・・・・・・・)




