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招かれざる、理から外れた男

獅子神祭りの日から、三日ほど経った。


ぶら下げた風鈴が、チリンチリン、と音を鳴らす。

皇之介は庭に咲く小さなひまわりを、ぼうっと見ていた。



峰子が村を出たのは確か三年ほど前。


───俺もあの頃は若かった

彼はそう思ったが、峰子と別れの挨拶をしたのは、たかだか三年前の事だ。


そこまで胸を打たれた別れを、そこまで大事に思っていた存在を

まるでように、そこだけすっぽり忘れていた。


(記憶力はいい方だと思ってたんだけどな・・・)




春子とそっくりな峰子。

いや、峰子にそっくりな春子。



もしかしたら春子は峰子の・・・


「・・・まさかな。」


皇乃介は文机に肘をつき、こめかみをトントンと叩いた。




何かに巻き込まれているような不安と

なんの手がかりもない現実に、彼はひどくやきもきした。


(謎解きは苦手だ!答えの方からこっちに来てくれよ!)


両手で激しく頭を掻きむしる。




「う~ずらのたまご♪うずらのたっまっご~♪」


台所から陽気な歌声は聞こえる

春子が晩飯の支度を始めたようだ。


春子の最近のお気に入りは、うずらの卵らしい。

鶏卵に比べ、随分と小さな卵に一目ぼれし


「そのときね!はるこ、おうたおもいついたの!」


あれから毎日、台所に立つと自作の”うずらのたまごの歌”を口ずさんでいる。


皇乃介は愛娘の歌声を聞き、肩の力を抜いた。

あの底抜けの明るさを見ていると、こわばった心がストンと軽くなる。



「あっ」

ふいに、歌を中断し小さく声をあげる。


「どうした?」

皇乃介が声をかけると、春子はひょっこり顔を覗かせる。

「おしょうゆがきれちゃった。かってきてもらえない?」


彼は小銭を入れた革袋を持って、酒屋に買い出しに出た。

(この頃の醤油は酒屋で売っていた。)

外の風にあたれば、少しは頭の中のも取れるかもしれない。



もう夕暮れ時だが、季節のせいかそこまで暗くは感じない。

だがさきほどまで晴天だったのに、空には分厚い雲が集まってきている。

少し薄暗さを感じた。


頭上から降り注ぐ蝉時雨。そして微かな雨の匂い。

通り雨でも降るのだろうか。


(春子も待ってるし、さっさと買い物を終えて帰るか)


そう考え少々足早に、商店街(そう呼べるほど大したものではないが)へ向かう。


酒屋の近くまで来ると、珍しく人だかりが出来ているのを見つけた。



「号外~~~!号外だよ~~~!!」


人だかりの真ん中、チラシを大量に抱えた男が大声を上げ

一枚一枚チラシを配っている。


集まった村人は皆、号外を受け取り

「ぶっそうな・・・」

「気味が悪い・・・」

と口々に呟く。



(なんだ?)


「おい、俺にもくれ」

人だかりに割って入り、号外を一枚もらう。



『赤イ異国人現ル。コロリ蔓延再ビ。見カケタラ即逃ゲル事。』



「異国人?赤い?」

皇乃介が呟くと、号外を配る男が言った。


「そうだ。なんでも全身真っ赤な風貌で

その赤はコロリで死んだ奴の血で染めたんだとよ!」


その場に恐怖のどよめきが走る。



(馬鹿馬鹿しい)


皇乃介は肩をすくめた。

異国の人間がヒイズルに来ること自体珍しいのに

こんな山奥の村に何をしに来るというのか。


(しかし号外を配るなんて。単なる怪談じゃ無いって事か?)



人混みから離れ、再び歩き出す。

するとどこからか、ぼそぼそと小さな声が聞こえた。


足を止め、見回す。

誰もいない。


しかし声は聞こえる。



右手の、建物と建物の間、細い隙間。

ここから聞こえるようだ。


「・・・アンタ、なんで変装もせずこっち来たのサ!こっちじゃ大騒ぎに・・・」


女の声だ。

周囲に聞こえないよう、小声で囁く。

だがその声には


「変装?何故変装が必要なんだ。俺は悪いことは何もしていない」


こっちは男の声。


「シッ!もっと静かにしゃべってよ!見つかったらどうすんの!」

「お前は一体何に怯えているんだ」


女はひたすら小声で話そうとしているが、男はそれに合わせる気は無いようだ。



(妙な会話だな。しかもこの声は)



足音を立てないよう、注意を払いながら

そっとその路地裏に足を踏み入れる。


樽や木箱が積んである。

それらに身を隠しながら、声の元へと近づいていく。


明るかった空は、早くもへと変わっていた。

元々薄暗い路地裏の奥、悪天候となれば余計見通しも悪くなる。



「とりあえずアンタは隠れてなよ。奉行所の奴らに見つかったら面倒だよ?」

「なんで俺が隠れなきゃいけないんだ」


女が注意し、男はと答える。

さっきからそれの繰り返しだ。


最初は小さかった女の声も、次第に大きくなっていく。


「だーかーらぁーー、アンタはお尋ね者なんだよ!見つかっちゃこっちが迷惑!」

「お尋ね者になることは何もしてないぞ」

「全くめんどくさい男だね!」

「お前ほどでは無い」



その時、皇之助の足が小枝を踏んだ。

パキッと小さな音が鳴り、女がこちらを見る。



(しまった・・・。)


女と目が合う。


「あっ・・・。」

女は皇乃介の顔を見て、バツが悪そうに顔をそむけた。



「・・・乃亜?こんなところで何してんだ・・・それに、横にいるのは」



言い争いをしていたのは乃亜だった。

そしてその口論していた相手は



皇乃介は手に持っていた号外をちらりと見る。


───赤い男。

閉鎖的なこの村には、あまりにその存在は異質だった。



鳥の羽のついたつばの広い帽子、

背中に羽織った大きなマントに、まるで西洋の貴族のようないでたち。


赤いと書いてあったが、想像以上だ。

帽子から何から何まで、全身真っ赤ではないか。



「お前はこの号外の・・・」


乃亜は、隣にいる赤い男を軽く指差し言う。


「あー・・・んーと、これにはわけがあるんだよ。

とりあえず、こいつを見たって事は内緒にして。お願い」


平静を装っているが、動揺は隠せていない。


「内緒にする必要なんかあるのか?おい、お前」


そう言いながらズカズカと、遠慮会釈なく近づいてくる。

皇乃介は思わず身構えた。


「警戒はしなくていい。俺はこの絵の女を探している。知らないか?」

目の前に立った真っ赤な男は、一枚の紙切れを出した。


その絵は、女性の似顔絵だった。




皇之助は、顔色を変える。




その紙には

春子───いや、峰子の姿が描かれていたのだ。



(待てよ、そんな)


皇乃介は動揺する。

望む通り、”答え”ではないが、”手がかり”の方から寄ってきた。

だがあまりに突然で、何一つ心構えができていなかった。



せせら笑うように、静まっていた蝉が一斉に鳴き始める。



「ちょっと待ちなよ、せめて説明を」

乃亜が止めに入るが、その男の耳に彼女の声は届かない。



───絵の中の峰子は、影のある目をこちらに向けている。


あんなに綺麗な笑顔を見せられるようになっていたはずだ。

あの光はどこへ行ってしまったのか。



「正確に言うと、その女に似ている人間を探している。

どうやらその様子だと知っているようだな」


男の纏う気が鋭くなった。


(・・・峰子に似ている人間・・・)


───春子だ。

なんのためにかわからないが、この男は春子を探しにこんな山奥まで来たのだ。



「だから説明をさ」

乃亜は唇を噛み、なおも言う。


「とりあえずその女のところ連れていけ」

だが、男はまたも乃亜の声を遮る。



「・・・この女は知ってるよ。この村にいた子だろ?」

「そうなのか?それはどうでもいいんだが。俺は似てる女を探してるんだ。」


乃亜が呟く。

「この村にいた?皇乃介・・・この絵の子、知ってるの?」

「あァ、知ってる。この絵の女は、今どうしてるんだ?」


真っ赤な男がまた邪魔をする。

「お前に教える義理はない。」


帽子の大きなつばで隠され、顔は見えないが口調は強い。


「何故だ?この子はこの村で過ごしていた時面識があった。

今どうしてるかくらい聞いてもいいじゃねぇか。」

「悪いが余計な話をしてる暇は無いんでね。」



「この絵の女・・・峰子、だろ。違うか?」


皇乃介は二人に問う。

すると乃亜は目を見開いた。


「峰子のこと・・・知ってんの?」


だが西洋の男はうっとおしそうに話を遮る。

「答える必要は無い。この絵に似てる女のとこに連れていけ」



「いや、だから!先に事の経緯を説明しろって言ってんじゃん!!」

ついに、乃亜の声が弾ける。


「こいつは無関係だろ。何を説明する必要があるんだ」

「無関係じゃないよ!こいつは峰子のクローンを育て」


乃亜は、ハッとしてくちをつぐんだ。


赤い男は驚き、皇之介を見る。

「何だって?お前がクローンの育て親か?」



こいつらは何の話をしているんだ?

皇乃介の目が、微かに揺れた。


「く、ろーん?を育てた・・・?どういう事だ?」


困惑した皇乃介は乃亜を見た。

だが乃亜は口を閉ざしたままだ。


「なるほど。だから乃亜の住処をあさっても何も見つからないわけか」


真っ赤な異国人は独り言を呟く。

帽子のつばで顔は隠れ、相変わらず人相は伺えない。


だが、かろうじて見える口元がにやりと口角を上げる。


「俺が探しているのはお前の娘のようだ。娘をここに呼べ。」



皇之助は直観で危険を察した。

こいつを春子に近寄らせてはいけない。



「何がなんだかわかんねェが、お前のような不審者に会わせる筋合いはねェよ」

「なんだと?丸腰の癖にずいぶん強気だな」

赤い男は腰に携えた武器に手をやる。


「やんのか?」

皇之助も身構えた。



しかし。



「このアホンダラ!!」


乃亜が二人の頭を引き寄せ、思い切り額を打ち合わせた。


がつん!と鈍い音が響き

木々にとまっていたカラスが数羽、飛んでいった。


「いッ・・・」

「・・・てぇ・・・」



______________




「・・・とりあえず、落ち着きなよ。簡単に説明出来る話じゃないんだから」


乃亜は木箱に座り、額を抑えうずくまる二人を見下ろす。


「皇乃介。気づいてるだろうけど

こいつは・・・今、号外で噂になってる『異国人』。

でも、病原菌は持ってないよ。この村の奴らが神経質なだけ。名前は」


「・・・名乗る必要は無い」

痛みをこらえながらも、男は虚勢を張った。


乃亜は大きなため息をつく。


「俺もお前の名前なんか知らなくていい。お前とは金輪際関わりたくねェ!」

皇乃介も対抗して怒鳴る。


「これだから男ってのは嫌なんだよ。口ばかり一丁前で、中身子供なんだから。

・・・・こいつの名は”ザリ=アルド”。

とある国の騎士団総長をやってんだけど・・・わけあって、ここに来てる。」


「峰子のクローンを連れて帰るためにな。

俺の個人情報を垂れ流して楽しいか?」


異国人───改め、ザリという男が口をはさむと

ノアはふん、と鼻を鳴らしそっぽを向いた。


皇乃介は吐き捨てるように言う。

「さっぱりわけがわかんねェ。

とにかく、娘に会わせる気はこれっぽっちもねーからな!」


そして、路地裏を走り去っていった。



「ほうら・・・ちゃんと説明しないから。意固地になっちゃったじゃんか。

ほんっと、総長のスカポンタン。頭いい癖に阿呆なんだから」


ザリも立ち上がり、ずれた帽子の角度を直す。

「知るか。あんな奴相手にもならん。」



_________




その夜のこと。


今宵も居酒屋は賑わう。


昼間は静まった大和村でも、夜遅くの居酒屋は大繁盛だ。

村民は長く続く不況から酒に逃げたいのか、次から次へと縄のれんをくぐる。


「いらっしゃい!」

乃亜は酒をのせた盆を片手に、来店する客に笑顔を向ける。


彼女はここで働く給仕だ。


彼らは席につき注文を頼む。

「とりあえず酒!あとゆでだこね!」

「俺も同じの!」


「あいよ!ちょっと待ってな!」

給仕たちはせっせと酒とつまみを運ぶ。


すでに酔っぱらっている陽気な客。苛々した客。疲れた表情の客。

十人十色だ。



一瞬客足が止んだかと思えば、また縄のれんが揺れる。


「いらっしゃ・・・」

乃亜は来店した客の姿を見て、途端に顔を歪ませる。



乃亜が苦手なその客は、気取ったサマが鼻につくわしい男だった。


畳に座り

「フフ・・・酒を頼む」

乃亜と目があうと片目をつぶり、得意げに口元をニヤつかせた。



この男の名は、蔵之介。

毎晩店に居座り、悪酔いし暴れる、タチの悪い常連客だ。



「酒がまずくならぁ」

蔵之介が来店したことによって、数人の客が舌打ちして帰った。

営業妨害もはだしい。



乃亜が蔵之介の元へ熱燗を席まで運び、無言で去ろうとした時


「乃亜、今夜も可愛いね・・・フフ」

蔵之介はいやらしい目で舐めまわすように乃亜を見た。顔だけでなく体も。


「・・・それは、ありがとうね」

乃亜は素っ気なく答える。



蔵之介は美男子だ。外見だけで言えば、村では誰にも劣らない。

だが性格に難がありすぎる。

悪酔い癖だけにとどまらず、無類の女好きなのだ。


「乃亜・・・君の瞳に、乾杯」


蔵之介はおちょこを少し上にあげ、うっとりと囁き

中身をクイッと飲み干した。



無視して離れようとしたが、乃亜はまた捕まる。


「ところで乃亜。話があるんだ。」

「何よ、ウチ忙しいんだから邪魔しないで」


冷たく言い放つが、蔵之介はまるで通じない。


「まだ皇之介と恋仲なのかい?そろそろ僕のところに来なよ」


何やら大きな誤解があるようだ。


「何が『天道皇之介』だ、名前負けもいいところじゃないか。

あいつは喧嘩も弱い、脳みそも弱い、頼りなくて、その上貧乏。

優しいだけのろくでもない男だ」


「・・・アンタのほうが弱そうだけど」

「ん?何か言ったかい?」

「・・・別に。」


乃亜の呟きを気にせず、蔵之介の語りは続く。


「どうやらこの村に

コロリの病原菌を体にまとって現れた外人がいるらしいじゃないか。

随分物騒だ。もしそんな奴が現れたら、皇乃介は真っ先に逃げ出すだろうさ。

だが僕は違う。僕は身を挺して乃亜を守るよ。

・・・例え自分が犠牲になろうと・・・」


手にしているおちょこを小さく揺らし、熱い視線を乃亜に投げかける。

酒に酔っているだけでなく、自分にも酔っているようだ。


「ゆぅ、あぁ、・・・キウイ。あい・・・、らび、ゆう」


乃亜の冷めた目をじっと見つめ、わけのわからない言葉を呟く。

気でも狂ったのか、これは一層気味が悪い。


「これは西洋の言葉なんだ。どんな意味か分かるかい?」

ニヤニヤと笑いながら、問いかけてくる。


「・・・さぁ?」

乃亜は真顔のまま答え、今度こそその場から逃げようとしたが

蔵之介は腕を掴み、逃走を阻止する。


「ちょっと、やめてよ」

「西洋の言葉が分かるなんて、僕だけだよね。参ったなぁ。

僕って博識だからさ。ちなみに意味は、君は可愛」




「それを言うなら、ユーアーキュート、アイラヴユー、じゃないか?」




急に背後から聞こえた声に、乃亜は驚き振り向いた。


「なんだこいつは。この村はこんな奴しかいないのか?」


そこに立っていたのは、ザリ=アルド。

今この村で一番の噂の的。そして

乃亜からすれば一番じっとしていて欲しい人間だ。


彼女は額に手を当て、眉間にしわを寄せた。



蔵之介の背後には、『人相書の異国人』ザリが立っていた。


あんなに派手な恰好をしているのに、誰の目にもまらず

忍び込んで・・・いや、堂々と入店したのか。



周りの客はぽかんとした顔で、微動だにしなかった。

あれだけコロリがどうのと、号外に振り回されていたくせに

不思議な事に誰も逃げ出さない。


腰が抜けているのか、

それとも、あまりに突然のことににとられ、動けずにいるのか。



「なんだ、お前ここで働いてるのか」

ザリは乃亜に話しかけた。


しかし彼女は問いを無視し、他人のフリをする。


「・・・いらっしゃいませぇ~」

「何故そっぽを向く」


蔵之介は怯え、へっぴり腰で乃亜の後ろに隠れた。

「お、お前、人相書の」


(身を挺してかばうなんて言ってたくせに、弱虫め)

彼女は心の中で毒づいた。



「さっきのお前の英語、なかなか良かったぞ。さすがド田舎の村人って感じだ。」

ザリは楽しそうにクックッと笑った。


「いや、もしかしたら俺が勘違いしてるのかもしれない。

南国にはキウイと言う果物があるが

まさか『あなたはキウイです』とか言いたかったわけじゃないよな?」


蔵之介は乃亜を盾にしながら

「お、お前の言うことがでたらめだ!正しいって証拠ないだろ!」

顔を真っ赤にし、唾を飛ばしながら怒鳴る。


「まぁ確かに証拠はないな。・・・それはそうと」


ザリは再び乃亜と目を合わせた。

「ここでは飯が食えるのか?」


「・・・酒とつまみしか出せませーーん」

そっぽを向き、舌をべぇっと出した。


その時厨房から、給仕仲間の美代が近づいてきた。

「あ、あの、定食も出せますけど・・・良かったら、食べます?」

恐る恐るザリに問う。


ザリは空いている席に腰かけ

「テイショク?なんでもいいから適当に出してくれないか。腹が減ってるんだ。」


「はぁい!」

美代は張り切って返事をし、小さな厨房へ入って行った。

「みそ煮定食一丁!時間外だけどお願い!まだ材料あるよね!」


乃亜はぽかんとしながらその様子を見ていた。



ふぅ、と一息つくとザリは帽子を外す。

それを見た周囲の客はぎょっとして目を丸くした。


今まで帽子で隠れていた髪は、この村の人間のものとは全く異なった。


ヒイズル人の髪色は黒。

しかし、ザリの髪は美しい金色だ。


給仕たちは驚いて口を手で覆う。

蔵之介はどしんと尻もちをつき、足で床を蹴りずりずりと下がる。



「か、か、か、髪の色が!!」



静まった店内に蔵之介の声が響く。


「ん?お前見たことないのか?

お前の好きな西洋人ならではの金髪だぞ。

まさか西洋オタクであろうお前が、金髪を知らなかったなんて事ないよな?」


ザリはニヤリと口角を上げる。



蔵之介は、うううううううううう、と唸り始める。

酒で火照った顔が、余計赤くなった。


「畜生!僕を馬鹿にするなぁ!!!」

怒鳴り声をあげて、ザリに殴りかかった。


店内に響く悲鳴や怒声、椅子の倒れる音。


「こ、こいつ異国人に喧嘩売りやがった!」

「コロリ菌を撒かれるぞ!」


ようやく事態を悟った客は、叫びながら逃げだした。

食器や酒瓶が、次々と落ちて割れる。



「この化け物め!消えろ!消えろ!僕を馬鹿にしやがって!」



キレの悪い弱々しい拳は、さらりと避けられ一発も当たらない。


駄々をこねるように、さんざん手足を振り回した挙句

ゼンマイが切れた人形のように、バタン、と床に倒れた。


「あちゃあ・・・」

乃亜が額に手をやり、ザリは蔵之介を見下ろした。

「結局、なんだったんだこいつは」


床に倒れた蔵之介はピクリとも動かない。


わずかに残った客が、恐る恐る覗き込む。


「アァ・・・こりゃお陀仏じゃねぇか?」

「まさか、『コロリ』か・・・?」



すると、蔵之介はいびきをかきはじめた。

どうやら酒が全身に回って酔いつぶれたようだ。


安堵のため息が一斉に漏れた。



「ところでだ」

ザリは、乃亜に向き直り言った。

「峰子のクローンはどこにいる?俺はここに長居出来るほど暇じゃないんだ。

そもそもお前が早く連絡をよこしてくれば・・・」



「なんの事?ウチは何も知らないよ。それよりねぇ・・・」

乃亜は額に青筋を浮かべ、ザリを睨みつける。


「アンタがここに来て、どんだけの客が金を払わず逃げたと思う?

どんだけの皿が割れたと思う?」

「さぁ?それより峰・・・」



「ほんと、アンタって!どんだけぇーーーー―!!!」



乃亜は大きな声をあげ、ザリの鼻先を指さした。

面食らった彼は一瞬寄り目になる。


「出ていって。不審者として奉行所に突き出すよ?」


ザリは肩をすくめ、両手を上げ被りを振った。


「やれるならやってみたらいい。まあいいや。

お前が口を割らないなら自分で探す」

「ちょっとアンタ・・・」


帽子を被り、角度を直しながら乃亜に背を向けた。

スタスタと出口に向かい、縄のれんをくぐり消えていった。



乃亜が立ちすくんでいると、美代が後ろから囁く。


「・・・帰っちゃったの?あれって噂の人相書の人でしょ?

意外と二枚目じゃない・・・」


乃亜はギョッとして聞き返す。

「はぁ?あれが二枚目!?」


「・・・定食、食べてってほしかったなー。」

美代はがっくりと肩を落とし、厨房に帰っていった。


男性にしてはやや細身の体、輝く金髪に青い目

軽やかで上品な所作は、どこかの皇族を思わせる。


(確かに白馬が似合いそうだけどねぇ)


自由奔放、だが時に大胆。

美白美麗な外見と、つかみどころの無い性格

心を奪われる女性が多いのは確かだ。


(ウチにはさっぱりわかんないけどねぇ・・・)


彼女はため息をついて、割れた破片を拾い始めた。



_________




その日の深夜。

床に就いていた皇乃介は、ふと目を覚ます。


ろうそくの火は消してある。

部屋の中は暗く、庭に面した障子からうっすら月明りが射し込むだけだ。


横から、春子のすぅすぅという寝息が聞こえる。


(・・・この気配は)


彼は布団から飛び出し、家の奥、隠し部屋へ向かった。



_________




春子は、小さな物音で目を覚ました。


「・・・父ちゃん?」

目をこすりながら隣の布団を見ると、皇乃介がいない。

「父ちゃん?かわや?」


春子は布団を出て、の様子を見に行く。

しかし父の姿はどこにも無い。


「どうしよう・・・!

かわやであんよをすべらせて、こえだめにおちちゃったんだ!!」


右往左往していると、ふと、庭に面した障子が目に入る。




───その時、春子は見てしまった。


障子の向こうにうっすら浮かぶ人影を。




「ひぇっ!!?」

春子は飛び上がり、腰を抜かした。


「あ、あ、あ、・・・お、おおお、おおおおばけだあああ」


足腰が震えて立てない。

四つん這いになって、なんとか近くにあるほうきを握る。


「ひ、・・・ひぇ・・・」

心臓が激しく脈打ち、息が苦しい。

「と、父ちゃん・・・たすけて・・・あ、ダメだ、父ちゃんこえだめだ・・・」



男はゆっくりと障子を開け、土足のまま、ためらう事なく畳を踏む。



「お前が峰子の複製か。さすが本物そっくりだな。」



真夜中の侵入者───

それは他でもない、ザリ=アルドだった。



春子は握ったほうきにしがみつく。

(は、はるこがおうちまもらなきゃ・・・!)


恐怖で奥歯がガチガチと鳴る。

震える手足で、さながら生まれたての小鹿のように立ち上がり、声を絞り出す。



「こ、ここは、父ちゃんと、は、はるこのおうちよ!

は、は、はいってこないで!あくりょーたいさーーん!!」



ザリは軽くため息をついた。

「単刀直入に言おう。俺に着いてきてくれ。それがお前の運命だ」


強引に腕をつかもうとしたその時、ザリの背を刃が襲った。

すかさず横に飛び退き、難を逃れる。



「お前だったのか、かぐや姫を連れ帰る『月からの使者』は」



そこには

頭巾に、忍び装束に身を包んだ『お尋ね者の盗賊』が立っていた。

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